東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 お久しぶりですぅ!! 遅れましたぁ!!


マイペースにレンタル(その六)

「ん……」

 

 何かが鼻先を掠めるような感覚と同時に目が覚めた。柔らかい感触。甘い独特の香りが鼻孔を擽る。意識の覚醒と共に神経を集中させていくと、全身への圧迫感を察知。頬にあたる微かな風の流れから、自分がどういう状況なのかわずかに把握することができた。というか、視界の先に見える天井は、和室のソレ。博麗神社とはまた違った造形の天井に心当たりは一つしかない。

 おそらくは、俺は今とある少女に抱き締められている。

 ちら、と視線を横に向けると、緑色の髪の毛が視界に入った。間違いない。現人神系美少女に抱き締められているという全国の青少年が夢にまで見る羨まランキングトップに躍り出るような展開に陥っている俺ではあるが、段々とフラッシュバックしてくる直前までの記憶が今の状況を素直に楽しませてくれない。記憶が蘇るにつれて、自然と湧いてくるのは大量の冷や汗。ロクでもないタイミングで意識を失ったものだから、何がどうなったのかまったく見当がつかないその事実がまた俺の恐怖心を盛大に煽る。

 ここは一刻も早く安全圏……しいて言えば地霊殿か白玉楼に逃げ込まなければ。これから自分がどうなるのか想像するまでもなく絶望的だ。とにもかくにも彼女の束縛から逃れないと、とゆっくり絡みつく四肢を外しながら脱出を試みる。

 

 が。

 

 《ガキンッ!》という金属音が俺の鼓膜を震わせた。具体的に言うならば、抜け出すべく右足を動かそうとした途端、そんな音と共に俺の脚が何かに引っ張られた。

 まさか、と信じたくもない想像が脳内を駆け巡る。おいおいまさかそんな絵に描いたような大ピンチ展開とか正直笑えないぜHAHAHA。

 震える視界と潤む瞳でなんとか足元へと視線を送る。

 そこには。

 

「……俺の右足が部屋の柱に鎖で繋がれている件について」

 

 どこから調達したのだろう。そこに見えたのは月の光に照らされて鈍い光を放つ金属製の鎖。しかもおそらくは唐傘お化けによる特注製。以前小傘の作業場に遊びに行った時に見たことがある、萃香さんでもちぎれないという謳い文句で評判の緊縛用鎖だ。早苗がなんでこんなものを持っているのかとか、何故こうも都合悪く俺を拘束しているのかとかは今更すぎるのでツッコまない。もうなんていうか、最近ヤンデレ化が著しい風祝はそろそろどうにかしないといけない気がする。

 一応は全恋力――――いや、今はもう妖力と表現した方が良いのだろう――――を込めて脱出を試みるが、鎖はびくともしない。さすがは小傘が胸を張って自慢するほどの逸品。俺のような妖怪の端くれでは傷一つ入れられないらしい。これはこれは、もしかしなくともピンチというやつなのでは?

 その後も何度かガチャガチャとやってみるが、鎖がうるさく鳴り響くだけで変化はない。脱出は不可能と判断していいだろう。

 

「ぐぅ、これは大人しく朝まで捕縛されるしかないか……」

「そんなに私と寝るのは嫌ですか」

「ひっ……!?」

 

 不意に耳元で発された声に一瞬心臓が止まりかけた。そりゃあんだけ鎖鳴らして暴れていたら普通の神経している人間なら起きるだろうが、それでも驚きと恐怖で目ん玉飛び出るかと思った。目覚める前の騒動も相成って、彼女に対する罪悪感と恐怖が身体を硬直させる。

 声にならない叫びをあげる俺に何を思ったのか、彼女は俺を抱き締めたまま背中に顔を埋めると、どこか不貞腐れたような声を漏らした。

 

「そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか……」

「あんだけフルボッコにされてりゃ誰だってビビるだろ」

「あ、あれは威君が悪いじゃないですかっ。私の所に来るはずだったのに、にとりさんと二人っきりであんなことをしていたんですから」

「誘ったにとりさんが悪いのか誘われた俺が悪いのか……」

「意志が弱い威君が悪いです」

「だろうなぁ」

 

 一見理不尽にも聞こえるが、にとりさんの誘いを断れなかった点に関しては確かに俺にも非がある。今回は早苗の所に貸し出された……いや、居候させてもらうはずだったのだから、素直に大人しく守矢神社に行くべきだったのだ。楽しみにしてくれていた早苗の事を思うと、勝手な事をしたなぁと今更ながらに申し訳ない気持ちが浮かぶ。冷静に考えて、俺が逆の立場であったなら間違いなく怒っている。

 これは謝罪しておいた方がいいだろう。背中に彼女の吐息を感じる状態ではあるものの、回された腕に手を重ねながら、

 

「ごめんな、早苗。せっかく楽しみにしてくれていたのに、ぶち壊すような真似しちまって」

「……本当に反省していますか?」

「してるよ。誠意といったら何だが、お詫びに一つ()()()()いう事聞いてやる」

「……言いましたね?」

「あ」

 

 余計なワードを言ってしまった感が半端無い。彼女の顔は見えないが、雰囲気で分かる。早苗のヤツ、間違いなく俺の背後でほくそ笑んでやがる。これはまさか誘導されてしまったか、と後悔が止まらない。幻想郷に住む猛者共に「なんでも言う事を聞く」なんてことを言ってしまうとどうなるかは想像に難くはなかったというのに、ぬかった。

 どんな命令が飛んでくるのか。背後によからぬオーラを感じながらも、内心ビクビクしながら早苗からの言葉を待つ。 

 そしてようやく、早苗が口を開いた。

 

「……決めました」

「はい」

「――――私をちゃんと、正面から抱き締めたまま一晩一緒に寝てください」

「う、うおぁ?」

「どっから出したんですかその声」

 

 呆れたような口調で言われるが、自分でも正直驚いた。もっとえげつない、それこそ存在しない貞操が奪われるくらいのものを予想していたのだが……さすがの早苗にも常識があったらしい、常識に囚われない幻想郷の風祝の優しさに胸を撫で下ろす。

 

「正直な話、浮気野郎呼ばわりを覚悟していた」

「私的にはそれでもいいし、むしろそっちの方がいいんですけど……威君に迷惑がかかるでしょう? 好きな人に迷惑をかけるのは、私的にも本意ではありません」

「またそういうことを平気で言う……」

「だって、本気ですから。今でも私は、威君のことが好きですよ」

 

 真っ直ぐな、曇りのない瞳を向けられると、それ以上は何も言えなくなってしまう。彼女に対して罪悪感を覚えている、という訳ではない。あの日、あの結婚式の日に全てを吹っ切ったのだから。今更未練がましい同情なんて、彼女やさとりちゃんに失礼だ。すべての人を同時に立てることはできない。万能者ではない俺ができる最善の選択を取り、結果として二人を裏切った。この件についてはそういう結末で終わりを迎えた。

 俺が言葉を返せなくなったのは、彼女の強さ、逞しさを感じたからだ。

 自分で言うのも烏滸がましいけれども、好意を向けていた相手に裏切られた。それだけでも心が押しつぶされそうな程に辛いはずなのに、早苗はその絶望を乗り越えるどころか、それでもなお俺への好意を諦めない。たとえ結ばれないことが確定しているとしても、だ。

 人によっては、早苗の事を未練がましい女だと評価する者もいるかもしれない。もうすでに終わったはずの恋愛をいつまでも引きずるしつこい人間だと思う人も、少なからず存在するだろう。

 だが、俺は絶対に彼女の姿勢を否定しない。誰に何を言われようと、彼女だけがもつその強さを、雪走威は絶対に嗤わない。

 好意の拒絶から生まれた俺自身が好意を受容するなんて随分と滑稽な話ではあるが、誰よりも好意を願った俺だからこそ、彼女を否定するわけにはいかない。

 まぁ、それでも……、

 

「少しくらいはオブラートに包んでくれると、その、俺も緊張しなくて済むんだが……」

「昔は時間場所構わずに年がら年中発情していた貴方がそれを言いますか。ていうか、元々のマイペースさは本当にどこへ行っちゃったのやら」

「愛憎の二面性が消えちまってから性格も変わったんだよ。ほら、前の()()は他人の愛情を効率よく吸い取る為だったというかなんというか……」

「ふぅん……効率よく、ねぇ」

 

 あ、なんか嫌な予感がする。

  今までの会話の流れからは完全に乖離した雰囲気が早苗の方から伝わってくるのはおそらく気のせいではあるまい。具体的に言うと、理性より本能が勝ったみたいな状態の生物から伝わってくるどす黒いオーラが。

 

「あ、あの……早苗さん? どうしてそんな急に黙りこくっちゃったんですかね……?」

「…………ふふっ」

「早苗さぁん!?」

 

 恐る恐る話しかけてはみるものの、もはや先程までの気丈かつ凛々しい彼女はいないようだ。先程から荒いだ息が首筋をくすぐっている。後ろから抱きすくめられた状態で彼女の顔が見えないのが痛い。おそらく、いや間違いなく、今日は無事に朝を迎えられない。どうにかしてこの場を乗り切らないことには。

 

「威くぅん」

 

 砂糖をそのまま吐いたような甘ったるい声が耳元から放たれる。聞くものすべての理性を吹っ飛ばしかねない程に甘美な囁き。だが、当の俺自身はそんな場合ではない。俺は知っている。この状態の早苗を知っている。今まで幾度となく寝込みを襲われてきたからこそ、彼女の変貌っぷりを知っている。

 これはいけない、と彼女を跳ね除けようとするが、どうしてか俺の身体は一ミリたりとも動かない。麻痺とか硬直とかそういう類ではなく、純粋に早苗の腕力で拘束されているのだ。

 

「妖怪を地力で抑え込むとかお前どういう怪力してんの!?」

「うふふふふ。やだなぁ威君と同じじゃないですかぁ」

「は、はぁ!?」

「……()()、ですよ」

「お前のソレは毛色が違うんだよぉおおお!!」

 

 もう分かる。後ろを見なくても俺には分かる。コイツがどんな顔で俺を見ているかなんて、実物を見なくても完全に想像できる。そして、これから俺がどうなってしまうのかなんて、想像するまでもない。一応抵抗の意思は見せるものの、忘れ傘特注拘束用鎖と萃香さん並の怪力が逃げ道を完全に封鎖していた。もう、これはどう足掻いても逃げられない。

 

「とりあえず、上から脱ぎましょうかぁ」

「おいばかちょっと待て」

 

 ビリッ。

 

「破ってんじゃねぇかよぉおおお!! 乙女の非力さどこに置いてきた!」

「恋する乙女は最強なんですよ? 知りませんでした?」

「恋で済ませていい次元はとっくの昔に超えてんだよこのヤンデレ女ッッッ……!」

「ほら脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」

「イヤァアアア」

 

 そんなこんなしている内に下着一枚まで剥ぎ取られてしまう妖怪が一名。一応俺は幻想郷を危機に陥れたボス的存在であるはずなのだが、どうしてこうも女性達に後れを取ってしまうのか。最近自分の立場に疑問を抱かずにいられない雪走威である。そう、俺だ。

 こうなったら嵐が過ぎ去るのを待つしかない。どうせ母さんのスキマとか陰陽玉とか総動員して今の状況を監視しているであろう最愛の巫女に内心で全力で謝罪の意を申し立てると、せめてもの抵抗と両目を瞑る。頬に何やら生暖かいものが落ちてきた気がするが、おそらく気のせいだろう。

 

「はぁぁ……待ちに待ったんですよこの瞬間を……」

「た、助けて神様ぁああああ!!」

「お二人は大天狗様と宴会中です♪」

「神は死んだ……!」

 

 わざとだ。絶対計画的な犯行だ。あの親馬鹿二柱ならやりかねない。今度会ったら絶対ぶん殴る。

 早苗の指が背中を這う。生暖かい吐息を受けながらも、せめて心だけは負けまいと口をキュッと結び――――

 

『……ったく、このバカ息子は本当に仕方ないわねぇ』

「えっ」

 

 そんな声が脳内に聞こえた瞬間、謎の浮遊感が全身を襲ったかと思うと……、

 俺はいつの間にか意識を失っていた。

 




 ダイナミックスキマエントリー。

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