東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 お久しぶりです(DOGEZA)


マイペースに古明地姉妹

「あいたっ!?」

 

 一瞬目の前が真っ暗になったかと思うと、何か固いものに尻餅をついて激痛が走った。咄嗟に上を向いた先には、スゥッと消えかかっている『スキマ』。無数のギョロ目が浮かぶ空間が誰のものであるのかなんて、この俺が見間違えるわけがない。おそらくは、母さんが早苗の魔の手から俺を救ってくれたのだろう。なんだかんだ言いつつもしっかり過保護なあたりあの人も甘い。今回はその甘さに助けられたわけだから、文句は言わないけど。

 痛む尻を擦りながら周囲を見渡す。何やら煙のようなものに覆われた部屋だ。床は木製で、妙に温かく湿気が高い。辺りを包む煙も、どちらかというと湯気のように思える。早苗に服を剥ぎ取られたせいでトランクス一丁だが、それでも苦労しないくらいの温度だ。一歩踏み出すと、ピチャ、という湿った音が響く。

 ……なんか嫌な予感がしてきた。具体的に言うならば、俺は以前ここに来たことがある気がする。そして、その時に痛い思いをした覚えがある。

 

『誰かいるのー?』

 

 声が聞こえた。方向は湯気の向こうで、おそらくはこの空間の最奥。より湿度が高くなっているであろうそちらから、これまた聞き覚えのある甲高い声が届く。ペタペタという足音が次第に近づいてきており、俺の社会的な死もマッハであることが窺えた。今すぐここから脱出することが先決であるのだけれど、既に封印したはずの負の側面が身体を縛って動けない。いくら幼女とはいえ女性の裸を見るわけにはいかないのだが、どうしても目を離せない。

 あのスキマババァ! いくら切羽詰っていたとはいえ、よりによって風呂場に転移させることはないだろうがよ!

 命の恩人に明確な殺意を送るものの、肝心の本人がいないので虚しく虚空に消える。姿は見えないがおそらくこの状況をどっかで観察しているだろうから、無事に帰ることができた暁には八雲家に赴いて磔獄門の末にマッパで冥界に放置することを決めた。覚えてろよ……!

 付近の湯気が揺らぎ、件の人物……いや、妖怪が姿を現した。

 パーマがかかった銀色の髪は湿気で身体に貼り付いていて、どことなく扇情的な印象を抱かせる。ぱっちおめめは健在で、こんな状況でもしっかり見開いて俺を見据えていた。問題点としては起伏のない幼児体型であるけれども、少しも隠そうとしないのでむしろこっちが恥ずかしい。

 

「あれ、お兄ちゃんだー。こんなところで奇遇だね。お姉ちゃんの裸を見たいのなら、後五分くらい後に覗きを敢行すべきだよ?」

「待つんだこいしちゃん。状況的に俺が覗き魔扱いされることは致し方ないしいたって自然な流れだけど、とりあえずは俺の話を聞いてくれ」

「こういう時は叫べばいいんだっけ? 私ね、この前霊夢から『何かあったらこれを使いなさい。一瞬で駆けつけるから』って呼びだし用の御札を貰ったんだ。脱衣所に置いてあるから取ってくるね!」

「やめて! お願いだから俺の話を聞いて! 後、それを持ってこられると俺の人生と人権がごっそり永遠に消失するから勘弁して!」

 

 今日も元気に無意識全開な古明地こいしちゃんに下心どころの騒ぎではない。この状況だと俺が犯罪者扱いされるのは当然だが、一応言い分はあるのだから待ってほしい。というか、昨日既に鬼武者と化していた最愛の巫女さんをこの場に呼ばれてしまうと、命どころか存在さえ消滅させられる可能性が高すぎる。結局にとりさんと暴れたことを謝ってもいないし、今霊夢を呼ばれるのだけは最高にマズイ。いや、こいしちゃんのお風呂タイムに突撃した時点でだいぶヤバいけど。

 俺の必死の制止の甲斐あって、霊夢を呼ぶことだけは勘弁してくれたこいしちゃん。服を着ようともせず、湯気に塗れる風呂場の中でのほほんと首を傾げている。

 

「それで、どうしてこんなところに? 早苗に襲われた結果スキマ妖怪の転移で不本意に飛ばされでもした?」

「予想の遥か斜め上を行く状況把握力で助かるよ。一文字も説明に使わせない辺り、文字数稼ぎの敵だねこいしちゃん」

「えへへー。ちなみに言っておくと、後一秒後にお兄ちゃんの後ろの扉が開かれてお姉ちゃんが入ってくるよ。あ、お姉ちゃんだー」

「心の準備すらできない!」

 

 あまりにも残酷すぎる宣告にぐるんっと首が捩じ切れんばかりの勢いで振り返る。正確な姿を捉えるよりも前に桃色の髪が視界に飛び込んできて、俺は明確な死を悟った。さとりだけに。

 

「HAHAHA、面白くもクソもない冗談ですね威さん」

「か、顔がまったく笑っていないよさとりちゃん……」

「全裸の妹を視姦する知り合いの男性を前にした、タオルを巻いているとはいえ半裸状態の私に優雅に微笑む心の余裕があるとでも……?」

「あるわけないですねすみません知っていました勘弁してくださいお願いです」

「事情は心を読んで大方理解しましたが、ここはテンプレに則ってやるべきことがありますね。えぇ、別に怒っているとかではありませんが、とりあえず顔面をこちらに差し出してください。様式美というやつです」

「なんで!? 事情を分かってくれたのならわざわざ俺を殴る必要はないんじゃないですかねぇ!」

「女子の裸を無料で見られると思ったら大間違いなんですよこのラッキースケベ野郎ぅ――――!」

「木製の桶ェ――――ッ!?」

 

 いつの間に右手に持っていたのか、思いっきり振りかぶると横薙ぎに桶を振るう。見事に側頭部を抉ったさとりちゃんの攻撃は、俺の意識を刈り取るには十分すぎる威力を誇っていた。

 なんか、気を失ってばかりですね俺。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「まったく……。故意ではないとはいえ、淑女の浴場に無断で足を踏み入れるなんて言語道断です。不潔ですっ」

「ずびばぜんでじだ」

「以前に比べて性欲丸出しの思考回路じゃなくなったとはいえ、前科がありますからね。警戒するのは乙女として当然です」

「ぞのどおりでございばず」

 

 居間の絨毯に正座してさとりちゃんの説教を受けること早二時間。現在は客用の部屋着を貸してもらったおかげで外見的には事なきを得ているものの、桶での攻撃意外に右ストレートを何発かお見舞いされたらしく、顔のあちこちが腫れ上がっていてマトモに喋れやしなかった。人間相手ならともかく妖怪、それも勢力ボスの一撃を何度も喰らったのだ。俺のリジェネ速度を以てしてもすぐには回復しないだろう。誰かが恋力に繋がる何かを提供してくれれば別だが。

 

「もぉー、お姉ちゃんは真面目すぎるんだってー。私は裸くらい気にしないし、お姉ちゃんも全裸を見られたわけじゃないんだからそろそろ許してあげようよー」

「こいしはそうやってすぐに威さんの味方をして……悪い事をした人はちゃんと怒らないといけないって寺子屋で習ったでしょう?」

「お姉ちゃんの場合は威さんと久しぶりに話している喜びを照れ隠ししているだけじゃんか」

「なぁっ!? ななな、なにをそんな意味の分からない」

「さとりちゃん、気持ちは嬉しいけど俺には霊夢という立派な伴侶が」

「へ、変な早とちりやめてください! 違いますよっ」

「お兄ちゃんこいしと遊ぼー」

「おっと」

「聞きなさい!」

 

 途端に顔を真っ赤にしてあたふたと両腕を振り回すさとりちゃんであったが、既に次の目的に意識を向けている無意識少女こいしちゃんはどこ吹く風といった調子で俺の膝に飛び乗ってくる。正座のまま受けるのは少々体勢が辛かったので必然的に崩すことになったものの、置いてけぼりを喰らっている状態のさとりちゃんが涙目でこっちを睨み始めていた。この姉妹は本当あべこべで微笑ましくなる。

 手持ち無沙汰なのでこいしちゃんの頭を撫でつつこれからのことを考える。ぐるぐると猫のように喉を鳴らす姿に癒しを覚える俺だ。こいしちゃんは可愛いなぁ。

 

「……むー」

「こいしちゃん可愛いって思っただけで不貞腐れるのはちょっと大人げないんじゃないですかね」

「……いいですけどね。どうせ私はこいしと違って、根暗な引き篭もり体質の不健康妖怪ですから」

「陰気だなぁ」

 

 すっかり拗ねてしまったさとりちゃん。自分では卑下しているけれど、実際さとりちゃんは相当に美少女だし、ちゃんと身嗜み整えて出るところに出ればモテモテ間違いなしなのではないだろうか。少し外見が幼いかなとは思うが、幻想郷の結婚適齢は低いので問題はないはずだ。……妖怪を嫁にもらう物好きがいるのかは知らないけど。

 目線すら合わせてくれないさとりちゃんの機嫌を直すために何をすればよいか。ふとこちらを向いていたこいしちゃんと目が合った。しばしアイコンタクトで会議した末に、こいしちゃんを一度床に下ろすとさとりちゃんへと近づく。

 不意に距離を詰めた俺を不審に思ったのか、それとも心を読んで警戒したのか、じりっと後退りしかけた彼女に一気に寄ると、

 

「獲ったどー!」

「うっきゃぁあああああ!?」

「お姉ちゃん今日は猫ちゃんパンツだー」

「み、見るなぁあああああ!!」

 

 勢いよく抱き上げ、そのままぐるぐる回転。抱き締められた体勢で回されるさとりちゃんのスカートが舞い上がって中身が露呈しているが、俺からは見えないのが残念だ。いや、非常に残念。幼女のパンツには形容しがたい価値があるというのに……残念極まりない!

 

『コロス……タケル、コロス……!』

「ひぃっ! なんだ、どこから聞こえてきたんだ今の呪詛は!」

「急にどうしたのお兄ちゃん。何も聞こえなかったよ」

「マジか。今ものすごい密度の殺意を感じたんだけど」

 

 もしかすると神社から地底まで殺意だけを飛ばしたというのだろうかあの巫女は。だとすると恐ろしい……ヘタな事をしでかすと神社に帰った時に骸すら残してもらえなさそうだ。

 

「もうやだ……恥ずかしさで死ぬ……」

「いいじゃん。お兄ちゃんにだっこしてもらって羨ましいなぁ」

「そ、そういう問題じゃありません! だってこんな、子供みたいな……この私が! 地底の管理者である私が!」

「そんな堅苦しい肩書きをいつまでも引っ張る頭の固い幼女はもう三回転やっとくか」

「誰が幼女ってにゃぁああああああ!! やめてぇええええええ!!」

 

 霊夢への恐怖を尽きないけれど、今はまずこの変なプライドと羞恥心を捨てない不器用少女を改心させることが先決だ。顔を真っ赤にして騒ぐさとりちゃんを抱き締めて大回転開始。ぐへへ、柔らかいぜさとりちゃん……。

 

「お兄ちゃん、たぶん数日後には冥界辺りで会うことになりそうだね」

「本当にありそうだからやめてくれ」

 

 洒落にならない。

 

 

 

 

 

 




 宣伝をば。
 今年の冬コミ一日目に小説サークルとして参加する予定です。スペース名は『がと~しょこら』で番号は『東メ-30b』でございます。萃文同人誌既刊と霊マリ同人小説新刊を頒布予定。今回は『空星ながれ』さんも合同スペースで参加しておりますので、興味の沸いた方は是非是非お立ち寄りを。

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