それでは早速。マイペースにお楽しみください♪
買い物も終え、なんとか滞りなく準備も整った次の日。
ありったけの敷物と酒を用意した俺と霊夢は、境内から騒がしい庭の方を二人で眺めていた。昨日の今日で、参加者は既に数えることもままならないほど膨れ上がっている。果たして酒が足りるのか、そこが一番の心配どころだ。
想像以上の参加者の多さに呆然とする俺。
「すげぇな……思いつき企画でもこんなに集まるのか」
「幻想郷の住人は宴会が生き甲斐だからね。どんなに小さな宴だろうが聞きつけてはこぞって参加するの。私達にとって、宴は遊びみたいなものなのよ」
「遊びねぇ……」
目の前に広がる光景に視線を向ける。
飲み比べをしている鬼幼女と兎女。日傘をさして偉そうに高笑いしているちびっこと、それを暖かく見つめる美人さん。遥か空中で気弾らしきものを打ち合っている妖精達。
……確かに、これは遊びだわ。みんな楽しそうにはしゃぎ回っている。それぞれ種族も違うだろうに、宴会の場ではそんな些細なことは関係なくなるらしい。河童と東風谷が一緒に呑んでいるのを見つけて、思わず笑みが零れる。というか、お前もいたんだな、東風谷。
「……さて、と」
「ぅ?」
俺と一緒に宴会の様子を眺めていた霊夢は、一つ息をつくと俺の手を突然握った。暖かな体温と女性らしさ溢れる柔らかさが直接伝わってきて、無意識に動悸が速くなる。うわわ、いきなり霊夢エンド突入?
またもや俺の呟きが漏れていたようで、霊夢は呆れたように視線を向けると握った手にさらに力を込めた。
「んなわけないでしょ。違うわよ。アンタは今回の主役なんだから、こんなところで孤立させるわけにはいかないの。早くみんなに紹介しなくちゃ。そのための歓迎会なんだから。じゃんじゃん酒飲んでどんどん知り合いなさい」
「……ちなみに俺、未成年なんだが?」
「私は十五よ」
いや、そういう意味じゃないんだけど。偉そうに胸を張る霊夢にジト目を送ってはみるが、結果は無駄だったようである。どうやらこの世界では未成年の飲酒についてとやかく言う法律はないらしい。酒がすべて。そういう世界のようだ。
俺が初めて飲酒をしたのはいつだったか。確か、麦茶と間違えて泡の抜けたビールを飲んだのが初めてだった気がする。異常に苦い味に、ダッシュでトイレに駆け込んだっけ。懐かしいなぁ。
「ほら、行くわよ」
「あぅ」
霊夢に引き連れられ、一つの集団へと赴く俺。
そこは幾多ある集まりの中でも一際多くの人が集まっていた。どことなく慣れた雰囲気があるのは、博麗神社で開かれる宴会の常連さんだからだろうか。まるで我が家のようにくつろぐその姿に、ここが神を祀る聖なる場所だということを一瞬忘れさせられそうになる。なんとも楽しそうだ。
もはや声も聞こえなくなるほどの喧騒を誇っていたその集まりは、俺と霊夢が現れたことで一時静寂を取り戻した。数多の目が俺を捉え、好奇の視線が浴びせかけられる。これにはさすがに俺もビビった。なんたって人外生物の集まりである。普通の人間に注目される以上の緊張が俺の全身を襲った。
全員が俺に注目する中、霊夢は高らかに叫ぶ。
「みんな、今日は歓迎会に参加してくれてありがとう! 思い付きだったから参加人数が心配だったけど、そんなものは杞憂だったわね」
『当たり前だー!』
『酒あるところに私有り!』
『キュウリ大好きー! イッヒッヒー!』
「うん。とりあえずにとりは黙りなさい」
霊夢の一睨みで立ち上がって騒いでいたショートツインの少女がしおらしく座り込む。にとりと言うのか。覚えておこう。
「今回はとあるヤツをみんなに紹介しようと思ってこの会を開いたの。もう知っている人もちらほらいるでしょうけど、ソイツは最近幻想入りしたのね。博麗神社に入ってきて、普通に縁側で休んでいたところに、私と出会ったの」
『……彼が運命の人だったのよ』
『お幸せにー!』
「今さらっと茶化した妖怪スキマババァと便乗した風祝は後で私の所に来い。直々に退治してやる」
『すみませんでした』
お札をこれみよがしに見せつけられた二人は一瞬で頭を地面へと擦り付けていた。さすがは博麗の巫女。恐ろしさだけは筋金入りだな。
少し騒がしくなってきた空気を諫めると、霊夢は少し口元を綻ばせる。
「自分勝手でマイペースで、煩悩持ちで変態で。隙あらば愛の言葉を囁いてくるような馬鹿なんだけど、今は私と一緒にこの神社で暮らしている彼。……ほら、威」
「お、おぉ」
霊夢が俺の背中を押す。顔を見せろ、ということだろうか。促されるままに前に出る。……緊張が増してきた。
(……何緊張してんのよ、らしくもない)
(うるせー。こう見えても赤面症なんだよ)
(嘘おっしゃい)
ボソボソと周囲に聞こえない程度の声でやりとりする俺達。気を遣ってくれているのだろう。俺の緊張を解してくれているのか。
霊夢との会話で少しは楽になったが、まだ辛い。いつか頭の中が真っ白になるのではないかと危惧していると……、
手持ち無沙汰だった俺の右手を、霊夢が温かく包み込んだ。
本日二度目の接触。しかし今度は先ほどと違って優しく握りしめるような形。突然の衝撃に俺が呆気にとられているのを見て、霊夢は思わず見惚れるような笑顔と共に呟いた。
(……私が付いているわ)
(れ、霊夢……?)
(緊張するのは仕方ないわよ。今まで人間としか交友関係がなかったのに、いきなり妖怪達の目の前にいるんだから。気持ちは分かる)
(…………)
(……でも、安心して? 私が隣にいるから。アンタがどんなに心細かろうと、私が絶対傍にいるから。だから威は普段通りに馬鹿やって、マイペースに行動しなさい)
(……すまん。ありがと、霊夢)
(どういたしまして)
あまりにも恥ずかしすぎて、霊夢の顔をまともに見ることができない。嬉しすぎて、あまり多く言葉を放つことができない。このツンデレ巫女、大事なところで俺の心を鷲掴んでくる傾向にあるらしい。ただでさえ惚れているのに、こういうことをされるからさらに好きになる。時折見せる優しさに、どうしようもなく安心感を覚える。
(……よし)
気が付くと、あれほどまでに身体を縛っていた緊張感は驚くほど無くなっていた。今は嘘のように身体が軽い。これなら、安心して喋ることができる。
改めて、観衆を見つめる。
ちらほらと見覚えのある顔が。東風谷に神様二人。紫さんに、慧音さんまでいる。本当に来てくれたのか。後でお礼を言わなくちゃな。
俺が平常心を取り戻したのを見計らって、霊夢が再び紹介に入る。
「それじゃあ紹介するわね。博麗神社の新たな住人。役職は雑用兼暇つぶし係。幻想郷初心者、雪走威よ!」
『『『ワァアアアアアアアアア!!』』』
「……ずいぶんな紹介だな。そんなに酷い扱いか? 俺。どうも、雪走です。可愛い娘と綺麗な女性はお友達になりましょう! モットーは『何事もマイペース』ですんで、そこんとこよろしくぅ!」
俺の自己紹介に観衆が再び歓声をあげる。『外』でもほとんど浴びたことのないような拍手喝采が、新緑の桜と共に博麗神社に響き渡る。
まさかここまで受け入れられるとは思わなかった。少しは拒絶されると思っただけに、喜びは深い。予想以上に感動的な光景に、思わず目尻が熱くなってくる。
そんな俺の恥ずかしい姿を目ざとく見つけた霊夢が、悪戯っ子の笑みで俺の顔を覗き込んでくる。
「うわ、泣いちゃってまぁ。恥ずかしいわねぇ~」
「はん。言ってろ。いずれお前も性的に泣く日が来るから」
「強姦容疑でしょっ引くわよ」
おぉ怖い怖い。妖怪退治屋博麗巫女は警察的役割も担っているらしい。これは要注意だな。自粛するか? ……しないけど。
兎にも角にも、こうして俺は無事に妖怪の皆さんへの自己紹介を終えることに成功したのであった。……今度霊夢にお礼をしよう。今回のお礼は、ずいぶんと高額なものになりそうだ。
隣で笑う想い人に微笑みつつも、俺は心の中でそっと感謝の言葉を呟いていた。
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