とりあえず早速。マイペースにお楽しみください。
「おぅい、こっちだ雪走君」
一升瓶を片手に携えた慧音さんが手を振って俺を呼んでいる。堅苦しい第一印象の彼女だが、こういう場では意外とそれなりにはっちゃけるらしい。足元に転がる瓶の数は既に六を超えている。飲み過ぎでしょ。
「行きましょうか。私も早く飲みたいし」
「十五歳の台詞とは思えないな。ほどほどにしておけよ?」
「大丈夫。酒には強いのよ、私」
そう言う奴ほど酒癖が悪いというのは今までの経験則で重々承知している。コイツも荒れるんだろうな、と嬉しそうに魔法使いらしき少女の隣へ座る霊夢に呆れの視線を送る俺だった。
座敷はほとんど座る余裕がない。霊夢の分で最後だったようだ。地べたにでも座ろう。そう思い慧音さんの近くに腰を下ろす。
「悪いな、雪走君。気を遣わせてしまって」
「いえ、俺は主催者ですから。それに言ったじゃないですか。今日は楽しんでもらうって」
「……そうだな。それじゃあ心置きなく」
酔いが回り、ほんのりと桜色に染まった顔で上品に微笑む慧音さんはなんかエロティックだ。うおぉ、これが大人の色香ってやつか。酔った女性は恐ろしいな。
トクトクと俺の分の酒を律儀にも注いでくれる慧音さん。
「……ほら、キミの分だ」
「え、えーっとぉ……俺、酒飲んだことないんですよねぇ……」
お猪口を差し出され戸惑う俺。現代社会では未成年の飲酒は法律で禁じられている。だから俺も当然飲んだことはない。正月のお屠蘇とかなら別だが……。あ、後、前述の事故もな。
そんなわけで、酒に対してやや抵抗感のある俺なのである。いい思い出は無いし、ちょっとなぁ。
俺が逡巡していると、少し離れたところで酒盛りの真っ最中だった東風谷がへべれけな様子で俺の方へと近づいてくる。
「雪走くぅ~ん、早く飲みまひょうよぉ~」
「うわっ、酒臭ぇ! 何杯飲んだ東風谷」
「えぇ~? 三瓶くらいでふかねぇ? でもでも、まだまだ全然飲み足りませんよぉ」
「にゃはは」と照れとは違った赤面で笑う東風谷。そういえばコイツも俺と同じ境遇だった気がするが、幻想郷に来てしまえばそんなことは関係ないらしい。成人もビックリな飲みっぷりを見せている。……神奈子様と呑み比べ始めやがった。
酒に呑まれていた東風谷に比べ、幾分か正気な慧音さんはニコニコ笑顔――それでも酔ってはいるが――を向けてくる。
「なぁに、最初は誰だって怖いものさ。そこの守矢の巫女だって飲み始めのときは躊躇していたんだよ」
「十代も中盤ですからね。そりゃ躊躇するでしょう」
「あぁ、飲ませるのに苦労したよ。……でも、宴会の場では素面でいることの方が失礼に値するんだぞ? 酒を飲んでこその宴。酔っぱらってこそ、親睦を深めることができるのだよ!」
「……慧音さん、酔ってますね?」
「あー、分かるか」
えぇそりゃあもう。貴方普段はそんな騒ぐキャラじゃないでしょうし。
しっかし、このまま飲まないのも失礼なんだよなぁ……あまり気は乗らないが、ここまで言われている以上飲むしかあるまい。慧音さんからお猪口を受けとり、意を決して口に含む。
途端に襲い来る独特の苦み。
「~~~っ!」
「お、なかなかいい呑みっぷりじゃないか。どうだ? 初めての酒は」
「……んくっ。えと、なんというか……最初はアレなんですけど、だんだんと心地よくなってくると言いますか……。はい、気持ちいいです」
「そうかそうか! よし、じゃんじゃん飲もう!」
俺の参入により勢いづいた慧音さんは満面の笑みで酌をする。ふむ、酒も飲んでみれば美味しいものだ。今まで敬遠していた(禁止されていた)のが少し残念で仕方がない。
乾杯。お猪口同士をかち合わせながらも、霊夢が気になりだしてきた。ここ最近ずっと一緒にいたから、少し寂しくなったのかもしれない。確か、魔法使いのところだったよな。俺よりは遥かに慣れているだろうから、心配はいらないとは思うが。
酒の魔力に舌鼓を打ちつつ、視線を向ける。
「まりしゃー! キスしまひょー!」
「のわぁっ! オイコラ、霊夢にワイン飲ませた奴誰だ! コイツには飲ませちゃいけねぇってあれほど……」
「むちゅー」
「ちぃっ! 酔うと面倒だぜ霊夢! だから大人しく日本酒だけ飲んでろって言ったのに!」
「まりしゃぁ……キスぅ……」
「あぁくそしつこい! ……あ、雪走! お前の嫁が絡んでくるんだ。助けて――」
「……(ふいっ)」
さて、東風谷の所へ行くとするかな。
「待てやコラ雪走ぃいいいいいいいいいいいいいいい! てめぇ気付いてんだろうが! さっさと助けろよ!」
「……了解です」
割とガチで応援を要請されたので、仕方なくも救助に向かう。酔っ払いには絡むなというのが世界の真理だから、できるだけ接触したくはないのだが。魔法使いさんにはもう少し粘ってもらいたかったところだ。酔った人間の相手なんて、たとえ霊夢であっても避けたいところではある。
仕方がない。溜息交じりに魔法使いさんの元へ。
「お呼びですか、白黒さん」
「霧雨魔理沙だ。そんなパンダみたいな名前じゃないぜ?」
「喋り方がワイルドですね。デニムシャツとか着たりします?」
「で、でに……なんだって?」
「いえ、なんでもありません」
ボケが通じないと寂しくなる。幻想郷に来てこの手の悪乗りは東風谷にしか通用しなくなったから、そういった点では空しい限りだ。スベることもできやしない。
鍔広帽がチャーミングな霧雨さんは、キスをせがむ霊夢を必死に抑えながら悲鳴を上げている。
「それよりだ雪走。まずはこの酔っ払い霊夢をどけるところから手伝ってくれ」
「まりしゃあ、むちゅー」
「……楽しそうですね。レズですか」
「援助要請が聞こえなかったのかお前は。マスタースパークぶっ放すぜ?」
「冗談です」
正体不明のガラクタを向けられる。何物なのか全く見当もつかんが、霧雨さんが放つ怒りオーラがものすんごいことになっているため大人しく引き下がる。無駄に食い下がって怪我をすることもあるまい。
未だデレデレな霊夢を羽交い絞めにする霧雨さん。
「ほら霊夢。お前の旦那さんが迎えに来たぞ?」
「んにゅー?」
「…………」
「コラ変態。上向いてなに首筋トントンしてんだよ」
「ダメです、霧雨さん。破壊力がダンチです。胸きゅんポイントマックスですよ。日本人的に言うなら萌え~です」
「お前も大概馬鹿だな。見事に幻想郷の住人らしくなってるぞ」
「ということは霧雨さんも馬鹿なんですか」
「私は普通だ。普通の魔法使い」
普通の常識人は自分の事を普通と言ったりはしないと思う。それに、こんなコスプレをしている人が普通であるものか。魔法使いコスなんて時代遅れにもほどがある。……妖怪の住処で言うのもなんだが。
それと、先ほどから霊夢が潤んだ瞳で俺の方を見てきているという事実をどう対処すべきだろうか。最優先策としては『寝室に運んで押し倒す』だ。今なら既成事実を作成できるかもしれない。いや、しねぇけど。さすがに俺もそこまで鬼畜ではない。
ぽやーとしている霊夢はどうやら標的を霧雨さんから俺に移したようで、ずるずるとミミズのように這いつくばって俺の方へと近づいてくる。……可愛い。
「いやいや、アレはホラーだろ」
「何を言いますか霧雨さん。這うごとに崩れていく巫女服がエロいでしょう? あれはポイント高いですよ」
「さっきからポイント制だなお前。なんかこだわりでもあるのか」
「はだける巫女服。赤らんだ頬。緩んだ口元……素晴らしい(パシャパシャ)」
「写メるな」
おそらく東風谷あたりから教わったのであろう外来語で俺を諫める霧雨さん。しかし俺は手を休めない。こんなエロい格好と表情の霊夢は中々お目にかかれないだろうから、この機を逃すわけにはいかないのだ。今後のためにも、是非とも入手しておきたい。
ある程度の写真を撮り終え、携帯電話を直す。さて、そろそろ霧雨さんを救出するとしよう。すっかりふやけてしまっている霊夢の前にしゃがみ込み、介抱を開始する。
「おい、霊夢大丈夫か?」
「ふにゅ~ん? ……あ、ひゃけるだぁ……!」
やばい。早くも鼻栓が決壊しそうだ。
迫りくる『たれいむ』の破壊力をなんとか凌ぎつつも、作業を続行。右腕を支え、上体を起こす。
「ほら、酔っぱらってんなら寝室で休んで来いよ。後片付けとか接客は俺がやっておくから」
「いやぁ……たけるぅ……」
「文句言わない。このままじゃ霧雨さんにも迷惑かけるだろ? 今は酔いを覚ますのが先決だ」
「んぁ……やー、きすぅ……」
「キスじゃない。素面ならいくらでもしてやるが、今はダメだ。お互いの合意の上で成立するんだぞ? そういうことは」
「いや、そういう問題じゃないだろ……」
霧雨さんは呆れたようにそう漏らす。常識的に見ればその通りだろう。キスの正当性とか、こんな時に議論するものではない。俺だって冗談だ。こういった話は二人っきりのときにするべきだろう。
「二人だけでもするなよ。まだガキの癖に」
「霧雨さんよりは年上ですけどね」
「私はいいんだ。精神年齢が大人だから!」
「さいですか」
誇らしげにない胸を張る霧雨さんは普通に小学生みたいだった。年齢的には中学生だけど。
「ひゃけるぅ……きすひてぇ……」
「……それより、なんですかこの霊夢のエロ状態は。超神水でも飲ませたんですか?」
「なんだよそれ。いやさ、霊夢は日本酒とか焼酎ならいくらでも飲めるんだよ。それこそ萃香(すいか)に匹敵するほどに」
「はぁ……って、萃香?」
「ん? あぁ、雪走は知らないのか。ほら、あそこにいるだろ? 角の生えたガキが」
前方の木の下で飲み比べをしている集団を差す霧雨さん。確かさっき兎女と鬼幼女が勝負していたが、その決着はまだついていないらしい。お互いに顔を真っ赤にしながらグビグビと徳利を傾けている。……いやいや、もう三十分は立つぞ。
霧雨さんの言った特徴からして、どうやらあの鬼が萃香というようだ。あちこちに分銅を付けているのはなんなのか。『恐ろしい』という鬼の第一印象が儚く崩れ去っていく音を俺は確かに聞いた。
「まぁ萃香の話はさておき、霊夢はそれなりに酒豪なんだよ。普通ならここまでへべれけにはならない」
「ならないって、これもうヤバいくらい酔ってるじゃないですか。ベロンベロンですよ」
「……霊夢は、ワインだけはダメなんだよ」
「ワイン?」
ワインってあれか。葡萄酒の類か。欧米で人気のジュースモドキか。
だが、ワインが駄目ってなんなのだろう。
「私もよくは分からないけど、どうもワインには弱いらしい。一口でも飲むと途端にこうなっちまうのさ」
ゴロニャンと猫よろしく身体を伸ばす霊夢。酔うと魅力五割増しである(当社比)。
しかし、またずいぶんと特殊な体質だ。ワインだけに弱いとは。まぁ江戸時代を模したこの幻想郷でワインが出ることなんてほとんどないだろうから、慣れていないのかもしれない。おそらく発信源は日傘の下で優雅にグラスを傾けているあの幼女だろう。翼でかいな。
「……むー」
西洋染みた幼女の方を眺めていると、すっかり前が開いてしまっている霊夢が不貞腐れたように俺を睨んできていた。両頬を膨らませているのがなんともいえない。幼児退行霊夢万歳。
なにか機嫌を損なうようなことをしただろうか。心当たりは微塵もないが、とりあえず会話を開始。
「どうしましたか霊夢さん」
「ひゃけるさっきからレミリアの方ばっかり見てるぅ……」
「レミリア? ……あぁ、あの幼女か。いや、偶然に目についてさ。西洋人なんて珍しいし、なんかでっかい翼も生えてるし」
「レミリアばっかりずるいー! わたひもひゃけるとキスするぅー!」
「いやいや、してないから。レミリアとやらを勝手に巻き込まないように」
先ほどから件のレミリアさんが人も殺せそうなほどの眼力で睨んできておりますので。隣のメイドさんもナイフ構えないでください。正直死ねます。
だんだんと命の危機が迫り来ているのでそろそろ霊夢をお暇させるとしよう。
「じゃあもう行こう、霊夢。ほら立って」
「……いや。まだ威と飲む」
「我儘言わない。また今度日本酒付き合ってやるから」
「いやー! どーせまりしゃといかがわしいことするんでしょー!? このスケベ!」
『ぶふぅっ!?』
『…………(ニヤニヤ)』
もはや回収不可能な地雷を躊躇なくばら撒く幼児霊夢さん。思い思いに騒いでいた他の妖怪達が今の叫びを聞きつけて集まり始めている。耳ざとい奴らだ。面白そうなことにはとことん首を突っ込む気質らしい。
さてさて、とにかくこの状況を突破したいのではあるが、まず対処すべきは誤解を解くことではなく、
「このバカ霊夢! ななな、なんで私が! 香霖に聞かれたらどうするつもり――――」
「まりしゃ二股ぁー! 淫乱だぁー!」
「殴るぞてめぇ!」
絶賛カオス真っ最中の十五歳二人だろう。
とうとう先ほどのガラクタを取り出し始めている霧雨さんをなんとか抑え込み、慧音さんに引き渡す。今この場にいれば間違いなく怪我人が出る。おそらく、俺。
「……ドロドロの三角関係についてお話を伺いたいのですが」
「帰ってください」
突然現れたカラスみたいな女性には一先ずお引き取りいただいて。
なんやかんやと騒ぎ立てている妖怪には目もくれず霊夢の手を握る。
「ほらもう騒がないで。早く立てよ」
「むー! ……えいっ」
「は? のわっ」
いじけのボルテージが百を突っ切っている霊夢は何を思ったのか、掴んだままの俺の手をグイと思い切り引っ張った。酔っぱらっても力はあるようで、十五歳とは思えないパワーで俺の身体を引き込んでいく。油断していたせいもあるのか、ロクに抵抗も出来ない俺はそのままつんのめっていき……
「んぐっ!?」
「ちゅー」
なんとも盛大に、唇を重ねたのだった。
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