午前中の仕事が終わり昼休憩で平塚先生と外でラーメンを食べた帰り、俺達は周りの人には聞こえないように注意して前の事件の話をしていた。
「喰種収容所は今どうなんですか?」
「ああ、奴らの襲撃を受けて修繕が大変らしい。収容所にいる喰種の動きも活発化しているらしく、捜査官が何人も派遣されている」
「完全にやられましたね。SS層からも数体逃げたって噂がありますけど…」
「はぁ、それも事実だよ。
A層で37、S層で5、SS層で3体の脱走が確認されている」
「さすが准特等、やはりその辺の情報は流れてくるんですね」
「それほどまでに大事というわけだよ」
確かにAレートの喰種はともかくS、SSレートの奴らはヤバいな。
もしそいつらが全員アオギリの一員に加わったとしたら、シャレにならないくらい大きな組織になっている。
「まぁそちらの事件も大変だったが、私達の方も大変だった。
なんせあの“隻眼のフクロウ”が出たからな。
私は戦っていないが…」
「SSSレートですか」
「そうだ。レートの中で一番高いSSSレート。
赫者にしてCCG最大の敵だ」
歩きながらも会話を続け、人通りの多い道から外れて少し狭い道を通る。
石塀が両サイドにある道で、どこか古びた家が石塀の上から顔を出している。
ここは本部までの近道で、ここを抜ければあと少しで本部に着く。
「……平塚先生。隻眼の喰種って何ですか?
隻眼であることは何を意味するんですかね?」
小道が二人で並ぶと通れない幅になり、俺が前で平塚先生が後ろに並んで進んだ。
そして俺は少し歩幅を縮めて本部に着くのを遅らせる。
この事は仕事に戻る前に知っておきたい。
「隻眼、…まぁ名前の通り片目だけ赫眼でもう片方は私達と同じ普通の眼というのは分かっているか。
私も詳しくはないが今までに隻眼の喰種は二体確認されているらしい」
「二体ですか?」
「一体はさっき話していたフクロウ。そしてもう一体は昔現れた隻眼の王だ」
隻眼の王……。
「大昔ってほど昔ではないが、君のおじいさんが子供位の時にCCGは喰種の集団によって壊滅寸前まで追い込まれた。
それで、その集団を率いていたのが隻眼の喰種だったらしい。
だから隻眼の“王”。喰種の王様ってことだよ」
その後の平塚先生の話では、結局CCGが精鋭の部隊を作って勝ったらしい。
「全部長年の捜査官生活で聞いた話だから詳細は分からない。
だが今実在する隻眼のフクロウの強さを見れば結構説得力がある話だろう。
だからCCGは隻眼を恐れ、目の敵にしているのだよ」
「へぇー」
それから少し間が空き、俺は無意識にこう言っていた。
「……まぁ別に、隻眼だからと言って全員が悪い奴だとは思いませんけどね」
「ん?すまない聞き取れなかった」
平塚先生は俺の後ろから耳を傾け、さっきの言葉を聞き返してくる。
……平塚先生でよかったな。雪ノ下さんなら聞き取られていた。
「…あれです。隻眼の喰種ってどうやったら生まれるのかと思いまして。
普通は両眼とも赫眼になるじゃないですか」
「ふむ、なるほどな。
……確かにそう言われれば私も気になる」
手を顎につけ考える平塚先生。さすがにそこまでは分からないか。
「……あっ、そう言えばこんな事を聞いたことがあるな。
“隻眼の喰種は喰種と人間のハーフじゃないか”ってな。
私がアカデミー生の時に同期の子たちがそんな事を言っていたよ」
「平塚先生のアカデミー時代?
何十年前の話をしているんですか?」
「ふんっ!!!」
そう言った瞬間、平塚先生の鉄拳が後ろから俺の耳を横切る。
「今度は当てるぞ」
「ごめんなさい」
ヤバい、喰種の動きより早かったかもしれねぇ。
「話を戻すが、隻眼は半分人間の眼で半分喰種の眼だからハーフの喰種と言う話をアカデミーの時にしていた。
まぁ、今思えばそれは絶対にないだろうけどな」
「なぜです?」
平塚先生はフッと鼻で笑った。
「喰種と人間が交わっても子どもはできない。
当たり前だろう?私達と奴らは違う生き物なのだから」
「…まぁ、そうですね」
縮めたはずの歩幅はいつの間にか元に戻っており、もう目の前にはCCG本部があった。
「それに交わる以前におかしいだろう。
喰種が食べ物である人間に恋をするわけないし、人間も我々を喰らう喰種に恋をするわけがない」
アカデミーの同期はこんな事も分からなかったのか、と言って笑う平塚先生。
さっきまで俺の後ろにいたが、今はもう俺の前を歩いてCCGの敷地内に足を踏み込んでいる。
…確かに人間が喰種に恋をするなんて笑えるな。
こんな話、局の人達に言ったら笑うだろうし、今時の小学生だってケラケラ笑う。
本当に、笑える話だ。
「ハハ、ですよね」
そんな笑える話に、俺は乾ききった愛想笑いして平塚先生の隣に並んだ。
*
カーテンを閉め切り、オレンジ色の明かりを灯した部屋。
この静かな部屋では私がプリントをめくる音しかしていない。
字の列を目で追って、読み終われば次の列を読んで、すべてが読み終われば次の一枚を読む。
それを何度も繰り返して、何度もプリントの束を読み返した。
「……」
そして何周か読み終え、私は握りしめていた紙を放した。
私が読んだのはノロに渡された封筒の中に入っていたもの。
読み始めた時には心臓がバクバクと動いていたが、読み終わった今はそんなことはない。
ただただ今は、自己嫌悪と罪悪感で頭がいっぱいだった。
「やっぱり私は……。
私はきっと......、恨まれているでしょうね」
言いかけた言葉は止まり、別の言葉が出てきた。
言おうとした言葉に嘘はなく、言った言葉にも嘘はない。
でも言おうとした言葉の続きを発してしまえば、私は正気を保てる自信がなかった。
「……」
私と言う存在は多くの者を傷つけていた。
人の命を奪い、その人の未来を奪っていた。
ある人から大切な人を奪い、奪われた人は今もなお苦しんでいるだろう。
「やっぱり、私は……」
なぜ私は喰種なのだろう?
なぜ私は人間じゃないのだろう?
……いや、そもそも私は喰種ですらない。
「……とても、とても醜いわね」
部屋の鏡に映る自分の姿を見てそう思う。
薄暗い明りに照らされ、鏡に映っているのは間違いなく私。
右眼だけが喰種で、
左目だけが人間。
こんな生き物、人間でも喰種でもない。
「こんな生き物は、……ただの」
奥歯を噛みしめて止めようとしたけれど、その言葉は止まらない。
「ただの醜い化け物だわ!」
とっさに近くに置いてあったドライヤーを鏡に投げつけて割った。
鏡は大きな音を立てて割れたけど、私はそれをほってベッドの中へと潜り込んだ。
もう見たくないし、考えたくない。
誰も傷つけたくないし、誰の命も奪いたくない。
「……っ」
辛くて悲しいからベッドの中で静かに泣いた。
人間や喰種のように、化け物も泣いた。
泣いて泣いて、醜い私を恨み続けた。
「………もう、………いや」
これだけ悲しもうとも、これだけ嘆こうとも、
お腹を空かせて人の肉を求める化け物を、私はずっと恨み続けた。