雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第十七話

小町が家を訪ねてきた数日後、また普段より仕事が早く終わった日が来た。

 

 

1区にある本部から8区までの行き返りはいつも電車で今日もプラットホームで電車を待っている。

 

俺のいるプラットホームは影で覆われているのに対し、向かい側は夕陽に照らされて温かそうだ。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

特にすることもないので向かいのホームを歩く人たちを眺めていたら、いつの間にか昔の事を思い出していた。

 

 

 

 

俺の記憶の中で彼女はいつも笑顔を作っている。

 

怖いはずなのに、泣きたいはずなのに、彼女は無理やり笑顔を作る。

 

 

……そう言えば、あの時も今と同じで空がオレンジ色の時間帯だった。

 

 

 

 

「今日は寄って行こうか」

 

 

 

 

そうして記憶をたどっていると、電車は思っていたよりも早く俺のいる駅に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅の最寄り駅を三駅通り過ぎて下車し、乗り越し精算を済ませて駅を出る。

 

この駅はすぐ隣に踏切があり、それを渡ったところに花屋がある。

 

 

この辺りは住宅が少なく、人通りも少ない。

 

だからいつもここに花屋がある理由が分からないが、俺にとっては他に客がいない方が落ち着くのでこの場所は好きだ。

 

 

だがまぁ、今日で来るのは最後にするだろう。

 

俺は店の前に飾ってある花を少しだけ見て回り、店の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドアを開くと上の金具に吊り下げられているベルが綺麗な音を鳴らし、店の奥から若い女の人がこちらに来た。

 

 

 

「ああ、どうも久しぶりです。また来てくれましたね」

 

「ええ、ご無沙汰です」

 

 

 

これでこの店に来たのは5度目か6度目だったと思う。

 

若い店主さんは俺の事を覚えてくれていたようだ。

 

 

 

「またいつものやつでいいですか?よく来てくれるので増量しておきますよ」

 

 

 

いつも黒いエプロンを着て髪を後ろにまとめている店主さんは優しく笑いかけてくる。

 

こんな奥さんがいたら幸せだろうな、とか無駄な事を考えて無難な返事を返す。

 

 

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ今から作るのでちょっと待っていてください」

 

 

 

それから俺は店の中の椅子に座って待たせてもらい、店主さんは花を保管するケースから色々な花を取り出して花束を作り始める。

 

その間に辺りの花を眺めて時間をつぶすのがいつもやっている事だが、今日はただ目を閉じて待っていた。

 

目を閉じると鼻の感覚が少し鋭敏になる。

 

この空間は花の匂いであふれていた。

 

 

 

「お供えは今日中ですか?」

 

「はい、すぐです」

 

 

 

粗方出来上がったようなので俺は立ち上がりカバンから財布を出し、一万円を用意しておいた。

 

 

 

「……はい、出来ました。お釣り出しますね」

 

 

 

こうして支払いは終わり花束が入ったビニール袋を渡された。

 

 

 

「また来てくださいね」

 

「……えぇ、また来ます」

 

 

 

笑顔を向けてくれる店主さんに嘘をつき、俺は店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店を出て向かう場所は本当にすぐそこ。線路沿いに歩いていればすぐに到着する。

 

 

 

あの時と同じで道路を歩いていても人通りはなく、車も来ない。

 

あの時と同じオレンジ色の太陽の光……。

 

 

 

「…久しぶりだな」

 

 

 

行きついた場所は行き止まりで左側には塀があり、右側には線路と道を隔てるフェンス。

 

 

 

ここが、あの時の場所。

 

足を止めた場所でそう考えていると何もかも昔と同じに感じられて、あの時の事が脳の奥底から出てくるようだった。

 

 

 

「………」

 

 

 

線路沿いのフェンスの前に花束を置き、俺はその隣でフェンスにもたれかかった。

 

 

 

目を閉じても誰の声もしない。

 

ただ電車が走ってくる音と踏切の警報音と電車が響いてくるだけ。

 

 

 

「……」

 

 

 

そして次第に踏切の音は聞こえなくなり、電車が俺の後ろを通り過ぎて突風が吹く。

 

 

 

 

「……ごめんな」

 

 

 

 

今日もまた独り言を呟き、あの時の事を思い出す。

 

 

俺が普通ではなくなった日。

 

 

喰種は人間の敵で殺すべき生き物であるという人間の常識から俺が外れた日。

 

 

一人の喰種が死に、俺が世界の歪みに気づいた日。

 

 

 

「いや、……違う」

 

 

 

俺は何を言っている。あの子は死んだんじゃない。

 

 

死んだのではなく殺されたのだ。

 

 

……他でもない、俺達捜査官の手によって。

 

 

 

 

「……ごめんな」

 

 

 

 

また独り言を呟いて、俺は記憶の中に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャック・ザ・リッパーと戦うよりもっと前。

 

太陽が沈み切らず、夕陽が異様に綺麗な時間帯。

 

8区のこの場所での事だった。

 

 

 

 

 

 

 

その日は初めての喰種捜査で、捜査官になって間もない俺は緊張していた。

 

アカデミーで散々喰種の事を学んだが実際に生きた喰種と戦ったことがなかったし命のやり取りなんてしたことがなかったので、喰種と遭遇したら戦いますよと言われたときは本当に焦った。

 

 

そんな俺は上司の後をついて行き、難なく喰種を見つけた。

 

その喰種は捜査官の俺達を見ても特に動じる事はなく、ただ行き止まりの場所で突っ立っていた。

 

 

 

見つけた喰種は前からCCGに目を付けられていた奴で上司はそいつを軽視していた。

 

レートも低かったし、何より喰種のくせに痕跡をよく残す奴だったから頭の悪い喰種だと思っていたんだろう。

 

俺のような新人を育てるにはうってつけの相手だ。

 

 

 

「比企谷さん、やりましょうか」

 

 

 

上司はアタッシュケースのボタンを押してクインケを出しながらそう言った。

 

俺も返事をしてクインケを出した。

 

 

 

 

 

それで———————。

 

 

 

そこからが問題だった。

 

 

 

 

気づけば上司の周りには四体の喰種がいて、俺の前には一体の喰種。

 

俺は初めて戦う喰種にぎこちない動きで必死に戦った。

 

 

 

……たぶん奇襲にあったのだろう。

 

隣の塀から急に四体の喰種が飛び出してきて、さすがの上司も焦っていた。

 

 

俺はもっと焦り頭が真っ白になっていた。

 

 

 

場は荒れて、上司が俺を助けに来ようとしていたが四体の喰種がそれを阻止していたのは覚えている。

 

それで俺と戦う喰種は笑いながら赫子で攻撃してきた。

 

 

 

……情けない話、致命傷を避けるのが精一杯で足や腕、額などに何度も赫子が当たり血がボタボタと流れ続けた。

 

手足はもちろん額からも血は流れ、俺の目元までそれが達した。

 

 

 

「あはっ!!」

 

「……くっそ!」

 

 

 

血のせいで片目を閉じた瞬間を狙われ死角になった左側から赫子が飛んできて、俺は勢い良く塀に叩きつけられた。

 

背骨が折れたかと思うほど体が痛み、動くことが出来なかった。

 

 

 

「運が悪かったなぁ、捜査官」

 

 

 

この時上司の戦局がどうなっていたのかは知らないが、たぶん一体か二体の喰種は倒していたと思う。

 

だがまだ来なかったから戦っていたのだろう。

 

俺はもう自分の身を守れないし、上司も俺を助ける暇がなかった。

 

 

俺を守る人は、もういなかった。

 

 

 

「じゃあ、さっさと片付けるか」

 

「……がっ!」

 

 

 

喰種は手で俺の首を締め、だんだんとその力を強くしていく。

 

 

気管が塞がれ、息をしたくてもすることが出来ない。

 

脳へ流れていく血が止められ、頭が狂いそうになる。

 

喉がつぶれたのかと思うほど痛みが走り、必死で相手の腕を取り払おうともがいた。

 

 

 

 

今この瞬間が終われば俺はもういない。

 

 

 

もう歩くことも話すことも食べる事もない。

 

 

それを想像すると、俺の心臓は今までにないくらい強く拍動した。

 

 

……俺は心底、恐怖した。

 

 

 

 

「これでおーしま……」

 

 

 

 

でも、

 

 

 

でもその時に、

 

 

 

彼女は現れた。

 

 

 

 

「………あ?」

 

 

 

 

ドサッと近くでカバンが地面に落ちる音がして、首を絞める力が弱まった。

 

 

 

座り込んでいる俺から見て左側は上司と喰種が戦っている道の行き止まり。

 

 

カバンが落ちた音がしたのは右側、道の入口の方だった。

 

 

 

「何?お嬢ちゃん死にたいの?」

 

 

 

そこにいたのはスカートをはいた女性で、夕陽の逆光のせいで顔は良く見えなかった。

 

 

 

「お前人間か、………って、何だ仲間かよ。

後でこの肉分けてやるから待ってろ」

 

 

 

声がうまく、聞き取れなかった。

 

でもたぶん喰種はこんなセリフを女性に言っていたと思う。

 

 

 

「……ダメ」

 

「あ?聞こえねぇよ。肉分けてやるって言ってんだから黙って待ってろ」

 

 

 

呼吸がしづらく、頭が上手く回らない。

 

意識がだんだん遠のいて行った。

 

 

 

「ダメ!!!」

 

「なっ!!」

 

 

 

意識がなくなる前に見たのは、俺が戦っていた喰種の赫子と女の子が出した赫子のぶつかり合い。

 

 

喰種と喰種が俺の目の前で戦っていた。

 

 

 

 

 

 

そして、その時に初めて女の子の顔が見えた。

 

 

夕陽に照らされた女の子は、俺と同い年位の顔立ちで赫眼だった。

 

 

 

 

………赫眼だったけれど、

 

 

 

 

 

 

 

明るく染められた髪をお団子のようにまとめた可愛い女の子だった。

 

 

 

 

 

 

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