8区 廃工場
「……食事をとってから今言ったような感じでやればいいわ。赫子の出てくる場所を意識して、出す赫子のイメージを強く持っていれば大丈夫」
「はい!」
赫子の出し方の授業は出すイメージと私なりのコツを口頭で教え、言っていた通り数分で終わった。
彼女が熱心に聞いてくれるからこちらとしても説明のし甲斐があり、少しだけお姉さん気分を味わった。
本当は実際に赫子を出す練習をした方が良かったが、今おなかをすかせた彼女の赫包にはRc細胞があまり蓄えられていない。
だから教えられる事はやり方だけで、実際には食事をとってからが本番だ。
「じゃあそろそろ解散しましょうか。
そろそろ妹さんが心配するかもしれないわね」
「はい、遅くなると心配で探しに来るかもしれません」
……やはり姉妹と言うのが羨ましい。
姉も妹も互いに思いやり、これから一緒に歩んでいくのだろう。
誰かを守ることが、
誰かに守られることが、
私にとってはとても羨ましい。
「……それじゃあ帰ります。
本当に色々ありがとうございました」
「えぇ、妹さんと仲よく——————っ!!」
工場の入り口付近から聞こえてくる音をとらえ、話を途中で切った。
本来ならこの時間帯にこの辺りをうろつくような人はいない。もちろんこの子のような喰種であればあり得るけど……。
「……どうか、しました?」
「静かに、……カバンを持ちなさい」
二人分の足音が近づいてくる。
それも、こちらに向かって……。
「今からそこの非常階段に上がるわ。音をたてないように」
建物の前には石塀があるためこちらも向こうもお互いに姿を見ることが出来ない。
だから相手はこちらを確認していないはずだが、真っすぐこちらに向かってきている。
その異様な動きに、何か嫌な予感がした。
「……」
相手が人であれ喰種であれ、とりあえずこの子の身を隠さないといけない。
そう思った私は女の子の背中を押しながら、石塀の陰に隠れて非常階段の入り口まで向かう。
一歩一歩ゆっくりと進み、あと数歩で階段に着く。
しかしその時__________。
「……?」
ゴンッと手前で物音がなり、私達は足を止めた。
「…?……何か飛んできまし…」
「………っっ!!飛ぶわよ!!」
その声を発したのと同時に階段の入り口から爆風が発生し、静かな夜に爆発音が響いた。
*
非常階段を上ろうとした時に突如発生した爆風で、辺りの物が半壊した。
「……うわっ、浮いてる!!」
「浮いているのではなくぶら下がっているのよ。
とにかく屋上まで上がるわ」
腕に抱えた女の子は下を見て驚く。
今私達は、建物の三階くらいの場所に張り付いている。
目視で確認したところ、さっき階段の入り口に投げ込まれてきたのは手榴弾のようなもので、私は爆発する一瞬前に女の子を抱えて上に飛んだ。
そしてその間に赫子を二本出し、片方で爆風から身を守り、もう片方は建物の壁に突き刺して地面に落ちないようにした。
「お姉さん、…顔から血が」
「……ん?本当ね」
言われて顔を触ってみると確かに血が流れている。
手榴弾の破片が爆風で飛ばされてきたのか。
私の皮膚を傷つけると言う事は、クインケ鋼か何かが混ざっている。
「喰種用の手榴弾なんて聞いたことない」
そんな事を言いながら屋上まで赫子を使って上がり、彼女を放して敵を確認する。
「……廃工場なだけにあまり電灯が無いわね」
見渡したところ、工場の入り口から数メートル入って開けた場所に二人立っているのが分かる。
暗くて顔は見にくいけれどアタッシュケースを持っている。
……白鳩ね。
「あなたは後ろから道を探して逃げなさい。絶対に顔を見られないように」
「……お姉さんは一緒に来ないんですか?」
「ええ、ここでお別れよ」
女の子は明らかに心配そうな顔をして服の袖を掴んでくる。
「私はあの人間たちと少し戦ってくるわ。
もちろん負けるようなことはないから安心なさい」
「でも……」
「だけど、一つだけお願いがあるわ」
「…?」
相手もしびれを切らしてきたようで、二人で何か話し合っている。
やはり手榴弾を投げ込んでくるぐらいだから場所はバレているか。
「あなたのカバンの中に入っている腕を一本だけ貰うわ」
女の子が肩にかけているカバンを指さし、チャックを開けて中身を取り出してもらう。
そうして彼女から腕を渡され、私は女の子に背を向けた。
「……いただきます」
そして私は口を開け、その冷たい腕に噛みついた。
皮と肉を食い千切り、骨と爪だけ残して他は全てを喰らう。
戦うのに必要なRc細胞を補給するために、醜くておぞましい喰種の食事をした。
こんな嫌な食事でも舌が喜んでしまうのだから、私は本当に救えない……。
「……じゃあ、気を付けて帰るのよ。
あなたには守らないといけないものがあるのだから」
「……分かりました。
また、…赫子の出し方教えてください」
もちろんと答え、私は右眼を赤くして猫のお面を付けた。
*
「あの、言われた通り投げましたけど良かったのですか?普通に石塀とか破壊してしまったのですけど」
「大丈夫だよ。あれは絶対喰種だったから。
私達にだって喰種ほどじゃなくても気配を感じることは出来るんだから」
「いや、あそこにいたのは人間だという可能性もゼロではないかと」
「それこそあり得ないよ。ちゃんと喰種を追ってきたんだから」
それにしても、まさかあんな小物喰種のあとをつけてきたら他の喰種と遭遇するとはね。
もしかしたらお目当ての相手かも……。
「ねぇ後輩ちゃん、もう一体の方はあの喰種だったりするかな?」
「うーん、確かにここは出現予想ポイントですけど、そんなに上手い具合に遭遇しますかね?」
「……そうだね。もし相手がお探しの喰種ならよく出来過ぎているね」
なぜか胸がざわざわする。
喰種を前にしてこんな気持ちになったのは初めて。
……何だか本当に、変な感じだ。
「准特等!建物の屋上で敵を確認!」
用意周到に単眼鏡をポケットに入れていた部下がそれを使って相手を見る。
「……面は着けてる?」
「はい、暗いですけど月の光が射したので少し見えました」
そして私の部下、後輩ちゃんはこう言った。
「猫のお面です」
「………そう」
胸のざわめきが一層強くなった。
よくできた偶然か、はたまたこれは運命なのか。
「…じゃああれが、比企谷君が私に隠した喰種か」