雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第二十二話

・・・・・・・・

 

 

 

 

「ありゃ、かなり飛んだねぇ」

 

 

 

少しキーンとしている耳でも彼女の声は聞こえる。

 

 

クインケによる攻撃で後ろに飛ばされ、工場の入り口付近の壁に激突して私は止まった。

 

ちょうど私の真上には壁に取り付けられた小さな電灯があり、控えめではあるが辺りを照らしている。

 

 

 

「ぐっ……」

 

 

 

足の筋肉が痺れて立ち上がることが出来ず、壁に背中をつけて座り込んでいる状態となってしまった。

 

クインケの攻撃によって赫子がぐちゃぐちゃに抉られ、体への衝撃がかなり強い。

 

咄嗟に三本目を出したから生き延びたが、出していなかったら死んでいたかもしれない。

 

 

 

 

「おーい、生きてる?」

 

 

 

再び遠くから声がする。

 

彼女がここに来る前に逃げないと。

 

 

 

「逃げないと、……彼女に顔を見られてしまう」

 

 

 

今日は空が黒雲に覆われているからずっと相手の顔がはっきり見えていなかった。

 

……それが私にとって最悪の事だった。

 

彼女だけには、絶対に顔を合わせるわけにはいかない。

 

 

 

「最初から顔が見えていれば、もっと早くから逃げていたのに」

 

 

 

私の様な生き物はいつか報いを受けると知っていた。

 

 

捜査官に正体がばれて殺されるかもしれないし、喰種に攻撃されて殺されるかもしれない。

 

……もしかしたら私を恨んでいる人と出会うかもしれない。

 

 

それを理解した上で、私は人の死体を探しに来た。

 

 

 

 

「後輩ちゃん、死んでいるか確認しに行くよ。念のため自分のクインケも出しといてね」

 

「はい」

 

 

 

でも心のどこかで本当にそうなるとは思っていなかったのだろう。

 

なぜなら今となってとても後悔しているから。

 

 

 

 

あの強力なクインケから電気のようなものが放たれた時、閃光によって相手の顔が一瞬見えた。

 

 

髪型の違いはあっても私にとても良く似た顔だった……。

 

 

似すぎて笑えもしない。

 

 

 

「………」

 

 

 

高槻さんに母の事を調べてもらい、ノロに渡された資料を読んだから彼女の存在はつい最近知った。

 

そう考えればその声に聞き覚えがあると思ったのは完全に間違いだ。

 

私と彼女は会ったことがないし、彼女は私の存在の事を知らないはず。

 

 

 

 

喰種捜査官として働いている三つ年上の女性。

 

 

名前は……。

 

 

 

「流石ですね、“雪ノ下”准特等」

 

「まだ油断したらダメだよ。クインケ構えて私の後ろにいて」

 

 

 

 

名前は雪ノ下陽乃。

 

 

 

私の母の娘だ。

 

 

 

 

そして—————。

 

 

 

「ん~、……これはまだ生きてるね。すごい、あのクインケの攻撃を直撃して生きているなんて」

 

 

 

そして目の前で剣のクインケを手に持つこの人は、哀れにも喰種によって母親を奪われた。

 

さぞかしその喰種を憎んでいるだろう。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

「命乞いかな?……でも私そう言うのは無視する人だから」

 

 

 

結局動くことが出来なかった私は、仮面の中でばれないように涙を流した。

 

泣いて謝ったって許してもらえるとは思わない。

 

私はこの人から大切なものを奪った。

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 

私は彼女から……。

 

 

彼女から母を奪った。

 

 

 

 

雪ノ下陽乃から母を奪ったのは私だ。

 

 

 

 

「だから命乞いなんてしても無駄だって。

喰種なんてただの“人喰いの化け物”。君たちのせいで多くの命が奪われ、たくさんの人が悲しんでいる」

 

 

 

 

ポロっと流れた涙は頬を下って首元まで伝う。

 

見上げた先にある彼女の顔は、本当に私に似ていた。

 

 

 

 

「……ごめん、なさ…」

 

 

 

「謝罪はいいからもう死んでよ。この化けも_____」

 

 

 

 

 

 

彼女がそこまで言った時だった。

 

 

 

彼女の顔から先ほどまであった余裕や笑みが急に消えて行く。

 

 

そして徐々に顔が蒼ざめて、わなわなと震えだす。

 

 

 

“私の顔”を凝視しながらの事だった。

 

 

 

 

「っ!…見ないで!!」

 

 

 

 

ほんの一瞬だった。

 

 

さっきの攻撃でひびの入った仮面がボロッと崩れ落ち、涙を流した私の顔が上の電灯によって照らされている。

 

 

右眼が赤い私の顔が。

 

 

雪ノ下陽乃とよく似た顔が照らし出された。

 

 

 

 

 

 

「……あ、………あぁ、…なん、で」

 

 

 

 

 

クインケが手から滑り落ち、彼女は右手で頭を押さえ始める。

 

クインケと地面の衝突で甲高い音が鳴り響いた。

 

 

 

 

「じゅ、准特等!?どうされたのですか!?」

 

 

 

後ろにいた捜査官はその異変を見て、自身のクインケを持って彼女の元まで駆け寄る。

 

 

 

「うそ、……そんなわけ…。……でも、どうして!!」

 

 

「お、落ち着いてください。なぜ止めを刺さ……」

 

 

 

もう一人の捜査官は雪ノ下陽乃の肩を掴み、私の顔をちらっと見ると目を大きく見開いて固まった。

 

 

 

「なっ、……せっ、隻眼!? それに……顔が准特等に」

 

 

 

顔を隠したつもりだったが、上手く隠せていなかったようで眼も顔も見られた。

 

 

 

「いや、……やめて」

 

 

 

暗い工場で二人の目線が刺さる。

 

 

 

恐怖と奇異、それに悲しみの目がこちらに向けられる。

 

 

まるで、……化け物を見ている様な目だった。

 

 

 

 

 

 

嫌……。

 

 

嫌だ。

 

 

 

なぜ私が。

 

 

なぜ私だけがそんな目で見られないといけないの。

 

 

 

私はただ普通に生きていたいだけなのに。

 

 

 

 

「いや!……私は違う!そんな目で見ないで!!」

 

 

 

私は感情のままに叫び、体を無理やり立ち上がらせた。

 

 

 

「准特等、クインケを!」

 

「…………」

 

 

 

動く私に驚く捜査官と、ずっと頭を押さえて私を見続ける捜査官。

 

 

 

……もう、心底嫌になった。

 

 

 

「はぁ、……はしれ、…る」

 

 

 

足の筋肉は悲鳴を上げ、何度もよろけるが精一杯足を動かす。

 

目の前の捜査官達を無視して横に向かって走り出した。

 

 

 

「雪ノ下准特等、敵が逃げます……」

 

「………」

 

 

 

 

決して振り返らず、走って走って工場を囲っている壁まで走り、壁を乗り越え外の建物の屋根に乗った。

 

それからも止まることなく、屋根から屋根へと飛び移りあの人がいる場所から遠ざかる。

 

 

 

「なんで、……何で私だけ…」

 

 

 

もう、こんな思いをするのは嫌なのに。

 

二十年間ずっと捜査官におびえ、化け物扱いされてきた。

 

 

 

 

「私は、……普通に生きたいだけなのに」

 

 

 

 

怒りと悲しみを込めて屋根を蹴り、私は逃げる。

 

 

もう絶対に彼女に会わない所に行きたい。

 

 

 

もうあんな顔で、あんな目で私を見て欲しくない。

 

 

 

 

そう思って、遠くへと私は逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋根から道路に降り、草木が生えた場所を通り抜け、人気のない路地を走り、また建物の屋根に上って飛び回った。

 

 

 

飛び回っている間に頬から水滴が伝った。

 

 

 

もうそれが私の涙なのか、それとも途中から降りだした雨なのか分からなかった。

 

 

 

 

頭の中はさっきの彼女の顔でいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本格的に雨が降り始め、走ると雨粒が何度も眼に入ってくるため前が見えなくなってきた。

 

髪や服が雨を吸うため体が重くなる。

 

真冬の冷たい風が私の体温をさらって行く。

 

 

それでも私は雨に打たれ続け、疲れ果てるまで走って飛び回った末、この場所にたどり着いた。

 

 

 

 

「何で、……私はこんな所に」

 

 

 

ずっと動き回っていた私はやっと立ち止まり、荒い呼吸で何度も息を吸う。

 

雨は止まることなく降り続き、もう体中がびしょ濡れになっている。

 

普通の市街地なのに今は車や人が通っていない。

 

だから激しくなる雨の中で突っ立っていても誰にも何も言われない。

 

 

 

「……」

 

 

 

濡れた服が体に張り付き、気持ち悪かった。

 

冬に濡れたままで外にいるのはひどく寒かった。

 

すでにボロボロだったのに、ずっと走って来たから足が痛かった。

 

 

……でも私は、屋根のある所にも椅子のある所にも行こうとは思わなかった。

 

 

 

それ以上に心が痛くて、どうにかなりそうだったから……。

 

 

 

「……」

 

 

 

私が立っているのは道路の上。

 

後ろには街灯が並んでいて、目の前には綺麗でもなく汚くもない普通のマンション。

 

やはり私を雨から防ぐ物はない。

 

 

 

 

……だけど私の周りだけ、急に雨が止んだ。

 

 

 

 

 

「……濡れてんぞ」

 

 

「っ……」

 

 

 

隣から差し出された傘は雨から私を守ってパラパラと音を立てる。

 

誰が傘を差しだしたのかは見なくても分かった。

 

 

 

「……大丈夫か?」

 

 

 

声をかけても全く動かない私を見て、彼はもう一度声をかける。

 

 

 

「とりあえずタオルとか貸すから中に入れよ。俺の家そこだし」

 

 

「……しないで」

 

 

 

雨によって私が出した小さな声はかき消される。

 

彼は聞こえなかったようで、もう一度言うように求めてきた。

 

 

 

だから、私は初めて彼の方を向き、こう言った。

 

 

 

 

「優しいふりなんてしないで!!!」

 

 

 

 

喉が痛くなるくらい大きな声を出して、彼を両手で突き飛ばす。

 

その時に彼の持っていた傘は地面に落ち、数歩下がった彼は黙ってこちらを見る。

 

どこか私を見透かしたような、そんな眼差しで。

 

 

 

「前にも言ったでしょう。優しいふりなんてしないで!!

私に優しくしないで!!

あなただってどうせ他の人間と一緒よ」

 

 

 

この男がなぜ私を助け、なぜ殺さないのかがやっと分かった。

 

 

 

「あなたがあの時私を助けたのは、私があの人に似ているから!

私の顔が、雪ノ下陽乃に似ているから…っ!!」

 

 

 

そうでしょ、と彼に強く言って、私は右眼を赤くした。

 

 

 

「見なさい。……私は雪ノ下陽乃でもないし、人間でもない。

私は醜い“人喰いの化け物”よ!!」

 

 

 

さっき言われた言葉を、突き付けられた現実を彼にも見せる。

 

私は雪ノ下陽乃じゃない。

 

人間でもない。

 

 

私は片眼だけが赤い化け物だ。

 

 

 

 

 

「違う」

 

 

 

だがそれでも、彼は否定した。

 

 

 

「違わないわ!私は…」

 

 

 

「違う。お前は醜い化け物なんかじゃない」

 

 

 

凄くまっすぐな瞳だった。

 

 

私の黒い左眼と赤い右眼を見て、彼は迷いなくそう言った。

 

 

 

「っ!………あなたがそう思っていても、周りはそうじゃないのよ!

私だってずっとそんな事はないって、私だって生まれてきても良かったって信じようとしてきた!!

これまでずっと自分にそう言い聞かせて生きてきたわ!!

そうしないと死にたくなるから!!」

 

 

 

ずっと心の奥底に溜めてきた感情が溢れ出す。

 

気にしないように、考えないようにしてきた私の正体。

 

頭によぎれば何かで誤魔化し、鏡に映ればそれを叩き割った。

 

 

 

私は本当に化け物なのか?

 

……いや違う。そうじゃない。

 

 

 

そうやって私は自分に嘘を言い聞かせてきた。

 

 

嘘を吐くことは大嫌いなのに……。

 

 

 

「でも……っ。

でもあの人に化け物と言われ、あんな顔で見られたら、もう認めるしかないでしょう……」

 

 

 

あの人が私の顔を見た時、どんな表情を作ったのかは絶対に忘れられない。

 

どれだけの負の感情をこめれば、あんな顔になるのか。

 

 

それでもう、限界が来た。

 

 

 

 

 

「私はもう、………死にたいの」

 

 

 

 

 

……高槻さんに調べてもらい、母について書かれた紙を見て、母や雪ノ下陽乃の事を知って私は思った。

 

 

“やっぱり、私は生まれてくるべきではなかった”

 

 

 

……目の前の彼とアオギリのアジトで戦った時、私はまだ戦えるのに動こうとはしなかった。

 

彼にクインケを振り下ろされたとき、私は思った。

 

 

“やっと、……やっと死ぬことが出来る”

 

 

 

私はずっと生まれてきた理由や生きる理由を探してきた。

 

だがそれと同時に、ずっと心のどこかで生まれたことを後悔し、死を求めていた。

 

 

人の死体を漁って、罪悪感に苛まれながら空腹を満たすことが嫌でたまらない。

 

 

 

……もう本当に限界がきた。

 

 

 

 

「だから比企谷くん。私はあなたに殺されたい」

 

 

 

 

雨が小降りになってきて、彼の顔がはっきりと見えてくる。

 

 

 

彼に拾われた命で少しの間生き延びた。

 

そしてまた彼と出会い、喰種だと知っていても優しく話しかけてくれた。

 

初めて人から、……本当の優しさをもらえた気がした。

 

 

だから私はあなたを選んだ。

 

 

 

「………」

 

 

 

雨に濡れた地面を踏み、無言で彼に近づく。

 

雨はもう止みかけで、雨の音が小さくなっていく。

 

この雨が止む前に、すべてを終わりにしたい。

 

 

人を喰らう事でしか生きられない、醜い化け物であることが私には耐えられない。

 

 

もう……。

 

 

もう…すべて終わりにしよう。

 

 

 

 

「……一人で生きることが出来ないのなら、俺がそばにいる」

 

 

 

でも彼は、そんな私の覚悟を鈍らすように言うのだ。

 

 

 

「帰る場所がないのなら、帰れる場所がないのなら俺の所に来ればいい」

 

 

「どうして……」

 

 

 

彼の胸元を腕で掴み、彼の顔を見上げる。

 

 

やっと決心がついたのに、どうしてそれを踏みにじる様な事を言うの?

 

どうしてあなたはいつも私に優しい言葉をかけるの?

 

 

もうそんな事は言ってほしくないのに……。

 

 

 

「お前が死にたいと言うのなら、お前が生きたいと思えるまで俺が何とかしてやる。

お前が自分を好きになれるまで、捜査官からでも喰種からでも俺が守る。

 

それでも死にたいって言うのなら、……その時は俺が殺してやる」

 

 

「どうして……、そこまで私に」

 

 

 

 

もうそんな事は言ってほしくない。

 

 

 

だって、そんなに優しい事を言われると……。

 

 

 

 

「だから今は、死にたいなんて言うな」

 

 

 

 

涙が止まらなくなるから。

 

 

 

 

「………ぁぁ」

 

 

 

 

雨はついに止まり、私は両手でつかんでいた胸元を引っ張って彼の体におでこを付ける。

 

本当は恥ずかしいからこんなことはしたく無いけれど、今回は仕方がない。

 

こうしないと顔が見えてしまう。

 

 

 

 

「……ぁぁぁぁぁ」

 

 

 

 

おかしなものだ。さっきまで鬱陶しいと感じていた雨が止んだ今となって降ってほしいと思う。

 

雨が降ってくれないから流れる涙が隠せない。

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 

 

 

 

 

私は曇った冬の夜、体中が雨に濡れて凍えるような寒さの中。

 

初めて自ら人に触れ、その温かさを感じながら泣いた。

 

 

 

「俺がお前に肉を分けたのも、アオギリのアジトで殺さなかったのも、全部お前に死んでほしくなかったからだ。

……もう二度と、後悔したくないからだ」

 

 

 

 

今夜は雪も降っていないし、月は雲に隠れているから気分は晴れない。

 

 

 

けれど、私の中で確かに何かが変わったような。

 

 

 

そんな気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、誤字報告してくださる方々いつもありがとうございます。

少し前にも報告したと思いますがこれからは忙しくなってきたため更新速度が遅くなります。

楽しみに待っていて下さる読者様には申し訳ないですが、まったりと待っていてください。

皆さまこれからも良ければお付き合いください。

感想を書いたことのない人も是非送ってみてください!できれば温かいお言葉を!

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