雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第二十六話

 

 

比企谷君との生活が始まってから一週間と少しが過ぎた。

 

その間に私は自宅から衣類や化粧品、通帳などを持ってきて彼の部屋の隅に置かせてもらっている。

 

もちろんあまり彼に見られたくないものはキャリーケースに入れて生活で必要なものは大体部屋に置いてある。

 

私の住んでいたマンションだが、これは大家さんと話をして一カ月分の家賃を払い解約することが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

……彼の話によると、まだCCGは私の正体を掴んでいないらしい。

 

そのためかなり用心深く過ごしていたが、いくら顔を見られたからと言って早々に自宅まで乗り込んでくる事はないと彼は言った。

 

 

だがやはり大学には戻ろうとは思わない。顔立ちから大体の年齢は想定されているので大学生である可能性も考えられているに違いない。

 

ましてや私が捜査官達と遭遇したのと同じ8区の大学なので余計に見つかりやすい。

 

 

 

……なので、そこまで考えた私は思い切って退学届けを出してきた。

 

亡くなった父からも、こういう場合は思い切って見つかる可能性をつぶした方が良いと教えられたので踏ん切りがついた。

 

 

 

 

「雪ノ下、入るぞ」

 

 

 

とまぁそんなに嫌な事ばかりを考えても仕方がない。

 

それに今日は、いつもより少しだけいい事があるのだから気持ちを明るくするべきだ。

 

 

 

「おーい、そろそろ起きろよ」

 

「あら、ちゃんと起きているのだけれど。

こう見えても私、早起きは得意なのよ」

 

「11時まで布団にもぐっている奴に言われても説得力がねえよ」

 

 

 

おはようさん、と挨拶をされたので私もそれを返し、布団から出た。

 

 

……そう、比企谷君が11時に家にいると言う事は、今日は週に一度の特別な日。

 

 

 

「比企谷君、今日は予定があるのかしら?」

 

「今日はゆっくりするのが予定だ」

 

 

 

今日は比企谷君の休日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼には部屋を出てもらい、部屋の隅に置いてある私服に着替えて軽く身だしなみを整えた。

そしてそれからもう一度部屋に入ってもらい、私達は向かい合って部屋の真ん中に座った。

 

 

 

「なぁ雪ノ下、ちょっと提案なんだが」

 

「何かしら?」

 

 

 

彼との暮らしで“雪ノ下”と呼ばれることに抵抗がほとんどなくなって来た。

 

前に一度、私が戸籍で登録されている名字を彼に教えたが、彼は頑なにその呼び方を拒み“雪ノ下“がいいと言ってその名で呼び続けている。

 

私としてはあの人と同じ名字で呼ばれるのは少し避けたいところだけれど、“雪ノ下”と言う名前自体は結構好きだ。

 

“雪ノ下雪乃“なら“ゆきの”が二回続いてしまうが、綺麗な名前でお前に合っているとまで彼に言われてしまったからその呼ばれ方を受け入れた。

 

 

……それと彼は、私に雪ノ下陽乃との関係を聞いてこない。

 

名前は“雪ノ下”と呼ぶのにそこだけは全く触れてこない。

 

 

 

「引っ越しの事を真剣に考えたいんだが、今日は他にやりたいことがある。

…と言うか買いたいものがある」

 

「買い物ね……」

 

 

 

……いや、少し待って。

 

買い物の提案と言う事は、比企谷君とショッピングをするという事。

 

 

年頃の男女が一緒に買い物をするという事は、一般的に言うと、

 

……デートと言うやつね。

 

 

 

……外に出ると言ってもメガネや帽子をかぶっていれば捜査官にバレる事も無いだろう。

 

だから行っても大丈夫。

 

 

 

「まぁ前から必要だとは思っていたけど、結局今まで買いに行っていなかったからな」

 

「…そう、……それじゃあ買いに行きましょうか」

 

 

 

軽く咳ばらいをし、平静を装ってさりげなく一緒に買いに行くことを伝える。

 

 

……いや、もちろん普通に平静だったのだけれど。

 

別に照れるようなことはないし浮かれるようなことも一切ないのだから。

 

ええ、全くこれっぽっちもないわ。

 

 

 

「それで、何を買いに行くのかしら?」

 

「……おぉ、何か機嫌良いな」

 

 

 

フフフ、相変わらず何を言っているのかしらこの男は。

 

少し顔がニッコリしているだけじゃない。

 

 

 

「まぁいいか。

それで買いに行くものなんだが……」

 

 

 

フフ、休日にお出かけなんて絶対にたのし———。

 

 

 

 

 

「いつも俺の布団を使わせているのも悪いし、雪ノ下の布団を買いに行こうかと思ってな」

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

「…………絶対に嫌なのだけれど」

 

 

「急に不機嫌!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8区  とあるデパート

 

 

 

 

 

 

「……ほう、結構いろんな種類があるな」

 

「………」

 

 

 

電車に乗って家から少し離れたデパートに来た俺たちは、早速寝具のコーナーにやって来た。ネットで見た情報によると、最近はセールをやっているらしいので丁度良いタイミングだ。

 

 

今は俺達以外にも客はいるので、店員さんはその人たちに布団の説明をしている。

 

だから俺達はのびのびと布団を見て回った。

 

 

 

「へぇ、これなんてどうだ?

人気の安眠枕。もう形から家にある物とは違うぞ」

 

「必要ないわ。そんな布に綿を入れただけの物なんて」

 

「……枕ってそういうものじゃないですかね?」

 

 

 

いろんな寝具を見て少しテンションが上がっている俺とは違い、雪ノ下はあまり機嫌が良くない。

 

家を出る前からこうだったのだが原因は不明だ。

 

 

 

「……もしかしてお金のことを気にしているのか?」

 

「別にそういうわけではないわ。

それに自分の物なら自分で払うわ。いくら何でも比企谷君にそこまで甘えるわけにはいかないもの」

 

「…そうか」

 

 

 

どうやらお金の事を気にしているわけではないらしい。

 

……分からん。なぜ雪ノ下は不機嫌なのでしょう?

 

小町も偶にこういう事があるが、その都度理由が分からない。

 

 

やはり女心は難しい。

 

教えて、小町ちゃん!!

 

 

 

 

“はぁ、ごみぃちゃん。女の人とお出かけする時はまず相手の格好を褒めてからじゃないと始まらないよ”

 

 

 

 

そんな言葉が、小町ボイスで聞こえたような気がした。

 

 

 

「……雪ノ下、……なんかその服、似合ってるな。帽子とかメガネもいい感じだ」

 

「……急に何よ」

 

 

 

視線はこちらに向けてこないが、声はどことなく柔らかいものになった気がする。

 

……効果あったか?

 

 

 

「それで布団の事なんだが、こっちの物なんてどうだ?」

 

「……結構よ」

 

 

 

残念ながら、こうかは いまひとつの ようだ。

 

 

 

それからも俺は雪ノ下にどうしたら機嫌が良くなるかを考えていたが、少したってから雪ノ下はため息をついて俺を見る。

 

 

 

「比企谷君、私に新しい布団は必要ないわ。

だからあなたの新しい布団を買いましょう」

 

「いやいや、なぜそうなる」

 

 

 

さっきまでとは一転して、雪ノ下は笑顔をこちらに向けてくる。

 

だがその笑顔はなぜか少し怖い。

 

 

 

「家にある布団は今後私が使っていくから、その代わりに新しく比企谷君の物を買いましょう。そうすれば誰も文句は言わないでしょう?」

 

「俺の布団は普通に俺が使っていけばいいと……」

 

「ねぇ、比企谷君」

 

 

 

またこちらに笑顔を向けてくるが、やっぱり怖い。

 

 

 

「私の提案に、何か不満があるの?」

 

 

「……いえ、…ありません」

 

 

 

俺はその威圧の混ざった笑顔の前では、反論などすることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから適当に布団を選び、自分たちで持って帰るのは大変なので家に送ってもらう手続きを行った。

 

 

それからフードコーナーに行き、二人でコーヒーを注文した。雪ノ下いわく、コーヒーは美味しくいただけるらしい。

 

 

コーヒーを飲み終わると後は帰るだけとなったが、少しだけ食品コーナーを見て回ってインスタントのコーヒーを多めに買っておいた。

 

私がお金を出すと雪ノ下は言ってきたが結局俺が押し切って代金を払った。

 

 

 

「……あなたはズルいわ」

 

 

 

雪ノ下は少し膨れながら俺を見てきたが、そういう表情が見られて俺は嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてデパートを出て、駅へと向かう。

 

隣で車が信号を待っている中、俺達は歩道を並んで歩いていた。

 

 

 

「ねぇ喰種ってヤバくない?

昨日のテレビで言ってたんだけど、人以外食べれないんだってさ!」

 

「私もみたぁ。人食べるとかキモすぎでしょ!」

 

 

 

歩道用の信号が見えてくると、その真下からやたらと大きな声が聞こえてくる。

 

派手な化粧をした、二人組の女だった。

 

 

 

そいつらの会話を聞いた後、自然と隣を歩く雪ノ下に目を向けると彼女は帽子を深く被りなおして顔を隠した。

 

 

 

「………」

 

 

 

それから前のうるさい女たちとすれ違うまで何も言わず、ただ彼女は顔を隠し続ける。

 

 

 

「……大丈夫よ」

 

 

 

だがそのうち彼女は、俺の心中を察したのか声をかけてきた。

 

 

 

「だってあなたは、ちゃんと私を見てくれているもの」

 

 

 

空元気の様にも聞こえたが、深く追及せずに全く関係のない話を考える。

 

 

 

 

もちろんいつまでも目を背けるつもりはない。

 

ただもう少しだけ待とうと思っている。

 

 

 

彼女が本当に自分を好きになれる、そんな素敵な日が来るまで。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、……何で頑なに布団変えたくないの?」

 

「……秘密よ。強いて言うなら、安眠の為ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケタケタケタ、やっぱり雪乃ちゃんは面白いね」

 

 

 

彼も彼女も気づかない、私は遠くから見ている傍観者。

 

私と似ている彼女がどう生きていくのかを見るのは、とても面白い。

 

 

 

「はぁーーーー、……あ、面白い事を考えた」

 

 

 

でも雪乃ちゃんがこのまま彼と一緒にいる所を見ているだけではいつか飽きてしまう。

 

 

 

だから私は考えた。

 

 

 

 

「雪乃ちゃんの愛しの彼と、とても楽しい“賭け”をしよう」

 

 

 

そうだ、そうしよう。

 

 

彼の人生で一番面白い“賭け”を持ちかけよう。

 

 

 

「隻眼の喰種と買い物をする喰種捜査官。

雪乃ちゃんだけじゃなく私も楽しませて」

 

 

 

あぁ楽しみだ。

 

 

 

とてもとても楽しみで、笑い声が止まらない。

 

 

 

 

「ケタケタケタ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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