と言う事で頑張って仕上げてきました。
話と言ってもたいしたものじゃないのかもしれない。
もういない父から聞いた話と高槻さんに頼んで調べてもらった情報、それと自分なりに調べた情報をまとめて導いた結論。
もちろん今から話すことが全てじゃない。私のまだ知らないことがあるかもしれないし、少しばかり想像も混ざっている。
話しても楽しい内容じゃないし、聞かされてもいい気分になれない話だと思う。
……けれど、比企谷君には聞いてほしい。
今あなたのそばに居る私と、今まであなたのそばに居た雪ノ下陽乃の話。
私と彼女を産んだ母の話を。
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“雪ノ下”とは、とある建設会社の名前だ。
町に歩いている人ならほとんど知っているほど有名で、CMなどでも見かけるので子供でも知っている会社だ。
そんな名の知れた会社なのだから当然規模は小さくない。実物は見たことないけれど会社の建物自体とても大きい。
そんな雪ノ下建設の社長が次の世代に変わるとなれば、すぐにニュースで取り上げられるだろう。
……さて、じゃあなぜわざわざこんな話をするのかと言うと、私の話したい人物がその雪ノ下建設の関係者であるからだ。
母は雪ノ下建設の社長令嬢として生まれ、兄弟はいなかった。
このあたりの話は調べてもよく分からない点があったが、社長の妻は私の母を産んだ後に何かの病気にかかって丈夫な体じゃなかったらしい。
本来であれば跡継ぎのために男児を授かりたかったのだろうが、社長の妻は妊娠できるような体ではない。
だから母は、雪ノ下建設のたった一人の娘だった。
そうなると雪ノ下建設の社長は婿養子を取ることに決め、自分の娘を若いうちから結婚させた。
優秀で後々会社を継ぐのにふさわしい人物が社長によって選ばれたのだろう。
結婚後には婿養子と娘の間に子供ができ、何一つ問題なく雪ノ下建設の将来は安定していった。
社長も病気の妻も満足で、婿養子も満足。
雪ノ下建設の社員だって文句はなかっただろう。
……でもたった一人。
結婚相手を自分で決められなかった社長令嬢である娘だけは違った。
娘は婿養子との子供を出産した後、雪ノ下建設から姿を消した。
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そこまで語ると一呼吸置いて、かじかむ手を擦り合わせる。
目の前に広がる雪の景色を眺めていたら、ここがデスティニーパークだというのをすっかり忘れていた。
「娘……、つまり私の母は一度だけ出産して雪ノ下建設から姿を消した。そしてその時に産まれてきたのは女の子。
……雪ノ下陽乃よ」
「そうか……」
比企谷君はあまり大きな反応をしない。
たぶん頭の中で話の整理をしているのだろう。
「ここからの話はそれほど長くないの。……ただ一つだけ、誰もが予想しない理由で母は雪ノ下建設を抜け出した」
話し始めてから随分と時間は経ち体も冷えてきたけれど、もう少しだけ話を続けなければならない。
私は先ほどよりも小さい声でこう言った。
「私の母は、……喰種に恋をしたのよ」
人間の女が喰種に恋をした。
自分と同じ言葉を話せても自分と同じ生き物ではない。
一見同じような見た目でも実際は全く違う体。
人間を喰らって生き続ける、そんな生き物を母は愛した。
喰種を愛し、一緒にいたいから雪ノ下建設を捨てて姿をくらました。
……いったいこの世界で誰がそんな事を考えるだろうか。
「その喰種との間にできた子供が、……おまえか」
「ええ……」
話している間ずっと雪を見ていた私は、ようやくここで彼と向き合った。
妙に穏やかな気持ちで、無性に彼と触れ合いたくなる。
「私の母は家を出て喰種と共に過ごし、それから私を産んだ。
本当は人間と喰種の子供なんてありえないはずなのよ。
そもそも妊娠すること自体ほとんど可能性はない。妊娠したとしても人間の母では喰種の子供を育てる栄養を摂取出来ない。
だから人と喰種のハーフなんて産まれるはずがないのに」
おかしいでしょう、と彼に聞いたが比企谷君は首を横に振った。
「……それで、結局母は私を産んだ一年後に死んでしまったわ。きっと体が弱り切ってしまったのでしょうね。私みたいな普通じゃない子供を産んだから」
「それはあくまでも想像だろ。事実は違うかもしれない」
彼の顔は真剣そのもの。
私と初めて会った時やアオギリのアジトで仮面を割った時、それにあの雨の日と同じような顔つきだ。
……でも私にそんな優しさを向ける価値はない。
ずっと考えていたのだ。私が産まれてこられた訳を。
ずっと探していたのだ。母が私を産んだ後に死んだ理由を。
そしてその二つの問いに対する解を私は導き出した。
「……あなたは優しいからそう言ってくれるけれど、やっぱりそうとしか考えられないのよ。
私は母から命を吸い取ったから生まれることが出来た。母は私から命を吸い取られたから体が弱って結果的に死んでしまった。
…喰種風に言ってしまえば、私は“母の命を喰らって”産まれてきた」
これが話したかった事の全て。
結局のところ、私が産まれさえしなければ母は死なずに済んだ。
出て行ったとは言え、母が生きてさえいれば雪ノ下陽乃は今と違う道を歩んだかもしれない。
これだけはどんなに綺麗な言葉を並べても変える事の出来ない事実。
「これが私と雪ノ下陽乃と母の話よ」
そう言って私は顔を伏せて大きく息を吐いた。
話すと少しはスッキリするかと思ったけれど、案外そうでもない。
胸の中にあるのは昔と同じで罪悪感による痛み。
「雪ノ下、言っておくが今の話しでお前に悪いところは一つも……」
「勘違いしないで頂戴」
またまた優しい言葉をかけようとした比企谷君に強気で言った。
「あなた今、私が落ち込んでいると思ったでしょう」
「え……、まあそこそこ?」
「あらそう、お気遣い感謝するけど言わせてもらうわ。勘違いしないで頂戴」
「……あれ?なんか俺怒られてない?」
比企谷君は不思議そうにしているが、もう今までの私とは違うのだ。
強くなるって決めたから自分の事で泣いたり悩んだりしない。
自分がどれだけ醜い化け物だとしても、私は自分を好きになるって約束した。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私は比企谷君より強いから」
「何だよ急に。強さが何を指すのかは曖昧だが、前戦った時は俺が勝った気がするんだけど。……そう考えたら俺の方が強くね?」
「何を言っているのかしら比企ゾンビ君。
確かにあの戦いでは誠に遺憾ながら負けという事にしたけれど、だからと言って私が劣っているというわけではないわ。あくまでも私の正体を見抜いたあなたに花を持たせたにすぎないわ」
「何この子、全然可愛くないんですけど。と言うか誰がゾンビだ」
こうして話していると自然と笑い声がこみ上がって来る。
口元を手で押さえ、笑いながらくだらない会話を続けた。
比企谷君も表情が緩んでいて、口では反論しているけれど楽しそうだ。
それからも空から雪が降ってくる中、ベンチで二人肩を並べて笑い合った。
もうデスティニーパークの乗り物なんてどうでもよくなって、私達は話し続けた。
私達の前を通って行く人達や、どこからか聞こえてくるメロディーなんて全く意識の外。
目に映るのは彼の姿で、聞こえてくるのは彼の暖かい声。
私達は夢の国でたった二人きり。
二人きりで、幸せな時間を過ごした。
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そして日が落ちるまで話し合って、落ち着いてから私は言った。
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「……そうだな」
重い腰を上げて私と彼はゆっくりと歩き始める。
ベンチのあったところから道沿いに進んで、大通りまで出るとたくさんの人が同じ方向に向かっていた。
私達もその人波に流され、パークの出口へと向かっていく。
空が暗くなってきたから道の脇にある電灯が光り始めた。
「ありがとう比企谷君。とっても素敵な二日間だったわ」
人ごみの中でそう言うと彼はキョトンとしてからフッと笑った。
「こちらこそありがとな」
素直にお礼を言った比企谷君は少し照れたようで頭をガシガシと掻く。
……最近になってこの癖が照れ隠しであることが分かって来た。
「フフフ、どういたしまして」
そうやって笑い返していると、私は自身を囲む大勢の人ごみの中で違和感を覚えた。
数えきれないほどの人々で足音が重なり合い、一つ一つを上手く聞き分けられず、匂いもごちゃごちゃで個々の特定は難しい。
だが、私はそれでも何かの違和感を覚えた。
「っ……」
しかし私は何の行動も起こさず、比企谷君の隣を歩き続けてパークの退場ゲートに近づく。
一歩一歩退場ゲートに近づくにつれて、私はこんな事を強く思ってしまう。
あぁ、夢が終わる。
夢から覚める。
長く続いていた素敵な夢から目覚めてしまう。
……目が覚めたら、一体何があるのだろうか。
「…夢から覚めたら、そこにあるのは現実」
そう、夢が終われば現実が始まる。
あの歪んだ世界の現実が。
「また、……また来れたらいいな。今度は暖かくなってから」
「……ええ、もう一度あなたと一緒に来たいわ。…出来る事なら、……もう一度」
最後の言葉は静かに消える。彼に届く前にどこかへと消え去る。
まるで雪が解けていくみたいに。
「……また、……あなたと一緒に」
夢とは私にとっての救いであり希望であり幸せだった。
間違いなく、この数カ月は幸せだった。
だが夢はいつまでも続いてはくれない。どれだけ強く望んでもそこに留まることを許してはくれない。
いつだって現実は残酷で、納得のいかない事ばかり。
「……」
だってこの世界は、とても醜く歪んでいるから。