デスティニーパークを出ても雪は空から降り続く。
俺達と同じようにデスティニーパークから出てきた人達は、楽しかった、また来たい、などの明るい話をしていたり、中には明日の仕事がめんどくさいや歩き回って足が痛い、などとぼやいている人もいる。
俺達はと言えば、ほぼ無言で道沿いを歩き続けている。コインロッカーから取り出したキャリーケースは地面の凹凸で相変わらずガタガタと音を鳴らしているが、周りの人の声のせいかあまりうるさく感じなかった。
それから駅に向かい、しばらく人が混雑したモノレールに乗って数駅行くと、乗り換えのためプラットホームへと出た。
狭い車内の中から広い駅へ出られたときの解放感は爽快で思わず背筋をグッと伸ばす。
「ふぅ、さすがに体が重く感じるな。早く帰って寝ないと」
「……そうね」
特に話しかけたわけじゃなかったが、雪ノ下の反応は薄い。
彼女もなれない2日を過ごしたから体力も気力も削られているのだろう。
心ここにあらずと言った感じでどこか遠くを見ている。
「大丈夫か?」
「…ええ、大丈夫よ」
雪ノ下は俺と顔を合わさずに少し離れた場所でモノレールを待つ人達を眺めていた。
「……」
特にすることもないので俺も雪ノ下と同じようにボーっと周りの人達を眺めてみる。
会社帰りなのか20代後半から50代の男性ばかりが周りにいて、女は雪ノ下以外見当たらないし子供は皆無。
当然のことながら見ていても楽しいものじゃなかった。
「……眠いな」
もちろんこれも話しかけたわけではない。何でもないただの独り言。
だがいつもの雪ノ下なら反応していたと思う。
「……」
しかし今の雪ノ下は、こちらを振り向きさえしなかった。
・・・・・・・・・・・・・
モノレールから電車に乗り換え、車内でドアに一番近い席に座る。
別段遅い時間帯ではないのに電車の中はガラガラに空いていて、この車両には俺達以外の乗客がいない。
気になって隣の車両を覗いてみたら、さすがに何人かは乗客がいた。
「座らないのか?」
電車が動き始め、慣性力でつり革がほんの少しだけ傾く。
雪ノ下は席が空いているにも関わらず、ドアにもたれ掛かって外を見ていた。
「座る気分じゃないの。……少し落ち着かなくて」
「ああ、俺も全然人がいなくて驚いたわ。こっちの方面には来たこと無かったけど、この時間帯ってこんなにも空いてるんだな」
「そうね、私も驚いたわ」
雪ノ下がそう言うと、次の駅名がアナウンスされ徐々に電車のスピードが落ちていく。
俺はキャリーケースが転がって行かないよう足でそれを挟み、会話の話題を考えた。
「……明日のお弁当、卵焼き作ってくれ。前に食べたのが美味かった。あとトマトはなしで……」
思いついたのはこんなありふれた日常の事。
明日は朝から仕事があって、よく寝坊する雪ノ下とは顔を合わさないだろう。
昼には母親と昼食を取りながら小町の話でもすると思う。春になれば小町も女子大生だ。
そして夜には家に戻り、雪ノ下がお帰りと言う。
その時の声や表情はどことなく嬉しそうで、そんな彼女を見るたびに心が休まる。
家に帰って来たと思えて、これが日常なんだと思える。
「……また明日からも、よろしく頼む」
少し改まってそう伝えると、電車がちょうど止まって彼女はこちらを向く。
車内にアナウンスが流れてドアが開き、冷気が彼女の長い髪をなびかせた。
「……」
雪ノ下は何も言わず、少しだけ笑って見せた。
*
最寄り駅を出て特に寄り道することもなく帰路につく。
この辺りは人が多く住んでいるわけではないので他所と比べれば静かな場所。
ただ今日に限ってはいつも以上に静まり返っていた。
「手袋をつけていても手先が冷える。さっさと春にならねえかな」
いつもは鋭い彼だが、今は小言を言いながら手先を温めている。
……これが私の思い過ごしならば、どれだけ嬉しい事だろうか。
「もう来週は三月だから少しずつ気温が上がっていくと思うわ。今年で雪が見られるのは今日が最後かしら」
「確かにその可能性は高いな。だが三月でも雪は降るぞ。偶にだけど」
「……あぁ、確かに稀だけれど降るわね」
雪の降る空を見上げながらブーツで道路の白線を踏む。
しばらくそうやって彼の隣を歩い続けていると、等間隔に並ぶ落葉樹が見えてきた。
「雪ノ下は雪が好きだな」
「そうね、とても綺麗だもの」
今日“雪ノ下”の話をしたが、彼は変わらずその名で私を呼ぶ。
……きっと比企谷君にとっては雪ノ下建設の事なんてどうでもよくて、なおも雪ノ下と呼び続ける事には意味がある。
一緒に暮らし続け、知ったことは好きな食べ物や癖だけじゃない。
私はずっとあなたを見てきたから、どうして私の事を雪ノ下と呼ぶのか分かって来た。
「はぁ、やっとアパートが見えてきたな」
橋を渡って少し進むとアパートがある。
……他の家と同様に各部屋から明かりが灯っているにもかかわらずとても静かだ。
「……本当に静かね」
その静けさが怖くて、深く考える事が嫌だから、もう少しだけ私の名前について思いを巡らせる。
……どうして比企谷君が名前にこだわるのか、私は分かった。
聞いたら彼が困るかもしれないから答え合わせはしないけれど、導いた答えに自信がある。
名前が綺麗で私に合っている。
そんなものはただの建前で、本当は別の理由があるのでしょう。
あなたは本当に優しいから、その理由にも優しさがあるのでしょう。
「鍵はどこだったか、……雪ノ下持ってるか?」
踏む度にカン、カンと鳴る階段を上って、彼はポケットを探りながら問う。
私は肩に掛けたカバンから鍵を取り出して比企谷君に言った。
「先に入っておいて。少しだけやることがあるの」
「……?」
彼は不思議そうな顔をして何をするのか尋ねてきたが、お風呂を沸かしておいて、とだけ伝えて中に入ってもらい、私だけがドアの前に残った。
少し強引だったが、今はその事を気にできる余裕はない。
「……」
……比企谷君、あなたが私を雪ノ下と呼ぶ理由が分かったわ。
あなたは優しいから、私を雪ノ下と呼んでくれるのね。
「あの人は、……敵だと言ったのに」
ねぇ、どうせあなたの事だからこんな風に考えているのでしょう。
例え私が化け物で、例え雪ノ下陽乃が喰種捜査官だったとしても、私達に繋がりを持っていて欲しい。
ただの名前だけでも、どこかで繋がっていてほしい。
「だからあなたは、……私を雪ノ下と呼ぶのよ」
寒い外で目を閉じて、ゆっくりと息を吐く。
そして耳を澄まして、手前の手すりを拳で叩いて高い音を鳴らした。
「……」
静かな夜に音が遠くまで届く。
決して人間では感じる事の出来ない距離も喰種なら感じることが出来る。
他の喰種と比べても群を抜いて感覚の鋭い私なら、もっともっと遠くまでも。
「……本当に、…もう終わりなのね」
握りしめていた手から段々と力が抜け、何かに気持ちが沈められる。
体が芯まで冷え切って、吐く息にさえ熱を感じられない。
今すぐにでも後ろの扉を開いて彼のそばに行きたかった。
でも私は……。
「必ず、……あなただけは守るから」
私はポケットから携帯を取り出し、数少ない連絡先から彼女の電話番号を表示した。
そして通話ボタンを押し、数コールしてから言った。
『高槻さん、……借りを返してもらうわ』
いつも読んでくださる方々ありがとうございます。
のろのろ投稿になっていますが、そろそろ終わりの目処が立ってきました。
分かる人もいるかもしれませんが、そろそろ忙しい時期になってきました。
可能であれば来週に一度投稿してそれからは少しの間空くと思います。
月末から二月は割と早め投稿の予定です。
ではまた。