雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第三十八話

ドアを閉じて共用廊下から夜空を見上げると、まだ雪が降っていた。

 

 

つい数時間前に同じことをしたけれど、私は廊下を歩きながら耳を澄ませて周りの音を聞き取る。

 

外はしんと静まり返っていて、その静けさは雪の景色とよく似あう。だがそれは上っ面の静けさであって本当は違う。

 

離れたところでは物音や足音が鳴り続けている。

 

 

家の中からは物音が聞こえないので比企谷くんは眠ったままの様だ。

 

 

 

「……正面のマンションと右奥の建物に2人、ベランダ側を見ているのは1人。あとはまだ少し離れているわね」

 

 

 

ぼそぼそ呟きながら身震いをする。

 

廊下を進みちょうど階段に差し掛かったところで一度止まった。

 

 

 

「久しぶりの感覚。……それも高槻さんと戦った以来の」

 

 

 

吸い込んだ冷たい空気を体の中で感じ、ゆっくりと息を整える。

 

周りの気温が低くいと頭が冷えて落ち着く。さっき家の中で上がった心拍数が徐々に安定していく。

 

指の関節を曲げて爪を立てると昔を思い出す。

 

その頃の私は今と同じで人や喰種を殺すことはなかったが、もう少し荒々しくて喰種らしかった。

 

 

 

「今日は昔のように荒々しくなりそうね」

 

 

 

止めていた足を動かし始め、カンカンと音が鳴る階段を一段一段下りて行く。

 

段々と彼から遠ざかって行く事だけは払拭できない悲しみだ。

 

 

 

「……」

 

 

 

階段を下り切ってアパートを出ると、正面のマンションで動きがある。

 

相手は距離があるから気づかれていないと思っているのかもしれないが、生憎と私の耳なら余裕で聞こえている。

 

たぶん無線か何かで連絡しているのだろう。

 

 

“作戦”の開始を告げる連絡を。

 

 

 

 

「やりましょうか……」

 

 

 

その言葉と同時に、足に目一杯力を込めて地面を蹴った。

 

何度も何度も地面を蹴り、道なりに進み続けて十分に加速してから道の隣の建物へと飛び移る。

 

 

誰かにこんな動きを見られればすぐに喰種だとばれてしまうけれど、周りの目など気にせず仮面もフードもつけやしない。

 

ただひたすら雪の中を飛び回り、足音のする方へと進むだけ。

 

 

 

「……アパートを中心にして円形に広がっている。早くしないと比企谷くんが…」

 

 

 

今、……私が化け物であることを隠す必要はない。

 

だから顔を隠さず飛び回っている。

 

 

 

「足跡、……前から五人分。他二十強」

 

 

 

帰りたい場所があるから走り続けている。

 

 

 

「武装は、当然しているわよね」

 

 

 

守りたい人がいるから逃げずに立ち向かっている。

 

 

 

 

「………見つけた」

 

 

 

道と言うものを無視し、最短ルートを通って来たから一分もかからず見つけられた。

 

まぁそもそも大して離れた距離じゃなかったけれど。

 

 

 

 

 

私は最後に大きく飛躍して、瓦の屋根の一軒家に着地する。

 

暗くて足元が見にくかったので、少し派手な音を立たせてしまった。

 

 

 

 

「「「っ!!」」」

 

 

「こんばんは。今日は雪が綺麗ね」

 

 

 

着地した一軒家の前には幅広い道があり、そこにいた五人は私の出現に驚き一斉にこちらを向く。

 

そしてそれと同時にクインケを構え、比較的落ち着いた一人は胸元の防具につけた機器に何やら話しかける。

 

 

 

『……対策部へ通達、Sレート喰種“猫又”と遭遇』

 

 

 

屋根の上から見下ろす私とそれを見上げる彼らの間には沈黙が流れ、場がじりじりと張りつめられていく。

 

彼らは私から目を離さずゆっくりと陣形を組み、羽赫のクインケを持つ捜査官を後列に下げていつでも戦闘に入れるようにする。

 

さすがにバラバラで攻めてくれるような頭の悪い敵ではない様だ。

 

 

 

 

『駆逐します』

 

 

 

 

……そう、私が対峙しているのは喰種捜査官。

 

もう“私を駆逐する作戦“は始まっている。

 

 

 

「悪いけれど、今日の私には余裕がないの。敵が多いし、Rc細胞も足りていない」

 

 

 

私達の住むアパートはおろか、その近辺には一般人なんていやしない。

 

避難は完了済みで、全てCCGの手のひらの上。

 

 

 

「だから……」

 

 

 

私達のアパートは監視され、喰種捜査官に取り囲まれている。

 

 

 

「少し肉を喰い千切るけれど、死なないでね」

 

 

 

「「死ねっ!!化け物がぁぁぁ!!」」

 

 

 

 

 

私はビキビキと右眼を赫眼に変え、五人の捜査官に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

最初におかしいと思ったのは数時間前のデスティニーパークの帰り、出口の門を通る直前だ。

 

人が多いし私自身浮かれていたから最後まで気づくことが出来なかったが、ずっと私達をつけている人がいた。

 

デスティニーを出てからずっと相手の動きを鼻や耳で感じていると、どうやら数駅ごとに見張りは変わり、こちらに気づかれないように注意を払っていた。

 

そのため比企谷くんが感づくことはなかったが、向こうにとって私の五感の鋭さは誤算だったのだろう。

 

 

それからアパートの最寄り駅付近で乗車客が異様に少なかったこと、明かりが点いていてもアパートの中から誰の声も聞こえなかったこと、私達の居場所を中心に何人もの人間がここら一帯を取り囲っていること。

 

気づかれる点が多い、少々お粗末な作戦だ。

 

 

 

だが、それでも私は相手の思惑にはまっている。

 

流石にここら一帯の住民を避難させて戦える場所に変えるなんて発想は出てこない。それも私達が二日旅行に出かけ、帰ってきたら相手の準備が整っているなんて。

 

 

どう考えても出来過ぎたタイミングで、嫌だけれどもこんな事を考えてしまう。

 

 

……私達を出かけるように仕向けたアパートの大家さんはCCGから指示されてそうしたのではないか。

 

あの人は比企谷くんにチケットを渡した時、すでに私の正体を知っていたのではないか。

 

それを知った大家さんは、もうずっと私を恐れていたのではないか。

 

 

 

もう私なんて、死んでほしいと思っているんじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁ、そうよね。やっぱり人を喰う化け物なんて恐ろしいわよね」

 

 

 

変な事に頭を使い、気が散っていた。

 

これではだめだと思い、大きく深呼吸をすると雪の結晶が口の中に入ってきた。

 

 

真っ赤な血で満たされた、赤い赤い口の中に。

 

 

 

 

 

「ああああああああ、足がぁ!!こいつ喰いやがったぁぁぁぁ!!」

 

 

 

新鮮な空気から酸素を取り込み、道の脇から上がる叫び声が大きく聞こえてくる。

 

少し肉を喰い千切っただけなのにうるさいものだ。

 

他の四人と同様に気絶させればよかった。

 

 

 

 

「……次、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分前  CCG特別対策部

 

 

 

『対策部へ通達、目標“猫又”が現れました』

 

 

『了解、こちらも映像で確認した』

 

 

 

大きなテントで作られた対策部屋で長い間待機命令を出され、そろそろ一服したくなったところで見張りから連絡が入ってきた。

 

モニターに映し出されているのは今回の捜査対象で、映し出された映像で改めて本物を見ると間違いなくこいつだと確信した。

 

 

……やはり陽乃と似ている。

 

 

 

「おぉ、向こうから出てきてくれたかぁ。平塚、そろそろ準備しとけ」

 

「…はい」

 

 

 

通信を聞きつけたのか今回の指揮官である丸手特等が外から入ってきて私に声をかける。

 

どうやら今回の作戦は規模が大きく、彼は先ほどまで外の各員に指示を出していたらしい。

 

 

 

「よし、ここからが本番だ。馬淵、お前は相手の場所を確認しながら外を囲ってる奴ら全員に指示しろ」

 

「うっす」

 

「包囲に穴作ったらすぐに逃げられるからな。絶対にヘマするんじゃねーぞ」

 

「うっすうっす」

 

 

 

やる気はあるが真面目に聞こえない返事をする対策Ⅱ課の馬淵一等捜査官。

 

今の私に反してこの人は生き生きとモニターと確認している。

 

 

……一体どうしてこんな事になってしまったのか。

 

 

 

「丸手特等、アパートへの突入は?」

 

「そっちも問題ない。アパートには一班行かせるつもりだ」

 

「そう、…ですか」

 

 

 

本当に、どうしてこんな事になっているのだろう。

 

 

今回の対象は二カ月ほど前に陽乃と対峙した尾赫の喰種“猫又”。

 

陽乃の後輩の証言により猫又はあの有名なSSSレートのフクロウと同じ隻眼の喰種だとされ、急遽特別捜査班が編成された。

 

本来ならば情報が少なすぎる事から捜査は打ち切りになると思っていたが、運良く陽乃の後輩がそいつを見つけ出した。

 

猫又の外見から年齢を推定し、ダメもとで8区大学生を調べ上げたらしい。

 

もちろん早々簡単に見つかる物ではなく、そもそも大学生である保証などどこにもないため無謀だと思った。

 

 

 

「まさか、……本当に見つかるとはな」

 

 

 

調べても調べてもそれらしい学生は見つからず、もう打ち切りになりかけていた時に協力を頼んでいた大学側から連絡があった。

 

つい最近、自主退学した女子学生がいると。

 

 

 

 

そこまでは何も、……何一つ問題なかったのに、そこから何かがおかしくなってしまった。

 

 

何故か“猫又”の顔が陽乃にそっくりだった。

 

ただ似ているだけと言えばそれで済むかもしれないが、当の本人である陽乃の様子がおかしい。

 

 

そしてこの作戦。

 

7区は今戦闘が起きる可能性があるため一部封鎖の状態だ。

 

幸いここ周辺は住宅が少なく、封鎖区間も大して広くないため11区のアオギリ戦に比べれば住民の避難はかなり楽な方だったと思うが、単体の喰種相手にしては手が込んでいる。

 

 

丸手特等いわく、CCGのトップである和修総議長から直々に命が下りて作戦人員が増えたらしいが、察するに和修総議長はどうしても隻眼の喰種の存在が許せないようだ。

 

……いや、恐れていると言ってもいいかもしれない。

 

隻眼の喰種は“隻眼の王”と関りがあるかもしれないから。

 

だからこうも徹底して奴を殺しに来ている。

 

 

 

 

 

「平塚、……おい平塚」

 

「っ!」

 

 

 

丸手特等に肩を叩かれ、考えにふけていた私は我に返る。

 

 

 

「……今すぐにでもお前らに出てもらう。こいつは思っていたよりもヤバいかもしれねぇ」

 

「どういうことですか?」

 

 

 

険しい表情の丸手特等はモニターを指さし私に言う。

 

 

 

「この喰種、今までの情報通りならどこかに逃げると思っていたが、今回はそうでもないらしい。

……見てみろ、こいつアパート周りの兵士を片っ端から襲ってやがる。それもかなり早い」

 

「そんな、……なぜ」

 

「知るかよ。とにかくお前らの出番だ。アパート内の“裏切り者”はこっちでやっとくから、お前は隻眼を頼む」

 

「……ええ、分かりました」

 

 

 

耳に入ってきた言葉が私をイラつかせ、反射的に拳を握りしめる。

 

そして、これ以上ここにいれば何か大声で叫んでしまいそうになるので、握りしめた拳を隠して私はテントを出た。

 

 

 

 

 

「……なぜだ。どうしてこんな事になっている」

 

 

 

拳を痛くなるほど握りしめても葛藤は抑えきれず、下唇を咬んで我慢する。

 

もうずっとだ。……最近はずっとこの解消できない怒りが私の中にある。

 

 

 

 

「何故、君が犯罪者なんかに」

 

 

 

ついこないだまで私の隣にいた青年が、なぜ“裏切り者”なんて言われている。

 

なぜあの子が喰種の隠匿で犯罪者なんかになっている。

 

 

……なぜ君が喰種の味方で私の敵になっている。

 

 

 

「どうしてだ、……比企谷」

 

 

 

分からないことが多すぎてイライラするけれど、元パートナーの名前を言った途端に悲しくなってくる。

 

結局のところ、私は彼に対して怒っているのか悲しんでいるのか分からない。自分の感情の事なのに分からなくなってくる。

 

 

……分からないことだらけだ。

 

 

 

 

「……なぁ陽乃、お前も同じか?」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

テントから出て向かったのは私の教え子の所。

 

彼女も当然この作戦に参加している

 

 

 

「雪、……綺麗だね」

 

 

 

テントのすぐ近くにいた陽乃は空から降り注ぐ雪の結晶に手を伸ばし、ぽつぽつと呟いた。

 

 

 

「そう言えば雪だったね。雪が降っていたから……」

 

 

 

雪に手を伸ばす彼女はまだ何か言いたげだったが、そこで言葉を切っていつも通りの雪ノ下陽乃の顔をしてこちらを向いた。

 

 

 

「丸手特等から指示が出た。すぐに向かうぞ」

 

「分かった。クインケ取って来るね。今日は前の以外にもう一つ持ってきてるから」

 

「……あれか、お前も本気だな」

 

「うん、……本気だよ」

 

 

 

そう言って、彼女はいつしかと同じ言葉を言った。

 

 

 

 

 

「もう、決着をつけようか」

 

 

 

陽乃は“猫又”が比企谷と関りがあると知っても何も変わらなかった。

 

それは単純に興味がないのか、それとも“猫又“の事で頭がいっぱいだから比企谷の事を気にする余裕がないのか。

 

どちらが理由なのか知らないが前者ではないだろう。

 

 

だが後者の方でもない気がする。

 

 

 

 

じゃあ、彼女はいったい……。

 

 

 

 

 

 

「……もう、……全部終わりにしよう」

 

 

 

 

一体何を考えて今日まで過ごしてきたのだろう。

 

 

 

 

 

……やっぱり私は、何も分からない。

 

 

 

 

 

 

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