走ると風が強く当たって冷たかったのに、今ではもう感じない。
激しい動きで体が随分と温まり、戦いの感も取り戻してきた。
『対策部、救護班を要請します!
班の内3名が重傷、腕や足を咬まれて出血がひどいです!』
『こちら4班、こちらも怪我人多数、クインケが全て破壊されました。至急救護班を!』
顎に滴る血を袖で拭いて、口の中の肉を飲み込む。
久しぶりの大量摂取に体は喜び、気を抜くと食欲に飲まれて歯止めがきかなくなってしまいそう。
しかし、それをぐっと堪えて意識を敵に集中し、二本の赫子を長く伸ばした。
「倉元、班員を抱えて離れろ。クインケがなければただの餌にしかならない」
「そんな!タケさんは!?」
「もう少し相手する」
クインケを構える相手は先ほどまで戦っていた連中に比べると頭一つ抜けて強い。
クインケ捌きが上手くてすぐに懐を攻めてくる。
「……邪魔ね」
そろそろ時間が惜しくなってきた私は瞬時にステップを踏んで敵の間合いへと飛び込む。
当然相手はクインケを何度も振るってきたが、体の軸を曲げて回避する。
至近距離で赫子はまだ使わず、ひたすら相手の動きを見ていると動きが読めてくる。
「シュッ!!」
「あなたの動きは型にハマり過ぎている」
切りかかってくるクインケをかわして二本の赫子で左右から攻める。
私の二連の赫子も何とか防ぐ相手だが、さすがに少しは怯む。
「さすがにもう見切れるわ」
「っ、何っ!」
今まで温存しておいた三本目の赫子を形成すると相手は驚き、もう一度二本で攻撃してクインケを弾き飛ばす。
そして透かさず敵の防具めがけて三本目の赫子を叩き込んだ。
「……っ!!」
吹き飛んだ相手は道路の脇の電柱にぶつかるが、頭も背中も防具があったため致命打にはなっていない。
それにまだ戦えそうで立ち上がろうとしている。
「……まぁこのくらいでいいでしょう」
ここで敵の肉を少し喰べて行けば私のエネルギーが増えるしこの男も戦闘不能になるだろうが、さすがに今日は喰べ過ぎている。
すでに全ての赫子を使えるだけのエネルギーは得たのでこれ以上痛めつける必要はないだろう。
そう思った私は三本の赫子を一つの大きな尾に変え、地面に落ちているクインケの刀身部分を勢いよくへし折る。
「ふっ!」
三本をまとめた分一撃が重くなり、見事にクインケを壊して相手を一瞥する。
私と目が合った相手は闘争心がなくなったわけではないが、武器を壊されてどうにもできないと言った感じだ。
これならもう立ち去っても大丈夫だろう。
「本当に隻眼で、……雪ノ下准特等に似ている」
背を向けて立ち去ろうとした私に意外にも声をかけてくる捜査官。
腕のわりには大したクインケを持っておらず、どこか力を出し切っていないようにも感じられたが今は気にしていられない。
彼の口ぶりから察するに、やはりCCGに顔が割れてしまっている。
「……追って来れば殺すわよ」
私はそれだけを言い残し、赫子をしまって近くの建物の屋根まで飛びあがる。
そしてまた移動しながら次の行動を頭の中でまとめた。
アパート近辺の敵は大体倒したから一先ずは安心だが、まだ逃げるつもりはない。
またぞろぞろと周りから増援が来ているのが分かるし、包囲の穴もできていない。
比企谷くんを抱えて逃げられるほど敵は甘くない。もっと強い捜査官が控えているに違いないし、包囲を飛び越えようとしても撃ち落される。
一人で逃げるなんて論外。私が逃げれば余計に比企谷くんが狙われてしまうし、私は彼を助けると約束した。
……それに何より。
きっとあの人が近くにいる。
「人の足音が一番多いのは……」
それなら私は逃げることが出来ない。
相手が逃げずに私を殺しに来るなら、もう眼をそらし続けることは出来ない。
彼女はずっと私のせいで苦しんでいるだろうから。
「西、……いや、むしろ手薄な所に」
そうやって敵の位置を考えていると、東の方で空が光る。
地面と空を繋ぐ綺麗な直線の光で、光ったのと同じタイミングでバリバリと音が鳴り響く。
……聞き覚えのある音だ。
「そう、やっぱりあなたもいるのね」
家々を飛び回っていた私だが、進む方向を変えて光が発生した場所へと向かう。
屋根や電柱を使って最短ルートで行けば、すぐに到着する所だ。
「……ごめんなさい、比企谷くん。やっぱりあなたの所に戻れそうにないわ」
私は空中で赫子を準備しておいて、雷鳴が聞こえた方へと向かった。
*
・・・・・・・・・・・・・・・・・
眠っている時に見る夢は脳の記憶が関係していると聞いたことがある。
もちろん自分の記憶だけではなく想像なんかも混ざってできているらしいが、記憶が関係しているから自分の知っている場所や物が夢に出てくる。
「……久しぶりだな」
……だからだろうか。
俺がいる場所は夕陽が差し込む線路の隣。
後ろには塀があって、前には線路と道を分けるフェンスがある。
いつもはそのフェンスに花を添えていたが、今フェンスの前にあるのは花じゃない。
「ずっとお前に会いたかった」
フェンスの前には、いつまでも記憶の中にいた女の子。
決して忘れる事はない、あの日の場所であの時の女の子。
……俺の目の前にいるのは、俺のせいで死んだお団子頭の女の子だ。
「……お前がいなくなったあの日から、ずっと言いたかったけど伝えられなかった」
「……」
彼女は何も言わない。
ただ後ろで手を組んでぽつんと立っているだけ。
顔の表情も斜めに射す夕陽のせいでよく見えない。
「……ごめんな」
「……」
「俺のせいで傷ついて、俺のせいで苦しんだ。
俺がもっと声を張って、もっと手を伸ばしたら何かを変えられたのかもしれないのに、何も変えてやれなかった」
「……」
「……俺なんかよりもお前の方がずっと生きる価値があったのに」
「……」
俺が話していても、彼女は何も言おうとしない。
「自分の人生なんてどうでもよかった俺よりも、誰かに優しくできるお前の方が生きるべきだった」
何も話してくれない。
「あの時、この場所で死ぬべきだったのは俺だった」
何も伝えてくれない。
「……だから本当に、……ごめんな」
どれだけ言葉を並べても、彼女は答えてくれなかった。
「………」
もう何も言葉が出なくなり、場が静かになってしまった。
足を踏み出そうにも彼女に近づく勇気がない。言葉を待っても何も返ってこない。
そんな俺達の静寂を嫌ったのか、フェンスの向こう側で電車が音を立てて横切って行った。
「……っ…」
電車が通り過ぎると強い風が吹き、彼女は揺れる髪を抑える。
……そこで初めて、彼女がどんな顔をして俺を見ているのかが分かった。
「それで、……もう一つ伝えたかった言葉がある」
彼女の顔を見ていると、何を思い何を感じているのか分かってくる。
“欲しかったのは謝罪じゃない”
“見たかったのは悲しい顔じゃない”
「一番言いたかった言葉が……」
彼女が話してくれないなんて当然だった。
彼女はずっと待っているのだから。
「ありがとな、俺を助けてくれて」
「うん……」
そしてようやく、彼女は返事をして小さく頷く。
優しくて暖かい、みんなを幸せにするような笑顔で。
「ありがとな、ずっとそばに居てくれて」
「うん」
胸を触らなくても心臓の拍動が分かる。
俺が当たり前のように過ごせていたのは彼女のおかげで、命を賭けた戦いで生き残ってこられたのも彼女のおかげ。
俺の心臓は戦っている時にバクバクと過剰なくらい動いていた。
まるで俺に動けと言っているように、まるで生きろと言っているように心臓は拍動した。
……ずっと彼女が、そう言ってくれてたんだ。
「お前に出会えて本当に良かった」
「あたしもだよ」
少し目を細めて彼女はオレンジ色の光を眺める。
光に照らされる彼女は両目を赫眼に変えるけれど、少しの恐怖もないし何一つ彼女に対する感情は変わらない。
やっぱり彼女は優しそうで可愛らしい女の子だ。
「お前に出会えたから、……俺はあいつに出会えた」
「……えへへ、良かった」
何かに満足した彼女は、夕陽と同化するみたいに足の方から徐々に消えて行く。
相変わらず素敵で、純粋な笑顔のままで。
「だからもう少しだけ、見守ってくれ」
「うん、……頑張れ!」
そして完全に彼女が消え、急に光が溢れ出す。
そのまぶしさに目を閉じた俺は――――――。
深い眠りから目を覚ました。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
・
*
目を開くと天井につり下がった電球の光が見え、意識が徐々にはっきりとしてくる。
普段なら寒くて布団から出るなんて考えもしないが、今は何となく体を起こした。
「……」
薄暗い部屋の中で今置かれている状況に違和感を持つ。
真夜中のはずなのに外が妙に騒がしい気がする。
それに比べ、家の中は気味が悪いほど静かだ。
「……雪ノ下?」
家の中から何かがなくなった気がして、俺は立ち上がってスライド式の扉に手をかける。
眠る前に見たドアは完全に閉まっていたのに、数センチそれが開いていた。
「おい、ゆきのし、……っ!!」
普段は開けない扉を開き、彼女の部屋に入った俺はすぐに足が止まった。
余りの気配のなさに見た瞬間かなり驚いたが、それと同時に雪ノ下がいない事が分かって完全に意識が目覚める。
右手のベランダのドアが開かれていて、白い月明かりが部屋の半分程を照らしている。
そして部屋で目に入ったのは、雪ノ下の布団の上に立つ小さな化け物。
「お前は……」
「ケケ、また会ったね」
*
空に撃った一撃はまるで雷のように光を放つ。
これなら遠く離れていてもこの場所を知らせてくれるはず。
「陽乃、なぜいきなり撃った?」
「試し撃ちとメッセージ。前に一度見せたから、たぶん気づいてくれると思って」
手に持つクインケはかなり発熱しているが、前回と違ってちゃんと冷却されている。
改良によってもう数発撃てるようにしたおかげだ。
「気づいたとしたら逆に逃げるんじゃないか? そしたら作戦が……」
「大丈夫、絶対来てくれるから」
力の入った静ちゃんの肩を叩き、冷たい空気を肺にいれる。
体が冷えるのは良くないけれど、こうしていると妙に落ち着く。
「だって、私達は……」
『対策部より伝達、至急戦闘態勢へ』
耳につけた無線機がビビっと鳴り、私は口を閉じる。
静ちゃんの無線にも同じ様に音が鳴って、彼女は自分のアタッシュケースからクインケを展開する。
それを見た私は近接戦に備えて羽赫はなおし、足元に置いていたアタッシュケースから剣のクインケを出した。
『カメラで対象を確認、そちらに向かっています』
伝達内容を聞いてこちらに視線を向けてくる静ちゃんにアイコンタクトし、私はにっこりとほほ笑む。
「……ほらね、やっぱり来た」
雪の降る空を見上げて耳を澄ませていると、数メートル先のマンションの曲がり角から銃声が鳴り響く。
しかしその音は一つ二つと消えて行き、ほんの数秒経つとさっきの騒音が嘘だったかのように静まり返る。
『……対策部へ通達、これより戦闘に入る』
道路の先を見つめていると冷たい雪が頬に当たる。
今か今かと待ちわびているとクインケを握りしめる手に力が入る。
頭によぎった一瞬の後悔を切り捨てた時に目が大きく見開く。
「出たな、この疫病神が」
曲がり角を通って照明で照らされた道路に姿を現したのは、白いコートを返り血で汚した化け物。
爪を立て尾を生やし、黒い髪を冷たい風でなびかせる。
醜くておぞましい右眼が赤い化け物だった。
「……決着を、つけに来たわ」