良ければ活動報告見てください。
羽赫の赫包から作った鎧が、絶え間なく私を動かし続けている。
何度も何度も地面を蹴り、何度も何度もクインケを振るう。
人間の肉体だけでは不可能に近い動きで攻撃と防御の繰り返し。
喰種からしてもかなり速く動き回っているはずなのだが、複数の赫子を操る駆逐対象は段々とこのスピードに慣れてきた。
「完全に死角に入っても攻撃してくるとは……。喰種の中でも飛びぬけて感覚が鋭いね」
「……」
もう相手にとって私が目に映るかどうかは重要じゃなくなっている。
ただ静かに感覚を尖らせて、聴覚で感じ取った音を頼りに赫子で的確に攻めてきている。
再生してまた九本となった赫子は一本一本が違う動きをしてかなり厄介だ。
「フフ、……あぁ、楽しくなってきたなぁ! こんな強い相手初めてだよ!!」
私が笑う。
……喰種と戦う時は大抵そうかな。戦う事は人生最大の暇つぶし。
刺激のある戦いは大好きだ。
「じゃあ、これは!!」
ほとんど反射神経だけで相手の赫子を躱しきって、羽が生み出す推進力で一気に距離を取る。
そして道端に置いておいたアタッシュケースを乱暴に掴み、剣を地面投げ捨てて新しいクインケを展開した。
「……それね」
「君でもこれを喰らえばヤバいでしょ」
両手で持ったクインケがバチバチと電気が発生し、フラッシュが小刻みに私の顔を照らす。
この前相手に決定打を与えた威力重視の雷撃砲。
これも羽赫から作っているので尾赫の相手からすれば痛手になるはず。
「射っ!!」
「今度は受けない!」
クインケから雷撃が放たれる一瞬前、相手は赫子ごと飛び上がって回避する。
さすがの反応速度で回避を行い、すでに次の攻撃に移ろうとしているが……。
「っ!!」
私は相手より先に動き出し、鎧を使って相手の元まで飛ぶ。
手に持った雷撃砲はガシャンと音を立て、再装填は完了した。
「ゼロ距離なら、……避けられないよね」
「何を……っ!!」
顔の歪みが止まらず、私達は今までで最も近い距離まで近づいた。
空中でお互いに正面を向き相手は赫子を動かし始めたがもう遅い。
「これで終幕!!」
瞬間、私達の間で光がはじける。
まぶしい光と高熱で目を開けていられず、私は強力な反作用の衝撃で後ろに飛ばされた。
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・・・・・・・・・・・・・・・
……何で都合がいいように考えてしまったのだろう。
どうして根拠もないのに、私は自分が楽になるように考えてしまったのだろう。
私には何と比べても大切な事があったのに、目の前の平穏と安楽を優先してしまった。
優先し続けてもう引き返せない所まで来てしまった。
引き返せなくなったから、自分の都合のいいように考えた。
「……ああ、またクインケ壊しちゃった。連発で撃つと負荷に耐えられないか」
私は頭がいいはずだから絶対に分かっていたはずなのに、……何で気づかなかったのかな。
本当に大切な事をうやむやにして、いらない物ばかりで心を埋めても意味がない。
あとから苦しむのは自分だって、何で気づかなかったのかな。
「もうエイルのエネルギーも残り少ない」
ねぇ、思い出してよ。
私にとって大切なこと。
……優しい母が残してくれた、私にとって大切な思い出。
一つは母が頭を撫でてくれたこと。
そして二つ目は、体の弱りきった母が私にくれた人生で一番大切な思い出。
この思い出は、私と母。
それと__________。
*
「はぁ……はぁ……。無茶苦茶するわね……」
徐々に息が上がり始め、私はアスファルトに手をつけて体に力を入れる。
ずっと戦い続けているからさすがに限界が近づき、傷も赫子を再生しなくなってきた。
先ほどの一撃は咄嗟に赫子で身を包んだから直撃は免れたが、尾が四本もダメになってしまった。
もう残り五本で戦うしかない。
「……でも、これでいいかもしれないわね。きっと彼女も限界に近いから」
数十メートル先ではクインケの反動で倒れた雪ノ下陽乃が再び剣を拾い上げている。
雷撃を放つクインケは先端から蒸気を発し、見るからにもう使えなさそうだ。
「こんなに強い捜査官は初めて。でもやっぱりこのまま本気で戦えば…」
……このまま本気で戦えばきっと私が勝ってしまう。
もう彼女の速さには慣れてきた。今ではほとんど昔と変わらないくらい感覚が研ぎ澄まされている。
やはりこのままだと、彼女のクインケよりも私の赫子の方が先に相手の喉を貫いてしまうだろう。
「……やっぱり、もう一度あなたに会いたいわね」
あなたの事を考えると決意が鈍ってしまうけれど、どうせ最後ならあなたの事を考えながら死にたい。
あなたの事は高槻さんに任せているから、万が一にも捕まることはないでしょう。
もし今の私の状況を知れば飛んでくるかもしれないけれど、その辺も高槻さんに任せている。
……力づくでも彼を逃がしてくれと。
「雪の降る夜に、……喰種捜査官と出会った」
道路に手をついて、見上げる空からは白い粉が降り、私の心は温まる。
彼の事を思っていると、死を迎えるのは惜しいけれど怖くはなかった。
「さぁ、……終わりにしましょうか」
体に鞭を打って立ち上がり、戦いで荒れた道路を走り始める。
向かいから鎧を使って走ってくる彼女と衝突するのはあっという間だった。
「私は…っ!! 喰種捜査官だから!!」
クインケと赫子をぶつけ合って、彼女は苦しそうに叫ぶ。
しかしその手は止めず、鮮やかな動きは私の尾赫の間を縫って入り、しなるように腕を振って赫子を一本断ち切った。
「ぐっ!!」
斬られて怯むが、これでいい。
決して手を抜いた素振りは見せず、彼女に何のためらいも与えない。
もし私が手を抜いている事に気づき、彼女が不振がって手を緩めれば、この戦いの意味はなくなってしまう。
雪ノ下陽乃が全力で私を殺し、自身を惑わす化け物が消えてしまえば、きっと彼女は苦しみから解放される。
もうこんなつらい顔をさせなくて済む……。
「残り四本!!」
……ねぇ、比企谷くん。
本当に最後になりそうだから、今までどうしても口にできなかった事を想います。
あなたは知っていたかしら。
私はね。私はずっと………。
「残り三ッ!!」
「っ!! ……まだ、私は死んでないわよ!!」
私はずっと、あなたが好きだった。
例えあなたが普通の女の子に恋をして、私から離れて行ったとしても。
例えあなたが喰種捜査官として私に刃を向ける事になったとしても。
例えあなたに殺されることになったとしても。
私はあなたの事を愛している。
それでもあなたを愛している。
「三本じゃ私には勝てない!! もう終わりだよ!!」
私は人しか喰べられない化け物なのに、あなたのような優しい人を好きになってしまった。
こんな事はバカげているって、気がおかしいのではないかと思われるかもしれない。
人間が聞いても喰種が聞いても、……誰が聞いても笑うかもしれない。
でもね、比企谷くん。
……あなただけは違うでしょう?
「っ……」
「残り二本……」
あなたはきっと私の言葉をちゃんと受け止めてくれる。
私の赤い眼を見ても、あなたは普通の女の子と変わらず返事をくれる。
その事が堪らなく嬉しいのと同時に、真摯に向き合ってくれるからこそあなたの反応が怖かった。
もしも受け入れてもらえるなんて幸せな事があったとしても、そんな事はあってはならない。化け物の私がいつまでもあなたのそばにいて良いわけがない。
私が自分の事を嫌いではなくなって、あなたが私の事を好いてくれたとしても。
やっぱり私は化け物で、やっぱりあなたは人間だ。
「残り一本……」
「……比企谷くん」
彼女の猛攻によりまた一本が断ち切られ、それとほぼ同時に彼女の鎧からは排気音が止まって機動力が失われる。
それを見かねた彼女は片手をうなじに伸ばし、何かしらの操作を行って鎧を体から取り外す。
エネルギー切れの様だが、何ら私のすることに変わりはない。九本あった尾赫は残り一本となり、彼女が私を殺すことなんて造作もないだろう。
だから最後は反撃するふりをして、彼女が躊躇わないようにしよう。
軽く避けられる程度の攻撃で隙を作り、彼女の剣を受け入れてしまおう。
それでようやく、彼女はちゃんと歩き出せる。
「……比企谷くん」
「っ!」
彼の名前に異様な反応を示す雪ノ下陽乃だが、そんな事は構わず鎧を取った彼女に最後の尾赫を振り落とす。
頭上にクインケを構えた彼女は難なくそれを受け止め、小さくこう言った。
「本当に、……これで終わりだよ」
「……そうね」
そっと瞼を閉じて、安らかに眠ろうとしても、……あなたはそこにいてくれる。
そばに居ると言ってくれたあなたが、瞼を閉じてもそこにいてくれる。
私が二十年生きてきた中で、もっとも大切なものをくれたあなたがいる。
本当は“好き”だとか“愛している”なんて簡単な言葉で済ませたくはない。
……でも、それ以上に適した言葉が見つからない。
比企谷くん。
比企谷くん。
比企谷八幡くん。
私はあなたが好きで、あなたを愛している。
あの夜の公園であなたと出会えてよかった。
「……もし来世があったら、もう一度会いましょう」
尾赫がクインケで弾かれ、自分の腰元まで戻した赫子を構える。
最後に相手に向けて赫子を突き出し、それを避けられて終わり。
「また、もう一度……」
狙うのは、雪ノ下陽乃の腹部。彼女が走り出してクインケの間合いに入る一歩手前。
「あの時の様に、……また雪の中で」
留まってくれなかった涙を流し、向かってくる雪ノ下陽乃に赫子を繰り出す。
一番避けやすくて、一番カウンターを決めやすいタイミング。
赫子のスピードもそこまで速くしていない。
雪ノ下陽乃であれば、必ず避けて私の首を跳ね飛ばすことが出来る。
その確信が私にはあった。
だが_______________。
「っ……!!」
彼女は寸前のところで、振り上げたクインケを手放した。
「え……」
頭が真っ白になった私の体を、暖かい両手が包み込む。
ほんのりと香水の香りがして、耳元で彼女の声が聞こえた。
「なか……ないで」
赫子が何か柔らかいものを貫いた感覚。
私を包み込む暖かな体温。
真っ赤な血で染まる私の尾赫。
クインケを捨て、赫子を避けずに両手を伸ばした雪ノ下陽乃。
「うそ、………うそよ!!」
「……」
小降りの雪が降る道路。アスファルトは所々めくれ上がり、近くの信号が赤色を灯す。
道路の遠く先からは大きな二台の照明が光を放っている。
今、喰種捜査官の雪ノ下陽乃は赫子で腹部を貫かれ。
隻眼の化け物を抱きしめていた。