雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第四十四話

 

ただ懸命に、自分は喰種捜査官だと頭の中で繰り返しながら赫子を切り裂き続けた。

 

今までにないくらい高速で攻撃と回避を繰り返し、休む間もなく常に次の一手に備える。

 

相手の顔を見たらもう戦えなくなってしまうから、ずっと切り落とす赫子を見て戦った。

 

 

ただ、……ひたすら見るのが怖かった。

 

 

 

 

これが私の選んだ道。

 

誰かに強要されたわけでも扇動されたわけでもない。比企谷くんから釘を刺されるようにそれを選ぶのかと聞かれたけれど、それでも私は頷いた。

 

 

本気で悩んで、私は選び抜いた。

 

私は喰種捜査官。これからも喰種を殺す。

 

 

もちろん例外なんて作ってはいけない。

 

 

 

 

……でも、実際に彼女と剣を交えていると心がざわつくのだ。

 

 

目の前にいるのは誰なのか。目の前にいるのはただの喰種なのか。

 

一度割り切ったはずなのに考え出すと頭がごちゃごちゃなる。

 

だから私は自身の選んだ道を叫び、斬りかかるのを止めなかった。

 

本気で首を斬り落とすつもりで相手と戦った。

 

 

 

しかし、赫子を四本切り落とし、最後の一本になった彼女は寂しそうに彼の名前を呼んだ。

 

名前を呼んで、小さく何かを呟くのだ。

 

その声があまりにも哀愁に満ちていて、結局私は彼女の顔を見てしまった。

 

 

 

最後、剣を振りかぶり、繰り出してきた赫子を避けようとした時だった。

 

 

盗み見るようにずらした視線の先には、片眼が赤い女の子。

 

 

涙を流して、私の剣を受け入れようとする女の子がいた。

 

 

 

 

 

「っ……!!」

 

 

 

 

それを見た瞬間、私はクインケなど捨てていた。

 

 

 

クインケなど捨てて、私は両手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づいた時には彼女を抱きしめていた。

 

両腕を背中にまわして彼女の右肩に顎をつけている。

 

赫子で貫かれたはずの腹部からは不思議と痛みを感じない。

 

 

この子の涙を見た瞬間、自分の中で何かが弾けて抑え込んでいたものが溢れ出てきた。

 

 

 

「なか……ないで」

 

 

 

時が止まったかのように静寂が私達を囲い、深々と雪だけが動いている。

 

この子だけには泣いてほしくないから、泣かないでと言った。

 

 

 

「うそ、………うそよ!!」

 

 

「……」

 

 

 

少しの間呆然としていた彼女だが、我に返って私の腕の中で暴れだす。

 

だけど私は、この手を放したりはしない。

 

 

 

「なぜっ、どうして避けないのよ!!あなた、赫子が……っ!!」

 

 

 

自分から攻撃してきたはずなのに、この子はそんな事を言う。

 

 

 

「はやく治療しないと」

 

 

 

でも今はそんな事どうでも良くて、ただただこの子を抱きしめ続けた。

 

強く強く、この子が静かになるまで抱きしめ続けた。

 

 

 

そうして昔の記憶を辿り、舞い落ちる粉雪を見て思い出す。

 

あの人は私に教えてくれた。

 

 

 

 

 

「生まれた時に、……雪が降っていたから、あなたの名前は雪乃」

 

 

「っ!!」

 

 

 

私の言葉に驚いた彼女は何かを言おうとしたが、それよりも早く言葉を続けた。

 

 

 

「君のこと、私は知っているよ。知らないわけない。あなたは宝物だから……」

 

 

 

この子の事は最初から知っている。

 

あの廃工場で出会う前から、もっともっとこの子が小さい時から。

 

 

忘れてはいけない、私の宝物だった。

 

 

 

……何よりも大切な子だった。

 

 

 

 

「何で、……そんな事あるわけ…」

 

 

「ごめん…ね」

 

 

 

一生分の後悔をして私はその言葉を絞り出す。

 

段々と足に力が入らなくなってきた私は、彼女を抱きしめたまま何とか自分の体重を支える。

 

 

 

「本当にダメなお姉ちゃんでごめんね」

 

「……雪ノ下……陽乃」

 

 

 

私の涙ぐむ声に戸惑う彼女。

 

“お姉ちゃん”なんて言ったけれど、私にそんな資格はもうない。

 

 

 

 

「ごめんね……」

 

 

 

 

……ねぇ、思い出してよ。

 

 

母が最後にくれた人生で大切な思い出。

 

 

ずっと隠してきた私の秘密。母と交わした大切な約束。

 

 

 

 

 

この思い出は、私と母。

 

 

 

それと________、

 

 

 

 

 

 

まだ一歳の赤ん坊だった、私の妹の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

私が四歳の時、冬の昼間だった。

 

外は寒くてたくさん服を着こんだけれど、移動する時に乗った車は暖房がつけられていて暑いくらいだった。

 

隣の席でハンドルを握る人はいつも私と母の待ち合わせを取り計らってくれる女の人。

 

いつもクールであまり感情を顔に出さない人だけれど、その日の彼女はすごく辛そうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

「着きましたよ」

 

 

 

数時間運転し続けた彼女はそう言って、少し古びたマンションの前に車を停める。

 

そして車から出て私を母の所まで連れて行った。

 

 

 

 

 

 

狭くて急な階段を昇り、マンションの三階まで行った。

 

知らない人の家に入るみたいで少し緊張したけれど、私は促されるまま三階のとある一室に入った。

 

付き添いの人は部屋の前までで、私と一緒に入らず車で待っているとの事だ。

 

母に会えると思うとソワソワして堪らないのだが、入った部屋は電灯がつけられていないため薄暗く、私は少し怖かった。

 

しかし細い廊下の先から母の声が聞こえ、私は靴を脱ぎ棄てて走り出す。

 

 

 

「陽乃、……来てくれたのね」

 

 

 

廊下とつながるドアを開け、入った部屋には母がいた。

 

自分の家と比べると圧倒的に狭くて簡素な部屋だけど、母がベッドの上に座って微笑んでいる。

 

私にとってはそれだけで最高の場所となり、すぐに母の足元へ駆け寄った。

 

 

 

「あら、この間会ったのにまた大きくなった気がするわ。相変わらず甘えん坊だけど」

 

 

 

母は少し笑うが、すぐに咳き込む。

 

私の心配そうな目線に気づいた母は大丈夫だと言って体を落ち着かせようとするが、全く大丈夫じゃないと子供の私でも分かった。

 

それによく見ると母の腕や足は異常に細く、顔までもが痩せ細っていた。

 

 

 

「……ごめんなさいね。でも今日は比較的体調がいいから……」

 

 

 

無理をしている母を見て、私は泣きだしそうになった。

 

別に泣き虫ではないのだが急に込み上げてきた涙を止められない。

 

 

 

「あらあら、泣かないで陽乃」

 

 

 

母は私をあやそうと両手を伸ばし、細い腕で私を抱きかかえようとする。

 

たぶんこの時の母の力だけでは私を持ち上げることは出来なかっただろうが、泣き出してしまった私が必死に母の肩を掴んだから何とか持ち上げられた。

 

 

 

「お母さんのために泣いてくれてありがとう。陽乃は本当にいい子ね」

 

 

 

トントンと優しく私の背中を叩いて、涙が止まるのを待ってくれた。

 

 

 

この部屋も電灯が点けられていなかったけれど、ベッドの後ろにある窓ガラスから柔らかい光が入ってくる。

 

抱き付いた母の匂いが私を安心させ、徐々に荒れた呼吸が整う。

 

 

そして私は泣き止み、静かな部屋で耳を澄ませてみると、ある事に気がついた。

 

 

 

「……陽乃、今日はあなたに紹介したい子がいるの」

 

 

 

部屋に入ってからは母ばかり見ていたからその時まで気がつかなかった。

 

母に抱き付いた私は左を向いていたが、耳がとらえた違和感の正体を探してばッと右を向く。

 

 

その時になってやっと気がついたが、この部屋には母以外にもまだ誰かがいた。

 

 

 

 

「……そっちで寝ている子は“雪乃”」

 

 

「え……」

 

 

 

ベッドに隣接したところに木製のベビーベッドがあった。

 

私は母から離れてベッドの上を歩き、その木製のベビーベッドに手をかける。

 

そしてその中をゆっくりと覗き込んだ。

 

 

 

「陽乃の泣き声で起きちゃうかと思ったけど大丈夫だったようね。

少しぐらいなら触っても起きないから、ちょっと握ってあげて」

 

 

 

ベビーベッドの中には母が言った通り眠っている赤ん坊。白い毛布に包まれて、小さい両手を丸めながら目を閉じている。

 

私はそのあまりにもぐっすりと眠る姿に心を惹かれ、そっと手を伸ばした。

 

 

 

「可愛いでしょう。ついこないだでやっと一歳になったのよ。だから陽乃の3つ年下の妹よ」

 

「いもうと……?」

 

「そう、あなたはお姉ちゃんなのよ」

 

 

 

純粋にこの時はびっくりした。

 

実感がつかめなくて、急に妹だと言われてもピンとこない。

 

 

 

「いもうと」

 

 

 

でも握った手から伝わる体温を感じて、柔らかいこの子の手の感触を感じて。

 

 

……何よりも可愛らしいその寝顔を見つめて。

 

 

私の中で嬉しい気持ちが溢れだした。

 

 

 

「ゆきの、……ゆきのちゃん!」

 

「そう、雪乃ちゃんよ。生まれた時に雪が降っていたから“雪乃”。

“雪乃”の“雪”は綺麗に舞い落ちる雪から取ったの」

 

 

 

「それでね、」と付け加えて、母は私に言ってくれた。

 

 

 

「“雪乃“の”乃“は陽乃から取ったのよ。

陽乃みたいに賢くて優しい女の子になれるように、そう願って雪乃と名付けたわ」

 

「おそろい!」

 

 

 

嬉しい、どんなものを与えられるよりも嬉しかった。

 

妹ができた事も、妹の名前も、母が言ってくれることも全部嬉しかった。

 

 

気持ちが舞い上がって寝ている赤ん坊のほっぺたをツンツンと突くと、その子は身動ぎをして起きそうになる。

 

 

 

「よかった……。陽乃が嫌がらないでくれて」

 

 

 

そう弱々しく呟いた母は私に身を寄せ、また私を抱いた。

 

 

 

「あなたと雪乃は、…私の宝物。

ずっとずっと、あなたたちのそばに居たい」

 

「……?」

 

 

 

母に抱かれるのは嬉しかったけれど、ふと彼女から寂しげな気持ちを感じた。

 

けれど、その言葉の重さを私はちゃんと理解できていない。

 

なぜ付き添いの人があんなにも辛そうな顔をしていたのか考えもしなかった。

 

 

 

「……ごめんね、陽乃。いつもそばに居てあげられなくて」

 

 

 

私は母の腕の中で頭を横に振った。

 

家に母がいない事は何となく理解していて、それでも偶に会ってくれているから良かった。

 

 

 

「ごめんね、……いつまでもそばに居てあげたいのに」

 

「……ママ?」

 

 

 

まだ母親の事を“ママ”と呼ぶ私には、その言葉の意味を理解できなかった。

 

人の命は有限で、いつかいなくなってしまうと言う事を分かっていなかった。

 

 

いったい母に、……あとどのくらい時間が残されていたのか知らなかった。

 

 

 

 

「陽乃はお利口だから大丈夫だと思うけれど、……この子はどうしても心配だわ。

雪乃は少し特別だから、生きるのが難しいと思う。きっと何度も挫けて、何度も泣いてしまう」

 

 

「とくべつ?……なく?」

 

 

「ええ、あなたもいつか分かる。

……もし陽乃がそれに気づいたら、たぶんあなたも雪乃の事が嫌いに……」

 

 

 

 

 

 

「ならないよ!!」

 

 

 

 

 

母の腕から咄嗟に顔を出し、彼女の目をまっすぐ見つめた。

 

 

 

 

 

そう……、この時だ。

 

 

 

 

 

この時私は、母に約束した。

 

 

 

 

この時が私の全てだった。

 

 

 

 

 

 

「ゆきのちゃんすきだもん」

 

 

「…っ……」

 

 

 

たったそれだけの言葉だった。

 

 

たったそれだけの言葉だったけれど、母の頬には涙が伝った。

 

 

 

 

「ゆきのちゃんがないても、わたしがそばにいるもん」

 

 

 

 

きっと舌足らずでカッコ悪かっただろうけど、私は声を張って言ったんだ。

 

 

 

 

 

「わたしがまもるから!!」

 

 

 

 

 

小さくて何もわかっていなかったけれど、人生で一番大切な約束をその時にしたんだ。

 

 

 

 

「だからママ。……もうなかないで」

 

 

 

 

目元に溜まる涙で光がぼやける。

 

窓から入ってくる光が強くなって、部屋が明るくなったような気がした。

 

 

泣かないでと言ったけれど、泣いている母を見て私はまた泣いた。

 

母よりもたくさん涙を流して泣いた。

 

 

 

 

「本当に、……本当にありがとう、陽乃」

 

 

 

 

そして最後に。

 

 

本当に最後の母の言葉を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“あなたのおかげで、私はゆっくり眠られる”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の記憶はそこまでだった。

 

泣いた後にいつの間にか眠ってしまって、気がつくともう家に帰っていた。

 

当然辺りを見ても母はいないし妹もいない。

 

まるで夢の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数日後。

 

母が死んだと、いつも付き添いだった女の人に知らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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