雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第四十六話

一言で言えば直感だった。

 

 

 

始めに彼の左腕の傷を見て、丁度その時に起きた8区の事件と関係があるような気がした。

 

その事件の内容は、8区担当の捜査官が6人病院送りにされ、それをやった尾赫の喰種は致命傷を受けて逃走。

 

この時の6人に彼は含まれていない。彼はそのとき事件と同じ8区に住んでいただけで直接的な関りは全くない。

 

 

……関りはないはずなのに、私は何かあると思った。

 

 

 

 

次に、アオギリ戦の前にCCGのラボで彼と話をした。

 

突然彼は私に問う、あなたに妹はいますか、と訊いてきた。

 

 

何故その質問をしてきたかその時は分からなかったけれど、やっぱり何かあると思った。

 

 

 

 

その後、アオギリ戦での映像を後輩ちゃんに調べさせ、彼が尾赫の喰種と戦っていた事を知った。

 

彼にその話を聞こうと探りを入れてみたけれど、なぜかそれを私に隠した。

 

 

 

 

こんな風に怪しいと思うところはいくつかあったけれど、だからと言ってその喰種と関りがあるなんて飛躍したことは言い切れない。

 

偶然にも彼の住んでいた場所が8区で、偶然にも尾赫の喰種が騒ぎを起こした。

 

その日は偶然にも彼がCCGの召集に行かず、その後偶然にもアオギリ戦で尾赫の喰種と戦っていた。

 

偶然という言葉で納得がいってしまう程度の事。

 

それなのになぜか偶然ではないように感じ、どうしても深く考えてしまった。

 

 

 

 

 

そして、私はその答えを8区の廃工場で見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

殺すつもりでクインケを放って彼女を傷つけてしまった。

 

酷い言葉を投げかけて彼女を傷つけてしまった。

 

心も体も傷つけて、猫の仮面の下で彼女を泣かせてしまった。

 

 

それを見たとき、本当に正気を保てないくらい心が乱れた。

 

母に守ると約束したのに、泣いていても私がそばに居ると言ったのに。

 

私は妹を傷つけて、妹を泣かせてしまった。

 

 

私は自分で自分を死ぬほど恨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう死んでいると思っていた――――。

 

 

 

いや、私が都合のいいようにそう思い込んでいた。

 

 

当時四歳だった私は母の言っていた“特別”の意味が分からなかったが、付き添いだった人に後から教えてもらった。

 

妹は半分人間で半分喰種の血をひいていると。

 

 

でも関係なかった。私はそれでも雪乃ちゃんが好きだった。

 

触れた手が柔らかくて、眠っている顔がすごく可愛らしい。

 

たった一度しか会っていなくても私達は姉妹で、彼女は化け物なんかじゃなかった。

 

 

 

だから小学生の時にクラスで“喰種は怖くないよ”と言った。

 

でも、この世界でそれは間違いで、父に何度も怒鳴りつけられた。

 

 

きっとその時から私は道を間違え続けてしまったのだろう。

 

 

冷たい仮面を付けて、楽に生きようとしてしまった。

 

この世界では喰種を嫌っている方が楽に生きられるから、私はそうしてしまった。

 

 

仮面はいつしか外れなくなって、いつの間にか喰種捜査官になっていた。

 

 

それが妹と敵対してしまう職業だと頭の隅では分かっていたはずなのに、私はその道を選んでしまった。

 

 

……それはきっと、純粋に喰種と戦うのが楽しいからかもしれない。

 

私の人生はあまりにも退屈で、仮面を付けた私は喰種を嫌っていたから丁度良かった。

 

 

 

 

本当は何一つ良くなかったのに、愚かな私はそれを選び、結局は後悔する破目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも。

 

 

 

でもね、比企谷くん。

 

 

 

 

 

そんな間違った選択だったけれど、そこに救いがあったんだよ。

 

 

 

雪乃ちゃんを傷つけて死ぬほど後悔していた時、君は選んでくれたよね。

 

捜査官を辞めるって、君は決断したんだよね。

 

その時にはもう、君が本当は何を選んでいたのか私は分かっていたんだよ。

 

 

この時やっと、私は全てが分かったんだよ。

 

 

私が選べなかったことを君は選んだ。

 

 

幼い時に母と約束したことを君が代わりにしてくれた。

 

 

それは冷たい仮面の下で涙を流すほど、……嬉しい事だった。

 

 

 

 

 

 

君が私の“救い”だったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中の気温は身を震わせるほどで、暗いはずの道路は照明の明かりで足元までくっきり見える。照らされた周りを見渡し、荒れた道路や建物、転がっているクインケなどを見れば派手に戦っていた事がすぐに分かった。

 

久しぶりに握ったクインケの感覚は意外と手に残っていて、動きも捜査官だったころと比べても大差ない。何とか喰種二人について行き、やっとこの場所にたどり着くことが出来た。

 

 

 

「比企谷くん……」

 

 

「……すまん、遅すぎたな。赫子斬るから動かないでくれ」

 

 

 

雪の中で道路に座り込む雪ノ下と、赫子が刺さって彼女に抱かれている雪ノ下陽乃。

 

痛みで辛そうにしているが、彼女はどこか安心したような顔をしている。

 

そんな彼女のそばにより、貫通した赫子の背中とお腹の両側を斬り落とした。

 

 

 

「比企谷くん、私は……」

 

「まだ動かないで待っていてくれ。この人を運んでくるから」

 

 

 

何か言いたそうな雪ノ下だが、それよりも先に雪ノ下さんを両腕で持ち上げて照明の方へと向かう。

クインケは持てないので置いて行くが、向こうには銃を持った兵士がずらっと並んでいるから少し不安だ。

 

それに、その兵士たちの数歩前にはいつかCCG本部の前で話した真っ白な捜査官。

 

最強の特等捜査官が黒いアタッシュケースを片手にして、静かにこちらを見つめている。

 

 

……まだクインケを出す気配はない。

 

 

 

 

「えへへ、比企谷くんのお姫様抱っこ……」

 

「本当にバカな人ですね。雪ノ下さんはもっと賢い人だと思っていましたよ」

 

 

 

弱々しく笑う彼女はやっぱり満足げな顔をしている。

 

お腹からはどろどろと血が垂れて行き、穴を埋める赫子も崩壊期を訪れて徐々に崩れて行く。

 

そんな状況だけど、彼女は俺に言った。

 

 

 

 

「来るって……、信じてたよ」

 

 

「……やっぱりあなただったんですね。俺の家の前にクインケを置いて行ったのは」

 

 

 

 

少し前の仕事帰り、雪ノ下がちょうど食事に行った日の夜だ。

 

雪ノ下が不在の我が家は当然誰もおらず、それを見計らったようにドアの前にぽつんと置かれていたのはアタッシュケースだった。

 

 

ずっと自分で使っていたものだから見た途端にその中身がクインケであることが分かり、雪ノ下に見られないようずっと家の押し入れに隠していた。

 

 

 

「“ジャック・ザ・リッパー”の所有権は平塚先生に移るはずでしたが、あなたはわざわざ譲ってくれと頼んだらしいですから何かあるとは思ってましたけど」

 

 

 

まさか直接俺の家の前に置いて行くとは。

 

そう考えると、あの段階で雪ノ下さんは俺が雪ノ下と関わっていたことを知っていたことになる。

 

CCGの誰よりも早くその事を知っていて、誰にも気づかれないようにそれをやってのけた。

 

……本当に恐ろしい人だ。

 

 

 

「それで良かったんだよ。捜査官の私が出来るのは、……それくらいだったから」

 

 

 

また血がどろっと垂れ流れ、少し先の照明近くで大きな声が聞こえてきた。

 

 

 

「准特等!! 雪ノ下准特等!!!」

 

 

 

止めようとする周りの兵士の手を振りほどき、女性の捜査官がクインケも持たずに走ってくる。

 

有馬特等はその子が横切っても動き出さず、まだこちらを待っている。

 

 

 

「……あぁ、今なら分かるなぁ。きっとお母さんも、……あの時こんな気持ちだったんだね」

 

 

 

胸元で彼女はそんな事を呟く。

 

俺には彼女の言っている時がいつの事で、彼女のお母さんなんて知らない。

 

 

けれど、雪ノ下陽乃はもう仮面を付けていない事だけは分かった。

 

 

 

 

「雪ノ下さん、死なないで下さいよ」

 

 

「……死ねるわけないじゃん。ここで死んだら、雪乃ちゃんが殺したみたいに……」

 

 

 

 

「准特等!!!」

 

 

 

 

大きな声をあげて見るからに動揺しきった女捜査官は、一人走りながら医療班に連絡を取る。

 

 

震える手で無線機を持つ彼女はもう目の前で、俺は一度立ち止まった。

 

 

 

 

「ほら、雪ノ下さん。迎えが_______」

 

 

 

 

 

すっと視線を彼女に戻すと、いつの間にか目を閉じている。

 

 

まるで眠っているように彼女は目を閉じている。

 

 

だから、彼女を呼び掛けても返事はなかった。

 

 

 

 

 

「……雪ノ下さん?」

 

 

 

 

 

雪が彼女の目尻に落ちてきて、そのまま頬を通って道路に落ちる。

 

まるでそれは、本物の涙の様だった。

 

 

 

 

 

「…っ………」

 

 

 

 

 

支える腕で少し頭を揺らしてみたけれど、彼女は返事をしない。

 

 

 

 

 

「……本当に、……バカな人ですね」

 

 

 

 

 

 

 

最後にそう囁いて空を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

彼女はもう、返事をしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

ゆっくりと進む彼の腕の中は暖かくて、彼の匂いは嗅いでいるとすごく落ち着く。

 

……まるでお母さんに抱かれたときのように、私は身を任せることが出来た。

 

 

 

急に眠たくなった私は瞼を閉じてしまい、言いかけた言葉も途中で止まる。

 

でも本当に伝えたい言葉はそんな事じゃないから、続きは言わなくていいと思って口も閉じてしまった。

 

 

 

 

 

ねぇ比企谷くん、私が本当に君に伝えたい言葉はね。

 

 

 

 

“私は君で、君は私なんだ”。

 

 

 

 

もう眠たくて伝えることが出来ないけれど、私はこの言葉をあなたに贈りたい。

 

 

二人で話したあの時に、私は選択していなかったら戦う事さえできなかった。

 

捜査官を選ばなかったら、ずっと家に籠って何もできなかった。

 

戻る事も進むこともできず、いつか自分で君に言ったように中途半端になるところだった。

 

 

 

 

「____」

 

 

 

 

だからありがとう、比企谷くん。

 

君が選んでくれたから、私も選ぶことが出来た。

 

 

君が“捜査官”を捨てて、“雪乃ちゃん”を選んでくれたから私は救われた。

 

 

母との約束を守れなかった私の代わりに、君が雪乃ちゃんを守ってくれると分かったから選ぶことが出来た。

 

 

 

「_______]

 

 

 

 

ありがとう、比企谷くん。

 

 

私は君が捨てた“捜査官”を選んで、君は私が選べなかった“雪乃ちゃんを守る人”になってくれた。

 

 

 

だから私は、この言葉を何度も言う。

 

 

 

私の代わりに彼女のそばに居て、私の代わりに彼女を守ってくれたあなたに。

 

 

 

 

 

“私は君で、君は私なんだ”。

 

 

 

 

 

 

「______」

 

 

 

 

 

ごめんね、もう君が何を言っているのか分からない。

 

 

 

……何も聞こえないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、今度目が覚めたら_____。

 

 

 

 

 

 

私も君のように、彼女を守れる人になりたい。

 

 

 

 

 

 

 

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