感想もたくさんもらえました。
何でこんな事になってしまったのだろうか。
私が望んでいた事と全然違う。上手くやっていたつもりなのに出来ていない。
私は比企谷くんを逃がすために時間を稼ぎながら戦った。
だけど比企谷くんは逃げずにここに来ている。
私は姉さんに殺されるはずだった。
だけど私は死んでいない。死んでしまったのは……私ではない。
「雪乃ちゃんご無沙汰、元気してた?」
比企谷くんが姉さんを捜査官のもとへ運んでいる中、包帯を巻いて顔を隠している彼女は呑気に声をかけてくる。
彼女には数時間前に電話をして借りを返してくれと頼んだ。彼女自身がその借りを上手く利用しろと言ったから、比企谷くんを逃がしてくれと頼んだ。
なのに、どうして……。
「どうして、……こんな所にいるのよ」
私は姉さんの血で赤く染まった手を眺めていたが、自分の中に沸いた怒りを出来るだけ抑えて彼女に眼を向ける。
しかし、彼女はあっけらかんとした態度で話を続けた。
「助けに来たんだよ。雪乃ちゃんが心配で」
「っ!!……誰もそんなこと頼んでいないでしょう!!」
私は咄嗟に怒鳴りつけて立ち上がり、彼女の胸ぐらをつかんだ。
「頼んだことと違うでしょう! 私がどんな気持ちでここまで戦ってきたか……。ふざけるのもいい加減にして!!」
「おぉ、怖いね」
依然として変わらぬ態度をしてくるのでさらに怒りが込み上げてくるが、本当はこんな事をしている場合ではない。
まだ発砲されていないが道は兵士たちが塞いでいる。高槻さんたちが来た方も一度兵士を倒したのにまた兵士が増員されてしまった。
中にはクインケを持った捜査官も混ざっているし、きっと敵の指揮官がどこかでちゃんと指示を出しているのだ。
後ろは固く守られ前には有馬貴将。今から比企谷くんを抱えて逃げ出そうとしても、私はもう一本も赫子を出すことが出来ないし、赫子を出せたとしても彼を抱えたまま有馬貴将から逃げ出せる自信がない。
高槻さんが赫者形態で暴れてくれれば逃げられるかもしれないが、彼女がこんな所でCCGに正体を明かすわけがない。捜査官を前に殺気だった霧島くんも素直に比企谷くんを運んでくれるとは思えない。
つまり、誰かが有馬貴将をとめて誰かが比企谷くんを抱えなければならないが、赫子が出せない私は戦う事も身を守りながら逃げる事もできず八方塞がりだ。
「そんな難しそうな顔をするんじゃないよ。可愛い顔が台無しだ」
「おい、いつまで待たせんだよ。早くしろ」
仮面を付けていてもその声からイライラしているのが分かる。
霧島くんは周りを警戒しながら声をかけてきて、この場をさっさと抜け出すように促す。
当然ながら彼の発言は正しく、相手もずっとは待ってくれない。
何かされる前にこちらが動き出さないと。
「ん~~、彼も用事を済ませたみたいだし、そろそろだね」
高槻さんが指を指した方を見ると、泣きながら姉さんを抱えて行く女捜査官とそれに背を向ける比企谷くん。
CCG側である姉さんがこの場から居なくなったならば、これ以上敵が待つ理由はない。
「じゃあこっちも済ませようか」
「ちっ、めんどくせぇ」
「……済ませるって何…………っ!?」
完全に気を抜いていた私は振り返りざまに腕を掴まれ、霧島くんに足を崩される。
地面に這いつくばいにさせらされて、急いで抵抗しようとしたが疲弊して力が出ない。
そして一度瞬きをする間に、気がつけば右眼の数ミリ前に注射針が______。
「……なに、……を」
「動いたら眼玉潰れるからね」
高槻さんがどこからともなく取り出した注射器は、針を下に向けてそのまま向かう。
突然で一瞬だったけど、足を折られた時よりも強烈な痛みが眼元を襲った。
「ああああぁぁぁぁっッッッッッ~~~~~~~~!!」
痛みで叫んだ声も途中から声でなくなる。
何かが眼下の粘膜に打ち込まれ、霧島くんに掴まれていた腕を必死で振りほどいて右眼を抑える。
「んで、こっからどうするんだよ。こんなお荷物抱えて逃げ出すのか?」
「ウン、もう自分で動けないと思うからアヤトくんが運んでね」
「はぁ、ふざけんな。何で俺が……」
何の、……話をしている。
立ち上がろうと思っても体に力が入らないし、すごく吐き気が催してくる。
……高槻さんがなぜこんな事をして、何を考えているのか分からない。
「早く、……比企谷くんを連れて行って。……約束したでしょう」
「……ケケ、さすが雪乃ちゃん。あれだけ投与したのにまだ動くか」
必死に彼女の片足に手を伸ばすと、高槻さんは腰を下ろして私に言った。
「言わなくても分かると思うけど、さっき注射したのはRc抑制剤。ヤモリさんの拷問道具の中からわざわざ持ってきたんだよ。運ぶ途中に君が暴れだしたら困るからね」
ケタケタと彼女はまた笑う。
……なぜだ。
私を助けに来たと言うのなら、なぜこんな事をする必要がある。
本当にただ助けに来てくれたのなら、私が暴れる理由なんてないはずだ。
「……とまぁ、ゆっくり話していたいけれど、本当に時間切れだ。あいつが動き出したよ」
嫌な予感がする。
うつ伏せのまま左を見ると、比企谷くんがすぐそばまで歩いてきて、その奥には遂にアタッシュケースを開く有馬貴将。
すぐにでも敵からの攻撃が始まりそうだが、私の嫌な予感はそれではない。
私の嫌な予感は…………。
「悪いね雪乃ちゃん。もちろん君に借りを返してあげたいけれど、今回は“先約”があったんだ。約束は先にした方を優先するだろ?」
一体誰が、この場に残って有馬貴将を止める?
なぜ私にRc抑制剤を打って暴れさせないようにする?
高槻さんは誰と何の約束をした?
「雪ノ下」
近づいてきて私を呼ぶのは心配の理由。
粉雪が舞い落ちて、冷たい風が彼のコートの襟を揺らし始める。
相変わらず夜の空は暗いけれど、照明の明かりは嫌になるくらい眩しい。
「アヤトくーん、もう行くから雪乃ちゃん持って。傷一つ付けたらダメだからね」
「クソが、覚えとけよ」
乱暴に腰元を持ち上げられるが、私は上手く抵抗できない。
霧島くんが赫子を出して、高槻さんも赫者形態ではないが羽赫を形成する。
……何故二人とも、……比企谷くんを連れて行こうとしないの?
「……なぁ、雪ノ下」
「い、……嫌。……嫌よ比企谷くん……っ!!」
もう、言われなくても全てわかる。
彼の性格ならば次にどのような手を打ってくるか分かる。
彼は私みたいな化け物の為に自分の肉を与え、仕事を辞め、犯罪だと分かっていても一緒にいてくれるような人だから。
自己犠牲なんて平気でする。
「嫌よ!! あなたは私が……!!」
私が助ける、そう誓った。
だけど、彼はいつもみたいに平気な顔をして、ゆっくりと私に伝える。
叫ぶ私とは正反対。静かで落ち着いていて、もう捜査官ではないのにクインケを握りしめながら。
「初めて会った時からずっと……」
そんな彼が怖がらずに私の赤い右眼を見つめてくれるから。
たった二人、この雪の中には私と比企谷くんしかいないように思えた。
「今まで、ありがとう」
高槻さんにやられたのか、それとも霧島くんにやられたのか。
頭に強い衝撃を与えられて、景色が一気に歪んだ。
眼が回って瞼が落ちかける。もう何も考えられない。
でも意識が途切れる前には浮遊感を感じ、銃声やクインケ特有の音が聞こえた。
そして辛うじて最後に見えたのは、
遠ざかる比企谷くんが、私に背を向けて有馬貴将と対峙するところだった。
*
彼女と出会った日も今みたいに暗くて雪が降っていた。
彼女に会うまでは雪に対してそこまで思い入れはなかったけれど、今では見るたびに綺麗だと感じるし、触れるたびに夜の公園を思い出す。
「……まぁ、あの時はこんな眩しい照明はなかったけどな」
背を向けた彼女達は一分ほど前に銃声の中を走り抜け、沢山の兵士を引き連れてこの場を去って行った。
今ではさっきまでの騒音が嘘みたいに静かで、残った人はほんの少しだけ。
「……なぜ、あなたは動かなかったんですか?」
「……」
一握りの兵士と俺、それにクインケを出したまま動かなかった有馬貴将。
あとは全員、雪ノ下達を追いかけた。
「なぜ、あいつらを撃たなかったんですか?」
不思議だ、やっぱりこの人は機械みたいで感情も思考も読み取れない。
でもそんなこの人と一度だけ話したことがある。
その時この人は、俺の腐った目の事を不思議な目だと言っていた。
「……君とは、手合わせする約束だった」
「……よく覚えていましたね。まぁ約束はしてませんけど」
射貫くような視線で俺を眺める彼はやっと口を開く気になった様だ。
この人も雪ノ下と同じように雪が似合う人だと、こんな時なのに頭で考えてしまった。
「……君は何だ? なぜ喰種を助ける?」
当然の疑問、だが答える必要のない疑問。
ガシャンと右腕のクインケの形を変え、彼は俺に訊いてくる。
「君は人間じゃないのか?」
俺もクインケを構えて、一歩一歩踏み出す。
雪はそろそろ降りやみそうで、目に映る粉雪はだいぶ点々としてきた。
「……1つ目は簡単な質問ですね。俺はあいつに生きて欲しいから逃がすのを手伝います」
相手に近づくたびに心臓の拍動が激しくなっていく。
それはきっと命をかけた戦いが始まるからで、相手が強者であるから。
……またあの子が、俺のそばに居て生きろと言ってくれている。
最後の最後まで、俺のそばに居てくれる。
「2つ目の質問は答えるのが難しいですね。俺は人間ですけど、……そうは答えたくない」
「……」
今日はもう何度か振るったが、最後の肩慣らしに一度だけクインケをブンッと横に振る。
果たして俺はあとどれだけ立っていられるのか。
あと何分立っていられるのか。
「俺は人間とか、そんなのはどうでもよくて。ただ、どうしてもなりたいんですよ。あいつみたいに……、俺は…………」
こんな曖昧な言葉で伝わるとは思っていない。
けれど有馬貴将にとってはそれだけで十分だったようで、彼は歩き始めた。
「……そうか、なら君を……」
なぁ雪ノ下。
もし俺が賭けに負けたら、もうお前には会えないと思う。
でもきっと、お前も同じ様に、それを覚悟して雪ノ下さんと戦っていたんだよな。
「…………」
やっぱり、お前はスゴイ奴だ。だからこそ俺は賭けに乗ったんだと思う。
もし俺が賭けに負けたらお前には会えない。
でも、もし俺が賭けに勝ったら。
俺は、お前と______________。
「……なら君を、“喰種”として処理する」
「…っ……!!」
勢いよく踏み込だし、初めて人に向かってクインケを振るった。
クインケとクインケがぶつかり合って、妙に甲高い音が雪をかわして遠くまで鳴り響く。
それから俺は、白い死神を前に何秒立っていられたか分からない。