私が捜査官達と戦ってから九日経った。
「……ないわね」
あれから毎日自室のパソコンを使ってCCGのホームページにアクセスしているが、私の外見などを記載した手配書は見当たらない。
予定では一週間だけ様子を見るはずだったのだが、それを二日オーバーしても情報が流れていないとすると…。
「あの男、……本当に私の事を言わなかったのね」
……いや、だからと言って油断していいわけではない。
いつ気が変わってもおかしくないのだから。
……しかし、さすがにいつまでも家に籠っているわけにはいかない。
私は人間社会に溶け込むためにも大学に通っているが、前の一件以来ずっと休み続けている。
そろそろ行かないと、周りの人間にも不審がられてしまう。
「明日は行こうかしら……」
そんな事に思考を回していると、突然に部屋のテーブルからガタガタと振動音が聞こえてきた。
そちらに眼をやるとテーブルの上に置いていた携帯電話がぶるぶると震えている。
近づいてその画面を確認してみると、私の数少ない連絡先に登録している人物からの着信だった。
「嫌な予感しかしないわね」
私はこの人の事が好きではないし、本当は関わりたくもないので無視したかったが、生憎とそう言う訳にもいかない間柄だ。
『……もしもし』
気が重いまま私は通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てる。
『……分かりました』
ものの数十秒で会話は終わって携帯を閉じる。
会話と言っても相手が一方的に用件を伝えてきただけで私はほとんど話していない。
「はぁ……」
今日はゆっくりしようと思っていたが、残念ながら用事が出来てしまった。
衣装ダンスから衣類を取り出し、外出の準備を始める。
念のため帽子やメガネをかけて出来るだけ顔を隠せるように気を使った。
「……せっかくパンさんのDVDを見ようと思っていたのに」
そんな事をぼやきながら、私は外出の支度を終えて家のドアを開いた。
*
町は数週間後のクリスマスが待ちきれないのか、どこからかクリスマスソングが聞こえてくる。
すれ違う人たちの中にもクリスマスの話をする人がいて、とても楽しそうだ。
しかし、私はそんな町中の空気とは正反対の気分で待ち合わせ場所のカフェに到着した。
「やっはろ~、急に呼び出して悪いね」
「悪いと思っているのならその頭の悪い挨拶はやめてください。とても不快です」
「相変わらずゆきのっちはノリが悪いねぇ。それにこの挨拶は若い子の間で流行ってるらしいよ」
私より先に着いていた彼女はコーヒー片手に小説を読み、この場に完全に溶け込んでいる。
……ゆきのっちって私の事かしら?
「さぁさぁ取り合えず座って何か注文して下さいな。もちろん奢るよ」
「代金は自分で払います。……それで、今日はどのような用件ですか?」
言われた通り席に座り、単刀直入に用件を聞く。
少し小柄な体形で、あまりきれいにまとめられていない髪の毛。
そしていつも真面目な返しをしてこない人だが、たまにどことなく大人びた表情をする。
「ん~、まぁ半分はちゃんゆきに会いたかったからかな」
……ちゃんゆき?
「それで、もう半分は少し頼みたいことがあってさ」
「では、そのもう半分とは?」
「いやぁ、それはもう少しお話してからでいいから
……ところでさ、今日はどうしてメガネをかけているの?オシャレ?好きな男の子でもできた?」
「……顔を隠すためです」
真剣な話をすると思ったら、彼女は急にくだらない質問攻めをしだして、ねぇねぇとしつこく聞いてくる。
……全く、だからこの人は苦手なのよ。
「ふむふむ。ゆきのんは最近気になる男の子ができた…っと。更に備考、めがねゆきのんもかわいい」
……ゆきのん?
「それにご飯は最近食べたっぽいね」
スンっと鼻を利かせた素振りをし、いつの間にか取り出していたメモ帳になぜか私の事を書き始める。
「ふざけているのなら帰りますよ。それに気になる異性などいません」
「またまたぁ、ムキになってる所もかわいいなぁ」
クスクスと笑ってコーヒーのカップに手をのばす。
相変わらず、こういう態度で私をからかうのが楽しいようだ。
「じゃあ取材はこの辺にしておいて、そろそろお願い事の話をしようか」
「はい」
彼女は表情をスッと冷たいものに変え、声のトーンを少し下げる。
「私達は近々大きな事をやるから、それの手伝いをしてほしくてね」
「あなたたちの事なら以前にお断りしたはずですが……」
「別に勧誘しているわけじゃなくてただのお手伝いだよ。でも、もちろん楽な仕事じゃない。人が死ぬし喰種も死ぬ。君の嫌いな戦いだ」
「……前にも言った通り、私は無意味に命を奪う事は絶対にしません。
だからあなたたちの仲間にはならないし、手伝いもしません」
彼女たちが何のために戦っているかは知っている。
でもその上で、彼女たちのやり方には納得がいっていない。
「雪乃ちゃんが人を殺したくないのは知っているよ。
だから別に殺してくれとは言わない。君なら殺さずにやり過ごせる実力を持っているからね。
……それに、今回のお手伝いには君にとってのメリットが三つある」
彼女は右手の指を三本上げて、一つずつ話していく。
「まず一つ、君の落とし物を返してあげよう」
そう言って足元に置いてあったバックをあさり、何かを入れた袋を取り出す。
「これ、捜査官の手に渡っていたら面倒な事になっていたかもしれないね」
「これは……」
彼女に渡された袋に入っていたのは猫のお面。
先日、私が逃げる途中で落としたものだ。
「そして二つ目、私に借りを作れるよ」
「それは、そこまでしてほしいものではありませんね」
この二つの条件では、私は手伝う気など全くなかった。
「じゃあ最後の三つ目」
だがこの三つ目の条件が、私にとって無視できるものではなかった。
「雪乃ちゃんが欲しがっていた情報、仲間に調べさせたよ」
「…っ!!」
思わず反応してしまった私を見て、彼女はにっこりと笑う。
「……交渉成立ってことでいいかな?」
「分かりました……」
……人の血肉を喰らう事でしか生きられない私達はこの世界に生まれ間違えた。
私達は生まれ間違えたこの世界で生まれた時から排斥される側の生き物だと、彼女に言われたことがある。
そしてその理不尽を壊すための組織。
喰種の為に作られた喰種の組織。
その名が、
“アオギリの樹”
「承諾してくれてよかった。雪乃ちゃんと私は似ているし、これからもマブダチでいたいからね」
「……似ているのは“眼”だけでしょう」
その集団を組織したのが、誰でもない私の目の前にいる人。
「高槻泉、……いや、芳村エトさん」
彼女は私と同じ、隻眼の喰種だ。
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