『マッスル化!! 高速化!! 透明化!!』がずっと
『マッスル化!! 高速化!! 欧米化!!』に聞こえる
……夜になった。マスターとなったアヴェンジャーは取り合えずイリヤを自分の部屋に入れ、真黎斗の方へと向かった。
「……私は、どうすれば……」
出入りを封じられたイリヤは、アヴェンジャーの部屋の窓から、遠くに見えるスカイウォールを見ていた。どこからか聞こえる誰かの嘆きに耳を傾けていた。
聞くことは出来たが、向かうことは出来なかった。彼女はマスターこそ変わっても結局サーヴァントであり、アヴェンジャーの支配からは逃れられなかった。
既に彼女は、アヴェンジャーとの戦いの記憶を思い出していた。カルデアとの交流を思い出していた。その上で、自分がどうするべきなのか、ただただ思い悩んでいた。
「うーん、アヴェンジャーさんが取り合えずこの部屋にいろって言ったから残っている訳ですけれども。どうですイリヤさん? 一旦ここの建物を見て回る位は許されるんじゃないですかね?」
「……」
イリヤの思考はどん詰まりだった。
助けたい。助けられない。その二つだけが頭にあった。彼女は何も諦めたくなかった。聞こえてくる苦しみを取り除きたかった。それだけしか頭になくて、ルビーの言葉もろくに聞こえてはいなかった。
───
「何のつもりだ檀黎斗!!」
「どうしたアヴェンジャー」カタカタカタカタ
アヴェンジャーは、パソコンに向かう真黎斗のデスクに両手を降り下ろした。彼は尋常でなく苛立っていた。
「何故オレをマスターにした!! 何をさせるつもりだ!!」
「君がマスターだ。好きにすればいい」カタカタカタカタ
「それは……オレが何をしてもいいということか?」
「その通りだ。君をマスターにしたのに深い理由はない。そもそもあのキャスターだって、ゲームエリア中に何体もいる『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』の内の一体でしかない」カタカタカタカタ
アヴェンジャーの言葉には熱が籠っていたが、真黎斗は至って冷静だった。アヴェンジャーが怒っている理由は、よく分かっていなかった。
「全て君に任せよう。君がマスターなのだから、それが当然だ。生かすも殺すも好きにするといい」
「……」
アヴェンジャーは、何も言わずに退出した。
───
──
─
「……あれ?」
ニコは、何故か川の畔に立っていた。目の前で、金髪の青年が鮭を焼いていた。顔は見えなかった。
何故こんな夢を見ているのだろう、とニコは変な風に思っていたが、自分で目覚めることは出来ず、仕方がないのでそれを眺めていた。
青年は、背後に立っているニコに気がつくこともなく、ひたすらに鮭を焼いていた。そして、指に跳ねた鮭の脂を舐めた。
「……あ」
ニコは、その姿に見覚えがあった。丁度その後ろ姿は、
ザッ
「……!!」
いつの間にやら、風景はがらりと変わっていた。目の前には現在の姿と全く同じフィンが、槍を構えて立っていた。
「■■■■■!!」
「我が名はフィン・マックール!! アレーン、君を倒す者だ」
「■■■■■■■!!」
炎の息のアレーン。それが、フィンの前に立ち塞がる零落せし神霊の名。ニコの脳内に、アレーンとフィンの情報が流れ込む。
アレーン。毎年宮殿を燃やす怪物。その手には竪琴を持ち、その音を聞いたものは誰も彼もが忽ち眠りについてしまう。その為、誰にも倒すことは出来なかった。そのアレーンを倒すことが出来たのなら、フィオナ騎士団の団長にしよう、そんな約束をフィンは王としていた。
「■■■■■!!」
ポロロン
そして、竪琴が掻き鳴らされた。ニコはこの風景を夢で見ているから眠気は抱かないが、目の前のフィンは少しばかりふらついた。
……しかし彼は眠らなかった。彼は手に持つ青い槍の先端を己の額に押し当てる。
彼の槍は、太陽の火と月の力を湛えて青く光り、袋を被せておかなければ勝手に血を吸おうとする獰猛な物だった。そしてその槍の先端を額に押し当てれば、眠気を吹き飛ばすことが出来た。
「■■■……!?」
「……行くぞ!!」
フィンは槍を構え直して、アレーンへと立ち向かい──
ザッ
……また、景色が変わっていた。既にフィンは、フィオナ騎士団の団長になっていた。どうやら彼はアレーンを倒せたらしい、ニコはそれを察する。
しかし彼は、どういうわけか森の中をさ迷っていた。しかも、その髪は金ではなく銀色だった。ニコの脳内に、また情報が走る。
「何処だ!! 何処にいる、サーバ!!」
フィン・マックールの最初の妻、サーバ。彼女は妖精であったが、フィンと深く愛し合った。しかし彼女はフィンが戦いに出ている間に拐われてしまう。フィンは現在、サーバを探して旅をしている最中だった。
そしてフィンは、サーバを探す旅の最中に、魔女の姉妹と出会う。その姉妹はフィンに惚れ込み、しかしフィンはサーバを探して旅を続けていた為にその姉妹には全く触れなかった。姉妹はそれに怒り、フィンを銀髪の老人に変えてしまう。最終的に老人から戻ることは出来たが、髪は銀のままだった。
「あ……そういえば言ってたわねアイツ、魔女の姉妹にツイン告白されたって」
ニコはそう呟く。フィンは未だにサーバを探してさ迷っていた。もう、探し続けて七年経っていた。
ザッ
ザッ
ザッ
そこからニコは、様々な景色を見た。
一人目の妻を諦める姿。
二人目の妻と死別する姿。
乗り気ではないながらも部下の進言で三人目の妻グラニアを迎えようとする姿。
部下の一人、ディルムッド・オディナとグラニアが駆け落ちする姿。
ディルムッドを追い続けるも、部下の信頼も、育ての親も失う姿。
恨みを抱えたままディルムッドを許す姿。
ザッ
「……お願いです、水、を……」
「……」
そして最後は、ニコはフィンの前で傷だらけで横たわる騎士を見下ろしていた。
その騎士こそがディルムッド・オディナ。グラニアと駆け落ちした部下の一人。彼はフィンの制止も聞かずに猪と戦い、致命傷を負った。
フィンは、その手に水を掬っていた。彼の癒しの力を使えば、ディルムッドの傷を直すことは容易かった。しかしフィンは出来なかった。彼は、ディルムッドのせいで多くを失った。その恨みが、悲しみが、ずっと心に根差していた
「……主……」
「……」ポタポタ
フィンの手から水が零れた。フィンの顔は、笑っているのか、泣いているのか、判断の難しい物だった。
ニコは、何も言わなかった。何を言っても無意味だと知っていた。フィンの心情も何となく分かっていた。しかし、それでも、ディルムッドは救うべきだとも思っていた。
そしてディルムッドは息絶え──
─
──
───
「……っ、っつ」
ニコは、そこで起き上がった。体の節々が痛かった。外を見れば、もう昼過ぎに見えた。いつの間にやら、聖杯戦争の十日目だった。
「目を覚ましたかい?」
枕元にフィンがいた。どうやら現在は、大我とエミヤが戦っているらしかった。置いてあった水を飲み干す。幾らか体力が回復した。
ニコはフィンを見上げた。微妙に恨みがましい目だった。
「……もしかして、見たのかい?」
「……」
「まあ、見ていて気持ちのいい夢ではなかっただろうね。私の女難の運命はどうしようもなく、乙女たちを狂わせてしまう」
フィンは、ニコの目で彼女が己の夢を見たのだと察していた。彼自身、何となくニコの夢を見たような気もしたが、あまりに平和な夢だったのであまり印象には残らなかった。
「ああ、でも私は彼女たちのせいにしたくはないんだ。私の美貌は、無自覚のうちに彼女達を狂わせてしまう、仕方がないことなんだ」
フィンはつらつらと並べ立てる。それは彼の本心だった。彼のトラブルの全ては宿命によるものだと。裏を返せば、彼は、全てのトラブルの原因は自分にはないと思っていた。
「……ふざけんじゃないわよ」
……ニコから、そんな言葉が零れた。
それはここまでのストレスから来た八つ当たりだったが、同時にニコの心からの言葉だった。
「……アンタも、悪いでしょ」
「……うん?」
「少なくとも!! アンタが
「──」
ニコの言葉は、所詮、まだ人生経験の少ない少女の物だった。ゲームという、いくらでも仲直りができるフィールドでしか戦わなかった人間の戯れ言だ。
しかし、フィンは彼女の言葉に反論が出来なかった。それは確かに、今までのフィンにはなかった視点だった。
今までのフィンは、あらゆるトラブルは外的要因に依るものと、若しくはどうしようもない美貌、どうしようもない運命に依るものと思っていた。自分の行いに非があったとは考えてこなかった。
だから、ニコの言葉はすとんと彼の懐に落ちた。
「……きついことを言うね、マスター」
「あんなもの見せられたらこうも言うわよ」
「それは……そうだな。確かにそうだ」
何処かから焦げ臭い臭いがした。まだ、戦いは終わっていない。
───
パラドクスは、既に何時間も戦っていた。すり減った体に鞭を打ち、サーヴァントを斃してきた。
『回復!! 回復!! 分身!!』
「心が……踊るなぁ……!!」
回復のエナジーアイテムを分身させ、大量に自分に取り込む。後々の反動が怖い裏技だった。しかし、それだけで無数の敵を押さえ込めるのだから安いものだと、パラドクスは思っていた。
隣のBBはもう疲れ果てていたが、抜けることも出来ずずっと戦っていた。
「まだやるんですかセンパイ!? 私もう疲れましたよ!?」
「まだまだだ!! サーヴァントなら幾らでも倒してやる!!」
『マッスル化!! 高速化!! 透明化!!』
また別の場所では、エグゼイドが戦っていた。彼のライフゲージは、かなり削れていた。初めの内はパラドクスからのサポートもあったのだが、余裕が無くなってきたのだろう、それはもう無くなっていた。
「■■■■■!!」
『マイティ クリティカル フィニッシュ!!』
「はあああっ!!」
ガシャコンブレイカーを降り下ろして、真名の分からないバーサーカーを消滅させる。これでもう倒したサーヴァントが何体目になるか、エグゼイド自身にも分からない。もう彼は、肩で息をしていた。限界はすぐそこまで来ていた。
「マスター、大丈夫ですか」
「ええ、何とか……っっ」
「……宝具を使わせてください」
エグゼイドの容態を見て、ナイチンゲールはそう告げた。
エグゼイドは既に、ナイチンゲールの宝具がどんなものか聞かされていた。そして、規模を大きくして発動するには多大な魔力が必要になることも知っていた。
「でもそれは、危ないって」
「確かに、貴方の魔力は大量に吸い上げますが……それでも、今はそれしかないかと」
「……分かりました」
しかし、彼はナイチンゲールを信じていた。彼女は尊敬すべき医療人であり、今は共に戦う仲間だった。仮にそれが檀黎斗によって作られたものでも、関係なかった。だから、彼女の進言に掛けた。
エグゼイドは、片腕を天に掲げた。何にせよ、何か行動を起こさなければじり貧だったのだから、この行動は理に叶った物だった。
「令呪をもって僕の傀儡に命じる!!」
令呪が浮き出て、一画消費される。
そしてその力は、ナイチンゲールに乗り移った。
「宝具を発動しろ、バーサーカー!!」
「──了解しました、搾り取りますよ、マスター!!」
その瞬間ナイチンゲールの背後に、白い巨大な看護婦のシルエットが浮かんだ。
「全ての毒あるもの、害あるものを断ち!!」
「っ──」
エグゼイドの魔力が吸い上げられていく。想像していたよりも大きなダメージのせいで、エグゼイドは思わず膝をつき、変身を解く。
幾らかのマスターが、無防備な永夢に刃を振り上げ──
「我が力の限り、人々の幸福を導かん!!」
「──お願いします!!」
「
カッ
……ナイチンゲールを中心にして、白い結界がドーム状に展開された。
永夢に襲い掛かった人々の手からも、その場にいたサーヴァントの手からも、剣も槍も悉く滑り落ちていた。
「……もう、もう戦いは終わりだ!! これよりここは絶対停戦圏となる!!」
永夢はふらふらと立ち上がり、宣言した。
ナイチンゲールの宝具、
しかしその能力は本来一時的にしか効力を持たない。それでも永夢はその宝具に己の
故にこその絶対安全圏。この中にいるのなら、誰も傷つかない。
「僕たちは貴方達を受け入れます!! 戦わないのなら!! 守って見せます!! だから!! もう、こんなこと止めましょう!!」
人々がざわついた。もう、狂気は消え失せていた。
───
「……」
マシュは一人歩いていた。
もう、夜になっていた。これまで何体ものライドプレイヤーを倒してきた彼女は、川沿いの道で休んでいた。
「……やっておるようじゃのう」
「……信長さん」
そんな彼女の元に、信長が歩いてきた。敵対する様子はない。マシュは少しだけ警戒しながら彼女を見る。
「……で、やりたいことは見つかったか」
「……はい。私は決めました。苦しんでいる人を救います。誰よりも、苦しんでいる人を見過ごせない自分のために。私は、私の為に人を救います。私の為に、私は戦う」
「……成る程な。わしは、否定はせぬ」
信長は、マシュの言葉に対してそうとしか言わなかった。否定はしないし、肯定もしない。
「……手伝ってくれませんか?」
「それは、断る」
そして、手を差しのべることはしない。
マシュの決意はマシュだけのものだ。誰かが代わってはいけない。彼女だけの決意でなければならない。信長は、そう考えた。
「わしは、わしのしたいことを、わしのやりたいようにやるだけじゃ。他の事になど興味はない」
「……そうですか」
「そうだ。……じゃあの」
信長はそれだけ聞いて用は済んだとばかりに背を向けた。マシュは、消えていく彼女を見送ることしかしなかった。
次回、仮面ライダーゲンム!!
───衛生省の賭け
「最早打って出るしかない」
「ここで終わらせる」
「ふざけたゲームはこれで終わりだ!!」
───イベント開催の告知
『聞こえてるわね?』
「衛生省を倒せ!!」
「面白いことを考えたわね」
───目覚める新ガシャット
『テール・オブ・クトゥルフ!!』
「それでは……変身」
「何だよあのタコ……!?」
第三十三話 BATTLE GAME
「