「……黎斗さん」
「何だマシュ・キリエライト。私はコンバットゲーマの修理を行っているのだが」ガチャガチャ
「……何で、ドレイクさんを殺したんですか?」
「君が知る必要はない、昨日戻ってきたときにそう言った筈だ」ガチャガチャ
「でも……」
「……そもそも、これが初めてという訳でも無いしな」ガチャガチャ
マイルームにて。黎斗は、背後に立つマシュにそうつまらなさそうに返していた。
フランシス・ドレイクの殺害。特異点修復に伴いそれ自体は無くなったことにされたが、マシュは、そしてカルデアの大多数の職員はそれに対して大きな抵抗があった。
何故殺したのか。仮にも我々の味方だったのに。
何故殺したのか。少し前まで共闘していたのに。
黎斗は糾弾に対して、全て、「知る必要はない」とだけ返した。そうとしか言わなかった。
「初めてじゃない? ……もしかして、ブーティカさんも……」
「……私が殺した」
それを聞いた瞬間、……マシュの中で、何かが千切れた。
「……私は、黎斗さんを許せません」
「許しを乞うつもりはない」ガチャガチャ
「話をしてくれないと、もう、一緒に戦えません」
「話をするつもりもない。君の存在は必要ない。そも、私にとっては君達との会話など無意味だ」ガチャガチャ
「そんなっ……黎斗さんは、人理を修復するつもりはあるんですか!?」
「当然あるとも!! プレイヤーがいないとゲームは成立しない。だがマシュ・キリエライト。君がいなくても、人理は直せる……思い上がるな」
黎斗は告げる。マシュの心を効果的に抉らんとばかりに言葉を並べ立てる。
……マシュの足は震えていた。マシュの握り拳も震えていた。怒りと悲しみ、憤怒と失望、入り交じったそれらがマシュの心を痛め付けた。
「私にとっては、このグランドオーダーそのものか娯楽でしかないのだよ。もしくは、究極のゲームを作るための糧だ……案外、これ自体が究極のゲーム、なんてこともあるかもしれないが」
「……ふざけないで下さい」
「ふざけてはいないさ。本心だ」
マシュは、涙を流していた。黎斗に罵詈雑言を言われて傷ついたのか、彼の言葉が自分の中の小さな傲りを見抜いていたからか、それ自体は分からなかったが。
「……失礼します」
マシュは、部屋を去った。
バグルドライバー、そして
───
「ふむ……貴公が望むものもジャンボチョコレートパフェでしたか、ミスター・ムニエル?」
「イェア、あんたもか!! 趣味合いそうだな!!」
カルデアの食堂にて。二人の男がオートメーションで作られたパフェをつついていた。
片方は言わずもがなジル・ド・レェ。そしてもう片方はコフィン担当のスタッフであるムニエルと言う。
「……所でさ、えーと?」パクパク
「ジル・ド・レェですぞ」チビチビ
「オーケー、分かったジルの旦那。……で、あんたは、例の件についてどう思ってるのさ。フランシス・ドレイク殺害事件」パクパク
「我が主……というか、現在の私の神の望むことなら、私は僕として彼に付き従うまでで御座います」チビチビ
ジル・ド・レェにとっては、檀黎斗は神に等しかった。その類い希なるセンス、サーヴァントを指揮する頭脳、何をとっても彼にとっては理想だった。
だから、彼の望むことならわざわざ止めようとは思わない。何か考えのもとに行う行動を止めるなど出来ようか。
「オー、なるほどなぁ……いや、スタッフが皆雁首揃えて文句を連ねてたからねぇ、ちょっと気になってさ」パクパク
「ではムニエル殿は、どのようにお考えに?」チビチビ
「フーム……俺としては、まあ、結局修正されて何も無くなるなら、やっちゃって良いんじゃないかな、と。ほら、たまには弾けたくなるじゃん? ……御馳走様」
黎斗の凶行に対して、多くのスタッフは頭ごなしに否定していた……無理もあるまい。
容認派もいるにはいるが、その理由も……
「なるほど……我が主はただふざけているとは思えませぬが?」チビチビ
「ほらあの人エキセントリックだし」
「……否定はしませんよムニエル殿」チビチビ
今更何をやっても驚かない、という物だった。
黎斗は根本的に、心から好かれてはいなかったし、それを望んでもいなかったのだ。
───
「……」ガチャガチャ
黎斗はコンバットゲーマを修復している途中で、ふとガシャコンバグヴァイザーを探し始めた。
……そして、気づいた。
「……無い」
置いておいた筈の場所に、それは無かった。
確かにトランクに入れていたのに。まるで誰かに丁寧に探られたように、そして奪われたように、それは綺麗に失せていた。
「……無い」
その周辺にもそれは無かった。
辺りの荷物は整然としていて、雑に置かれているものは無かった。……音を立てないように動かされていたのだろう。
「無い無い無い無い無い無い無い無い!!」
どこにも無い。どこにも無い。
きっと誰かに盗まれた。誰に?
誰がいつどうして何のためにどうやって?
頭の中に憎悪が走る。妬みが駆ける。
「どぉぉこだゃああああああ!?」
───
「……そんなことを言ったのかい、檀黎斗は」
「はい……」
窃盗犯、マシュ・キリエライト。彼女は司令官であり医者であるロマンの元にやって来ていた。
その顔は暗い。そして重苦しい決意があった。
「それ……ガシャコンバグヴァイザーを盗んだってことは」
「はい。……黎斗さんは変身できません。そして恐らく、私が変身出来ます」
「良いのかい? 黎斗はそれは死のデータの結晶と言っていたが」
「……行けます。やってみせます」
悲壮感溢れる思いだった。
マシュ・キリエライトは、それほどに真実と和解を望んでいた。
「何としてでも……話を、聞かせてもらいます」
「……そうか。じゃあ……何も言わないよ」
───
「どこだどこだどこだどこだどこだどこだ!!」
檀黎斗はカルデアの廊下を走る。鬼もかくやの形相で駆け回る。その目は爛々と見開かれ、その口は無節操に開閉し、彼の服装が崩れているのも合間って、これはこれで一種のギャグのようにも見えたろう。
……当然、無関係な人からならば。
職員達は恐れ戦き逃げ出す。フォウは全力で飛び退く。
そして……マシュ・キリエライトは立ちはだかる。
「止まって下さい!!」
「……はぁ、はぁ……マシュ・キリエライトかぁっ……」
「……ガシャコンバグヴァイザーとデンジャラスゾンビガシャット。私が持っています」
「……やはりか。しかし……ああ、こんなことが起こるなんてなぁ」
目にはいつもながら、いや、いつもの二割増しの狂気を湛え黎斗はマシュに向かい立つ。
対するマシュには自信があった。仮にも彼女はサーヴァント、そして相手はただの
「……話をしましょう。ゆっくりと。……話したいことが、沢山あるんです」
「……ハ、ハ」
……そう、思っていた。思っていた。
では、何で目の前の男は……嗤っている?
「ハーハハッハァッハッハッ!! ブェアーハハハハッハ!!」
「な、何がおかしいんですか!?」
完璧に思えた計画。しかし……一瞬でマシュの目論見は脆くも崩れ去る。
黎斗は……ガシャコンバグヴァイザーではなく、彼女にとっては初めて見る、黄緑のドライバーを腰に装着した。
「え……?」
『マイティ アクション X!!』
「それは……プロトガシャット?」
手に持つのは紫のマイティアクションX。昨日ヘラクレスに一撃を与えた
しかし、その本質は武器の召喚にあらず。
「……変身」
『ガッシャット!! レッツゲーム!! メッチャゲーム!! ムッチャゲーム!! ワッチャネーム!?』
静かに黎斗が呟いた。ガシャットをドライバーに突き刺すと、彼の回りをプレイヤー選択よろしくいくらかの顔が周遊する。
そして。
『アイムア カメンライダー!!』
「……それ、は……?」
「仮面ライダーゲンム、アクションゲーマーレベル1」
黎斗は、ゲンムになっていた。体は白く太く、そしてずんぐりとしている。動きも遅そうだ。しかし……油断するなんて、マシュには出来なかった。
「ここでは狭いだろう、他所に行こうか」
『ステージ セレクト!!』
世界が暗転する。マシュが目を開けると、二人は何処かの廃工場にやって来ていた。
「……私のガシャット、そしてバグヴァイザーを返してもらおうか」
『ガシャコン ブレイカー!!』
「全てを話してもらうまでは、絶対に返しません」
剣の姿を取ったガシャコンブレイカーを構えるゲンムと、ラウンドシールドを持つマシュが睨み合う。
先に動いたのは……マシュだった。
「はぁっ!!」
ガキンッ
爆発力のある駆け出しからの盾での一撃。ゲンムの脳天目掛け降り下ろされたそれはガシャコンブレイカーの刃に難無く躱される。
そしてマシュは腹にゲンムの拳を食らいよろめいた。
「かはぁっ……!!」
「ガシャットを回収する。抵抗をやめろ」
「いや……まだです!!」
ガキンッ ガキンガキンッ ズガンッ
火花が散る、火花が散る。
何度火花が散ろうとも、ゲンムとマシュの打ち合いは終わらない。
「くっ……」
「……」パンパンパンパン
『キュキュキュキューン!!』
突然、ゲンムはマシュから一歩引き、ガシャコンブレイカーのBボタンを連打した。そして姿勢を低くする。
彼の気迫が伝わってきて、マシュは思わず盾を強く握った。
「はぁぁぁ……!!」
「くっ!!」
ジャジャジャジャンッ
「ぅくはぁっ!?」
同時にマシュを襲う四つの斬撃。盾越しの衝撃が、想像の何倍もの衝撃がマシュを嬲る。盾は傷だらけになり、マシュは工場の壁まで吹き飛ばされた。
ズドンッ
「か、あっ……」
視界が明滅する。意識を手放しかける。立っているどころか、盾を握るのも辛くて。でも。
脳内にブーティカやドレイクの顔がちらついた。
彼からは話を聞かなければならない。
世界を救うために、共に戦うために、未来を取り戻すために。
だから、立つ。
「くっ……」ヨロッ
「……まだ立つか、マシュ・キリエライト」
「はああああっ!!」ダッ
盾を構えての突貫、質量で押し潰す。絶対にここで決める。
その一心でマシュは走った。白い体躯のずんぐりとしたゲンムまで、あと3歩。
一歩歩く度に全身が痛んだ。それでも止まれない。あと2歩。
盾を突き出す。相手が壁に押し付けられ静止するビジョンは見えた。あと1歩。
だが。
「……グレード2」
『ガッチャーン!! レベルアップ!!』
「っぐ!?」
ゲンムがそうとだけ言い、ドライバーのレバーを解放した。
そして……
「きゃあっ!?」
ゲンムだった白いパーツが、盾を勢いよく弾き返す。思わぬ反撃に足を取られ、マシュはその場に腰をついた。
見上げると、そこには。
『マイティジャンプ!! マイティキック!! マーイティーアクショーン X!!』
ヒロインは曇らせるもの