「こっち!! こっちですよ!!」
「慌てずに慌ててついてきて下さい!!」
「ノッブ!!」
「ノッブノッブ」
「ノブァ!!」
聖都大学附属病院を脱出した灰馬達のグループは、ライドプレイヤーの群れに追われていた。
既に、クトゥルーを倒したという報告は届いていたが、どうやらライドプレイヤー達も生存者狩りに動員されているらしく、彼らはひたすら逃亡を余儀なくされていた。
沢山のちびノブが、患者達を守りながら走っていく。
作はアルトリア・オルタと共に先行してライドプレイヤーを倒していた。もう、このグループで戦いに特化した強力なサーヴァントは彼女しかいなかった。
灰馬の隣には、彼のサーヴァントであるアサシン・織田信勝が立っていた。灰馬は他の患者へ声かけをしつつも怯えていたが、信勝は寧ろ堂々としていた。
灰馬は頼もしげに彼の顔を見上げ……
「……どうして君は、私に付き従ってくれているんだ?」
ふと、そんな疑問が漏れた。
ここまで織田信勝というサーヴァントは、正しく灰馬の忠臣として働いていた。指示を受け指示に従い、指示に対しての意見もし、人々を守るために尽くしてくれた。
灰馬自身、多くの人々を従える聖都大学附属病院の院長ではあるが、ここまで優秀な部下は中々いないと思う程度には、彼は働いていた。
だから、気になっていた。何故彼はここまで自分の為患者の為に働いてくれるのか、と。
「マスター。貴方は、臆病者です。どうしても戦いが怖くて、失うことが怖くて、安心を何よりも望む一般人です」
……そう聞いたら、信勝から思いの外辛辣な言葉が帰ってきた。彼はちびノブのコンディションを確認しながら、灰馬への気遣いもなしにそう告げていた。
灰馬はがっくりとして口を明け、へたりこみながら天を仰ぐ。そして、慌てて再び立ち上がり抗議した。
「ななっ……なんて言い方をするんだ君は!! 傷つくじゃないか!!」
しかし、信勝は笑っていた。邪気のない笑みだった。それだけで、灰馬は何となく自分の怒りが場違いな物に思えてしまって途端に恥ずかしくなる。
「でも、貴方は逃げません。どれだけ怯えても、自分だけで逃げようとはせず、冷静ではなくとも指揮を続けた、僕の基準では少なくともマトモな指揮官です」
信勝は続けてこう言った。彼は、灰馬を認めていた。人の上に立つ人間として、まあまあ優秀な方だと。
「少なくともマトモなって……」
「僕の回りには、自分のことばかり考える臣下や、姉上と敵対する臣下が沢山いました。僕は、殆どそれしか知りません。僕の回りには、殆どそれしかいませんでした」
「……あっ」
灰馬はふと、かつて何処かで見たような情報を思い出した。
天下のうつけもの織田信長は、家臣の反感も多く買っていた。そしてそれらの家臣は織田信勝と共に蜂起し、信長に挑み……敗北した。と。
その家臣が、きっと、今彼の言っている自分のことばかり考える臣下だったのだろう。そう、灰馬は察した。
「だから、貴方のような人と共に戦いたかったんですよ。貴方になら、少なくとも昔の仲間に対してよりかは、安心して背中を預けられます」
「信勝君……!!」
「共に戦いましょう、マスター。これは人々を守る、正義ある戦いです」
灰馬は、信勝の手を握っていた。こんな緊急事態で彼の心もボロボロだったが、それが癒されていくような気がした。勇気付けられた気がした。
自分は医者だ。患者を守る……目の前の、サーヴァントと共に。灰馬はそう思い直して、その目に再び炎を灯す。
「……またライドプレイヤーが近づいてきました。指示をお願いします、マスター!!」
「分かった!!」
───
『Noble phantasm』
「
「……」
『メロンディフェンダー!!』
『クルミボンバー!!』
その時、マシュは再びクロノスに変身して、住宅街で再発見した鎧武と戦っていた。どうやら鎧武は鎧武でさっきまで別のサーヴァントと戦っていたらしく、極アームズではあったがかなり動きは鈍かった。
だからと言って簡単に倒せる訳ではない。クロノスが放った一撃は、クルミボンバーに後押しされたメロンディフェンダーによって向きを反らされ、鎧武の近くの家々を砕いていく。
「っ……まだ、足りませんか!!」
「……」
『無双セイバー!!』
『大橙丸!!』
『バナスピアー!!』
『イチゴクナイ!!』
『影松!!』
しかもまだまだ武器召喚能力は健在らしく、鎧武の背後に幾つもの刃物が現れる。
クロノスはそれに対してバルムンクとガシャコンカリバーを構えた。
そして、荒れ狂う刃物の群れが解き放たれる。
「ッ──」
弾ききれない。刃はクロノスを裂き、斬っていく。彼女は己のライフが磨り減るのを肌で感じた。
でも、負けられない。こんなところで負けられない。彼女は強く思い直して、両手の剣を握り締める。熱い、炎のような物を己の内に感じた。
───
「うわぁ追い付いてきますよぉ!! ほら早く早く!! 早く行きますよセンパイ!?」
「チッ、分かってる!!」
『高速化!!』
『透明化!!』
夜の一番寒い頃を過ぎた位の時間だった。深夜であるにも関わらず他のプレイヤーは捜索を続けていて、パラドクスとBBは深夜の川縁をサーヴァントから逃げながら走る羽目になっていた。
走る。走る。幸運なことに、バイクゲーマはまだ健在で走ることが出来た。
「このまま、逃げ切る!!」
更に車輪は加速する。
パラドクスは遥か後ろに追いやった敵の足音に安堵して……
……真上から飛んできた虹色の光線に、彼は撃ち抜かれた。
ズドドドドドンッ
「センパイっ!?」
「っ……が……!?」
『ガッシューン』
衝撃でゲーマは横滑りし、パラドクスの変身は解け、BBも土手に振り落とされる。
そしてパラドとBBが泥を払い落としながら立ち上がれば。
「やーっと見つけたー」
「人集めて待ち伏せしたかいがあったってもんよ」
「なあなあ賞金は山分けだろ?」
「おう!! 取り合えず、仕留めるぞ」
「……またわ、こんなにいたのか」
「うわー、沢山……」
顔、顔、顔。
近くの橋の上、橋の下、土手の上、対岸……あらゆる場所に、サーヴァントが立っていた。その更に遠くに、マスター達が立っていた。
さっきまで見つからなかったのは人をかき集めていたからか……パラドは妙に納得して、バイクゲーマを見る。……まだ、壊れてはいなかった。
「……これは……ああ、やられちゃいましたね。テヘペロ、って奴です」
「……そうだな」
「まさかここまで集まるとは。これぞ欲深人間のテンプレート、欲のためなら何でもする連中です」
BBは事も無げにそう言う。どうやら、自分達は罠に誘い込まれたらしい。
BBは平然としていたが、こんな包囲を敷かれてしまえばパラドは笑えなかった。
まだ、聖杯のゲージは99%のままだ。
完成は見込めない。この人々の山を相手取ることも、パラドには不可能だ。
「どうしますセンパイ? あれは、皆センパイの命を狙ってますよ?」
「知ってるよ」
そう強がったが、手は浮かばない。何も出来ない。それでも、諦められない。
パラドは歯軋りした。
BBは流し目でそれを見て、一つ提案する。
「令呪を下さい」
「……え?」
「……令呪を下さい。ここで、纏めて、仕留めます。センパイの望み、私が繋いであげます……ちょっとした気まぐれです。泣いて感謝してください」
「BB……」
……これだけの数を相手取れば、いくら令呪のサポートがあったとしても勝てないだろう。もし勝ったとしても、万全ではない彼女がそれだけの力を振るえば自滅しかねない。
「……良いのか?」
BBは黙っていた。彼女がどんな顔をしているのかは見えなかった。
また、サーヴァント達が一歩近づいてくる。パラドは迷った。迷って……令呪を、発動した。
「令呪をもって命ずる!! 敵を、倒せ!!」
三画目の令呪が消え失せる。BBを縛る鎖が消滅する。BBに力が加えられる。
……BBは。
笑っていた。
「……フフ、フフフフ……アハハハハ!!」
「BB……」
そして彼女は振り向いて……
……愉快げに微笑んだ。
「……アハ、ハハハハハ!! 本当に……本当におバカさんなんですねセンパイ!! ここで私が裏切ったら……どうするつもりだったんですか?」
「裏切る訳無いだろ。お前の願いは、俺が叶えさせてみせるからな」
「……そうですか。そうですよね。そうですよね!! ミニマムなセンパイには嘘をつく能なんてありませんね!!」
パラドは、バイクゲーマに跨がった。BBはどうやら本気でここに残るようだった。
彼女はその手の指揮棒を右手に構え、パラドに背を向ける。
「……センパイ。もう一人のセンパイの方にも、宜しく言っておいて下さいね」
「……分かった」
遠くのマスター達が、自分のサーヴァント達にパラドに攻撃させる。しかしそれらはBBが全て打ち消し、パラドはハンドルを握り締めた。
「貴方との旅も、そこそこ楽しかったですよ。ま、理想の先輩には程遠かったですが、及第点です」
「……そうか」
サヨナラ、とは言いたくない。
言う必要は全くない。彼女とは、また未来で会える。
「……またな」
「ええ。また後で」
バイクゲーマは、泥を蹴って走り始めた。
マスター達の視線を受けながら、彼は川の側を走っていく。
「
そんな声が、背後から聞こえた。
───
……そして、ゲームエリアはまた朝を向かえた。
『ナーサリー・ライムが8時をお知らせするわ!! 今朝のニュースよ!!』
エリザベートとイリヤは、何処かの人気のない町中を徘徊していた。サーヴァントとしての勘は、ウィザードは近くにいると言っているように思えたのだが、中々見つけられていなかった。
既に二人は数体のサーヴァントを倒していた。疲れが無いわけではない。しかし、止まる選択肢は始めから頭に無かった。
『現在、仮面ライダーW、オーズ、フォーゼ、鎧武、ドライブ、ゴーストが討伐されたわ!! あとはウィザードだけね!! 皆頑張ってね!!』
「……良かった、まだ倒されてない見たいですね」
「そりゃあそうよ」
イリヤが胸を撫で下ろしながら呟けば、エリザベートは淡々と返事をする。彼女は、適当な家の影に隠れて、丁字路の右側を窺っていた。ルビーが彼女を冷やかす。
「んー、あれはラブラブアピールってことなんですかねイリヤさん?」
「えっ、えっ!?」
「違うわよ」
しかしエリザベートは動じない。
丁度、見つけるべきものは見つけた。
「……だって、彼処にいるんだから」
路を曲がった先に、昨日取り逃がしたウィザードが歩いていた。まだ二人には気づいていないようだった。
「あれは……」
「……やっと……見つけたわ」
『ガッチョーン』
エリザベートはそう言いながらバグヴァイザーを装着する。意識を極限まで研ぎ澄ませて──
「ん? お主、何をしとるんじゃ?」
「ッ!?」
突然聞こえた上からの声に、エリザベートは縮み上がりながら飛び退く。
見慣れた軍服姿が、屋根の上に堂々と立っていた。
「……信長」
「今から何をするつもりなんじゃ?」
「何って……彼を、止めるだけよ」
「ほう、それは面白そうじゃのう!! しかし──お主の技量では届かんぞ? ウィザードだけではない、追加された全ての仮面ライダーは、ただのサーヴァントでは敵わない。奇跡的な戦略、偶然の進化、もしくは圧倒的物量……それらが必須じゃ」
「……」
信長はエリザベートに間接的に、『戦えばお前は無駄死にする』と言っていた。エリザベートにはそれが理解できた。
「今なら、わしが時間を稼いでやるぞ? 何、ちょっとあれと遊ぶだけじゃ、黎斗も何も言うまい」
……本当なら、この誘いに乗るべきなのかもしれない。エリザベートだって、死ぬのが怖くないなんてことはない。戦いに挑むときだって、
それでも。
「でも、私はやる」
「……そうか」
例え偽物であろうと、自分が信じた最後の希望に、傷はつけさせない。
「……ま、わしは止めぬ。好きにすれば良いじゃろ」
信長はニヤリと笑って何処かに消えた。
ここまでの会話でウィザードも此方に気づいたらしく、再び覗いてみれば既にハリケーンドラゴンの形態になったウィザードが二本の剣を逆手に構えていた。すぐに此方に飛び掛かってくるだろう。
「……良かったんですかぁ、エリザベートさん?」
「良かったのよ。……行くわよ、良いわね? 私が、私達が、最後の希望よ!!」
「はい!!」
次回、仮面ライダーゲンム!!
───ウィザードとの決戦
「ここで、倒す!!」
『インフィニティー!! プリーズ!!』
「私の全てを掛けてでも!!」
───聖杯の完成
「彼女は、倒れたのか」
『君が来たか、パラド』
「俺の望みは……」
───ゲンムの動き
「何故鎧武は倒れた?」
「どうしようかしら?」
「何れにせよ、ここから始まるさ」
第五十話 Missing peace
『それは叶えられないわ』