『マイティジャンプ!! マイティキック!! マーイティーアクショーン X!!』
白い殻は脱ぎ捨てられた。
マシュを見下ろすのは、黒い体のゲンム。だらりと構えるガシャコンブレイカーが、処刑人のギロチンのように見えた。
「そ、それは……」
「当然、レベルアップだ。聞こえただろう?」
淡々と事も無げに、ゲンムは無感動にマシュに答える。それこそ、プログラムに条件を入力するが如く。
……今のマシュに出来ることは、何とかして態勢を建て直すこと。それだけだった。
「くっ……」
「……」
『バッコーン!!』
ガシャコンブレイカーの刃が格納され、ハンマーの形態に変形し……ゲンムはそれを振り上げる。
「……何度も言うが」
ズガンッ
衝撃波がマシュの頬を撫でる。盾を放棄してその場から転がって退避したマシュは、それでもやはり立つ力は無くて。
「君達の意思にも、願いにも、感情にも、私は全く興味ない」
ズガンッ
マシュの持たれていた柱が砕かれた。また転がって逃げようとしたマシュだが、その足を瓦礫に潰されてしまう。
グシャッ
「がぁあっ……!!」
「……君達は道具だ」パンパンパン
『キュキュキューン』
ズガンガンガンッ
「きゃああああっ!!」
下から振り上げられたガシャコンブレイカーは、足の痛みに震えるマシュの下顎を寸分の狂いなく捉え、彼女を5メートル程吹き飛ばした。
サーヴァントだから体の形こそ保てているが……本来なら、彼女は既に挽き肉に近かっただろう。
非道な仕打ち。執拗な暴力。和解の意志は尽く否定し、その思想は傲慢の上を行く。
「あなたは……あなたは、何なんですか!!」
マシュは、思わずそう言っていた。
言わずにはいられなかった。人類最後のマスター、檀黎斗……その姿は偽りで、本当は、本当の彼はもっと深いところで何かを握っている……そうとしか思えなかった。
「何者か、か……」
ゲンムは一旦止まり、左手を顎にやってほんの少しだけ考え……それでもやはり、こういった。
「私の名前は檀黎斗。ゲームマスターで……神だ」
奇しくもあの、燃え盛る管制室での返答と同じだった。
「終わりにしよう」
『ダッシュゥー』
『ガッシャット!! キメワザ!!』
ゲンムはプロトマイティアクションXをドライバーから引き抜き、腰の左にあるキメワザスロットに装填する。
ゲンムの足にパワーが溜まっていくのが見えた。漆黒の刺々しいエネルギー。それは破壊され尽くした廃工場の空気すらも震えさせ……
『マイティ クリティカル ストライク!!』
「はあっ!!」
ゲンムが飛び上がる。その足が手負いのマシュに容赦なく迫る。
きっと彼は手加減なんてしないだろう。彼は付き従うサーヴァントを殺しても、仲良くしてくれた味方を殺しても、きっと何の後悔も抱かない死神だ。そしてきっとまた、全てを秘密にするのだろう。
でも、まだ自分は死神の魔の手にかかる訳にはいかない。そうマシュは信じていた。
この状況で逆転する最後の一手。
勝てる可能性は0に等しい。……でも、もう負けられないのだ。
「……これでっ!!」ズイッ
「……!!」
マシュは……ガシャコンバグヴァイザーを、ゲンムの足の衝くであろう己の胸元に、バグヴァイザーを押し付けた。
このままゲンムがキックを敢行すれば、バグヴァイザーは粉々になる……『彼の才能が失われる』事になるわけだ。
効果はあった。
「くそっ!!」クルッ
壊してしまっては堪らない。ゲンムは反射的に腰を捻り、マシュに背を向けて着地する。そして直ぐ様振り返ると……
『ガッチョーン』
「……ほう? まさか、そんなことまでやるとはな」
マシュは……その腰に、ガシャコンバグヴァイザーをセットしていた。かつてゲンムのやっていたように。
「……使うつもりか? マシュ・キリエライト。警告するが、それは君には使えない」
「でも……でも!!」
ここまでのピンチに追い込まれて尚、彼女の頭からは、逃げるという選択肢はとうの昔に抜け落ちていた。全てが、彼女からまともな思考を奪っていた。
……この二人だけの空間にいるのは、非人間のゲームマスターと、ただ目的のため蛮勇に無謀を重ねがけする、諦めないだけの存在だった。
『デンジャラス ゾンビィ……!!』
「くっ……はぁっ……」
電源を入れた。
ゲンムのやっていたように。
ゲンムのやっていたようにバグヴァイザーをセットした。ゲンムのやっていたようにガシャットの電源を入れた。
……彼女は彼女なりに、彼女の先輩をずっと見ていた。彼女なりに、彼女の先輩を理解したつもりでいた。だから……
「あっ……くぁっ……はあっ!!」
『ガッシャット!!』
「ああっ……!!」
指を動かす度に、足が震える。心臓が毎秒よりも短い感覚で鋭く痺れる。あらゆる己が、自分のものでなくなっていく……そんな感じに襲われて、それでも。
マシュ・キリエライトは、その気力でもって。
変身プロセスを終えてしまった。
「へんっ……しんっ……!!」
『Error』
バチンッ
───
ピッ ピッ ピッ
「……ここ、は?」
見覚えのある天井だった。廃工場のそれでは無かった。
それは……マシュの敗北を示していた。
「医務室だよ……うん、容態が安定してきたね。何とか、命と戦闘に異常は無さそうだ」
「そうですか……」
「まあ……次の特異点は、休もう、マシュ。この状況では、君が行っても辛いだけだ」
「……」
ゲンムとの決闘にあえなく負け、カルデアの廊下で力なく倒れていたマシュは、スタッフ数名にここに運ばれてきていた。
そしてつい先程までロマンの治療を受けていたのだ。
そう理解した彼女の目元から、一筋の涙が流れ落ちた。
「……ゲンムの強さは、規格外だ。今のマシュでは、きっと勝てない。……もっと強くなろう。もっともっと強くなろう……見返してやろう。時間は、まだ残ってる」
「……うっ、うっ……」
「……泣いてもいいさ。泣いていい……ボクは君を否定しない」
「ドク、ター……!!」ポロポロ
薄い毛布が涙に濡れた。痛みがそうさせたのか、無念がそうさせたのか、嘆きがそうさせたのか、それとも純粋な悲しみがそうさせたのか……それとも、そうあれと彼女がデザインされたからか。
「……フォーウ」
「フォウさんも……うっ……私は……私は……!!」ポロポロ
「……大丈夫。ボク達は、味方だ」
……一つ言えることは。マシュ・キリエライトは、第四特異点を欠席する、という事だった。
───
「……そろそろ私も、なりふり構ってはいられなくなって来たか」ペラッ
ガシャコンバグヴァイザーをマシュの手から取り戻した黎斗は、ファイルの中から複数枚の設計図を取り出した。
断面図や寸法等の隣には、カラーでの想像図が軽く書かれていた。……それによると、黒く分厚いそのガシャットには、大きな歯車のような何かがついているようだった。
「早く……これを作ってしまわなければな。もう、邪魔はさせない……」
作品名の欄には、『プロトガシャットギアデュアル(仮)』とだけある。
そして……何よりも注目すべきものは、そのガシャットに必要なのであろうパーツの一つ。
『英霊』
「ああそうさ。誰にも邪魔させるものか。私はゲームマスターで、神なのだから……!!」
また、口元を歪める。
まさしく、新しいオモチャを買って貰った……いや、彼にこの例えは正しくない。
新しいオモチャを
「……ハハ、ハッハ……ハーハハハハ!! ハーハハハハ!! ハーハハハハハハハハァァッッ!! 誰も、誰も誰も誰も!! 私の才能を!! 私の計画を!! 私の夢を!! 阻むことは……出来ないいィィッ!!」
ただただ、高笑いだけがひたすら辺りに響いていた。
鬼!! 悪魔!! ゲンム!!