万丈がアマゾンだったってマジ?
『ジュージュー クリティカル フィニッシュ!!』
ズガンッ
エグゼイドとナイチンゲールの戦いは、ややエグゼイド優位に進んでいた。ジュージューマフィンガシャットを使用した彼は、火力でバーサーカーであるナイチンゲールに見劣りすることもなく、少なくとも倒される心配は当分なさそうで。
しかし、倒すことが出来るかと言えば、別の問題が存在していた。
「マスター……もっと、しっかりと戦ってください……!!」
「でも僕は、貴方を殺したくない……!!」
精神的な問題だ。
向かい合う二人の声は共に悲痛なままで。医療と言う一つの星の元に絆を結んだ二人の精神は、互いを傷つけあうことを拒んでいた。
しかしナイチンゲールは、自分が自分ではどうしようもないと察していた。第一最初に体の自由が奪われているのだから自力ではどうしようもない。
誰かの病ならばどうにかして治そうと思えたが、自分自身の病とあっては、ほんの少しばかり治そうという気も薄れてしまった。
「何か、方法はないんですか!?」
「……これは、どうしようもありません」
……それでもまだ幸いなことに、ナイチンゲールは他のサーヴァントよりかは支配権を奪われるスピードが遅かった。どうにか、指先くらいなら動かすことができた。
だから彼女は、あえて自分の体を痛め付けるような攻撃をし、少しでも早く戦えなくなるようにしようとしていた。
それにエグゼイドも気づいていた。だからこそ、エグゼイドは彼女を倒せそうにない。
「……貴方は病気です。その恐れは病に等しい」
「そんなことは……」
そんな彼を、ナイチンゲールは叱咤する。
今のエグゼイドは病気だと。それは乗り越えなければならないのだ、と。
「その恐れが、患者を救うことを阻害しています。そのままでいてはいけません。まだ、何も終わってはいないのですから……!!」
「でも……っ!!」
「 私は看護婦です。ドクターをサポートすることもまた私の勤め……貴方は、私を倒さなければなりません」
「嫌だ……嫌だ……!!」
まだ、エグゼイドとナイチンゲールは二週間と少しの関係だ。それでも彼は尊敬すべき先人としてのナイチンゲールを、共に病と戦う仲間としての彼女を、大切に思っていた。
だから、どうしても戦いを拒む。その心は折れかけていた。
「これは治療の一環です。貴方が私を倒すことで、それが私の治療にも、他の人々の治療にもなるのです」
「それでも……!!」
「貴方はドクターです!! 立派なドクターなんです!! だから、それが治療行為を恐れてどうするというのでしょうか!!」
ナイチンゲールの拳を受け流しながらエグゼイドは呻く。体の弱点を正確に突いてくる攻撃は、かするだけでもダメージを残していって。
「……こうしている間にも、私の体はますます抑えが効かなくなっていきます。ここでマスター、貴方が私を取り逃がせば、今度こそ私は、きっと誰かを襲うのでしょう。私はそれを避けたいのです」
ナイチンゲールの拳が、またエグゼイドへと飛び付く。
もうエグゼイドは……宝生永夢という人間は限界に達していた。回避に疲れた。防戦に疲れた。会話に疲れた。……一瞬、早く終わってくれと、思ってしまった。
「あああああああああああっ!!」
『ジュージュー クリティカル ストライク!!』
ズガンッ
その瞬間、エグゼイドはその腕をナイチンゲールに叩き込んでいた。ストレスを限界まで溜め込んだ一撃は、ナイチンゲールを吹き飛ばして遠くの壁にめり込ませるには十分すぎた。
路地の障害物を巻き込んで吹き飛ばされた彼女は、ぶつかった壁を粉砕して大地に転がる。
……エグゼイドは数秒後にそれを認識して、膝から崩れ落ちた。
「あ……あっ……」
『ガッシューン』
変身を解く。矢も盾もたまらずに彼女の元に永夢は急ぐ。意味もないのに脈を取り、意味もないのに傷を手当てしようとして。
「……マスター」
それを、ナイチンゲール自身の手によって止められた。
「……早く、とどめを」
「嫌です……!!」
涙が溢れた。彼女との短いが濃かった体験が永夢の脳裏を駆けた。
ナイチンゲールは、もう戦えない。……プログラムにちょっとした異常でもあったのか、右手の支配権だけはナイチンゲールの元に戻っていた。今となっては彼女はもう治療のしようもないが。
「……では、仕方ありませんね」
ナイチンゲールは一つ溜め息をして、右手を彼の懐に伸ばす。そして彼女は彼の持っていたブランクガシャットを起動して、永夢の令呪を強化した。
「……何を」
「自害を命じてください、マスター」
「……」
永夢は驚かなかった。彼女ならそうするのだろうと薄々気づいていた。だからといって、受け入れられるかはまた別だった。
「マスター」
「……」
永夢は顔を伏せていた。きっと今の顔は、医療人として不出来なものだろうから。
「マスター」
その声には答えたくない。
「マスター」
まだ一緒にいたい。
「……あぁ……っ……」
「……マスター」
永夢に向き合うナイチンゲールの声は、どこまでも優しかった。……それは確かに、患者を慈しむ天使の声だった。
「少しだけ、話をしましょう」
「……」
「……私は、かつて天使なんて言われていました」
「……」
「ですが私は、外から花を撒くだけの存在でありたくはなかったのです。患者に寄り添い、病が消えるまで共に闘いたいと、そう思いました」
「……」
「私にとって何よりの喜びは、患者が病から解放されることなのです。そうなるのなら、私は……私自身の命だって投げ出してみせましょう。それが、私の望みでもあるのです」
「……っ」
「不安はありません。マスター……貴方がドクターとして、人々を救ってくれるのだから」
「……」
「ですから」
……もう、無理を言うことは出来ない。
自分は、彼女らの時代を引き継いだ、現在のドクターなのだから。彼女の意思を、自分が、立って、引き継がなければならないのだから。
「お願いします」
永夢は、覚悟を決めた。
「……自害せよ、バーサーカー……っ!!」
「……ええ。分かりました」
パァンッ
令呪はブランクガシャットによって強化され、確かにナイチンゲールに自害を強要することが出来た。永夢は、ナイチンゲールをその手で殺すことはなかった。彼女は、自分で自分を撃ち抜いたのだから。
……しかし、自分が殺してしまったという責任からは、逃れられなかった。
「どうか自分を責めないで下さい、マスター。貴方は治療行為をしたに過ぎないんですから」
「──」
「……またどこかで会いましょう、マスター。貴方がドクターである限り、
「──」
ナイチンゲールは消えていく。永夢の手の中で消えていく。そんな彼女に永夢は何も言えない。自分が殺してしまった。取り戻す手段は見つからない。それが辛くて。しかし、それでも立たなければならないのだ。
ナイチンゲールが、永夢の頭を撫でた。
「どうか多くの命を救ってください、ドクター。……私は、貴方を信じています」
「……っ!?」
……永夢がそれに反応して顔を上げるのと同時に、CRのバーサーカーは消滅した。
光の粒は、ブランクガシャットに吸われていった。永夢はそれを握り締めて、声にならない叫びを上げて。
「あ……あ……っ……ぐ……!!」
……刹那、ブランクガシャットが鈍く白く輝いた。悔しさで拳を握る永夢は気づかなかったが、ガシャットはとうとう彼の手で進化を遂げていた。
そのガシャットには、
「……っ……!!」
カリギュラ。シャルル=アンリ・サンソン。殺生院キアラ。ジル・ド・レェ。メディア・リリィ。ジャンヌ・ダルク。そして、ナイチンゲール。
七つのサーヴァントの魂が籠められたガシャットは、聖杯としての機能を獲得する。そしてそれは、永夢の持つ原種のバグスターウィルスの干渉を受け、一つのガシャットとして成立した。
───
夜が、明けた。
シャドウ・ボーダー内で、貴利矢は携帯を眺めていた。
「これは……?」
「メール、だよね……」
というのも、貴利矢の所持していたモバイルに、真黎斗からのメールが入っていたからだった。
文面は至ってシンプルだった。
「『聖杯が完成して尚プレイを続けるマスター達に告げる。機会は来た。君達には私、真檀黎斗に挑戦するチャンスが巡ってきた』」
貴利矢が何となく黎斗の口調を真似て読み上げる。黎斗神は無言でそれに聞き入り、マルタは苦笑いをしていた。
「『ゲームの舞台は墨田区だ。参加するのなら、この連絡の下のボタンを押せばいい。このメールは、メニュー画面に戻った時点で消滅する。君達の勇気と健闘を祈る』……だとさ。どういうつもりだ?」
「見ての通りだ。第二ステージの参加権が、君に回ってきたのだろう」
黎斗神はそう分析する。本当に何でもないようにそう言った彼は、すぐにまたキーボードに向かい直して。
「さあどうする九条貴利矢」
「……」
「貴利矢……」
そして問った。問われた貴利矢はどうしたものかと首を捻り、下を向く。
「このシャドウ・ボーダーにはもう強力な運転手は必要ない。するべきことは、もう決まっている」
「……そうだな」
「そうだ。それにそもそも、もうガソリンを補充するあてもない」
続けて黎斗神はそうとも言った。
もう、ライフラインは止まってしまった。どのガソリンスタンドも無人にして、貯蔵されていた燃料も全て使い果たされていた。
この首都だったエリアにも今となっては食料は少なく、現在のごく少数の人々だから何とかなるものの、本来の東京ならば大惨事だっただろう。
救いがあるとすれば、もうこの東京23区にライドプレイヤーが発生することはなく、シャドウ・ボーダーにも必要なものは揃っているということか。
貴利矢は立ち上がって、シャドウ・ボーダーを降りた。
「行くぞ姐さん」
「……行くのね?」
「当然だ……自分の出番が回ってきたんだからな。おう、乗ってやろうじゃねぇか」
準備運動のように腕を伸ばしながらそう言う貴利矢。ポッピーも黎斗神もそれを止めなかった。
しかし黎斗神は、ふと乱雑に車内の棚をまさぐり、小さな機械を貴利矢に投げつける。
「ああ、九条貴利矢」
「何だ?」
「受けとれ」
貴利矢が手に取ったそれは、微妙に光っているだけの金属の塊に見えた。何かの仕掛けがあるとも思えない。
「……これは?」
「私の神の才能さ。……具体的に言えば、小型カメラにして通信機だ。ゲームエリアの効果を遮断するシステムを搭載しているから、通信は滞りなく行える筈だ」
「……そうかい」
そう言われた貴利矢は、それを胸元に取り付けた。そして再びモバイルを起動し、真黎斗からのメールの画面を見る。
隣のマルタは、何時でも大丈夫だと言わんばかりに微笑んでいた。
「……じゃ、行ってくるわ。後は、任せた」
そして貴利矢は、メールの下のボタンを叩いた。
次の瞬間。
大地が裂けた。
メキメキメキメキ
「っ、うおおっ!?」
「えっ、えっ!?」
音を立てて大地が裂けた。貴利矢の足元に入ったヒビは、真っ直ぐに伸び、建物を砕き鉄塔を割り、どうやら墨田区まで一直線に走っているらしかった。そしてその数秒後には、ヒビの上を走るのであろうトロッコが、最初から存在していたように鎮座していた。
「地面が……割れてる……」
「随分と派手な送迎をするらしいな。少しばかり無駄も目立つが、悪くない」
黎斗神はそう溜め息をした。
貴利矢とマルタは狭いトロッコにやや強引に入り、シャドウ・ボーダーに振り返る。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「後は任せたわよ?」
「うん……気を付けてね」
そして、トロッコは走り始めた。
───
「……どうしますか、マスター」
「……私は、この戦いには参加しない」
対して、貴利矢と同じようにメールを受け取ったアサシンのマスター鏡灰馬は、そう言って画面をメニューに戻した。
見回せば、丁度外に出ていたちびノブが周囲に残っていた食料を手に入れて戻ってきていた。花家医院から転院してきた人々もいたが、どうやら今日明日は何とかなりそうだった。
「ここには、医者を、そして君の力必要とする沢山の患者がいる。それを置いていく訳には行かない」
「……そうですね」
もうライドプレイヤーはいない。今度こそ、ここは安全地帯となった。灰馬はそう確信していた。また同時に、いつまた真黎斗の魔の手がここに来るかと恐れてもいた。
「それに」
そして灰馬は、別のメールを開く。
黎斗神からの連絡が書かれていた。
「こっちの話もあるからな」
───
CRのライダー陣営を乗せたトロッコは、建物の隙間を抜け、割られた川の底を渡って、墨田区に近づいていった。
そして彼らは、そびえ立つ壁に出来上がった穴に吸い込まれ、墨田区の内部に侵入する。そして、唐突に投げ出された。
「ってて……」
周囲を見回す。どうやら、大体のマスターがそんな状態で辺りを観察しているようだった。戦いは禁じられているらしく、どのサーヴァントも攻撃を行っていない。
「何が始まるんだ?」
「何かしらね……取り合えず辺りに目を通しておくべきじゃないかしら」
「ま、それもそうだな」
貴利矢は短くそんな会話をして、辺りのサーヴァントを再び観察し始めた。
どうやら、あまり戦闘には向いていなさそうなサーヴァントが多いようだった。一目見て『あの武器は危険だ』とか『筋肉ムキムキマッチョマン』だとかいう印象は抱けない。きっと好戦的なサーヴァントはここまでの戦いで淘汰されたのだろう。
「サーヴァントは見かけによらないわよ?」
「知ってるさ姐さん。自分だってバカじゃない、見かけによらない例が一番近くにいるんだから油断なんてしないさ」
「あぁ?」
そんな会話をする。……そうして数分間周囲の観察に徹していると、唐突にどこからか声が聞こえてきた。
『皆、ここまでお疲れさま!!』
「っ、この声は……」
「ナーサリー・ライムか……!!」
『ナーサリー・ライムが、ゲームをナビゲートするわね!!』
辺りがざわつく。貴利矢は咄嗟にドライバーを装着したが、すぐに敵が現れるということはなく。
ナーサリー・ライムは、続けてまた言葉を紡いだ。
『ここに集まっている皆は、私達に挑む権利を手に入れました。でも、いきなりボス戦っていうのもつまらないでしょう?』
「……まさか」
『だから、まずは貴方達、プレイヤー同士で戦ってもらうわね!! 今いる何百人かのプレイヤーが、百人を切ったタイミングで私達がそっちに行くから、頑張ってね!!』
……プレイヤー達の視線が交差した。
『戦闘開始まで、あと三十秒!! ヒーローになるのは貴方よ!!』
「っ、今からもう始まるのかよ!!」
「離れるわよマスター!! ここで戦うのは危険すぎる!!」
マルタが貴利矢を咄嗟に背負って飛び上がろうとする。しかし他のプレイヤーがそれを許す筈もなく、彼らは妨害されて再び地面に降りたって。
貴利矢はマルタを背にしてガシャットの電源を入れた。
『残り十秒』
「チッ、仕方ねえか!!」
『爆走バイク!!』
『ガッシャット!!』
「0速、変身……姐さん、ここが踏ん張り時だぞ」
「分かってるっての……」
───
「やっぱり、この中に……」
マシュは、墨田区に発生した壁を外から仰いでいた。スカイウォールとは違って半透明でもなんでもないそれに阻まれては、中を窺うことは出来ない。反りたつ壁に触れてみれば、石のような鉄のような触感がして。
マシュはバルムンクを逆手に構えた。
「……
ブワッ
大地に深々とヒビが入り、マシュは反動で浮き上がる。壁の天辺に手をかけることは簡単だった。彼女はそこから、墨田区の中に侵入する。
……もっとも、こんなことが出来るのはゲームから存在が除外された彼女だけだった。普通のマスターやサーヴァントならば壁に触れるだけで吹き飛ばされ、中に入ることも外に出ることも許されなかった。
「……っと」
スタッ
適当なビルの上に着地したマシュは、そこから辺りを見下ろす。
人の声はしていた。誰かはいるだろう──マシュがそう踏んで観察を開始すれば。
「
「任せろ!!」
『ギリギリ クリティカル フィニッシュ!!』
「おらあっ!!」
ザンッ
数日前に助けた仮面ライダーとサーヴァントが、周囲の全てのサーヴァントを相手に立ち回っていた。
次回、仮面ライダーゲンム!!
───新ステージの戦い
「令呪をもって命ずる」
「行くわよ舎弟」
「本気を出せ、姐さん」
───永夢の決意
「そのガシャットは……」
「聖杯か……丁度いいタイミングだ」
「僕は、きっと」
───動いていく戦況
「僕は、貴方と戦えて良かったです」
「何を企んでるの?」
「一発逆転の大作戦だ」
第六十一話 Giant Step
「ヤコブ様、モーセ様、お許し下さい……マルタ、拳を解禁します」