Fate/Game Master   作:初手降参

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ミステリーフェアってそんなデパートの安売りみたいな名前にしなくても……



第六十九話 Wish in the dark

 

 

 

 

 

〔美しいものを見た〕

 

「……」

 

〔美しくないものは見たが、それでも美しいものを見た〕

 

「……その、声は」

 

 

真っ暗のなかにいた。

浮かんでいるような不安定な感覚に身を任せながら、獣の守りたかった少女はかつて親しんだ者の声を聞く。

 

 

〔私はかつて絶望した。この世の美しいものに未来はないと。汚いものに塗り潰されるそれを守れる世界ではないのだと。君に、幸せはないのだと〕

 

「……」

 

 

あの時、この獣は何を思いながらロンドンへと向かったのだろう。少女にはそれを推し量ることはできない。

 

 

〔その上で私は彼に挑み、敗北した〕

 

「フォウさん……」

 

〔敗北した。彼の見せた正義に。人間の可能性に敗北した。あの希望を、潰すことが出来なかった〕

 

「……ごめんなさい。あの時、フォウさんを応援できなくて」

 

 

つい口走る。マシュは、あの戦いで仮面ライダー達を応援してしまったことを恥じた。

 

 

〔それでいい。君が信じたのはあの男を通して見た人類の夢と希望と自由だ。それに憧れることは、きっと、とても良いことだ〕

 

「……」

 

〔私は醜い人類悪だ。霊長を殺すものだ。あの時人理を守ろうとした君を阻むものであり、今の君とも相容れない〕

 

「……それでも」

 

 

マシュは暗闇へと手を伸ばす。何かを掴もうとする。届かない。その向こうへ。

暖かいものが、指先に触れて。

 

 

 

 

 

……気がつけば、マシュはあの真っ白に0と1がちらつく空間に立っていた。今となってはずっと昔のことにも思えたが、最後にここに入ったのはほんの数日前だった。

マシュは辺りを見渡した。ちゃぶ台もなく、劇場も見えない、ただただ広いだけの空間。

 

 

「……さっきまでのは、何だったんでしょう」

 

 

そうぼんやりと思いながら彼女は歩き出そうとする。

……ふと、足元にくすぐったいものが過った。

 

それは足をよじ登り、胸元を経過して、肩まで乗って落ち着く。

 

 

「貴方は……」

 

「フォーウ」

 

 

フォウだった。比較の獣ビーストⅣ、今のマシュを形作る因子の一つ。相手よりも強くなる力をマシュに付随させたもの。それが、彼女の肩を暖めていた。

 

きっと、これも夢の続きだ。マシュは指先でフォウの頭を数度撫でて、また目の奥に暖かいものを感じる。

 

 

「フォウさん」

 

「……」

 

「……今日まで、ありがとうございました」

 

「フォーウ……」

 

「明日も……よろしくお願いしますね」

 

「フォウ」

 

 

フォウは語らない。あえて語らないのか、その真意は目を覗いてもさっぱり読めず。

それでもよかった。マシュはこうして、フォウを撫でていればそれだけで安心できた。フォウもそれを受け入れているようだった。

 

 

「貴方が何であっても、私が何であっても。私はフォウさんが大切でした。大好きだったんです。……それだけじゃ、ダメでしょうか」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

〔……いいや、十分だ〕

 

 

そして、彼女はまた真っ暗に投げ出された。フォウの感触が遠ざかっていく。

 

 

「……」

 

〔諦めるな、マシュ・キリエライト。第四の獣は、君と共に在ろう〕

 

───

 

 

 

 

「……まだ、起きませんか」

 

「うん。ボクにすがり付いたまま寝ちゃって……起こした方がいいかな?」

 

「いえ。精神の安定も大切です」

 

 

ナイチンゲールは、ロマンからそう言って離れた。マシュはその膝に頭を預けて寝息を立て続けていた。

その頬に残された涙の痕を、ロマンは拭うことはなかった。

 

 

「……」

 

 

その頭を撫でる。

彼女の前では泣けなかったが、こうして彼女が眠っている今なら、自分の中に込み上げてくる物を堪える必要は何処にもなかった。

全部、夜の闇が隠してくれるだろう。

 

───

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

   チャリンチャリンギャリギャリギャリギャリ

 

 

タイヤが悲鳴を上げている。ペダルも唸りを上げ、ベルはとうに壊れた。星空のみに照らされて、街灯一つない道路を作は走り抜けていた。

後方では沢山のペイルライダーが蠢いて作を追いかけ続けている。作は病院の周囲をベルを鳴らしながら走り続けて、近辺の全てのペイルライダーを誘き寄せる囮となった。

 

 

「っ、……!!」

 

   ガリガリガリガリガガガガガガガガ

 

 

しかし限界は近い。元々あの避難所に放置してあった古ぼけた自転車だ、全力疾走に耐えられる道理はなく。

次の瞬間、自転車の後輪がねじ曲がり、それは運転手ごとスリップした。

 

 

   ザリッ

 

「うわあっ!?」

 

 

投げ飛ばされる作。自転車は真っ二つに割れながらあらぬ方向へと滑っていく。もう乗ることは出来まい。

作は立ち上がって周囲を見回した。……ここまでで誘き寄せたペイルライダーが、作を取り囲んでいた。

 

 

「っ……僕は、まだ諦められない!!」

 

 

それでも作は叫ぶ。呼吸すらも命がけだ。じりじりと近寄ってくるペイルライダーに触れることは叶わない。それでも。

 

 

 

 

 

『フレイム シューティングストライク!! ヒーヒーヒー!!』

 

 

……刹那、ペイルライダーらの足元に火柱が立った。当然ペイルライダーは焼き焦がされて無力化、消滅していく。

そして立ち竦んでいた作の隣に、一人の仮面ライダーが降り立った。

 

 

「……何でここにいるのさ」

 

 

仮面ライダーウィザード。ある知らないサーヴァントから託されたガシャットロフィーで変身した、本物の操真晴人。

 

 

「辺りにさっぱりあの黒いのがいないからどういうことかと思えば……あんたが引き付けてたのか。無茶なことして……」

 

「うう……」

 

 

そう言いながら彼は炎の壁を展開してペイルライダーを無毒化し、逃亡しようとする個体を炎の鎖で縛り付けてやはり無毒化していく。

作はそれを見ているだけ。しかし焦燥感よりは、安心感を覚えた。

 

 

「何であんなこんなことしたの」

 

「僕が……あそこの人達を守ろうと、思ったんです。最後の希望になろうと思ったんです。僕のサーヴァントが僕に託してくれた希望を、受け継ごうと思ったんです」

 

 

ウィザードはそれを聞いて、少女のことを思い出した。真名も知らないサーヴァント。自分を最後の希望だと言って、自分に力を押し付けて消えたサーヴァント。

どこかしみじみとさせられた。そして、目の前の男にもきっと似たような体験があったのだろう。

 

 

「そうかい……最後の希望か」

 

 

なら、その思いは無下にはすまい。

作の言葉を受け止めた仮面の青年は、その銃に再び掌を翳す。挙動はどこか楽しそうだった。

 

 

「どういう縁なのか、俺もとあるサーヴァントに託されちまってね、最後の希望。……安心しろ。お前の希望を、俺が引き継ぐ」

 

『キャモナシューティングシェイクハンズ!!』

 

『フレイム シューティングストライク!!』

 

───

 

 

 

 

 

「マスター?」

 

「何だ姐さん」

 

 

ほんのりと東の空が白んできた。それを見ながら、ライダーのマスターと、そのサーヴァントは背中合わせに座っていた。

 

 

「……そろそろ、終わるわね」

 

「そうだな」

 

 

ライダーのサーヴァント、マルタがぼんやりと呟く。彼女のマスター、九条貴利矢もぼんやりとそれに答えた。

緊張はない。とうに使い果たした。悲しみはない。とうに慣れた。焦りもない。とうに過ぎ去った。今はただ、落ち着いて状況を分析する。

 

 

「ありがとう。私と一緒に戦ってくれて」

 

「何を今さら。自分こそ、あんたがいなきゃやってこれなかったさ」

 

「それもそうね」

 

 

そう言葉を交わす。きっと意味のないことだ。どちらも相手の返事を予測して言葉を放っていた。それは最早会話というよりは自己暗示に近い。

 

貴利矢は一つため息をして、白んだ空から目を離して別の方向を見る。

 

 

「おい神、起きてるんだろ?」

 

 

視線の向こうでは、毛布の一つも被ることなく、近くの壁にもたれ掛かっている黎斗神。彼の膝にはパソコンが置かれていて。

そしてその眉は、貴利矢の声に反応して上がっていた。貴利矢はそれを確認して言葉を続ける。

 

 

「……」

 

「確認したいことがある」

 

 

 

 

 

「ん、う……」

 

「……起きられましたか、マスター」

 

 

それと同じ頃、永夢は目を覚ましていた。まだ起きるにはちょっとばかり早い頃だろうとは分かったが、それでも起きてしまったものは仕方なかった。そもそもコンクリートの上に何も敷かずに寝るというのに無理があったとも言える。

 

 

「まだ早いです。休んだ方が良いのでは?」

 

「いえ、もう大丈夫です」

 

「……そうですか」

 

 

彼を気遣うナイチンゲールにそう応対して、永夢は一つ気にかかる。

 

 

「……あの、もう、僕はマスターじゃないんじゃ……」

 

 

もう自分は彼女のマスターではない。彼のサーヴァントだったナイチンゲールはもう消滅した。ここにいるのは同じだけれど違うサーヴァントではないのか、と。

 

ナイチンゲールはその疑問に微笑む。

 

 

「貴方はマスターです。ずっと。貴方が患者の為に戦うのなら、看護婦はそれに従いましょう。それが医療の在るべき形。ならば、どうして態々ドクターのことを忘れる必要がありますか?」

 

「っ……」

 

 

あんまりにも呆気なかった。永夢は妙に納得させられて、頷くことしか出来ない。

分かることは。このサーヴァントは、最後まで一緒に戦ってくれるという、確信だった。

 

───

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 

マシュは、朝日に照らされて意識を取り戻す。頭の下に人肌のような感触を感じた。

 

飛び起きる。ロマンが微笑んでいた。……どうやら自分は彼に泣きついたまま寝ていたようだった。

他のサーヴァント達は何かしら別の作業に打ち込んでいるようで、誰もマシュを見ていなかった。それを確認して彼女は胸を撫で下ろす。きっと泣き晴らしてから眠った自分は、少しばかり見苦しかっただろう。

 

 

「あー……その……」

 

「おはよう。よく、眠れたかい?」

 

「……ええ。いい夢を、見られました」

 

「そうかい」

 

 

そんな焦りもすぐに落ち着く。胸に手を当てれば、暖かいものが満ちていた。

 

今日こそが、最後の一日だ。

 

 

 

 

 

「……そちらの調子は、どうでしょうか」

 

「僕は大丈夫です。怪我も処置しましたし、戦えますよ」

 

 

マシュの声かけにそう永夢は応じた。彼女は、ライダー達にも顔を合わせて起きたかった。

返事を終えた永夢は、少しだけ逡巡してからおもむろにマシュの手を取る。

 

 

「……?」

 

「間違っても、自分が倒れるという前提では戦わないで下さい」

 

「……っ」

 

 

その言葉は、マシュの内心を読み取っているようで。マシュの体がすぐに強張り、握られている手が小さく震える。それでも永夢はマシュを放さない。

 

 

「僕は貴方を諦めません。貴方の命も救って見せます。全ての命を笑顔にすることが、僕の夢ですから」

 

「……」

 

「ですから、この戦いが終わったら、一緒に病院を助けてください。まだ、助けるべき人も沢山いるんです。一人でも人手が必要ですし、それに……」

 

 

マシュには、永夢が輝いて見えた。

 

その理由は、分からない。

 

 

「僕は、貴方の笑顔も守りたい」

 

 

……マシュは、ゆっくりと手に力を籠めた。

永夢の笑顔を目に焼き付けながらも、自分を繋ぎ止めている手を外して、彼女は永夢から一歩引く。

 

 

「あっ……」

 

「……私は。私は……貴方の考えは分かりません。貴方の思いやりが何処から来たのか、それは分かりません」

 

 

永夢の顔を見られなかった。それでも、彼の肩越しに見えるナイチンゲールは、分かっていたような、悟っていたような、それでも残念そうな、そんな曖昧な顔をしていた。

 

 

「……でも」

 

「……」

 

「もし私の戦いで、誰かの笑顔が出来たのなら。それは……きっと、素晴らしいことなんだと思います」

 

 

マシュはさらに一歩引く。そうすることで、ライダー達全体が目に入った。

決戦に備えて糖分を補給する飛彩。互いを気遣いあう花家医院の二人。準備運動に励むライダー主従。シミュレーションを重ねるポッピーと灰馬。何かを考えているパラド。パソコンに向かい続ける檀黎斗神。

 

彼らは仮面ライダーだ。人類の自由と平和の為に戦う、自分が憧れてしまった、仮面ライダーなのだ。

 

 

「私の命は辛いことばかりでしたか、楽しいことも、幾つかはありました」

 

 

自分はまだ、なれていない。

仮面ライダーになれていない。

きっと、誰かの為に戦う、ということが出来ない自分は、本当の仮面ライダーにはなれない。

 

 

「貴方達に会えてよかった」

 

 

それでも。

 

足掻こう。戦おう。彼らと共に。サーヴァントと共に。自分と共にいてくれた全てと共に。

 

 

「……ビーストⅩの出現を確認した!!」

 

 

号砲がなる。

 

───

 

 

 

 

 

「怖いかい、マシュ?」

 

「いいえ。……ドクターは、どうですか?」

 

 

シャドウ・ボーダーは既に失われた。故にマシュ達は、オジマンディアスやギルガメッシュの出した天駆ける船に乗り、ビーストの元へと進んでいく。

その中での会話だった。マシュと向かい合うロマンは、見ようによっては物憂げだった。

 

 

「ボクは……うん、ちょっとだけ怖い。この後どうなろうと、僕らの末路は決まっている」

 

「……」

 

「でもいいんだ。あらゆるものは永遠ではなく、いつか苦しみに変わってしまう。でも……それは絶望じゃない」

 

 

ロマンはマシュの頬を撫でた。優しく。これ以上傷つけないように。

 

 

「限られた命で死と断絶に立ち向かう。終わりを知っていても出会いと別れを繰り返す。それが、君の送ってきた旅なんだ。どのような経過を経ようと、それに始まって、それに終わる」

 

「……」

 

 

出会いを思い出した。別れを思い出した。

結局、その繰り返しだった。運命に抗っても。守護者になっても。この世界に来ても。……そればかりだった。

それはきっと、悲しいことではないのだ。

 

 

「これは、星の瞬きのような刹那の旅路。星見(カルデア)が駆け抜けた旅。シールダーのサーヴァント、マシュ・キリエライトの、旅。それは……愛と希望の物語だ」

 

 

風の音が聞こえた。朝日は中空に固定され、光が船を照らす。ロマンはソロモンに姿を変えながらマシュを見つめ続けて。

 

 

「ここからが、君の旅の果て。ボクの旅の果て。刹那の旅路の終着点。ここからどうなるかは君次第だ。……挑めるね?」

 

「はい……はい……!!」

 

 

そして、ビーストのいるエリアに辿り着いた。

高層ビルに囲まれた空白地点。人が行き交っていたであろう広場。そこにはもう人はいない。立っているのは真檀黎斗、ナーサリー・ライム。……そして信長、アヴェンジャー、イリヤ。

 

 

「っ……信長、さん……!?」

 

 

それを視認したマシュは一瞬驚きの声を上げ、それを飲み込む。信長はいつものように笑っていた。

 

船の群れはビースト達へと光線を放ち、しかし何か障害物がある訳でもないのに反射される。どうやら遠巻きの攻撃は当たりそうになかった。ビースト達を覆うようにバリアでもあるのか、そう推測された。ならば、遠距離からは倒せない。

 

 

「……やっぱりダメですか……!!」

 

「まあ、そうだろうね」

 

「そうなると……」

 

「当然、降りることになる。うん。……最終決戦だ」

 

 

もうグランドキャスターは、ソロモンに戻っていた。

船は降りていく。全てのサーヴァントが、全てのマスターが、全てのライダーが大地に降り立つ。剣が、槍が、矢が並ぶ。医者が、看護婦が、人間が並ぶ。

 

 

即ちここは特異点。名医が駆けた、サーヴァントが駆けた、全ての輝ける命が戦い続けた最後の大地。世界全体を救命の為の病棟とし、抗い続けた人間の物語。

 

 

ここは、名医奔走病棟CR。真檀黎斗という機械仕掛けの理不尽(デウス・エクス・マキナ)に、立ち向かう命達の特異点。

 

 

「……さあ、行きましょう!!」

 

 

ナイチンゲールが、隣で声を張り上げる。声が響いた。空の彼方まで届くようにすら思えた。

 

 

「……変身するんだ、マシュ。君の、なりたい君に」

 

「……はい!!」

 

 

そして彼女は、ガシャットに手をかける。

 





次回、仮面ライダーゲンム!!


───決戦の火蓋が切られる

「抗い続けるのか!!」

「変身する!!」

「もう貴様の時代は終わった!!」


───檀黎斗神の真相

「お前のちょっとした嘘を当ててやる」

「私は神だ!!」

「君は確かに私だとも」


───突然の裏切り

「あれはよい旅じゃった」

「余は、それでも……」

「いざ、三界神仏灰燼と帰せ」


第七十話 Justice


「我が名は第六天魔王波旬、織田信長なり!!」

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