Fate/Game Master   作:初手降参

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塔に籠れる暴食の化身

 

 

 

「ねぇマスター、さっきアヴェンジャーさんが出ていったわよ」

 

「大方偵察目的だろうな。気の効くやつだ」

 

 

何時もの監獄にて。黎斗はボロ切れのような布団の中で、ナーサリーに起こされて目を覚ました。

相変わらず部屋は湿っていて鉄臭い。

 

 

「そうね。……ふふふ、なんだかこれも物語みたいね。面白いわ」

 

「お前が言うと複雑な心境になるな」

 

 

布団にくるまりながらナーサリーが言う。

子供の為の物語そのものである幼女と、物語を紡ぐのが仕事の男が、同じベッドの上にいるのはどこか滑稽で、あと少しだけ犯罪の匂いがした。

 

 

「……ところで、何でお前は私の布団に入っている?」

 

「だって、ずっとこんな部屋で立ってたら、鉄の臭いが染み付いちゃうでしょう? ほら、本は大切にしないと」

 

「……成程」

 

 

黎斗はのそりと布団から出て、簡単に身支度を開始する。そして、ぼそりと呟いた。

 

 

「……こうしていると、無駄に考え事に耽ってしまっていけないな」

 

「?」

 

「これまで30年、私の人生は、ここの基準で言ってしまえば罪にまみれていた。別に私自身は、それを間違っているとは思わないが」

 

 

何時もの服を着込む。その顔は冷酷な印象を受けそうなまでに落ち着いていて。

 

 

「嫉妬に走った。怠惰を受け入れた。憤怒を利用した。……私はそれを罪とは思わない。だって、もしこれらが罪なら、世界中全ての存在が罪人になってしまう」

 

「……そうね」

 

「私は神だが、人を裁く神ではない。それをするのは本意ではない。頼まれたとしてもまっぴら御免だ……ゲームを作るのに、そんな視点は不要だ」

 

 

そこまで言ったところで、監獄の扉が開いた。アヴェンジャーが顔を出す。黎斗は振り返り、ナーサリーに横目で布団から出ろと指示を出した。

 

 

「……目覚めたか、マスター。立て、どうやら第五の裁きの間の主も、お前の知っている存在のようだぞ」

 

「……カリギュラか」

 

───

 

   ガサガサッ

 

「その心臓おいてけやぁっ!!」

 

「なんか来ましたよっ!?」

 

 

その日も歩いていたマシュ達は、突然物騒な事を叫びながら飛び出てきた見知らぬ青タイツのランサーらしき男にビビっていた。

魔人アーチャーなんかは、声を聞くだけで胸を押さえて膝をついている。

 

 

「うわあああああ!? わしの心臓がああああ!?」

 

「すまない……守れなくてすまない……」

 

「いや、まだ取られてないから。取られてないから……ん、桜セイバーちゃんは?」

 

 

二人のやりとりにツッコミを入れながら、ダ・ヴィンチは一番相手が出来そうな桜セイバーを探した。相手は見た目からして俊敏なタイプ、ワープ擬きが出来る桜セイバーなら相手が出来ると睨んでの人選だったのだが……

 

 

「コフゥッ……すみません、昨日のが祟って……コフゥッ」

 

 

残念、彼女は昨日無理をしすぎて今日は朝からグロッキーな状態であった。

仕方が無いので、ダ・ヴィンチはまた黎斗を乗せたベビーカーと共に後ろに退避しマシュに言う。

 

 

「とにかく凌いでよ、頼むよ!!」

 

「ダ・ヴィンチちゃんが戦えば良いじゃないですかあっ!!」

 

「いや!! 私はまだまだ戦わない!! ……ん? あれ、逃げていかない?」

 

 

しかしその途中で、何故か青タイツのランサーが離れていくのが目に入った。こちらをチラチラ確認しながら逃げていくように見える。

 

 

「ランサーらしき人が逃げていきます!! 追いかけましょう!!」

 

「……いや、ここはもう無視しちゃおう」

 

「ダ・ヴィンチちゃん!?」

 

 

ダ・ヴィンチは黎斗の乗ったベビーカーを()()()()()()()そう言った。

 

 

「どうせあの青タイツが去っていった所は、私達の目的地とはずれてるんだ。逃げ切っちゃえば問題ない問題ない」

 

「でもあのランサーに後ろから追いかけられたら大変じゃぞ!? おき太……じゃなくて、桜セイバーも今は早くは動けないじゃろうに……」

 

「そうだ、ランサーはその素早さが何よりの強み、追撃を食らえば……」

 

 

魔人アーチャーやジークフリートがそう言う前で、黎斗を乗せていたベビーカーの座部が音を立てながら拡大される。そしてタイヤの部分の近くに、ジェットエンジンのような何かが顔を出した。

 

 

「フッフー……私が何の意味もなくベビーカーを弄っているとでも思ったかい?」

 

「「「?」」」

 

「……疾走するベビーカー。そのスピードは全てを凌駕する……なんてね」

 

 

そう言いながらダ・ヴィンチはベビーカーから一旦離れ、青ざめたままの桜セイバーを背追い上げ、ベビーカーに乗せる。

 

スペースが微妙に狭かった為、黎斗と桜セイバーが必要以上に密着するような体制になっていたが、彼は気にする事も無かった。

 

 

「ほら病人は乗った乗った」グイグイ

 

「コフッ!? ちょっ、ベビーカーに二人も乗せるんですかぁっ!?」

 

「大丈夫大丈夫、へーきへーき」グイグイ

 

 

そして二人が上手いことベビーカーに収まったのを確認すると、ダ・ヴィンチはそれに半透明の蓋を付けロックを掛ける。

 

 

   カチッ カチッ

 

「よーし、準備オッケー!! マシュちゃん、ジークフリート君、魔人アーチャーちゃん、一応足場は出しておくから、しっかりハンドルに捕まるんだよ!!」ブルンブルン

 

「どう考えてもバイクみたいな音なんですが……」

 

 

ベビーカーのハンドルに四人がしがみつく。排気ガスはますます黒くなり、熱量も増していき……

 

 

 

   タッタッタッタッ

 

「ちっ、物見の報告より数が多いじゃねーか……あれ?」

 

 

ランサー……島津セタンタは、ターゲットから一旦距離を取ろうとしていた。

あまり数で不利な戦いは有利ではない、そんな考えだった。

 

だが、振り返ってみると。

 

 

 

「ひゃっはぁーっ!!」ブブブブブゥーンッ

 

「「きゃああああああ!?」」

 

「……」

 

 

既に、敵は遥か彼方に消えていっていた。

 

 

 

「……え?」

 

───

 

裁きの間にて。主であるカリギュラは、闇のなかにもたれかかっていた。襲い掛かってくる兆候は見られない。

彼は暫く黙っていたが、黎斗を何度か見た後に口を開いた。

 

 

「……久しぶりだな、我が主よ。決して迷わぬ、人にあらざる人よ」

 

「久しいなカリギュラ。元気か?」

 

 

黎斗が皮肉混じりにそう言うと、カリギュラは苦笑いをする。

今の彼は、いつもの、黎斗の知るバーサーカーでは無かった。

 

 

「ふっ、死体の分際で元気も何もあるか、という話だな。……運がいい事に、この月の女神でさえ我を見失うこの監獄ならば、余はかつての我が主……お前と話が出来る」

 

「そうだな。全く、外からの光をシャットダウンするなら、もうすこし照明をしっかりとしてほしいものだ」

 

 

怯えも戸惑いもせず、冷静に辺りに目を向ける黎斗。カリギュラはその姿に安心と不安を同時に覚え、そして彼に言葉の羅列を投げ掛ける。

 

 

「我が人生は迷いの連続だった。いや、その程度で我が人生は正当化できぬが……」

 

 

そこまで言って……彼はほんの少し語気を強め、問った。

 

 

「……問おう。……全てを喰らわんとした事はあるか。喰らい続けど満たされず、餓えがごとき貪欲さでもって味わい続けた経験は。消費し、浪費し、後には何も残さずにひたすらに貪り喰らい、魂の渇きに身を委ねた経験はあるか?」

 

「……無論、あるに決まっているさ、カリギュラ。私は神だ。神の恵みを与える為に、多くの同業者を喰らい、潰し、消した。多くの資金を投資し、多くの社員を使い続け、多くの資源を消費した」

 

 

しかし、そう返答する黎斗の目には一点の曇りもない。彼にとって、それは何ら恥ずべき事では無かったのだ。

 

 

「そして私は後悔していない……お前は後悔しているんだな、カリギュラ?」

 

「……ああ。余は沢山のモノを食い散らかしてしまった。いや、ともすれば暴食、それこそが余であったのか?」

 

 

対するカリギュラは、己の暴食を酷く悔いていた。その身に背負うは無限にも等しい狂気、彼に残ったのは、多くの罪と僅な愛。

 

 

「喰らい、費やし……暴食の罪、それこそ我がローマの悪性。もとよりそう生まれたのか、月の女神が変質させたのか、それすら余には分からぬが……だが、この魂は反英霊ではなく、英霊として刻まれた。即ち……」

 

「……愛がお前を英霊たらしめた、と言いたいわけか」

 

「その通りだ、我が主よ……私はそう信じている。そして──」

 

 

そこまで言った所で、カリギュラはフリーズしたように動かなくなった。微妙に姿がぶれ、一瞬彼の口から機械的な音が聞こえた。

 

5秒もしないうちに、カリギュラは再び動き出す。しかしその目は狂気に爛々と光り、手足は黎斗に飛びかかろうと震えていた。

 

 

「……グア、ガァッ……すまないな我が主。グッ、どうやら、魔術王はこれ以上の対話を、ガッ……望まぬらしい」

 

『ゲキトツ ロボッツ!!』

 

「行くぞ……受け止めてくれっ!! オオオオオオオオオオッ!!」

 

 

懐からガシャットを取りだし、胸に突き立てるカリギュラ。黎斗はその場から飛び退き、交代するようにアヴェンジャーとナーサリーが飛び出す。

 

最後の黎斗のサーヴァントとの戦いが、始まった。

 

───

 

「……そろそろご飯にしましょうか。ベビーカーの燃料も切れたんでしょう?」

 

「残念ながらねー」

 

 

ベビーカーは、発進した場所からもう何キロも離れていた。

燃料を全て使い果たし、小高い丘の上に止まったそれから降りて、昼飯の準備を始める一行。

 

 

「コフゥッ、コフッ……あの、ずっと男の人と密着させられていたのですが」

 

「ああ、死体だから大丈夫だよ」

 

「それはそれで恐くありませんか!?」

 

「いやいや、普段の沖田なら普通に切り捨てそうなもんじゃが……あっ」

 

 

何気無く、本当に何気無く、魔人アーチャーが桜セイバーの真名をバラした。

 

 

「何してるんですかノッブ!! 皆ポカーンとしてるじゃないですか!!」

 

「是非も無いよネ!!」

 

 

しかし、そんなやりとりを見ていたカルデア勢はと言うと。

 

 

「……オキタ?」

 

「……すまない、ノッブとは……そしてオキタとは誰なんだ? 不勉強で本当にすまない……」

 

「いやー、宝具バラした時点で信長の

方はバレバレだったよねー」

 

 

「「……エッ?」」

 

───

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

「くはははははっ!!」

 

   ガンガンガツンッ

 

 

左手に重装甲を纏うカリギュラと、両腕に青い炎を纏うアヴェンジャーが殴りあう。衝撃波は監獄塔を揺らし揺らし、辺りの壁を軋ませていた。

 

 

「ナーサリー、あいつらの足元に薄氷を生成しろ。カリギュラは金属を体内に込めているような状態だ、動きが鈍ると思われる」

 

「分かったわマスター!!」

 

   ピキピキピキピキ

 

 

黎斗は辺りに響く音はある程度無視して、ナーサリーに指示を出した。

気温が下がる。英霊の身であれど、熱の変化で少なからずダメージは受ける……現に、カリギュラの動きからキレが無くなっていっていた。

 

 

「ガァッ……オオオッ……!!」

 

「フハハハ!! 氷くらい溶かしてみせろ暴食の具現よ!!」

 

   ズガンッ

 

 

炎を纏った足でカリギュラを蹴り飛ばすアヴェンジャー。吹き飛ばされたカリギュラは、その場に倒れ込みそうな所を堪え、その手をアヴェンジャーに向けた。

 

 

「オオオッ……オオオオオオオオオオッ!! 我が心を喰らえ、月の機械(ゲキトツ・ディアーナ)っっっ!!」

 

虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)!!」

 

 

両者から凄まじい蒸気が発せられた。互いの出す熱量が氷を溶かして、いや、昇華させていた。

 

そして、それが晴れた時には。

 

 

「があっ……!?」

 

「オオッ……グガァッ……」

 

 

互いに、互いの拳を互いの鳩尾にめり込ませている状況だった。

アヴェンジャーは余程想定外だったのだろう、その顔を痛みと怒りに歪め、次の瞬間にはカリギュラを再び壁へと吹き飛ばす。

そして、腹を抑えながら数歩歩き、その場に座り込んだ。

 

 

「……まさか、ここまでオレに貪欲に攻撃してくるとはな。誇れ、暴食の具現……お前も正しく人間だ」

 

 

そう言うアヴェンジャーの視線の先で、そのカリギュラは倒れていた。当然プロトゲキトツロボッツは弾き出され、カリギュラには立つ力もない。

 

そして、黎斗が彼の隣に立っていた。

 

 

「──そして……檀黎斗」

 

「何だ?」

 

「檀黎斗。いらぬ愛を捨てようとして、しかし捨てきれなかった男よ」

 

「……」

 

「……狂気無き今なら理解できる。檀黎斗、お前は間違いなく悪だ。月に愛された訳ではなく、元からそうあったわけでもない、後天性の、真性の悪。だが……余はお前を受け入れよう。お前もローマだ」

 

「……何故?」

 

 

しかし、カリギュラは答えなかった。そして、そのまま消滅していった。

 

黎斗はその跡を暫く見つめ……そして、裁きの間を後にした。

 




オーニソプター(ベビーカー)

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