「ナイチンゲール、到着しました。患者は?」
ジークフリートにオーニソプターをかっとばさせてここまでノンストップでやって来たナイチンゲールが、ジェロニモの元に詰め寄る。
彼女がマシュの元へと案内されていく姿を横目に、黎斗はオーニソプターから飛び降りた。
「ふう……いい旅だった。エリザベートのものよりかはずっとな」
「何よそれ……」
頬を膨らませるエリザベートを押し退けて、黎斗は新しく仲間になったと聞いた全身タイツの女の元へと向かう。
「……ん、来たか」
その全身タイツは既に黎斗の来訪を察していたらしく、椅子に腰かけて待っていた。
黎斗は彼女の近くに座り、冷静に問いかける。
「最初に一つ聞きたい。……なぜケルトを裏切りこちらについた?」
「なるほど、ごもっともな質問だな。……まあ、お気に入りの花園にトチ狂った野犬がおれば、悠長に読書などしてはおられまい? 変わり果てたアホでも弟子は弟子、介錯してやろうと思ってな」
「……ああ、なるほど、それもそうか」
黎斗は納得した顔で少し頷き、そして外壁として機能させられている彼女の宝具、
それは今でも近づいてくるケルト兵を喰らっているらしく、時々首の折れる音やら悲鳴やらが聞こえてくる。
「ふむ……行けるな」
「何がだ?」
「ケルトを迎え撃つ砦の構想だ。せっかく得られた足掛かりを下手に動いて無駄にするのは阿呆らしいだろう?」
黎斗はそう言いながら、ケルトの根城が見える場所へと動き、暫く静止した。そして構想を練り終えたのだろう、再び話始める。
「ネロの式場、そしてエリザベートのチェイテ城。さらにスカサハの門とを掛け合わせ、この領地全体を、外にいるものを喰らい尽くす簡易的な魔城に加工する」
「ほう?」
「……そんなことが出来るのか」
「なんというか……オレは近づきたくない城だな」
一行は、どこか突拍子の無さまで感じるその計画に首をかしげ、黙る。
「出来るとも、当然だ。だが……今回作るのは、中身じゃない。殻だ。式場の外壁、チェイテ城の外壁、そして門を組む」
彼はどこからともなく枝を取りだし、地面に簡易的な設計図を書き付けた。そしてそれを丸で囲み、外側にケルト兵を書く。
黎斗はそれらをそれぞれ指しながら、相手の動きの予測、そして今後どうなるかを予測しての作戦を話始めた。
「こちらは相手に対して穴熊を決め込んでいる訳だ。定石に乗っ取って考えるなら、穴熊を破るには一転突破、もしくは二点突破が効果的だと言われている。つまり……後は分かるな?」
「相手を誘導して、叩くのじゃな」
「ああ。今回はしっかり誘導用のスペースも用意してある。ここに入ったなら──」
───
それと同時刻。
「……来たわねベオウルフ」
「おう」
シャドウサーヴァントをもう片方のワシントンに突撃させる作業を続けていたメイヴは、アルカトラズから戻ってきたベオウルフに反応した。
現在ケルト側のサーヴァントはクー・フーリン、メイヴ、そしてベオウルフだけ。相手の実力を理解している以上、慢心は出来ない。
「で? 相手はどんな状況なんだい?」
「何度か予知は使っているけれど、相手はずっとあの区域に引きこもってるみたい」
「おそらく力を溜めてるんだろうな。……適度に引っ掻き回してこい」
「はいはい」
クー・フーリンにそう言われて再び出ていくベオウルフ。残された二人は互いに見つめ合うこともせず、淡々と話し始めた。
「……なあ、今楽しいか?」
「ええ、とっても楽しい。だからこそ……最後の最後まで楽しみたいものね。……クーちゃんは楽しく無いのよね?」
「どうだかな。おまえは勝手に楽しんでいればいい。オレはおまえが願った王としてあり続けるだけだ。何があろうとな」
「……ん、クーちゃん、愛してるわ」
そんなことを言われてもクー・フーリンは真顔を貫いていて。彼が何を思っているかは、メイヴには理解が及ばなかった。
「そうかい……まあ、そろそろ開戦だろう? 何にせよ、この時間はもうすぐ終わる」
「ええ。終わりの戦いを始めましょう。決意の眼差しでこちらを睨むあの女の子を、造作もなく踏み潰してあげましょう。……ああ、最高に楽しみ!!」
───
「武器など不要、真の英雄は目で殺す……
カッ
所変わって、進軍するエジソンの軍勢では。
多くの機械化兵士を引き連れたブラヴァツキーとカルナが、迫り来るケルト兵をワンパンで蹴散らしていた。
「ふむ……」
「……どうしたのカルナ?」
カルナはどうやら考え込んでいる様子だった。まあ考えながらケルト兵を吹き飛ばしてはいるが。
「どうやら、敵の兵が減り始めている、力も弱い。……カルデアが痛手を与えているのだろう」
「そう? 貴方が強いだけじゃないかしら」
「いや、そうでもない。現に、機械化兵士でも何とかケルト兵を抑えられている」
「あー……そうみたいね。うん」
ブラヴァツキーは戦場を見渡す。
こちらが有利だが、それは今後のより悪い何かの前触れのように思えてならない。
「……急いでいくわよ。
───
そして、それから暫くして。
奪い取ったワシントンの一角にて、黎斗はサーヴァントをかき集め、構築した作戦を説明していた。
マシュはこの場にはまだいない。ナイチンゲールは看病の方法を他の人に教えてからこちらに来ていたが、彼女の事を案じてそわそわしていた。
……だが黎斗はそんなことは気にしていなかった。
「作戦を確認するぞ。……まず、ネロとエリザベート、そしてスカサハは、それぞれの宝具を組み合わせて……そうだな。
「うむ、何かとてつもなく違和感を感じるが、承ったぞ」
「ええ、最高のナンバーで逝かせてあげる!!」
「……儂も歌うのか?」
まず、黎斗は設計図を取り出しながらそう言った。所々に投石機のようなものが置かれたその城はなかなか洒落た作りになっていて、ネロもエリザベートも悪感情は覚えなかった。
「ロビンフッド、ジェロニモ、ビリー・ザ・キッド、そして信長。お前たちはケルト内部を荒らし回れ。壊滅させる必要は無い、相手がフラストレーションを募らせてこちらに突撃するように誘導しろ」
「はいはい、つまりいつも通りにやれって事ね」
「分かった」
「了解了解」
「分かったのじゃ!!」
次に指名したのは、ネロ以外の暗殺部隊と単独行動が可能な信長。指名された彼らは待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。
そして黎斗は次にジークフリートを指さした。
「ジークフリート、ラーマ、アヴェンジャー、ナイチンゲール。お前達はシャドウサーヴァントの対処だ。現在は門に吸われているが、城を作るときにはここは無防備になる」
「……理解した」
「分かっている」
「付き合ってやろう」
「ええ……ですが、時々マシュのメディカルチェックをさせてください」
黎斗はナイチンゲールの申し出は無視した。そして、自分に親指を向けて続ける。
「そして、私とマシュ・キリエライトは、出てきた相手の本命のサーヴァントを足止めする。その間に全てのサーヴァントを集結させ、城の効果をフル活用し、結果的にはあいつらを袋叩きにしてやるという訳だ」
「待った。マシュは病人なのだが?」
「……私は神だ。疲労程度掻き消してやるさ」
そこで彼は言葉を止めた。全ての作戦は伝え終わった。そして、サーヴァントは多少の不満はあれど、彼の作戦自体はまあ正しい物だと思っていた。
しかし。
『……待った。マシュは戦わせられない』
「……何故だ」
そこに横槍を入れたのは、カルデアでこの話を聞いていたであろうロマンだった。彼はこれまでにない沈痛な面持ちで、マシュをここで戦わせられない理由を話始める。
『……マシュは、マシュは、臨床実験用に作られたデザイナーベビーだ。活動年月は最長で18年と予測されている。つまり……本来なら、あと1、2年で死ぬ筈だった』
「……ほう」
黎斗は茶々を入れることなく、彼の言葉に耳を傾ける。
デザイナーベビー。恐らく、魔力に優れた遺伝子を掛け合わせて作ったのだろう、と黎斗は予測する。
『でも、サーヴァントとして、仮面ライダーとして戦った結果、予定より早く体に限界が来てしまったんだろう。
「無理が祟った、という訳じゃな」
『……結果、彼女はこうなってしまった。人類の未来のためと言いながら行われた非人道的試みの結果生まれた、デミ・サーヴァントとして奇跡的かつ限定的な生を受けた彼女だったけど……もう、無理だろう』
「それでいいのですか!?」
ナイチンゲールがロマンの言動に食いかかる。というより、写し出された虚像のロマンに殴りかかっていた。当然当たらなかったが。
ロマンはそれに対しては予想していたのだろう、何の文句も言わず続けた。
『……生存とは常に辛く、生命とは常に悲しいものだ。皆それは同じ、死の恐怖からは逃げられない』
「そんな事はありません!!」
「……待て、話が進まない」
再度叫ぼうとするナイチンゲールを黎斗が抑えた。ロマンは黎斗にすこしだけ感謝し、己の要望を述べる。
『……本来なら、ボクの私情を交えて彼女を前線から遠ざけるなんてしたら、ダ・ヴィンチからウォモ・ウニヴェルサーレを喰らうレベルだけどさ』
「……」
『……マシュは言っていた。黎斗ではなく、カルデアではなく、自分の望む形で人理を救いたいって。マシュも我が儘を言うようになったなーって思った。だから……ボクも我が儘を言わせてもらう。マシュを前線に交えるな。彼女をこの特異点で殺すな』
───
「ふぅ……マシュには悪いことをしたかな」
ロマンは通信を切ってそう呟いた。
ナーサリーは、これ以上本を読んでも埒があかないので現在図書資料室に投げ込んでいる。
「うん、間違いなく悪いことをしただろうね。怒ってるだろうなぁ」
「ああ……だよねぇ」
後ろからやって来たのはダ・ヴィンチ。どうやら全部聞いていたらしい。
「でもまあ、今回はウォモ・ウニヴェルサーレはお預けだ。君の言い分にも一理ある」
「……」
「私だって人の感情を慮ること位は出来るさ。……それに、確かに、このまま彼女を戦わせたら、本当に戻ってこなくなるかもしれないからね」
気まずい沈黙が管制室に溢れていた。
ダ・ヴィンチは暫く黙り、気分を変えようかと話を切り換える。
「ところでさ。私、寝癖か何かついてない?」
「え? そりゃ何だい突然」
「いやー、実はいつの間にか工房の床でうたた寝しててね。日頃の疲れのせいかな、寝る前の30分位の記憶が抜け落ちてるんだ」
「……大丈夫なのかい?」
「まあ大丈夫でしょ。寝る前に何か書こうとする位には元気だったみたいだし。……まあ汚すぎて読めないんだけど」
「……」
「ま、君も過労には気を付けてね? マシュが戻ってきたら、彼女を見るのは君だろう?」
───
「……ラーマ」
「何だ」
作戦は開始された。スカサハの門は解除され、奪った領土の外壁は単なるバリケードだけになる。
出撃しようとしていたラーマは、既に傷だらけだった。それだけ、嫁のために必死だった。
彼に対して、黎斗は……バグヴァイザーを向ける。
「なっ──」
「ここまでよくやってくれたな。用は済んだ……報酬の時間だ」
ブァサササッ
ラーマは思わず目を閉じる。体にはオレンジ色の粒子がまとわりつき……
それはラーマの体を突き抜けた後に飛び出し、少女の姿を取った。
ラーマは唖然とする。それが、その少女こそが、彼の追い求めていた者なのだから。
「……シータ、なのか?」
「……ラーマ様……!!」
二人は呆然としたように立ち尽くす。
そして黎斗は、ラーマの驚いた声を聞いて殴り込んできたナイチンゲールに首根っこを掴まれていた。
「何をしたのですか檀黎斗!!」
「シータ・バグスターの宿主としてラーマを選択した、それだけだ」
「貴方はバイオテロを行ったのですか!? シータにはゲイ・ボルクの呪いが……」
「神の才能を持つ私を甘く見るな。ゲイ・ボルクによる呪いは全て解除済み、むしろレベルアップを施しているから短期的に見れば十二分の強化だ。当然ゲーム病のようなものにはなるが、どうせこの大戦が終われば彼らは共に座へ帰る」
「だからと言ってこんな事が──」
「……いや、止めてくれナイチンゲール」
激昂するナイチンゲールを止めたのは、他でもないラーマだった。彼はその左手にシータを抱きながら、幸せそうな顔をしていた。
「ラーマ……」
「……ありがとう、檀黎斗。本当にありがとう。感謝してもしきれない」
「……ふっ、もっと崇めても構わないが……いや、どうやらケルトの軍勢が来たらしい」
「ああ。……今なら、シータと一緒なら、一千でも一万でも吹き飛ばしてやるさ」
「ええ。……行きましょうラーマ様」
そして二人は共に戦場へと飛び出していく。
ナイチンゲールは決まり悪そうな顔をして立っていた。
「ふっ、どうだバーサー看護婦!! ハーハハハハ!! ハーハハハハ!!」
「……本当は、私が彼を笑顔にしたかったですが。……仕方ありませんね。……ありがとう」
そうとだけ言って、ナイチンゲールは彼から離れていく。
黎斗は、非常に愉快そうな目をしながら、笑っていた。
沢山キャラを作ると誰かが薄くなるのは最早宿命
この前まであんなに濃かったアヴェンジャーが最早この影の薄さ