「……ほう、ここが最深部のようだな」
黎斗とマシュ……そして、気絶したままマシュに背負われてきたオルガマリーは、大聖杯の元へと辿り着いた。
一人の女性が立っている。塗り潰されたように黒い鎧に金の瞳を持った彼女は、二人を一瞥して一言漏らした。
「……ほう、成程な。そのサーヴァントは面白い。面白いが……」
騎士王はそこまで言ってから黎斗に目をやった。
落胆と恨みが含まれたような、冷たい目だった。
「……全く、これでは興醒めだな」
「……君が勝手に醒めるのは構わないが……」
黎斗も黎斗で、騎士王に敵意を持っていた。
いや、それはむしろ敵意より、期待と殺意に近かった。
『ガッチョーン』
「君には消えてもらおう。変身……!!」
『バグル アァップ』
『デンジャラス ゾンビィ……!!』
ゲンムに姿を変えた黎斗と、その身に魔力の風を吹かせる騎士王は互いに向かい合い……同時に地を蹴り、一瞬で肉薄する。
「はあっ!!」
「ぁはああっ!!」
片や魔力放出でカッ飛ぶ魔龍のごとき騎士。
片やイカれたスペックを誇るゾンビ。
二人は高速で激突して火花を散らし、時には取っ組み合いながら相手の隙を伺った。
ズシャッ
ガゴンッ
「くっ……貴様、やるな」
「流石は騎士王……当然だが、その強さは伊達ではないか」
ゲンムの拳が敵の鎧をへし曲げる。聖なる剣がゲンムの装甲を削る。
「はあっ!!」
ガリガリッ
「ハハハハハハ!! だがまだ温い!!」
黒い聖剣がゲンムを袈裟斬りにし、されどゲンムは気にもしない。攻撃する度に騎士王は額に汗を垂らす。
交戦すること15分。状況は……ゲンムが押していた。ゲンムの能力には、戦闘を続け攻撃を加える度に、相手の戦闘力を削る、という物があったからだ。
「はあっ!!」
ズガンッ
「んぐっ……!? このままではじり貧かっ……!!」
「ハハハっ……!! このまま葬ってやろう……!!」
膝をつく騎士王。
ゲンムはそのドライバーに手を添え、必殺技の体勢に入る。
刹那。
「
カッ
黒い星光が辺りを焼き払った。ゲンムに相対した彼女は、思いきって最高火力に賭けたのだ。存在そのものまで灰燼に帰す星の光、それに。
不意討ちに対抗は出来ずゲンムはそれに飲み込まれ……倒れ伏した。
「ぬぐっ……がはぁぅ……!?」
「……残念だったな、男。これでは到底、グランドオーダーなど成し得なかったろう」
「がはあっ……」バタッ
マシュは何も言わない。どうせすぐまた起き上がって、一人で敵を倒してしまうに決まっている。
十秒。
二十秒。
おかしい。
「黎斗……さん……?」
何故起き上がらない。
まさか……
「ふっ……この程度か」
星の聖剣、その力に偽りが無いのであれば……不死身に見えた彼も死んでしまうのだろうか。
自分は彼の影に隠れてしまっていたが、今はもう彼はいないのだろうか。
なら、今戦えるのは彼女だけだ。
「せめて……所長だけでも……!!」
「そうだ……立て……その盾の力を見せてみろ……!!」
マシュの手に力が籠る。それを待っていた、と言わんばかりの顔をしながら、騎士王はマシュへと歩いていく。
動かないゲンム、その背中を踏み越えて、彼女はマシュまで後5メートル。
出来るだけでも守りたい、その思いは彼女の力となって──
ガシッ
「んなっ!?」
進化キャンセルは突然入力された。
突然騎士王は足を止めたのだ。彼女の足元に……ゲンムがしがみついていた。
……当然だが、ゲンムは再起不能になってはいなかった。ただ、騎士王が油断して近づいてくるのを待っていただけだ。
……実際に死んでいたのだから、騙せない事はない。
ゲンムは、黒い騎士王の腕へ腰へ肩へと這い上がってくる。
「はぁ、はぁ……よくも踏んでくれたなぁ……」
「は、離せ!?」
「逃がしはしないさぁ……」
騎士王の背中にじわじわと
それの手はしっかりと彼女を掴み、それの吐息は彼女に生理的な恐怖を呼び起こす。
既に死を知ったサーヴァントの身ではあったが、霊基の根底にこびりつくような怯えだけは、切り伏せることが出来なかった。
因みにマシュは放置である。
「残念だったなぁ……アーサー王……?」
「くっ、がっ……!?」バタバタ
「私は……死なない。不滅だぁ……!!」
手にした聖剣を振るおうと手を上げようとする。だがその手首は握られていて動けない。
ならば魔力を解き放てばどうか?
「……離せえええええっ!!」ブワッ
号哭と共に、全範囲に衝撃波を放つ。
鎧も体力も犠牲にした一撃。砂埃が吹き荒れる。
……己の全てを魔力に変換して放ったため、これで駄目なら、最早彼女は丸腰だが……
……ゲンムは無傷。
「……その程度か? 私も見くびられたものだなぁ……!!」
ボコッ
「かはぁっ!!」
肩をつかんでゲンムは騎士王を振り向かせ、その腹に拳を捩じ込む。
遂に、彼女は崩れ落ちた。
「か……あっ……」ドサッ
「ふふふっ……」
『ダッシュゥー』
「っな、何をする気だ!?」
黎斗は騎士王に馬乗りになり、意味ありげな笑みを浮かべながら変身を解いた。
そして、その手に取り外したガシャコンバクヴァイザーを握り……
「こうするのだよっ!!」
ブァサササッ
「がっ、あっ、あがっ……!?」バタバタ
「さらばだ騎士王……神に逆らった愚かな王よ……!!」
そして騎士王の体は、さんざん苦しんだ後に、粉々になって空にとけた。
「ふぅ……」
「……黎斗さん、何をしたんですか……?」
「何、大したことじゃないさ。それより、あれがいるんだろう?」
黎斗が指差したのは、元々騎士王がいた所……そこに孔が出現していた。
二人はそれに近付き、聖杯の反応を確かめる。しかし。
「……いや、まさか、君がここまでやるとはね。計算外であり、私の寛容さの許容外だ」
「っ、この声は!?」
「……遂に正体を現したかぁ……!!」
「48人目のマスター、せっかく生き延びたから見逃してあげようと思ったが、とんだ失態だった」
孔からそんな声が聞こえてきた。マシュにとっては聞きなれた、黎斗にとっては少しだけ聞いたその声。
「レフ教授!?」
「レフ……ライノール、だったか」
孔が広がり、緑の服を纏った男……レフ・ライノールが現れる。本来なら彼の登場は喜ぶべきものだが……彼はそれ以上に、危険なオーラを放っていた。
「黎斗さん、彼は危険です!!」
「分かっているとも」
現れ出た彼は二人を、そしてその奥にいる眠ったままのオルガマリーを見つめた。まるでこれから屠殺される家畜を見るような、そんな好奇の目だった。
「オルガは……ははっ、気絶しているのか」
レフは未だ目を覚ませないオルガマリーを嘲笑う。マシュはそれに怒りを覚え、しかし何も出来ずにいた。
当然と言えば当然である。彼女は、宝具の使い方すら分からない欠陥品のままだからだ。
「体は死に、精神だけになって、ようやく手に入れられたレイシフト適性をもってして、やることは気絶だけ……全くお笑い草だ」
そしてレフは周囲を見渡し、言う。
「未来は確定した。貴様らの時代はもう無い、焼き尽くされた。カルデアスの磁場でカルデアそのものは守られているのだろうが、外はこの冬木と何ら変わらないだろう」
「そんなっ……!?」
この世の地獄……この冬木は、まさしくそれだった。
カルデアの外がみんなこれならば……最早救援など欠片も期待できない。それどころか、物資の欠如などもあり得るだろう。
「カルデア内の時間が2016年を過ぎれば、そこもこの宇宙から消滅する。最早この結末は変えられない!!」
そう高らかに宣言するレフ。圧倒的絶望。圧倒的恐怖。そこにあるのはそれらのみ。
人間の歴史は終わったのだ。人間の時代は終わったのだ。この世に人間はもう許されないのだ。
だがレフはまだ理解していない。自分達が相手をするのが……
「っクック……」
「……何だ?」
「フッフ……ハッハハ……ハーハハハハハハハハ!!」
「何だ、何がおかしい!?」
「残念だったなぁ、この節穴めぇっ!!」
「レフ・ライノールぅぅ!! 貴様は既に、私を殺せなかったその失態のせいで、敗北が確定したぁっ!!」
死体は笑う。この状況にあっても。いや、この状況だからこそ。
「何故なら、私こそが……神だからだあああああああっ!!」
「戯れ言をっ!! 貴様なぞ──」
グラグラグラッ
黎斗の発言に目を剥き青筋を立てたレフが攻撃しようとした瞬間、特異点が一際大きく揺れた。
レフは小さく舌打ちをし、彼らに背を向ける。
「……ふん、特異点が限界に近い、命拾いしたな48人目のマスター。精々消える瞬間まで傲っていろ」
「ハーハハハハハハハハ!! ハーハハハハハハハハ!!」
黎斗の高笑いが響く。天井は崩れ、岩が降り注いでもなお、彼は怯むことはない。
「ドクター!! 至急!! 至急レイシフトを!! このままだと……!!」
隣でマシュが連絡を取っていた。そして二人の体はあの光に包まれて──
───
「……とりあえず、お疲れ様……だね」
その暫く後、マシュと黎斗は管制室にてロマンから話を聞いていた。いや、聞いていたのはマシュだけだったが。
所長は帰っては来なかった。肉体が既に四散していて、レイシフトから戻った時には完全に死んでしまったのだろう……そうロマンは言った。
「マシュ、そして檀黎斗……酷だけど、君達にはこれから──」
「聖杯探索、だろう?」
ロマンはそう言った黎斗に目を向ける。
見れば見るほど、不可解な人物だ。
勿論あのゲンムのシステムもそうだが……なぜ、ああも都合よく大聖杯へと辿り着けたのか。所長は説明会でそれを話していただろうか。
さらに言えば、何故冬木でサーヴァントのクラスを当てたり、真名を察したり出来たのだろうか。
ロマンには分からなかった。そして、黎斗も分からせる気はそもそも無かった。
「……檀黎斗。教えてほしい。……さっきまでのあれは、仮面ライダーゲンムはなんだったんだ?」
「ふっ、君達に言う必要はない」
檀黎斗はそう言って、ロマンに背を向ける。ロマンはその背中に何か底知れぬ恐怖を覚えながら、されど彼しか頼れないこの状況を嘆いた。
───
「ふふっ……」
マイルームに戻った黎斗。彼は荷物を漁り、一つのトランクを引っ張り出す。
重々しく、鈍く輝くそれの表面には、ゲンムコーポレーションのロゴが印刷されていた。
「さぁてぇ……どうしようかぁ……」
トランクを開け、中身を見つめてそうとだけ呟く。
その瞳には、
キャスニキと所長放置ルート
所長は一度だけしか死んでないからむしろ幸せかも
……どう頑張ってもゲンムがただの変態になっちゃう、どうしよう