混乱は止まらない
「マシュ……」
ロマンはマシュの枕元に立ち、彼女の様子を確認していた。すっかり色の抜けた髪や、所々変色している肌が目立つ。
何より、彼女自身の生気が無かった。己の衝動を否定されたからだろうか。
「……ごめん」
ロマンはそう言わずにはいられない。誰も聞いていない以上口に出したとしてもそれは空っぽな言葉だったが、言わないよりはずっと楽だった。
初めて会ったときからすれば、マシュは180度変わっていた。ある意味では壊れていた。それに、死の縁に追われたのもこれが最初ではない。
肉体的にも、精神的にも、彼女は既に駄目になっていた。
「……すまない、今、いいか?」
「ああ、ジークフリートか……」
ジークフリートが病室に入ってきた。その不死身性の影響かカルデアのサーヴァントで一番健康だった彼は、マシュの様子を見てからロマンに彼女の容態を問う。
「……マシュはどうなっている」
「肉体的には、まだなんとか。でも……無理をし過ぎた。良くても、このまま戦えば第七特異点攻略中に、彼女の肉体は滅びを迎える」
「……すまない」
「……君が反省することは無いさ。悪いのは、ボクだ……」
ロマンはそう言って、目元を拭った。
「……実は聞きたいことがあってな。俺は、檀黎斗の事がよく分かっていないのだ」
「ボクもだよ。……彼の事がもう少し理解できれば……いや、無理か」
黎斗は理解に苦しむ存在だった。そんな存在であり続けた。
何度死んでも蘇り戦う精神性は、憧れに値する。何度泣かれても飄々としている残酷さは、軽蔑に値する。接しなければ勝手な行動をとるし、接してみれば精神が汚染される。……本当に、分からないのだ。
「……何とかして、彼を理解したいのだ。そうしなければ、俺は彼の前で全力を出せない」
「なら、出さなくていい、出す必要は無い……と、黎斗ならそう言うだろうね」
「……」
───
そしてその黎斗はと言うと。
「……聖晶石は六つ、か。さて、鬼が出るか蛇が出るか」
彼は召喚の部屋にやって来ていた。手には六つの聖晶石、彼はまず三つを選んで召喚の陣に投げ込む。
石を飲み込んだ円は直ちに光を放ち始めた。
「最後の召喚……サーヴァントだと良いのだがな」
そんな事を呟く。
……先程ロマンが言っていたことだが。どうやら、第四特異点、更に細かく言えばフォウが倒された瞬間から、カルデアの保持する魔力が減ったらしいのだ。
サーヴァントの維持やレイシフト機能の安全を鑑みると、今回が召喚のラストチャンスだと、ロマンは言っていた。
金の光が溢れ出る。現れたのは……
「あ、アナタが新しいマネージャーなの……? えぇ……」
「……失礼なやつだ」
エリザベートだった。健康体そのものではあるが、第五特異点での事を覚えているらしく黎斗に軽く恐怖している。
「……お願いだから、大切に育ててね?」
「断る」
「……」
黎斗としても、彼女はまっぴらごめんだった。例えサーヴァントとしては強くとも、とにかく騒がしくしたあげく、全てを台無しにするような奴だ、と黎斗は既に理解していたのだ。
まあ、出てしまったものは仕方がない。黎斗はエリザベートを押し退けて、最後の三つの聖晶石を投げ込む。
「も、もうちょっと私のこと見なさいよ!!」
「静かに。……召喚中だ」
非常に運が良いことに、再び金の光が漏れ始めた。黎斗は軽く口笛を吹く。
そして……彼は、いや、彼らは現れた。
「……ほう、ラーマか。今日の私はかなりの強運らしい」
まず現れたのはラーマ。思ったよりも縁というのは強く設定されているらしい、なんて黎斗が考える。
「そして君がいるなら、当然彼女も?」
「ああ……サーヴァント、カップル。夫婦共々、恩返しをしに参った」
「……よろしくお願いします」
シータがラーマの後ろから顔を出した。
己が作ってしまったエクストラクラス、カップル。我が才能ながら恐ろしい……なんて考えていると。
「ノブ!!」
「ノッブノッブ」
「……!?」
いてはならない存在の声が聞こえた。
───
「ふぅ……まーだ体が痛むのじゃあ……」
その少し前、信長は昨日クー・フーリンに攻撃された場所を擦りながら歩いていた。暫くは近距離戦闘など御免だ、と思いながら。
「はぁ……黎斗の奴がわし用にガシャットを作ってくれないものかのう。押し掛ければいけるか?」
そう呟いていた。
……彼女は才ある者を愛する。当然、自他共に認める神の才能を持つ男、檀黎斗は彼女にとっては十二分に構う価値のある存在だった。
その黎斗があまりにも他者に興味が無い上に割と容赦ないというのも問題だが、生前から彼女の部下や身の回りの人物は問題児だらけだったので何時もの事である。
「……何にせよ、まあ、傷を癒さねばな……」
そう言って歩き始めたら。
聞き覚えがある、というかありすぎる声が耳に届いたのだ。
「……ノッブー!!」
「ノブァ!!」
「……なんじゃお主ら、また来たと言うのか」
「ノッブノッブ!!」
「ノブ!!」
信長をデフォルメしたような姿の存在、ちびノブ。かつてマシュと出会ったのもこいつらが切っ掛けだった。そんな事をぼんやりと考えながら火縄を呼び出そうとすると。
ビキッ
「あがっ!?」
腰を痛めた。
思わず仰け反る彼女に無数のちびノブが覆い被さり、球体になっていく。そしてそれはもぞもぞと動きながら、入り口の方向へと帰っていこうとした。
「
アヴェンジャーがそこに飛び込んでいき、信長を覆っていたちびノブを吹き飛ばす。
甲高い悲鳴と共に小さな敵は消え失せ、後には信長だけが残された。
「ふう……助かったのじゃアヴェンジャー」
「ふん、あまりにも見苦しかっただけの──」
しかしアヴェンジャーも、そこまで言って閉口する。
そして、胸を押さえて倒れ込んだ。彼も昨日の傷が祟っていたのだ。
バタッ
「アヴェンジャー!?」
「」
「し、死んでおる……」
信長が彼を揺すってみるが、返事はない。
しかも、またちびノブが迫ってきている。
「ノッブー!!」
「ノッブノッブ」
「げえっ!! 来るな、来るでないわ!! しっしっ!!」
「ノブァッ!!」
「うわ、わしに乗るな!! あっ髪の毛を引っ張るでないあだだだだ」
そして再び彼女はちびノブに捕縛され、連れていかれて、時空の裂け目の向こうに連れていかれ……
───
その暫く後。
「……どういうことだ!?」
ちびノブが侵入してきた後に慌てて解析したデータを弄りながら、ロマンは口をあんぐりと開けていた。ナーサリーが図書資料室からいつの間にか抜け出して、彼の背後からモニターを覗く。
サーヴァント達と共に召集された黎斗は彼を見ながら、何かを思い出そうとしているように見えた。
「信長の連れ去られた所を逆探知したところ、ぐだぐだ粒子だけでなく、二種類の未知の反応が検出された!! おまけに特異点の場所は常に移動している!!」
悲鳴にも近い声。今までの特異点とは悉く違うその有り様は悲鳴に酷く相応しく。
そしてその声は、黎斗も混乱させていた。
「何故だ、何故そんな事が起こり得る!? 答えろロマニ・アーキマン!!」
「知らないよ!! ……とにかく、皆をその特異点に送り込む!! いいね!!」
「だが、アヴェンジャーが気絶しているぞ?」
「ああもう!! だったら、現在無事なエリザベートとジークフリートを送り込む!! ……あ、ラーマとシータは一旦データ取らせてね」
そう言いながらロマンはとにかくレイシフトを開始しようとする。仕方無く動き始めようとした黎斗は、膝の上にナーサリーが乗っているのに気がついた。
「どうしたナーサリー」
「マスターマスター、私も連れていって!!」
静かに頭を抱える黎斗。バグスターである彼女を取り込んだら、折角落ち着いているゲーム病が再びぶり返す恐れが高いだろう。
だがこのままロマンに預けても、ゲーム病の完治は望めない。
「……仕方無いな。おい、ナーサリーも連れていくぞ」
「勝手にしなよ!! ……早くコフィンに乗り込んで。レイシフトを開始する!!」
───
そして、既に特異点に来ていた信長はと言うと。
「ふむ……ちびノブどもに連れられて来てしまったは良いものの」
そう言いながら信長は辺りを見回した。
辺りには草が生い茂り、どのこまでも草原が広がっている。
「ふむ……どうしたものじゃろうなあ」
黎斗から離れてはいるが、何故か魔力の不足は感じない。強制退去の恐れも無さそうだ。それが信長にとっては、数少ない希望だった。
ぶつくさ言いながら立ち上がった彼女は……胸元に飛び込んでくるナニカを片手で受け止めた。
「姉上ぇっ!!」
ガシッ
「……ん、なんじゃ? 反射的に鷲掴みにしてしまったが……うむ、ちびノブじゃないのう」
そして彼女は、手掴みにしたそれを覗き込み。
気づいた。気づいてしまった。
「……信勝?」
「姉上!! 信勝です!! 信勝ですよ!!」
「……のわりにはちっちゃいのう」
自称信勝の存在。非常に小さいのだ。何しろちびノブと同レベルである。信長は驚いたような引いたようなそんな顔をしていた。
「姉上!! 信勝と……」
そしてそんな信長の目を見つめ、信勝を名乗るそれは告げた。
「……信勝と契約して魔法少女になってください!!」
「……はあ?」
暴発特異点 ぐだぐだ・ザ・プリズマ☆ウォーズ
人理定礎値 不確定