「漸く、終わったか」
「ああ……終わったさ」
グレートメカノッブは、核を失い崩壊した。アヴェンジャーはイリヤをその場に卸し、垂れていた汗を袖で軽く拭っている。
黎斗は彼に異常は無いことを確認しながら、聖杯を受け取った。
「空間がかなり崩れてきたな。ロマニ・アーキマン!!」
『……そろそろレイシフトするよ。お別れなりなんなりするのは構わないけど、早めにね』
黎斗が声をかければ、ロマンがその場に顔を出してそう言う。
アヴェンジャーは帰ろうとし……
「……ちょっといいですかアヴェンジャーさん?」
……ルビーに呼び止められた。アヴェンジャーはイリヤの死角を通って城の裏にルビーと共に駆け込む。
「どうした」
「……例のガジェットを解析したときに、ルビーちゃんは何となく分かっちゃったんですけど」
「……ああ、やはり、分かったのか」
「ええ。……あれって、とんでもない厄ネタじゃありません? 正確にはあれのコピー元。何か、この世界の根幹を揺るがすような──」
そう言うルビーは、今までになく……と言っても一日二日しか関わっていないが、何にせよ不安を孕んでいた。アヴェンジャーはルビーの星の部分に軽くデコピンをかまし、言葉を遮る。
「イタッ」
「……それ以上は言うな。どちらにせよ、これ以上黎斗はお前達とは関わらない。お前達の出番はもう来るまいよ」
「……そうですか。ま、ルビーちゃんにかかれば、この特異点での出来事をイリヤさんの記憶から消去するくらいちょちょいのちょいですよ」
「……助かる」
そこまで言って、アヴェンジャーは静止した。足音が聞こえる。イリヤの物だ。アヴェンジャーはルビーと顔を見合わせ、そして出来る限り柔らかい表情を作る。
「ルビー!! アヴェンジャーさん!! 何話してるの!?」
「ああっ、イリヤさん!?」
「……ルビー……また何か変なこと言ってたの?」
「……いや、気にするな。……お前は早く元の世界に帰った方がいい。恐らく、
「……でも、アヴェンジャーさん達は」
「気にするな。……頼むぞルビー」
アヴェンジャーはそう言って、ルビーをイリヤに返還した。ルビーも、ほんの少しだけ焦った様子で壊れかけの特異点に干渉し、元の世界への道筋をこじ開ける。
「大丈夫ですよ、ルビーちゃんにお任せあれ!! ちょちょいのちょいって……ほら」
そして開いた穴に、ルビーは少しだけ躊躇いを見せて振り返り、そしてすぐに飛び込んだ。
残されたイリヤは穴の方を気にしつつアヴェンジャーの方に駆け寄る。
「あっ、あの!! ……また、会えますか?」
「……会わない。会えない。会わない方がいい。その方が、幸せだ」
「っ……」
拒絶するような言葉だった。それでも、何処までも優しかった。イリヤは名残惜しそうに後ずさる。
「……ありがとうございました、アヴェンジャーさん」
「何……気にするな。さらばだ、イリヤ」
そして、イリヤも穴の中に戻っていった。
黎斗に頼めば、イリヤを人理修復のメンバーに加えるのは容易い事だっただろうが……
「……あれには、この恩讐にまみれた世界の深淵を覗かせる訳にはいくまいよ」
……それでもアヴェンジャーはそう言って、既に閉じた穴の痕に背を向けた。
「さて……織田信勝」
「……」
そして黎斗は、力なく打ち捨てられた信勝にバグヴァイザーを向けて立っていた。信長は曖昧な顔をしていたが、手を出そうとはしていなかった。
黎斗は信勝にバグヴァイザーを突き付け……
「……神の道を妨げたこと、非常に罪深い」
「僕は……僕のやりたいことをやっただけだ」
「……だろうな。そうだろうとも……それはそれとして、己の罪をその身で償えぇっ!!」
ブァサササッ
次の瞬間には、信勝はその場から消え失せていた。
瞬きをする間も無く、彼は消えていたのだ。……しかし、それは倒されたとはまるで違う。
「……信勝を、吸い込んだ、じゃと?」
「ああ、神の才能に不可能は無い……後で霊基を弄っておこう」
バグヴァイザーに封印された信勝を冷ややかに見つめながら、黎斗はそう言っていた。
それと同時に、土方を倒し終えたネロとナーサリーが戻ってくる。
「黎斗!! 終わったぞ!!」
「ああ、ネロか。……そろそろ私を元に戻せ。自力で戻るのは面倒だ」
「うむ。任せるがよい。……あっ、ヒロインXとやらは戦いが終わると同時に逃げていったぞ」
そう報告しながら暴走特権を解除し黎斗を元に戻すネロ。黎斗は自分の体がフワフワ浮く五頭身では無くなったことを確認して……ネロにもバグヴァイザーを向ける。
「よし。……じゃあ、来い」
ブァサササッ
こうして。バグヴァイザーの中に、信勝とネロ、二人のサーヴァントが入ったことになった。
黎斗はそれを何処か満足げに見つめ、ロマンに声をかける。
「レイシフトだロマン。早くしろ」
『……ああ、分かったよ』
───
……帰還してから数日間、黎斗はずっとマイルームに引きこもった。彼にはやることが多すぎたのだ。
まず、第五特異点でナイチンゲールに破壊されたゲーマの修復。
次に、エリザベートにテストプレイをさせて分かった克服すべき点をマジックザウィザードに入力する作業。
そして信勝とネロの霊基の改造。
その他、ガシャットのメンテナンスやら何やらに追われて、黎斗は食べるものも食べず寝ることもせず、仮面ライダーゲンムに変身してその不死身の体に任せて一週間の完徹すら成し遂げた。
そして。
「マスター? そろそろお茶にしま……死んでる……!?」
「……zzz」
とうとう限界を迎えて眠りについた。
───
「そうかい。黎斗がそんなことに」
「ここのベットに寝かせなくていいのかしら?」
「マシュやサーヴァント、そしてここまでの作業で限界を迎えた職員とかでもう一杯だよ」
ナーサリーは黎斗が倒れたことをロマンに話したが、彼は割りと非協力的だった。というか既に彼も徹夜続きでまともな判断が難しかったのだ。
「ああ、今からバイタルチェックしなきゃ……どうせ彼は死体なんだ、よほどのことが無い限り、今さら死にようもないさ」
本来なら最優先で黎斗の確認をするべきだが、彼も人間だ。態度が非常に悪くこちらにも非協力的で向こうからこちらに赴くことも無い奴は避けたくもなる。
ナーサリーはそれを何となく察して苦笑いし、マシュの方に歩み寄った。
「……それより。マシュがまだ目覚めないんだ」
「そうみたいね……マスターには言ったの?」
「いや。でも、もう知ってるんじゃないかな」
そう言うロマンの面持ちは暗い。
───
「……やれやれ。僕としたことが、随分と派手にやられてしまった」
「そうですねラーマ様……次は最後まで戦い抜きましょう」
「そうだな」
ラーマとシータは医務室の一角で、一つのベッドに並んで寝ていた。それだけベッドの数が少なかったのだから仕方がない。
「……次の特異点からは、本格的に君を守ることは叶わなくなるかもしれないな」
「気にしないで。ラーマ様は、マスターを守るためにやってきたんだから……私は私で、戦いますよ。終わったら、また会えます」
「そうか。そうだよな……ああ」
二人は黎斗に特別に恩義を感じていた。その恩義が強い縁となり、黎斗の元に馳せ参じる事が出来た。
故に二人は黎斗に従い、人理を救うつもりでいた。多少己の意にそぐわなかったとしても、出来る限りの事はするつもりでいた。
「……相変わらずのろけ話か、結構な事だな」
二人にそう嫌味を言うのはアヴェンジャー。何時もより更に機嫌が悪い。
「ああ、アヴェンジャー……お前は、あれで良かったのか?」
「何がだ?」
「あの幼子は……かなりお前になついているように見えたが」
「……だからこそだ。だからこそ……あいつはこの戦いにはついて来れない。来てはいけない」
眉間に皺を寄せながら、アヴェンジャーは淡々とそう言っていた。
───
……その数時間後。
人理が焼き払われた現在になってみれば、カルデアには最早昼も夜も無いが……時刻は、既に深夜を指していた。
ロマンはほんの少しだけ時間が出来たので、ナーサリーに差し出された紅茶を数時間ぶりの水分として補給していた。
「……ふぅ」
「お疲れね。休めないの?」
「……ボクが休んだら、何かあったとき困るだろ?」
「過労死しても、マスターみたいには蘇れないのよ?」
「……知ってるさ」
紅茶を啜るロマンの顔はやはり暗い。もし仮に黎斗がもう少し性格が良かったなら、彼がここまで痛々しい事になる必要は無かったのだが……何にせよもしもの話だ。
マシュはやはり目覚めない。ロマンには、彼女を起こすことは不可能だった。
その時。
「……マシュ・キリエライトはまだ眠っているか」
「あ、起きたのマスター?」
そこに現れたのが黎斗だった。どうやらもう目覚めたらしい。
彼はバグヴァイザーを弄りながらマシュの様子を確認する。
「昏睡状態のようだな」
「……もう十日は寝てるね。誰かさんがストレスかけたのかな」
「ふっ……漸くマジックザウィザードのアップデートが済んだから来てみたが、まだ寝てるとは……まあ、いいか」
黎斗はそう言い……マシュにバグヴァイザーを突き付けた。
「えっ、おい、何を……」
「まあ見ていろ」
ブァサササッ
「ちょっ!?」
黎斗がビームガンから何かを打ち出す。そして瞬時にマシュがオレンジの粒子に包まれ、次の瞬間にはそれらも消え失せ……
「……っ……?」
「マシュ!?」
マシュはそれから数秒も待たせずに目を開けた。驚愕を隠せないロマン、黎斗は彼の顔を見ながらどや顔で腕を組む。
「これは、一体?」
「……ショック療法だ。と言っても、さっき信長にも信勝を押し付けてきたから何とも言えんが」
「つまり……バグスターに、感染させた? 彼女は、生きている人間なのに?」
「分類としてはデミ・サーヴァントだった筈だが……まあ、結局似たようなものか。ああ、彼女はバグスターに感染したようなものさ。ゲーム病のような症状も出るだろう」
「っ……!?」
まだ呆然としているマシュ。ロマンは彼女の体を急いで確認し……粒子が飛び出してくるのを直視する。
その粒子は、バグスターは人間の形を取り……
「んっんー!! 余、再誕じゃあ!!」
キャスター、ネロ・クラウディウスとなった。
───
「……ここはどこだ?」
その男は、黎斗の部屋から出て廊下を見渡していた。
茶髪に赤いマフラー、そして黒いジャケット……何より目を引く派手な指環。
明らかな異物。それまでカルデアにはいなかったし、増える筈の無い存在。来る可能性はゼロの存在。
彼は辺りを見渡し……エリザベートと目があった。
「……ねえ。ここどこだか分かる?」
「あら、イケメンがいるわ!! ……でも、アナタどこのサーヴァント? 職員でも無さそうだし」
「ん? サーヴァント……? 何それ……」
その単語は、男には聞き覚えの無い物だった。聞き覚えがある筈がなかった。そうあれと、
そしてその男は、エリザベートに少し格好をつけて名乗る。
「いやいや、俺は操真晴人。操真晴人……で、ここ、どこ?」
イリヤにはあえて退場してもらいました