Fate/Game Master   作:初手降参

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最後の準備

   コポコポコポ……

 

「……はい、まだ熱いかもしれないけど」

 

 

ロマンはマシュの部屋で、ナーサリーに教わったように紅茶を淹れて、そしてマシュに差し出してみた。

マシュはベッドに腰かけたままゆっくりとそれを口に運び、少しだけ飲む。口に含み飲み下す様は、ロマンにはやはり普通の人間にしか見えなかった。

 

 

「ありがとうございます……これ、美味しいですね」

 

「まあ、ボクも少しは勉強したからね」

 

 

微笑む二人。しかしロマンはもどかしさを抱えたままで。

 

それを、その話題を切り出すのは躊躇われた。とても。その話題は、マシュを不愉快にさせるか、もしくは戸惑わせるか……どちらかを引き起こすのは確かだったから。

それでも、ロマンは。平気で死んでいき、蘇ってまた死にに行く彼女を見過ごすことは、出来ないのだ。

 

 

「……ねえ、マシュ」

 

「何ですか、ドクター?」

 

「……君は、本当に……本当に、今の自分を後悔していないのかい?」

 

「ええ……ドクターが私のことを覚えていてくれる限り、私は絶対に後悔しませんとも」

 

 

そう笑うマシュ。少しだけ誇らしげにも見えた。きっと、ロマンを信用しているのだろう。自分が覚えられている限り、カルデアとの縁は決して途切れない、と。

ああ、笑い顔は変わらない──そんなことを思えば、ロマンの目尻は少しだけ濡れていた。ロマンはそれを隠そうとしたが、隠しきることは出来ず。

 

 

「……ドクター? なんで泣いて……」

 

「あ、いや、別に……め、目にゴミでも入ったかな?」

 

「……」

 

 

上を見上げた。マシュの困惑のこもった視線を浴びながら。……誤魔化しなんて効かないと、彼は十分分かっていた。

 

分かっていた。マシュはもう守護者になってしまったこと。人理が修復された暁には、彼女は全世界の滅びの要因の元に赴いては当事者を皆殺しにし、また滅びの要因に赴き、殺し、赴いては殺戮する……そんな生活を送るのだと。

 

分かっていた。彼女はそれを何の苦痛にも思いはしないと。自分が人理を救う、という、ようやく見つけた自分の夢に向かって、干からびるまで走り続けるのだと。

 

分かっていた。彼女が守護者という道を選んだ要因の一つは、『死んでほしくない』と無責任にも言いはなった自分を納得させるためだと。死んでも復活する命を手に入れて、自分を安心させるためだと。

 

分かっていた。分かっていた。

分かっていたからこそ、余計に苦しかった。

悪いのは、きっと、彼女を支えてやれはしなかった己なのだ。あの時、彼女にもっと強く訴えていたなら……そう思うことが何度もあった。

 

そう思い続けたせいか、夢に別の世界を見ることもあった。

 

マシュが、大好きな『先輩』と出会って、二人で未来を掴む未来があった。そこではマシュは人間として多くを学び、確かに屈託のない笑顔を浮かべていた。

 

マシュが、あの爆発を生き延びて、サーヴァントと共に人理を救う未来があった。そこではマシュはマスターとして苦悩し、サーヴァント達との交流で答えを見つけ出していた。

 

マシュが、戦う力を失い管制室に残るようになった未来があった。そこではマシュは己の不甲斐なさを噛み締めながら、それでも自分に出来ることの存在を確信して前を向いていた。

 

……これらはきっと、自分の都合のいい夢なのだろう。ロマンはそう思っていた。それでも。あの未来を掴むことも、きっと、出来たのだ。

 

 

でも……でも。

目の前のマシュは、もう、どうにもならないところまで来てしまった。一先ずのエンディングを迎えてしまった。彼女にはもう、人理を救うことしか、残ってはいない。いないのだ。

 

 

「別にドクターは、何も不安に思わなくていいんですよ? 私は、大丈夫ですから」

 

「……君はでも、死んでるじゃないか……!! 君は、昨日も死んだんだぞ!?」

 

 

知らず知らずのうちに、ロマンの語調が強くなり始めていた。しかしマシュは一歩も引くことはなく、ロマンを宥め続ける。

 

 

「いいえ、死んではいません。死んだように見えても、甦ることが確定している以上、私は死を恐れはしませんよ」

 

「っ……」

 

「だから、ほら、泣かないで下さい。ね?」

 

 

マシュが飲み干した紅茶をテーブルに置いて、ロマンの頭を撫でた。優しい手つきだった。

それが尚更悲しくて、ロマンの涙は止まらない。

 

ああ、あるいは、あの始まりの日に戻れたのなら。

あの爆発の日に、いっそ全員で死んでしまえば。

 

……今になってはそのようにすら考える。

それほどに、マシュは痛ましかった。

 

───

 

「姉上、CD売れましたよ!!」

 

「ノブァッ!!」

 

「ノッブー!!」

 

「本当か!? でかした!!」

 

 

それと同じ頃。二体のちびノブを引き連れた信勝が、大量の札を抱えて信長の元に馳せ参じていた。

以前押し付けられた百枚のCD。それら全てを何とか処理し、その代金……合計十万円を信長に渡す。

 

 

「フッフー……わしの歌が人気になってしまったのう!! まあ、是非も無いよね!!」

 

 

信勝から金を受け取った信長はドヤ顔で札を数え、その半分を信勝に差し出した。

それなりのサイズの札を受け取った信勝は、信長がそんなことをするとは思っていなかったらしく首を傾げる。

 

 

「ほれ、バイト代じゃ」

 

「あ……あっ、ありがとうございます……でも、こんなに?」

 

「うむ!! あくまでわしはわしの歌を広めたかっただけじゃからのう!!」

 

 

……信勝は苦笑いしながらその札を懐に入れた。そして信長に背を向け……呼び止められた。

 

 

「それにしても……のう、信勝。マシュのこと、どう思う?」

 

「……」

 

 

信勝も、当然ながらマシュのことを気にしていた。昨日の様子からしてもそうだったが、彼女は、今にも崩れそうな、それでいてずっと残っていそうな、そんな不安定さを抱えていた。

だが。彼女の在り方は、信勝には寧ろ、尊い物に思われた。

 

 

「……僕は、僕は……少しだけ、羨ましいです。彼女には迷いがない。そして己が払うあらゆる犠牲も省みず、その代わりに力を得た。……僕がその覚悟をするのは、今となっては……とても」

 

「そうか。……確かに、彼女は強くなったからな。聞けば、黎斗と互角、いや、むしろ押していたとか」

 

「ええ……いっそ、僕も守護者にでもなってしまいましょうか」

 

 

そう言った言葉に深い意味はなく。苦笑いを崩すことなくそう言った信勝は。

 

 

   ペシッ

 

「……うつけめ」

 

 

信長に抱き締められていた。

困惑して少し暴れてみるが、真に英霊になっている信長には叶わない。

 

 

「……そこまでしなくても、いいのじゃからな? もっと、楽になってもよいのじゃぞ? ……何かあったら、わしに相談せい。一人でもう抱え込むな」

 

「姉上……」

 

 

……結局信勝は信長を振り切ることは出来ず。故に彼は諦め、姉に身を委ねた。

 

───

 

 

 

 

 

『リンク・カルデアス プリーズ!!』

 

「……本当に出来ちゃったよ。魔法の指輪」

 

 

そして。管制室にて、ダ・ヴィンチは晴人を眠らせ、彼につけさせた自作のウィザードリング(作り方は黎斗から教わった)を発動して、カルデアスと晴人の魔力を繋げていた。

 

晴人には、眠っていれば少しずつ魔力が回復するという特性がある。だからこそ、こうしてとんでもない(黎斗)()力喰らい二人(マシュ)のために、地道に魔力を増やす手段になってもらっていたのだ。

 

 

「でも……本当にちょっとずつなんだなぁっ!! うぅ……これじゃあ、第七特異点突入までには彼らのライフは二つ三つ位しか……」

 

 

……そうボヤいたところで、誰かが部屋に入ってきた。誰かと思ってみてみれば、エリザベートだった。

 

 

「子ブタ? 子ブタ~? ……あら、寝てるの?」

 

「寝てるというか、寝かせてるの。話ならまた後でお願いできるかな? 今は試験段階だから、あと五分もしないうちに彼を起こすことは出来るのだけれども」

 

「……そう。じゃ、あと五分位待ってあげるわ」

 

 

そう言って適当な椅子に座るエリザベート。……ダ・ヴィンチは、彼女に聞きたいことがあった。なぜ、晴人について回るのか、だ。

生前のエリザベート・バートリーとは、未来の領主として教育され、己の美しさに溺れ、美少女や美少年を拷問して殺しその血で美しさを保とうとした反英雄だ。その逸話の影響で、吸血鬼のモデルの一つにす、なっている。そんな彼女が……どんなきっかけがあれば、正義の味方と共にあろうと思えるのか。

そう思った彼は、エリザベートにそう聞いた。

 

 

「……なんで、って言われても……そうねぇ……」

 

「まさか、理由がない、なんてことはないだろう?」

 

「そのはずだけど……でも……うーん……何というか、言葉が上手く出てこない、というか……」

 

 

エリザベートの方は首を捻り、考えが纏まらない様子だった。

ダ・ヴィンチはいっそ何か新しく発明して脳内を覗いてやろうかとも思ったが、キャスターやらセイバーならに平気で変貌する彼女の脳内を観測すれば最後、彼女の別人格が機械の体を得て現界とかしてきそうだったので止めることにした。

 

 

「えーと、でも……強いて言うなら」

 

「言うなら?」

 

「……そうしなくちゃいけない、って、頭の中で誰かが言ってるの。人を守るべきだって。……私には、誰かが誰なのかは、さっぱりなんだけど」

 

「……もしかしたら、抑止力なのかもしれない」

 

 

しかし、追加で加えられた条件を考えてみて、ダ・ヴィンチは一つの仮説に辿り着いた。

抑止力。

それはかつてダ・ヴィンチがバグヴァイザーL・D・Vの進化を試みた際に邪魔をしてきたと思われる存在。現在のマシュを送り出している場所。

 

 

「変な干渉しかしてこないなぁ、抑止力……」

 

「……つまり、私が子ブタと一緒に人助けしなきゃいけないって思うのは……」

 

「抑止力、なんじゃあ、ないかなぁ……」

 

 

根拠はほぼ無い。だが、むしろだからこそ。この考えは正しいように思われた。

 

……ちょうどそのタイミングで、五分経ったことを告げるアラームがなった。ダ・ヴィンチは晴人からウィザードリングを取り外し、覚醒させる。

 

 

「ほら、起きて起きて」

 

「あ、う……ああ、ダ・ヴィンチちゃん。俺、どうだった?」

 

「こっちはオッケー。足りなかった部分はまた改良する。晴人くんはどう? 体、痛くない?」

 

「まあ何とかね。……魔力、どのくらい増えるかな」

 

「……どうだか」

 

 

そこまで言って、ダ・ヴィンチは晴人をエリザベートに押し付け、管制室から追い出す。

そして振り向き、光続けるカルデアスを見上げた。

青い、飲み込まれそうな位に青いそれを見つめてみれば、彼の意識はくらっとする。

 

 

「……やれやれ。もう、第七特異点は見つけてあるんだ。早く仕事は済ませないとね」




もう第七特異点かぁ……

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