「……待った。何故北に進んでいる? ウルクは南東だが」
エルキドゥと名乗る現地人……正確には、このエルキドゥがギルガメッシュ叙事詩のエルキドゥならば粘土の兵器だが、どちらにせよ今のところは友好的な彼と合流した一行は、彼に連れられてウルクへと案内して貰っていた。
だが、その進行方向は、ウルクが存在している筈の方向とは真逆だった。黎斗が疑念を持った目でエルキドゥに質問する。その声に対してエルキドゥは笑った。
「短慮はいけませんよ黎斗さん。ここから南東に進むと別の女神の勢力圏に入って……ああ、今の特異点の状況についてお伝えしていませんでしたね」
「女神の勢力圏……って、どういうこと?」
誰からともなく出てきた疑問に、エルキドゥは解説を行う。
この地に現れた『三女神同盟』によって、メソポタミアは土地の六割を奪われたこと。
目的は人類の抹殺であること。
ギリシャ神話から流れてきた最大勢力『魔獣の女神』が、配下の魔獣でウルクの北壁、別名『絶対魔獣戦線バビロニア』を襲っていること。
「……それでも、空を飛べない私達ではない。強引な突破ぐらいは慣れているとも」
「……え?」
しかしそう聞いて尚、黎斗はそう言ってエルキドゥの進行方向に背を向けた。サーヴァント達も少しばかり戸惑ったが、彼のスタンドプレーにはもう慣れていたため、苦笑いをして黎斗の方に歩き始めた。
「ああなった時のマスターは言うこと聞いてくれないのよ。困っちゃうわよね? でも、きっと大丈夫だから、貴方も着いてきたら?」
「そうだな。彼は自分勝手に見えるかも知れないが、その奥には歴とした考えがある。不安はいらないぞ」
「……チッ」
「エルキドゥ、さん?」
彼の元に残っていたマシュは、温厚に思えたエルキドゥが舌打ちしたように見えて、これは怒らせたかな、と考える。
……しかしエルキドゥはすぐに笑顔になったため、気のせいだと思おうとした。
「あ、いや。そう言うなら仕方ない。それなら僕も連れていって貰えないかな? 普通に空を飛ぶのは、どうも苦手で」
「ああ、だったら俺が手伝うよ」
にこやかに助けを求めたエルキドゥに、晴人が右手を差しのべる。その左の指にはハリケーンのリング。腰にもいくつかの指輪が覗いていた。
エルキドゥはその指輪をちらりと見て、呟く。
「……なるほどね、分かったとも」
それと共に。
エルキドゥの手から数本の鎖が飛び出し、晴人の脇腹ごと指輪を幾らか打ち砕いた。破片が飛び散り、晴人は堪らず膝をつく。
バリバリバリバリッ
「ぐはぁっ……!?」
「子ブタ!?」
「晴人さん!?」
困惑してエルキドゥを見る一同。しかし彼の姿はもうそこにはなく、黎斗の頭上に移動していて。
「串刺しだね? 分かるとも!!」
ザザザザザザザザ
「マスター!?」
エルキドゥの手が光に包まれる。その手は黎斗を打ち砕こうとし──
「……ちょーっと待って貰うよ!!」
ズドンッ
「ぐぅっ……!!」
突然、意識の外から飛んできた太い光線がエルキドゥの体を焼いた。一瞬動きが止まった彼は撃ち落とされ、ここぞとばかりにサーヴァント達が襲いかかる。
「
「
「
「
火柱が上がる。大地が揺れる。岩盤が弾ける。砂煙が辺りを覆い尽くす。
あの、山の翁に黎斗が殺されたときの無念を否応にも思い出したサーヴァント達が、少しの気の緩みもなくエルキドゥを攻撃する。
しかし。
「……ふ、僕としたことがちょっと痛手を食らってしまった」
……その砂煙の中から大したこともなさそうに出てきたエルキドゥに、一行は困惑した。あり得ない、強すぎる。傷こそあれど、それらもすぐに治っていく。
しかし、エルキドゥはこれ以上の戦闘は止めておく心づもりだったようで、すぐに空へと飛び上がる。逃げるのだろう。
「まあ、君ら旧人類は精々怯えておくがいいさ!!」
シュッ
そして、エルキドゥはその場から消え失せた。
エリザベートは慌てて晴人を介抱し、一旦ガシャットに戻す。
その隣で黎斗は、エルキドゥを妨害した光線の撃ちだし手の姿をまじまじと見つめていた。白いローブと大きな杖からして、明らかにキャスターだと思われる彼は、エルキドゥが消え失せたのを確認して話し始める。
「危なかったね、君たち」
「うむ……じゃが、不意討ちじゃったなあ、お主」
「まあ、少しばかり心は痛むけど仕方ない。何しろ相手は『三女神同盟』の調停役、全てのウルク民の裏切り者エルキドゥ。アレに殺された戦士は数えきれない」
「エルキドゥ……あれは、本人なのか? 本物の、エルキドゥか?」
「本人はそう言っているね。性能も申し分ない。まあ、ウルクの人々は偽者だと思いたいようだけど。努々気を付けることだね」
白いローブの男はそこまで言って、大袈裟に一回転し、黎斗に歩み寄った。ドヤ顔が非常に黎斗に似通っていた。
「さて、皆さん改めてごきげんよう。お礼の言葉とかどんどん浴びせてくれて構わないよ!!」
「……いや、私の神の才能をもってすれば殲滅など容易かったが」
「またまたー、マーリンさんに向かってその口の聞き方は無いだろう?」
自分のドヤ顔と瓜二つのドヤ顔に辟易した様子で唾を吐く黎斗と、さらに煽るローブの男……マーリン。黎斗が拳を握り締めてもマーリンはドヤ顔を崩さない。
そしてそんな二人の隣では、マシュがマーリンという名に驚愕していた。
「……マーリン? マーリンって、あの?」
「あのマーリンがどのマーリンかは知らないけれどアルトリアを王にしたマーリンは私だよ?」
「っ!? 何で、サーヴァントに……!?」
……マーリンとは。アーサー王伝説において、若きアーサーに選定の剣を抜かせた魔術師であり、その後は宮廷魔術師として活躍、最終的には理想郷アヴァロンに幽閉され世界の終わりまで生き続けるよう強制された存在である。
そんな様子を察したのか、彼はドヤ顔で種明かしを開始した。自分はまだ生まれていないためこの時代のアヴァロンには幽閉されていない、つまり死んでいるのと同義だとしてサーヴァントになったのだ、と。
やはりその姿は黎斗と似ていた。こちらは割りと爽やかな笑顔ではあったが、それでも黎斗と似ているように思えた。
「……とにかく。私達と共にウルクまで来てくれますか?」
「勿論だとも。着いてきたまえ」
そう言って歩き始めるマーリン。黎斗は渋々それに着いていき、他の面子もそれに続く。
マーリンは歩行スピードを調節し、マシュの隣で歩くようになっていた。
「あの、どうしましたか?」
「いや、大したことはないさ。ただ、こうなるんだなーって」
「……?」
マーリンの言動に首を傾げるマシュ。マーリンはハハハと小さく笑い、マシュの足下を見た。
「……こんなときに
「……ということは、貴方は、まさかフォウさんの……!?」
「そう、キャスパリーグとはかなり変な縁で繋がっていた。私が『美しいものを見てこい』って言って送り出したのだけれど。まさか、倒しちゃうとは、ね」
マーリンはそう言って空を見上げた。別にその顔には怒りも失望も無かった。というか、半分が夢魔であるマーリンには感情がそもそも乏しかったのだが。
マシュはフォウのいた日々……今となってはとても遠く、とても短かったように覚える小動物との日々を思い返してみた。
「フォウさん……」
彼との思い出は、何だっただろうか。最近の記憶が鮮烈な割に、あまり思い出せない。ちぐはぐな記憶の中の彼は、いつも自分を慰めているように思えて。
……彼の遺言を思い出した。『全ての人間に、自由と平和を』……自分は今、それに向かって、しっかりと進めているのだろうか。
「フォウさん……私は……今、しっかり、出来ていますか?」
「……感傷的にしてしまったかな。私は別に大した思いはなかったのだけれど。彼自身、満足して死んだことになっているんだ。ああ、うん」
マーリンがマシュの顔を見て、そう呟いた。そして思い出したように、何処からともなく一房の毛を取り出す。
「……そうだ。良いこと思い付いた」
「……それは?」
「キャスパリーグの毛玉さ。あれは何故か季節ごとに毛が生え代わるとかいう本物のペットみたいな特性があったからね」
「はあ……」
「これを君に押し付けよう。何しろ、カルデアに設置したマーカーでもあったキャスパリーグが死んでしまったせいで、こちらからは魔力のサポートも出来ない。君が新しいマーカーになるんだよ!!」
そう言いながらマーリンが杖を翳せば、マシュの胸元に少しだけ隙間が形成されて。マーリンがそこに毛玉を溶かして染み込ませた。
「そーれ、ここら辺なら弄っても良いんじゃないかなぁ」
「これは……」
「別に直ぐに君の霊核に何かが起こる、なんてことは……多分ないから安心するといい。ただ私がこうするべきかなー、と思ってやっただけ。これで、カルデアに再び魔力を送ることが出来るようになったからね」
そう言いながらマーリンはマシュの胸元を撫でる。隙間は閉じられていき、マシュの目は一瞬だけ光ったように見えた。
瞬間、何処からともなく現れた少女がマーリンの手を叩き落とす。
ペシッ
「手つきがやらしいです。無駄に女子に触るのは止してください、この変態」
「……これは手厳しい。でもほら、義を見てせざるは何たらかんたらってヤツだ」
「……貴女は?」
少女もまたフード被っていた。武器は鎖のようだ。低身長、紫の髪はどことなく第三特異点のエウリュアレを彷彿させた。
「こっちの女の子はアナ、やっぱりサーヴァントだ」
マーリンは軽く彼女を紹介する。曰く、先程までエルキドゥを追跡、監視していたとのこと。
エルキドゥには巻かれてしまったらしかったが、少なくとも安全は確保できていた。
「で。他にも知りたいことがある」
「……何ですか?」
さらにマーリンはマシュに問う。……彼が間接的に彼女に関わっている点は、フォウだけではない。
「……君のその聖剣は、私がベディヴィエールに渡したものであっているね?」
「……ええ。すみません」
「いや、それを使うことが悪いとは言わない。彼も納得の上だし、私は文句を言える立場じゃあない。だが、だからこそ……私は敢えて問おう。マシュ・キリエライト……君は、誰を守りたいんだ?」
彼女の所持する星の聖剣、エクスカリバー。それは第六特異点でマシュが死にゆくベディヴィエールから託されたもの。最期まで返還はせず、己のものとした宝具。
それはかつてマーリンと共にいた少女が、国の人々を守るために振るった剣。だから、彼は気にしていた。その手の剣で誰を救うのかを、自分の耳で聞きたかった。
「私は、人理を。この世界にこれまで生きた人々、いつか生きる人々全ての、明日を救いたいんです」
「……そうか。……困ったな、全く。やっぱり、アルトリアと同じじゃないか」
「……アルトリアさん、ですか」
マシュは空を見上げた。アルトリア、忘れもしない、あの金の聖剣の持ち主。自分のやりたいこと、自分の未来を見ろと言った彼女は、今ガシャットの中でどうしているのだろうか。
……隣のマーリンはしばらく考え込んでいた様子だったが、暫くして何かを決意したようにマシュに向き直った。
「私は君の道を止めない。止めるだけの権利はない。でも。せめて、君の征く道が花の旅路であるように、協力はしよう」
「それは、つまり……」
マーリンはそうとだけ言って、マシュの質問には答えずに彼女から離れた。
いつの間にか、ウルクの城門にまでやって来ていた。マーリンが手続きを済ませ、一行を招き入れる。
「……ようこそ。ここが、ウルクだ」
いつの間にか文庫本三冊分位の文字を書いてたことに驚愕している