「まだだ、まだ、私は……私は……!!」
……ゴルゴーンは逃亡していた。鮮血神殿を放棄し、子供達を見捨て逃亡していた。それだけ恐慌状態にあった。
無理もないことだった。
「復讐を、しなければ……私は……代わりに……復讐を果たす……!!」
「……ウルクに向かったな。作戦通りか」
「本当に良いのですか? マシュさんに負担がかかると思いますが……」
「問題あるまい。だが、まあ。……追いかけることに代わりはないか」
木々を引き潰しながらウルクに向かって逃亡するゴルゴーン。
ゲンムは余裕を持ってそれを見つめていた。その手には聖杯が握られていて。
「えっ……それって、もしかして聖杯!?」
「そうだな。キングゥの体内から奪い取った。……そのキングゥ本人はどこかに消えてしまったが」
ゲンムはキングゥの胴体を貫いた時に、そこから聖杯を奪い取っていた。まあ、今更聖杯を回収しただけでは特異点は修復出来はしないが。
既にキングゥは森のどこかに消えている。まあ、これ以上戦えることもあるまい……ゲンムはそう考え、ゴルゴーンの追跡を開始した。
───
『Noble phantasm』
「
殺戮の魔弾と化した砲弾がケツァル・コアトルへと発射される。ケツァル・コアトルは易々と飛び上がるが、一発が彼女を捉えた。
ズンッ
「っ──」
「そこ!! 鉄の戒め!!」
一瞬出来上がった隙をついて、シールダーが手を振り上げる。それと共にどこからともなくあの黒い鎖が飛び出し、ケツァル・コアトルの両足を縛り上げ、地に落とした。
ズドンッ
「これでっ……」
「っ……熱い展開ね。もう止まりまセン……!!」ブチブチ
「っ!!」
しかし、それだけで止まる筈がなく。女神は鎖を粘土のように引きちぎり、事も無げに立ち上がり。
ケツァル・コアトルを中心に風が吹いた。それは力強くシールダーを天に投げ上げ、自由を奪う。
そしてそのシールダーに炎を纏ったケツァル・コアトルが突撃し、シールダーの体を掴んだ。
「私は蛇!! 私は炎!!
そしてケツァル・コアトルは真っ逆さまに落下する。シールダーの頭を大地に突き立てるつもりなのだろう。
暴れてみても離れることは出来ない。大地は刻々と近づいてくる。
「不味い……!!」
シールダーは、残機がまた一つ減ることを覚悟し、ほんの少しだけロマンに申し訳なく思うと同時に、せめてもの抵抗として体を捻った。
二人は回転しながら落下し……
「嫌だ……私は……復讐を、果たすまで……啜り泣く母の、復讐を……!!」
カッ
……そこに乱入したもう一人の女神が、強引にウルクの北壁を焼き払う。そしてその光線の軌道上にいたケツァル・コアトルの背中に、一筋の熱線が走った。
ジジッ
「熱いっ……!?」
「この攻撃は!?」
ケツァル・コアトルはシールダーから手を離し慌てて振り向きながら着地する。己の背中を焼いた光線が誰のものかは察していたから。
……ゴルゴーンがいた。ケツァル・コアトルの背中まで攻撃してしまったことで神罰の炎に焼かれながら、それでも脇目を振らずウルクへと進もうとするゴルゴーンがいた。
「ゴルゴーン!? アナタ、何考えてるの!?」
「私は……ああ、嫌、嫌だ……私はまだ、復讐を終えていない……!!」
「……ゴルゴーン……」
誰の声も届きはしない。そこにあるのは箍の外れた人間への怨嗟のみ。このままウルク北壁を力任せに破壊し、突破する心づもりなのだろう。
弁慶とレオニダスが食い止めるのを試みるも、あえなく吹き飛ばされているのが見える。どうやらゴルゴーンは暴走しているらしい。
「二人纏めて、排除します!!」
シールダーは自分に言い聞かせるように叫んだ。誰も殺させる訳にはいかないから。
エクスカリバーを構え直す。敵の二人を睨む。ケツァル・コアトルはシールダーに向かって戦闘体勢をとり、ゴルゴーンは子供達を潰しながらひたすらに壁に進出する。
シールダーに彼女らを殺せないことはない。いや、きっと殺すことは出来る。全ては人々の明日を守るため。
───
「ニャははは!! あれは誰だ!! 美女で!! ジャガーで!! 勿論、私だ!! ジャガーの戦士ジャガーマン!! これで名乗りは7回目!!」
「「
ウルク市内では、未だジャガーマンを倒せずラーマとシータ、ジークフリートが苦戦していた。隣では翼竜相手に信長とアヴェンジャーが奮戦している。
残念ながらジャガーマンのギャグ補正は未だ剥がれず、宝具の類いは熱いやら痛いやらのレベルで抑えられ、圧倒的なパワーの差を見せつけられる。
「あっちぃっ!! これが恋の炎か……おのれリア充め!! お前のせいで私のハートが破壊されてしまった!! 私だってヒロインになりたいもんっ!!」
「っ……どうすればいい、どうすれば倒せる……!!
「ふっふっふ、甘い!! 今朝のデザート、蜂蜜たっぷりバターケーキ並みに甘い!!
ガキンッ
バルムンクとデスクローが火花を散らした。二つは一瞬だけ拮抗し、デスクローに軍配が上がる。
家屋の壁に叩きつけられるジークフリート。
「ぐっ……力不足か……?」
そう思い至った。ジグラット内で黎斗のサポートに回っていた筈のナーサリーを呼んで来ようか、とも思うが、ラーマとシータだけでこの虎を抑えられるかと考えれば、とてもじゃないが不安が残る。
「ラーマ様、どうしましょう……」
「ああ、素早すぎる……いっそ、ここは余が押さえ込んで、シータに射って貰うか……?」
「え? 私イケメンに押さえ込んで貰えるの!? デジマ!? 我が世の春がキター!!」
ラーマとシータの方も困惑と共に悩んでいたが、それで解決策があるわけでもなく、どうにも行き詰まっていた。
ネコの手でいいから借りたいとはこの事か。せめてもう一人助けがあれば、そのふざけた形の
「ノッブ、ノッブ!!」
「ノノノノ、ブブブ!!」
「ノッブゥ!!」
「……ラーマ様、ノッブUFOです!! ノッブUFOの大軍です!!」
……そこにネコの手は来なかったが。
神の手は差しのべられた。
ノッブUFOが持っていたのは緋色のガシャット二本と白いバグヴァイザー二つ。
ジークフリートが一つの白いバグヴァイザーと緋色のガシャット一本を手に取った。そしてそれを起動する。
『ガッチョーン』
「……マスターの新作か」ポチッ
『Taddle fantasy!!』
ゲームエリアが広がった。ジークフリートはガシャットをバグヴァイザーに装填し、敵を見据える。
『ガッシャット!!』
「変身……!!」
『バグル アァップ』
『辿る巡るRPG!! タドールファンタジー!!』
───
「……さて、追い付いたか」
「黎斗さん……!!」
ケツァル・コアトルとゴルゴーンを相手していたシールダーの元に、全速力で走ってきたバイクゲーマに乗ったゲンムと風魔が追い付く。どうやら一足先にやって来たらしく、遠くの空にウィザードの姿が見えていた。
「私はゴルゴーンを受け持とう。ケツァル・コアトルは好きにすればいいさ」
ゲンムは多くを語ることなく、そうとだけ言ってゴルゴーンの横っ面を蹴り飛ばした。呻くゴルゴーンは後退し、ゲンムはさらに追い討ちをしかける。
「……よろしくお願いします。さあ、続けましょうケツァル・コアトル……!!」
『回復!!』
『Noble phantasm』
「
そしてシールダーは彼に少しだけ言葉を送り、磨り減った体力を回復させて再びケツァル・コアトルの懐に飛び込んだ。
───
『タドールファンタジー!!』
「な、なんだニャその姿は!?」
ジャガーマンは驚愕した。さっきまで戦っていた
当然警戒し、ジャガーマンは背後に飛び退く。
「……なるほど、そういう……フッ!!」
セイバーがマントを一振りすると同時に、数体の雑兵が現れてジャガーマンに飛びかかる。
「な、なんだニャ!? 乱暴するつもりなのね!? ああんでも今は駄目かな!!
それらが宝具で凪ぎ払われると同時に、セイバーは否応にも生じた隙をついてジャガーマンの背後に回り込み、背中から斬りつけた。
「ぐはっ!?」
「……すまない、眠ってもらうぞ!!」
そして、セイバーはマントを伸ばしてジャガーマンを拘束し……
───
「まだ一押し、足りない……!!」
ケツァル・コアトルに攻撃をいなされながら、シールダーは呟いた。
シールダー自身と風魔、そして近いうちに追加されるであろうウィザードにランサー。それだけあればケツァル・コアトル詰められるかと問われれば、シールダーは首を横に振る他ない。
流石は女神と言うべきか、余程の弱点を突かない限り、突破は難しかった。これ以上仲間が増えても同じだろう……彼女は女神の契りを破ることもせず、二人を相手してまだ力が余りある。
「何か、何か、もう一押し……!!」
「何か無いんですかマシュさん!? ケツァル・コアトルに対抗できるサーヴァントの増援とかいませんか!?」
……いや。
その一押しは、既にシールダーの手の中に存在していた。ケツァル・コアトルは切り札を切るに足る存在だった。
「……いました。……ええ、いました。女神ケツァル・コアトル……貴女の愛が本物だったとしても、人理の敵となるなら、最後まで私の敵です……!!」
シールダーが右腕を天に掲げる。それに意味は無かったが、それだけで覚悟が出来る気がした。
そしてシールダーは叫ぶ。第一の契約の、その成就を。第一の償いの満了を。
「さあ、一つ目の約束を果たす時です、山の翁!! 『ケツァル・コアトルを暗殺せよ』!!」
……空気が凍りついた。世界はその刹那スローモーションのように重くなり、ケツァル・コアトルの背後に死が顕現する。
「……請け負った、マシュ・キリエライトよ」
ゴーン ゴーン
「っ!?」
女神は出来る限り大きく飛び退く。しかしそれはもう遅い。晩鐘は既に鳴り響き、天には羽が舞い、そして暗殺者は剣を振りかざして。
「聞くがいい。晩鐘は汝の名を指し示した……告死の羽、首を断つか──」
「っ、
風が吹き始めるより前に。
剣は振り抜かれた。
「──
ザンッ
「……分かり合えなかった、ネ……」
……ケツァル・コアトルは、その一撃で消滅した。三女神同盟が一柱は朽ち果てた。
首を跳ねた山の翁が、シールダーを見つめる。
「……ありがとうございました。あと二回、お願いします」
「……分かっている。だが……マシュ・キリエライトよ」
「……」
「汝の、その明日を目指す道に未来はあるか。悲しみしかない在り方に希望はあるか」
骸骨の向こうに、青い焔が灯っていた。
シールダーは何も言えなかった。背後の風魔が刀を構えているのを感じる。しかし動かない、いや、動けないほどに怯んでいた。
「信念の劣化、決意の腐敗、論理の崩壊……それらに苛まれ、敗北したときに……その時には、我は汝の首を断つ」
「……分かっています」
シールダーがそう返事をしたときには、山の翁の姿は消え失せていた。
ともあれ、これでようやくケツァル・コアトルを倒すことが出来た。後はゴルゴーンだ、とシールダーがゲンムの方を向く。
……ゴルゴーンが逃げ去っていくのが見えた。ゲンムは特に焦りはなく、そして当然怪我もなく、ただただそれを見送っている。
「……黎斗、さん?」
「ああ、すまない。つい取り逃がしてしまった」
シールダーは変身を解き、ゲンムに詰め寄る。ゲンムもまた変身を解き、取って付けたような苦笑いをした。
……マシュは詰め寄ることを止めなかった。ここまでくれば、檀黎斗という人物が理由なくそんなへまをする筈が無いと分かっていた。
「……わざと、ですか?」
「……私はゲームマスターで、神だ。今後の展開程度、既に予測済みだ」
檀黎斗は不敵に笑う。そして、彼は魔獣が尽く引き潰され、完全にウルク側の勝利に終わった魔獣戦線を抜け、ウルク内へと戻っていく。
鉄の戒めは宝具なのか違うのか……なんというか扱いに困る