《系統樹No.16■■8413 参照/座標:AD20■■/視点:CodeName ■■ 志麻子》
最近、わたしがこの
「しまこちゃ〜ん、菜園の水やり終わったらこっち手伝ってくださいね〜」
先生の呼びかけで我に返る。日々の仕事を淡々とこなしていく間は、この悩みからも解放されるのだ。だから今日もわたしは、いつものように先生の元へと向かうのだった。
あの混乱の中でわたしと一緒くたに放り込まれた孤児院の子どもたちが次々と巣立っていく中、わたしは孤児院の手伝いを続けていた。
……というよりも、そうすることしか、自分のすることが見つからなかった。
「しまこちゃん、今日もお疲れさま。でも……ずっとここにいてくれるなんて、本当にいいのかしら?」
子どもたちを街に、いや“世界”に一つしかない学校へ送り届けたあと、汲み上げた地下水で出した冷たいお茶を二人で飲んでいたとき、先生は問いかけた。
「他に行くところもありませんし、ここにしか居場所が見つからなくて……」
情けない理由だとは思う。でも事実なのだ。わたしの中にいるもうひとりのわたしは、他者との関わりを強烈に拒んでいるけど、“同族”……そう、同族である心ない子ども、魔物使いの資質を持つ子どもだけは別なのだ。
前にいた世界より、ここは生きることに余裕がない。倫理は余裕の後に発生するものだから、望まれない子どもたちが切り捨てられることは、特段この
ここには本当にいろんな子どもたちがやってくる。もちろん健常な子どももいるけど、その中に含まれる“同族”の数は、けっこう多い。捨てられる子らの中にその素質を持つものが多い理由は……考えるまでもないだろう。一方、魔物使いとちがって超人の素質がある子は、能力が発現するまでは普通の子どもと変わりがないけど、一度発現したら貴重な労働力として専門の施設へと連れていかれる。もう互いの陣営を秘密にする必要も、争う必要もないのに。以前のような厳然さではなくとも、自然と隔離されてしまうような仕組みがここでもできあがってしまっているらしい。揺蕩うゆりかごのようにも思える穏やかなこの
その厳しい
俯いてしまったわたしの上に、軽く跳ねるような声音が響いた。
「あ、そうだ。しまこちゃん、今日は天王寺くんとせん……茜さんの報告書が届く日じゃないかしら? あとの仕事は先生一人でもできるから、しまこちゃんは市役所に行ってきてもいいですよ?」
わたしは思わず顔を上げた。
「ふふ、しまこちゃんは幾つになっても分かり易い子ですね〜」
ころころと不敵に笑う。出会った時より皺の増えた顔を更にしわくちゃにしながらも、内に漲る若々しさの感じられるような、そういう人だ。
今や“世界”そのものとなった市を運営するための情報が集約される市役所の掲示板には、半年に一度送られてくる、未踏の地域に関する調査の要項も随時掲示される。……が、わたしの目当てはそれではない。そんな情報の羅列では、決して。
今日は特に人だかりが多かった気もするけど、わたしの行くところは変わらない。
「すいません、あの、わたしです」
「ああ……君か。どうぞ、受け取ってくれ」
もうすっかり顔なじみになってしまった窓口のおじさんに、あらかじめ用意していたかのような手際の良さで、竹を加工して作られた円筒型ケースと、書類の束を渡される。そう、これこそわたしの目的、あのふたりから半年に一度送られてくる報告書の原本と、映像を写し取れるバリエーションのリーフバードに入った、正真正銘オリジナルの情報だ。バックアップをとったらもう必要ないとのことで、譲り受けている。現世側から残っているわたしのほとんど唯一の身寄りだからと、便宜を図ってもらったところもあるので、あの二人もそのことは知っているらしい。
市役所を出たその足で孤児院へ駆け込みわたしと先生しか使う人のいないスタッフルームの机に貰ったものを全部広げイスを素早く引き謎のポーズを決めてから着席。何から手をつけようか暫し悩んで、結局書類から手をつけることにした。
コタローたちも遊びで報告書を書いてるわけじゃないから、やっぱり大半は味気ない報告がほとんどだ(報告書だからあたりまえだけど)。結局この来世はひとつの市としての規模しかないから、世界の果てがどこにあるかなんてことは一年も経たずに分かってしまったし、調査の項目は残っている土地をどういったふうに使えば効率がいいとか、かといってあまりに使い潰してしまうと生態系が崩れるだとか、今はそういったことに終始するようになっている。だからいつもは流し読み程度で、本命は最後に書いてある二人の近況報告……なのだけど、その中で、異彩を放つ報告がふたつあった。
まずひとつめ。
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報告書No.24 第2項
『“壁”を超えた人々らしき映像の確認と、彼らの出自、死因の考察』
我々は一年ごとに行う“壁”……我々の到達できる臨界を示す境界線の巡回を行った。万が一にも異変があるとすれば、この境界線だろうと判断した瑚太朗の提案による。各調査ポイントに映像記録用多眼八咫烏型魔物(瑚太朗作)を設置し、無闇に寿命を減らさないよう周囲に異常があった時のみ作動するよう細工も加えた。これらのログを一年ごとに確認し、例年異常なしとの結果を報告してきたが、この度異常事態を観測した。どこからともなく、ちょうど現世と繋がっているとき現世側から魔物を転移させたように、“壁”の内側数mほどのところに唐突に出現し、そのまま半狂乱に何かを叫びながら“壁”を通過し消滅していく七つの人影を映像記録に残した個体が確認されたのだ(別途記憶媒体リーフバードを参照)。報告書No.2に記したように、“壁”とは物理的な障壁ではなく不可視の膜のようなものである。壁の向こう側はどことなく曖昧な輪郭を帯びていて、直視することができない。全容を把握することができない。本能的に身体がその“壁”を越えることを拒む。同行者の茜も不快感を訴えていた。だが、例えば魔物を先行させると、たちどころに元の素材へ、さらには塵へと、まるで時間を巻き戻したかのように分解され、込められていた生命力が消失すると共に、直近にある“壁”の一部が数cm後退し新たな世界が拓かれる。このことは、“壁”の向こう側になんらかの形で――たとえそれが生身の人間であろうと――生命力を送り込めば、来世を拡げられることを示していると見ていいだろう。広義で言うならば、この行為は開拓と呼べるのかもしれない。皮肉なことだ。開拓を捨て殻に閉じこもった我々が、“壁”を越えられないどころか、向こう側さえ直視できないとは。
今回のケースはこの来世の外から如何なる手段か介入を行い、さらにその“壁”を越えたというところに特異性がある。彼らがどこから来たかについて検証する手段は我々にないが、ひとつ推測できることがあるとすれば、彼らの目的についてだろう。彼らは異邦人である以前に、「開拓する者たち」だったのではないか、ということだ。録音された音声の端々からも感じられるあまりにも強すぎるそれは、ことこの来世においては彼らの身を滅ぼす結末になった、と。
興味深いデータではあるが、この来世の基盤を改めて証明する以上の成果にはならないだろう。特異ではあるが逼迫したものではない情報。本項についてはここで筆を置くことにする。
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リーフバードに残されていた音声の中でわたしが聞き取れた文字列といえば、
「……やはり実在した……」
「……新世界……」
「……やっと見つけた……」
「……実験は成功……」
「……ここを次の……」
くらいのもので、他は可聴域を超えたノイズと意味のない叫びだった。わたしも報告書にある以上の情報は引き出せず、謎を謎として放置するしかないか、と諦めたのだった。
そしてふたつめ……これが問題だった。
かいつまんで説明すると。
私たちは異世界人を――
《Error:系統樹No.16■■8413への接続が不安定になっています/参照/座標:AD20■■/視点:Codename ■■ 志麻子/強制終了》
(続)