Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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気がついたら9000字越えしてた...。
しかも、あまり展開進んでない件。


始まりの日:英霊召喚

 

 

 

 スカサハと名乗ったサーヴァント―――ランサーに自分の家を案内する。

 

 ひとしきり案内し終わった後で、居間で話合うことにした。

 

 畳が敷かれた部屋。藺草の匂いに心が落ち着き、雅な掛け軸、居間では見ることもない漆塗りの和箪笥なんかもある。

 かなり昔から建っているもので、親族やらなんやらとよく訪れていた場所でもある。

 庭には、赤い彼岸花が咲いていた痕跡がある。

 

 ……もう何年も手入れしていないからだろう。

 

 手入れしていた誰かは、もうこの世にはいないのだから。

 

 聖杯戦争。

 

 それの主催者が火々乃という名を使った以上、ここら辺の土地を使うのは予想できた。それにこの土地は降霊にも持ってこいな場所。むしろ此処以外には思いつかない。

 

 しかし、わざわざ旧家に戻ってくるはめになるとは………これも、なにかの縁ってことだろうかね?

 

 そこら辺はとかく。今は、仏頂面な彼女への説明をしたほうがいいだろう。

 暇だとばかりに人に茶をつがせ、礼も言わず啜っている。

 しかし、目はガラスがごとく映したものに興味なさげ。表情筋をぴくりとも動かしやがらない。“こんなものか“とでも思って飲んでいるのだろう。悪かったな、良い茶なくて。

 なぜだか分からないがランサーを見るだけで目の奥が疼き、痛む。妖精眼を閉じたにもかかわらず、多少痛みがましになる程度だ。

 ……何故かはのちのち調べれば分かる事実だろう。

 

 

「……さて、ランサー。今回の聖杯戦争での俺の願いだが」

「知らん。興味も無い」

「…………」

 

 ばっさり、塩対応。どうしろと? 緑茶より梅昆布茶派だった? 年老いた婆みたいに。

 

 とは流石に言い出せない。

 サーヴァントの不興を買えばすぐさま首ぽーんである。

 

 死ぬことにたいした恐怖はないが、まだ死ねない理由がある。

 

「そう言うなよ。俺の名前は火々乃晃平だ。よろしくな、ランサー」

「そうか」

 

 できる限り笑顔で言ってみたが、効果はまるで無い。むしろ仏頂面レベルが上がった。

 

「で、だ。現状を(お前が聞く気がなかろうと)話させて貰うが、この聖杯戦争の主催者は俺ってことになっている」

「ほう? なっているということは、お主ではないということか?」

「ああ。面倒なことに俺の名を騙って聖杯戦争を起こしやがった。これはもう火々乃家に対する宣戦布告。俺のこの聖杯戦争に懸ける願いは無いが――――目的ならばある。

 俺の名を騙り、この聖杯戦争の主催者。ソイツに末代まで恥をかかせるのが俺の目的だ」

 

 死んだ方がましだと思えるような恥をかかせてやる。誰かは知らんが。

 おかげで事後処理にどれだけ奔走するはめになるか……!

 ああ、考えただけで恐ろしい。聖堂教会に話が漏れたら俺が手配されるじゃないか! 嫌だぞ、俺は!

 

「なるほど、結局は保身か」

 

 呆れたようにランサーは言う。仏頂面で。

 

「だから、聖杯そのものにたいした興味は無い。お前に、聖杯に懸ける願いがあるなら好きに叶えろ」

「……そうか」

 

 ランサーは何を思ったか、すこしだけ、眉が寄った。

 なるほど。何かしらの望みはあると見た。

 

 時計を確認すれば――そろそろ、この女を召喚してから一時間が立つ。

 

 そろそろ、時間だろう。

 

「……本来なら、アンタの弟子、クー・フーリンを呼ぶつもりだったのだがね。その師匠ともあれば実力はもはや疑う余地もないが―――こちらとしても戦力は把握しておきたい」

「ふん。まさか、何処かで戦ってこいと? 私に命ずる気か?」

「いやぁ。―――俺がお前に求めるのは最後まで生き延びこの聖杯戦争の勝者となることと、いざと言うときのボディガードになってくれることだ。まあ、あんま表には出ないから後者は考えなくとも良い」

「貴様程度が、私を図ろうというのか?」

 

 言いたいことを簡単に言い当てられた。

 

 不快だ、という感覚を消すこともなく伝えてくる。無理もない。

 お前の能力には不安だと言っているようなものだ。

 

「俺の性のようなものでね。寛大な御心でお許し下さないな」

「………」

「俺を睨んでも得はないぞ。ほら、お前の敵がくるぞ。人殺しなんてお前の得意分野だろう、ランサー」

 

 この家は、深い森のなかに位置している。

 

 森は、この街では有名な迷いの森。

 

 磁場磁気が荒れ狂い、一種の結界を成している。ここに何の手段もなくたどり着くことは容易ではない。山の中にあるが、その場所は衛星カメラからでも確認できない。

 入る度に位置情報が大きく変わる天然の結界である。

 

 しかし、先ほど俺は英霊召喚を行った。

 

 それも神降ろし級の特殊な召喚式を使って。

 地脈竜脈に大きく影響する召喚式であるが、ここで大切なのは召喚された英霊のほうである。

 それはクー・フーリンだろうが、スカサハだろうが、その他の英霊が現れても起きた事態。

 

 つまりは、圧倒的な神秘に一時的ではあるが結界が歪んだ。

 

 それは魔術師なら一見して分かるそれであり、同時に―――既に召喚されたサーヴァントがいるならばめざとく見つけるだろう。

 

 英霊召喚が行われた以上、そこのサーヴァントを殺しに来る。

 

 言うなれば、誘い込んだのだ。

 

 そしてその誘いにのるのは好戦的な陣営か、自分より先に召喚したであろう―――黒幕に繋がるサーヴァントに他ならない。

 

 もっとも、現在召喚されているサーヴァントは僅か三体だが、いずれ揃うだろう。

 

「そら、お前の敵が来た。撃退しろ、ランサー。そっから先は基本自由を約束しよう」

「……小僧が。儂を謀るにしても、秤が小さすぎる。とんだ臆病者が私のマスターらしいな」

 

 戸を開けて、彼女はその場から去って行った。

 

 霊基を辿れば―――ふむ、ちゃんと敵の方へ向ったらしい。

 状況さえ、用意すれば勝手にやってくれることだろう。

 

 左手の甲を見れば、赤い聖痕が三画。

 

 その二画を使えば―――ランサーを自害させられよう。あれだけの霊格の持ち主だ。むしろそれくらいしなくては自害させられない。

 ……気がかわればいつでも殺せる安全装置。

 

 アレには、たいした期待はしていない。最後の、黒幕さえ落とす―――『死力を尽して戦え』『宝具を撃て』その二回の命令さえ入力出来れば良い。

 

「精々、頑張ってくれよ。戦力としては期待してるんだ」

 

 どうせ、令呪を使い切ればそのまま消えてくれる幻想だ。こんなに使いやすい道具もない。

 

***

 

 

 赤い瞳が、その速さによって線へと変わる。

 

 暗い夜の森。

 他者には恐怖しか抱かせぬ漆黒の中を、赤い線が駆け抜けていた。

 

 自らの性能が見たいというなら、見せてやろうとランサーは思っていた。

 

 しかし、不快。

 あの臆病な、何の因果か自分のマスターになったそれに嫌悪と不快をランサーは感じていた。

 思い返すだけで気味が悪い。

 容姿こそ何処にでもいるそれだが、性根が腐っている。腐臭凄まじく、直視すら謀れよう。どう生きればああなるのやら。

 

 森を疾走して行けば、ものの数秒足らずで――――会敵する。

 

 だが、ソレより速く―――槍を投げつけた。

 

 一射、赤き閃光はランサーが捕らえた敵へと飛んでいく。

 

 真名こそ解放していないが、凡雄なれば確実にその命を摘む一撃。

 

 ―――されど。

 

 

 突然、敵は留まり、眼前からむかいくる真紅の槍を手前でもった獲物、槍で――弾き飛ばす。

 

 ギィンと弾かれた槍は、元の持ち主のもとに稲妻のような軌道を描いて戻っていく。

 

 

 コン、と気味のよい音が襲撃者(この森に押し入った)―――サーヴァントに聞こえた。

 

 音を追い、その赤い軌跡の先にその姿を認める。

 

 黒い戦闘装束に真紅の槍。長い髪を風になびかせた女性が死の匂いを纏って立っていた。

 

「―――おいおい、どういうコトだ。タダのへました魔術師を狩る、って話だったんだがなぁ。まさか、誘われたか? 規格外だぞ、この女」

 

 その圧倒的な霊格にサーヴァント―――つまりは、男は舌打ちする。

 

 三流魔術師が呼んだのなら、そのサーヴァントも凡俗なものだろうと思ったら。それこそ彼のヘラクレスにも届くだろう英霊。

 全く、何の冗談かと男は思った。

 

「しかも―――その呪いの濃そうな槍。魔槍か? まあ、俺の持ってるコレとは全く毛色が違うから一目瞭然。―――ああ、まいった。ランサーを騙ろうと思ったらまさかモノホンがくるなんてなぁ。運悪すぎだろ、オレ」

「……如何にも、私がランサーだが?」

「ああ、そうかい。じゃあ、そうだな。此処で会ったのも何かの縁。簡単には返してくれなさそうだし―――」

「出会ったからには、ここで死んでいけ―――!」

 

 

 空は雲に覆われ、既に日が昇ろうというのに森の中は真夜中がごとく。

 

 赤い槍と、黒い太い杭のような槍がぶつかり合う。

 

 暗い森でサーヴァントが激突した―――。

 

 

 

 

 

***

 

 

『彼のハン・トゥアとくれば現在のマレーシアの大英雄。その武勇は計り知れない。西洋―――スペインにマラッカ王国は滅ぼされるが、今なおインドネシアやマレーシアの人々の間では語られているほどだ。

 それに、聖剣の持ち主の使い手というのも有名になった一因か』

「あはは……。どっちかって言うと奪い取ったって感じなんだけどね。それに、聖剣なんてたいしたもんじゃないし」

 

 そういってセイバーは、短剣―――というにはちょっと長めのものを振りかざす。

 

「“増幅”や“退魔”の概念ぐらいが込められているだけ。あんまり使い所ないし」

『殴ったほうが速い?』

「そういうこと。ひょっとして、そっちにも似たような考えの英霊とかいるの?」

「そうだね。結構いるよ」

 

 思い浮かぶのは、“呪文は噛むから聖剣で殴る”キャスターとか、“ドラゴン? 剣で切るより殴って潰したほうが速いだろ?”バーサーカーとか。

 うむ、思い当たるサーヴァントが多い。

 

 そして改めて感じるカルデア大所帯感。

 

『ま、雑談はほどほどに。この特異点の情報がほしいけど、現代日本なら知ってるのは魔術師だけ。それこそ首謀者と名乗るヒビノコウヘイに話を聞きたいところだけど。出てきそうにもないし。それは追々考えるとしよう。

 そちらの時間は―――16時32分。曇り空だから分かりづらいけど、そろそろ日が落ち始める頃だ』

「拠点が必要、ということかな?」

『そうだね。ここが聖杯戦争の舞台なら、もう魔術師はそろってサーヴァントを召喚していると思う。安心できる拠点は必要だけど』

「う~ん。結界は張れることには張れるけど、俺が張れるのは精々が魔除け程度だしな。師匠なら何でも出来るだろうけど」

『じゃあ、仮拠点をここにして一応結界をセイバーに張って貰おう。この時間、夜が始まった以上彼らの領域だ』

「じゃあ、急ぐとしよう」

 

 セイバーは、おもむろにコンクリートの床に剣で削るように文字を書き足した。

 それは、φとεを半端につなげたような不思議な文字。

 

『ふむ? 興味深いな。ルーンとも、中国系の魔術式とも違う。この私すら知らない文字だ。それはなんて言うんだい?』

「俺には発音できないな。なんて読むかは分からないけど、師匠が教えてくれた結界魔術だ」

『発音できない……そうか! そう言えば、インドネシアには女神信仰が強く根付いていたはずだ! ひょっとして君の師匠って』

「ああ、たぶん。本人は人間とか言っていたけど、あの人が老いた姿は見た事が無い―――よし、完成」

 

 至宝に刻みつけられた文字が薄く発光し、部屋を碧く覆っていく。

 なんだか、すごく壮大だ。

 

 正直、魔除けって程度ではないと思う。

 

『それ、神様の加護ってヤツじゃないのかい? 刻まれた文字は、今や地上から姿を消した神代言語なのでは?』

 

 それってすごく強力な結界ではなかろうか。

 

「これ、強力なのか?」

『うん。計測したけど、並の宝具での攻撃じゃ崩れない防壁だよ。間違いない』

「へぇ、今まであんま使ったことなかったけどそんなに強力だったのか、コレ。雨風を防ぐのにももってこいだからなぁ。むしろそう言う目的にしか使ったことがない」

 

 どうやら本人は知らなかったらしい。というか、使う必要が無かったのかもしれない。

 

『まあ、何はともあれ。もう日没だし、そろそろ行動するとしようか。まずはそこが何処の街なのか、特定する必要がある。街の構造は知っていると役に立つだろうし』

 

 ダヴィンチちゃんの声に押されるように、夜の街に踊り出た。

 

 

***

 

 

 既に日は昇り始めているはずなのに辺りは黒さを濃くしていく。べったりと塗られた黒の中に街灯の白が混ざり込む。

 もはや街の住人は息をすることをやめたのではないかと思うほどの静けさ。

 

 その静けさをかき分けるように―――女は走っていた。

 

 少しでも、速度を落とせば、死ぬ。

 

 その直感が彼女を、限界を超えて走らせていた。

 

 

 

 

 自身の主、火々乃晃平の消息が途絶え既に三日もたっていた。

 聖杯戦争。その知らせが届いたのはつい先日。

 

 女―――即ち、火々乃家のメイドこと椎名名月(シイナナツキ)はその主人を探し、町中を歩いていた。

 

『……ナツキ。その、だな。そろそろ、お前誕生日だろう? だから、ほい』

 

 いつになく真剣味を帯びて―――記憶のうちでは顔が黒く塗りつぶされた、しかし、自分の記録がヒビノコウヘイだと訴える人物がそう言ってあるものを渡してきた。

 

 普段ちゃらんぽらんなクソ野郎が真剣な顔をして何か言おうとしている。絶対にろくでもないとナツキは察していた。

 

 渡されたそれは、赤い結晶?が着いたイヤリング、だろうか。しかし、どこか見覚えがあるような気さえした。

 

『これは?』

『最強のお守りってやつだ。……もしもの時用にな』

 

 後半は小さく呟く様に言われたので聞こえなかったが、それが自分へのプレゼントらしい。しかし、お守りとは。

 まさか、何かまた妙なモノに関わっているのではないかと勘ぐっていると―――衝撃。

 

 ナニカが、いや、拳がナツキのあごをかすめ―――脳を揺らした。

 

 それだけで、ナツキの意識はたやすく混濁し―――とても立っていられず、床に倒れた。

 

『な、何を……』

『悪いね。今回ばかりは―――を関―せたく、―――だ』

 

 意識が落ちていったせいか、何を彼が言っていたかは分からない。

 

 起きた頃には屋敷の中には誰もいなかった。

 

 そして、二日。

 

 聖杯戦争とやらを火々乃晃平が起こした、と言う情報が炎浄家経由で回ってきた。

 

 ろくでもないこと――とは、まさしくコレに違いないとナツキは思い。

 

 その聖杯戦争が行われる街―――赤海町へ出向いた。

 

 火々乃家が土地のオーナーである。

 表向きには工業都市として知られている都市だ。港湾も整っていて、材料はそこから降ろされるとか。港近くには鉄道やコンテナ置き場もある。そんな何処にでもある風景が詰め込まれた都市だ。

 

 北東には山々があり、迷いの森、と地元住民には知られている。

 

 

 そんな街で一体何をしようというのか。

 

 ―――強い焦燥感に突き動かされるまま、この街に来てしまった。

 

 

 火々乃晃平が本当に、こんなことを起こしたのか。自分は確かめなくてはならない。

 もし、コレを本当に彼が起こしたのなら自分の手で殺さねばならない。

 

 その真偽を会って確かめねばならないというのに―――捜索は、難航していた。

 

 いつの間にか夜も過ぎ――手元の時計は朝になろうとしていて。

 

 今日の捜索は打ち切ろう、そう思ったときに―――山に強い神秘が降りるのを感じた。大きくうねるように山の姿が変わって見える。

 

 ―――そこは確か、彼の旧家があった場所ではなかったか。いつぞやに彼の口から聞いた覚えがある。

 

 今まで頭にもよぎらなかった可能性を引き出し、照合して―――飛び出すように走った。

 

 息も絶え絶えになりながらも、何とか森にたどり着いて。

 

 

 押し入った先、そこで、目にしてしまった。

 

 黒い戦闘装束を着た女性が―――真紅の槍を男に叩きつけ吹き飛ばす。

 

 緑色の革鎧のようなそれを身につけた男が素速く体を返して体勢を直した。

 

 見れば分かる。

 アレは人間ではない。おそらくは、人間に似た別なモノ。

 

 視覚で捉えきれぬやり取りを数十と繰り返すそれらを―――ナツキは理解出来ない。

 凶器の弾け合う音が否応なしに、殺し合っていると言う事実をナツキに知らせてくる。

 

「――――――――」

 

 魔術を知っている自分だから分かったワケではない。そもそもあんな動きを人間が出来るはずがない。

 

 関わっては、行けないモノだ。そう、体は結論した。

 

 伝わってくる殺気に、死だけが明確にイメージされる。

 

 逃げ出さないと、と思う心と。それだけで見つかるという判断が脳内でせめぎ合う。

 

 ぺきり、と足下から音が鳴った。

 

 ――――瞬間、心臓が萎縮する。

 

「誰だ――――!」

 

 緑色の男が、じろりと、木の後ろに隠れるように見ていたナツキを凝視した。

 

 

 

 ―――こうして、彼女は逃げだし、今に至る。

 

 

 死を回避するために、疲れを叫ぶ足腰を意志で黙らせて、タダ走る。

 生ある故の逃避。

 

 あの黒い槍で刺されれば———いや、自分は死ぬだけか。

 

 それが嫌なら死にもの狂いで逃げなくては———。

 

 いつの間にか、郊外にまで走ってきてしまっていたらしい。

 

 自分をあきらめてくれたのか、後ろにあの男の姿はなかった。

 

 目の前にある、おんぼろな教会。むしろそれ以外にはない妙な場所。

 

 そこの扉を開いて中に入る。

 

 そこにはやはりというか誰もいない。

 

「はぁ……」

 

と息をつく。少し、重たい体も楽に————。

 

「やっぱ、ここに逃げてきたか」

 

 背後で、そんな声が聞こえ————。

 

 

 瞬間、見ている景色がぐるりと横転した。

 遅れて腹部に強烈な痛み。

 

 盛大に物音を立てて体が教会の長椅子の上をすべるように飛ぶ。

 自分が蹴飛ばされたのだと、そこで間抜けにも気づいた。

 

 霞む視界で男を追う。

 

 男は、槍を振り上げている。———まずいと、全身が知覚し、怯え、呼び起こす一瞬一秒に恐怖する。

 

「女を殺す趣味はねぇんだがな。ま、今日は運が悪かったと思って———疾く逝けや」

 

 避けようのない必殺の槍が放たれた。

 

 

 ———自分に吸い込まれる刃先。

 世界が凍り付くような感覚。

 

 ふと。ナツキは思った。

 

 ………なぜ、自分がそんな目に合わなくてはならないのか。

 目の前の男には全く興味はないし、そもそも求めてすらいない。

 自分は、ヒビノコウヘイに用があったのであってお前にではない。

 

 時代錯誤な格好をした男に殺される故がない。

 

 そんなものは認められない。

 こんなところで、意味もなく死ぬわけにはいかない。

 

 頭の中に、あの時の光景が映し出される。

 

 灰と煤。鉄臭いにおい。焼け爛れた人。自分の親を殺した男。

 

 ———これが、魔術師によるものなら。

 

 私は、復讐を果たさねばならないのにこんなところで死んでしまっては、それこそ意味がない。

 

 ああ、こんなバカ当主ですらない奴に殺されるとか、全く持って意味が分からない————!!

 

 バカ当主からもらったお守りを思い出して握りしめる。現在進行形で死にそうなのに全く機能していないお守り。何が最強のお守りか。

 

「ふざけないで、私は————」

 

 こんなところでいみもなく、

 お前みたいなやつに、

 殺されてたまるもんか—————!!!!

 

 

 

「え————?」

 

 

 それは、本当に。

 

「なに………!?」

 

 魔法のように、現れた。

 目映い光の中、それは、私の後ろから現れた。

 

 思考が停止している。

 

 現れたそれが、女性の姿をしていることしかわからない。

 

 

 ぎぃぃぃんという音。それは現れるなり、私の胸を貫こうとした槍を打ち返した。

 

 戸惑うことなく、男へと踏みこんだ。

 

 

「—————マジか、サーヴァントを土壇場で……!?」

 

 

 弾かれた槍を構える男と、深紅の剣を一閃する女性。

 

 剛剣一閃。

 現れた女性の一撃で———男はたたらを踏んだ。

 

「ぬ――――! ははっ、こりゃ―――!」

 

 不利と悟ったか、壁を槍でぶち抜いて喜悦の笑いをこぼして外へと飛び出し───

 退避するする男をその壮麗さで威嚇しながら、それは静かに、こちらに振り返った。

 

 半壊し、彼女の奥には曇り空。

 雲が流れ、目映い朝日が僅かな、その一瞬に顔を覗かせる。

 

 協会に赤い、あるいは黄金の光が立ちこめ、その女性を照らしあげる。

 

 褐色の民族服、どちらかと言えば和装の方が近い出で立ち。

 色素の薄い茶髪を揺らし、立っている。

 

「―――――――」

 

 ナツキは声が出ない。

 

 あまりに日常から乖離した現実に脳が停止したわけでもない。

 

 マグマがうねるような、あるいは強い生命の火のような、轟々と燃えたぎるようなその女性を見て、ただ、声を失った。

 

「―――――――――」

 

 女性は、赤い宝石の様な目でこちらを見下ろしていた。

 

 ―――ドクン、と心臓が跳ね上がる。

 

 

 その赤い瞳から、今にも熱線が自身に放たれて炭へと変貌してしまうのではないかとさえ思うような熱さが伝わってきた。

 

 しかし、そこに何の感情はなく。

 

 ――それが、酷く冷たく思えた。

 

 やがてその女性は、言葉を放った。

 

 

「――――――問おう」

 

 

 凜とした声で。聞く者全てを傾聴させるような威厳に溢れた声で。

 

 

「貴様が、余のマスターか?」

 

 

 そんなことを言った。

 

「………ま……ス、ター?」

 

 

 問われた言葉を復唱する形になった。

 

 一体、彼女が誰なのか、何者なのかも分からない。

 

 見た目こそは、可憐なあどけなさを残した顔の女性なのに、その冷酷さをにじませた目で問いかけてくる。

 

 ――――心の、うちを表に晒された気がして。どの瞳の赤さに

 

 思わず、目線を下げてしまった。

 

 

「……ふむ。 なるほど、貴様も……」

 

 

 彼女は表情に小さな影を造りって何かを呟くように言った。

 

 視線をいきなり、外へ向ける。崩壊した教会の壁の向こう。

 つまりは―――あの男が突き破って出て行った場所。

 

「いい加減、煩わしい。さっさと去れば見逃してやったものを。マスター、ここで待っていろ。五月蠅い犬を追い払うのは慣れている」

 

 その声にはっとして、顔を上げる。

 

 言葉の意味のわからなさを問うためであり――――瞬間。

 瞬間、左手に痛みが走った。熱い焼きごてを押されたような、そんな痛み。

 

 ナツキが顔を上げたころには、その女性の背はなく。

 

 あの男の方へ向ったのだと分かった時、体は考えるより速く、その背を追っていた。

 

 穿たれた壁から外界を覗けば――――。

 

「な、これは………どういう」

 

 響く剣戟。

 太陽は既に陰り、雲の中に消え去っている。

 

 石畳が敷かれた通路。

 それを挟むように立つ木々。

 

 その中央で火花を散らす鋼と鋼。

 

 教会から飛び出した女に、槍の男はへらへらと笑みを浮かべつつも―――無言で襲いかかった。

 女性は槍を一撃で払いのけ、さらに繰り出される槍をはじき返し、男は後ろへ退がる。

 

 自分の前に現れたあの女はたやすく、男を圧倒していた。

 

 ―――これは、戦いだ。

 

 知れず、ナツキは実感した。

 

 もはや目で追うことすら厳しい槍はさらに勢いを増して女に繰り出される。

 それを女は赤い剣で打ち払い、相手の間合いへ踏み込む。

 その極みに極まった武芸故か、男には先ほどの余裕がまるでない。

 

「クソ、こいつは、分が悪いなチクショウッ――――!!」

 

 憎々しげにそう言い放ちながら、男は僅かに後退する。

 

「はっ。何の冗談だ。二度も女に当たるなんざ―――しかも、どっちも超一流のサーヴァントときちゃ―――この戦争にも嫌がらせ特化な神様でもいんのかね?」

 

 男のある種の褒め言葉にも女は―――不満げだった。

 

「ふむ……槍を使っているから、さては槍の使い手―――ランサーのサーヴァントと期待してみれば飛んだ拍子抜けだな。貴様、他のクラスだろう?」

「はぁ……ほんと、ヤになっちゃうね。で、それが何か問題か? さっさと―――」

 

 そう言って、男が構えを再び取り戦いの続きを促そうとしたが、女にそのつもりは無いようだった。

 

「なんだ、ここで死にたいのか? 今の貴様とやり合っても面白くない。切り札を見せる気が無いなら早々と去るがいい。……つまらん縛りありきでは、どうもやる気が出ぬ。それでは余の片手間だけで死ぬぞ?」

「けっ………こっちの事情はお見通しかよ。ま、そろそろ返ってこいって親玉も五月蠅いしね。お言葉に、甘えさせて貰う―――」

 

 

 空に解けるように、その男は消えていった。

 

 濃厚な、強すぎる殺意が消えたことで―――体がすとんと地面に落ちる。へたり込む。

 

 体から力が抜けた。

 

 ―――もう、何が何だか。

 

 残ったのは、半端な魔術師である自分と、何故か自分をマスターと呼ぶ、―――あの男が言った言葉を使用すれば―――サーヴァントだけがこの場に残った。

 

 ふりかって、かんかんと足音を鳴らし、女―――サーヴァントはナツキの元へ歩み寄る。

 

「あの男のせいで名乗るのが遅れたな。―――余の名はライダー。即ち、騎兵のサーヴァント。安心せよ、マスター。

 この身は最強の矛にして、貴様を護る盾である。もっとも、貴様が使いこなせるかは分からんがな。ふはははははははっ!!」

 

 魔王のような尊大な笑いを響かせて女―――ライダーはそう言った。

 

 

 ―――ナツキにとっての長い夜、聖杯戦争の始まりだった。

 

 

 

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