再び、目を開らけば荒廃した教会が見える。
耳には絶え間のない雨脚の音。
壁は教会にあったであろう廃材で塞がれていた。所々に金属が溶けたような痕があることから、どうやって補修したかは判った。
されど、判らぬは――――。
「ふむ? 起きたか、マスター。気分はどうだ?」
この目の前の女性。
取り敢えず記憶の中を探って、今の現状と共にこの女性の名を想いだす。
「ライダー、様でよろしかったでしょうか?」
「……随分とかしこまった物言いをするな、魔術師」
まるで、叱責するような声。
一瞬、ひやりとする。ひょっとして間違えてしまっただろうか。確か、彼女はそう名乗ったと覚えているのだが。
「……私の知りうる魔術師は基本尊大不敬だったものでな。驚いただけよ。
ふ、そう怯えるな。
余は貴様をとって食う気はさらさらない。いや、性的ならばさもありなんだがな」
と、おどけて笑って見せた。
きゅ、と締まった心臓が緩みを見せる。血が循環した。
……彼女に睨まれれば、命がない。そう体が錯覚する、いや理解していた。
「先ほどの襲撃からちょうど十時間半。貴様が倒れてからずっと―――」
「十時間半!?!?」
窓から外を覗けば、雨が降っているものの暗さが目立ち、遠くに見える外灯が橙色に色づいている。
……今が夜、ということだ。
手元の懐中時計を見れば、ちょうど午後四時五十分。
一日寝過ごしてしまったのだ。
それだけ、寝ていたにもかかわらず体は重く疲れている。メイドを名乗る身としては冗談ではすまない失態だ。
「無理もないだろう。無理矢理な召喚。オマケに莫大な魔力の消費。誰かを捜し回ったのであろう疲労。それを考えればむしろもっと寝ているべきだ」
そうライダーは言ってくれるが、時間を思わぬ形で消費してしまった。
こちらは色々問いたださねばならない身だというのに。
「そうでした。――私の名は、ナツキ。椎名、ナツキと言います」
「では、ナツキと。ふむ、奇妙だがなんだか懐かしい響きだ」
「少し、お聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」
「構わぬ。続けよ」
「その、そもサーヴァント、とは?」
「…………もしや、聖杯戦争を知らぬのか?」
「ええ、恥ずかしながら」
一応、単語程度は聞いたが事実、それが何を示しているのか私には判らなかった。判っていることなど儀式的なものであって、なおかつ自身の主人が主催者だと言うことだけだ。
「ふむ。まあ、よかろう」
こうして、ライダーから聖杯戦争について説明を受けた。
万物の願いをかなえる「聖杯」を奪い合う争い。
聖杯にはどんな願いでも叶えられるほどの魔力をため込める器にして、彼女らサーヴァントを呼び出す術式。
聖杯を求める七人のマスターと、彼らと契約した七騎のサーヴァントがその覇権を競う。
他の六組が排除された結果、最後に残った一組にのみ、聖杯を手にし、願いを叶える権利が与えられる、というルールらしい。
他の六組が排除された結果、最後に残った一組にのみ、聖杯を手にし、願いを叶える権利が与えられる。
勝利のためには、マスターか、そのサーヴァントを倒す。もしくはマスターの令呪を無効化し, 強制的にマスターとしての資格を失わせることが必要となる。 なお、サーヴァントを失ったマスターとマスターを失ったサーヴァントが契約を交わし、再び参戦する事も可能だとか。
「ナツキが巻き込まれたのは、魔術師による生存闘争だ。どうだ、理解したか?」
「ええ。まあ、一応」
呼び出されるサーヴァントとは、魔術世界における最上級の使い魔。聖杯戦争に際して召喚される特殊な存在である。
使い魔としては最高ランクで、魔術よりも上にある。一般に使い魔という単語から連想される存在とは別格で、一線を画している存在だ。
その正体は英霊、神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰をもって人間霊である彼らを精霊の領域にまで押し上げた人間サイドの守護者、というものらしい。
……つまり、目の前でどっかりと座るこの女性はかつて英雄として名を馳せた存在、ということだ。
「その認識でよい。そして―――その伝説の再現、つまりは宝具、と呼ばれる者をサーヴァントは所持している。
余の場合は――――――」
と言ってライダーは目の前に真紅の――透き通った水晶質の剣を掲げた。燃え盛る炎を具現したか、その刀身を見るだけで、得体の知れないエネルギーが荒れ狂う大海がごとく渦巻いているのを感じる。
「これが、余にとっての宝具その一だ。」
「その一? と言うことは他にも?」
「うむ! ――こい!」
剣をどこぞへと消失させ、彼女が背後に向けて手招きすれば―――何処から共無く、馬が現れ、さも当然のように彼女の元へ走り寄ってきた。
「こうして会うのは随分と久しい。達者であったか?」
優しげな笑みを浮かべて顔を寄せてくる馬にライダーはほおずりする。
「その、馬も宝具なのですか? 逸話の再現だから武器に留まらないんですね。」
「そういうことだ。とまあ、余から説明できるのはこれくらいだ。他に何か聞きたい事はあるか? 遠慮することはないぞ」
では、遠慮無く。
先ほどの説明を聞いて少しばかり気になった事が二点ほど。
一つは、彼女の真名だ。
説明に寄れば、彼女は多くの人に認知されうる英雄だった筈だ。ならば、その名もまた知られている。ライダーと言う名ではあるまい。最初にあった時の自己紹介では騎兵のサーヴァント、と言っていたことから、それはクラス名の様なものだろう。
もう一つは、その宝具の名である。
それこそは、英雄の代名詞。彼らの持つ最終武装であり、生前の偉業を元に形を為した「物質化した奇跡」そのものだ。
その名を聞けば、歴史に疎い自分でも聞き覚えがあるかもしれない。
例えば、エクスカリバーなら、アーサー王とか。
「真名はなんとおっしゃるのですか?」
「ふふふ、ふふふ、ふはははははは!!! ………聞かれてしまったか。むぅ、しかし隠すわけにはいかんし……」
なにやらもごもごし始めた。
何か不始末なことでもあったのか、その名を言い澱むような理由でもあるのか。
「いやあ、その、だな。……哀しいことだが、今、余は自分の名を思い出せぬ。すまん」
「え?」
「コレは余の責任ではないぞっ! むしろ、マスター側の、召喚の未熟さ故だ! どんな適当な召喚式組んだのだ! おかげで、この宝具の名もサッパリ思い出せぬ!」
と、赤くなって怒り出した。
……えっと、真名を覚えていない?
「ああ、まったくな! まあ、それでも凡百の英雄に負ける理由はないがな! ふははははは!!」
ライダーはそう快活に笑うが、こちらは激しく不安である。
そんなこちらの不安を知ってか知らずか、軽く微笑んで語りかけてくる。
「ふ。いくら余の強さを説いたところで信じられまい―――こちらの言葉では百聞は一見にしかず言うらしいが―――余の強さをアピールするとしよう。
―――出るぞ、マスター」
立ち上がり、褐色の外套をバサリと翻す。
“どこへ”と自分が言う前に、彼女は告げた。
「決まっておろう。敵のいるところに、だ。」
外から聞こえる雨脚は一層酷くなって、稲妻が時折走っている。
……そんな、外に?
「余のカンはそこそこの代物。ここから東に敵ありと、余のゴーストが囁いておるぞぉ!」
傘はおろか、レインコートすらこちらにはないというのに?
「それは、無問題だ」
にかっと笑って告げるライダーに、余り良い予感を覚えなかった。
***
「行くぞぉっ!! 万里の彼方までなっ!!」
「きゃあああああああああああ――――――――――!!」
外に現れた馬の背にのったかと思うと、それこそ世のジェットコースターなど目ではないほどめまぐるしく動く、アトラクションが始まった。
悲しいことに安全バーはない!
めちゃくちゃだ、この人っっ!!
自分がそう訴えてしまうのも仕方ないだろう。
嵐が吹き荒ぶ、その天空を馬で駆け上がっているのだ。
上下、上下、時折左右。
ぐいんぐいん動くソレは、気分はロデオどころか、ロケットに宙づりにされたまま飛び上がっているソレだ。
下を見れば、思わず息をのむほど高い場所を飛行しているのがわかる――――すごく、怖い!
自分に出来ることは振り落とされぬよう必死にライダーにしがみつくことである。
……その件のライダー、と言うと。
「ふははははっはっ!! この風、この感覚!! よいぞ、よい!! さいっこう!!」
絶賛はっちゃけている。激しく高ぶったテンションは下がらずこちらのことなどお構いなしにぶんぶんと動き回る。
雨こそ何故か中空でまるで自分達を避けるように移動し、自分が濡れることはないとはいえ―――おえっ。
ここまで高速で、四方向に荒れ狂われると―――こちらの、気分が―――。
そう思った時―――突然ライダーの動きが止った。
その目は―――遙か遠くを睨んでいる。
そちらはこの町の港がある方角。その奥を睨むようにして見ていた。
「……サーヴァントが集まっている用だ。ふむ―――あれは、ランサーとセイバーか? 赤い槍持ちはどう見てもランサーの何合う動き。昼間のアレもなかなかだったが、それ以上だ。」
ライダーは、目の先―――つまり、港湾近く――いくつものコンテナが置かれた場所に、サーヴァントが戦っているのを発見した。
「これは、僥倖。――――あの二体の首級を上げれば流石に余の強さを確認できよう。なかなかに喰らいがいのある獲物よな!」
手綱をしならせ、馬を走らせる。
向うは―――港湾、コンテナ置き場。近くには列車に積むためか、車庫だろう建物が見える。
獰猛に、ライダーは獣が如き笑い声と共に、歓喜を歌いながら爆走した。
……背後から聞こえる、悲鳴を無視して。
大人なライダーが参上。なお性格。