カルデアのマスターこと藤丸立夏は、家主――火々乃晃平からの許可を得て部屋の一室を借り受けた。
部屋は物置に近い状態では会ったが来賓用ベッドが置かれ、なかなか快適な生活が出来そうだ。
「まあ、コンクリートの床で寝泊まりするよりは、って感じだけどね」
そう同意的なことを言うのは立夏のサーヴァントであるセイバーである。
「せっかく結界とか張って貰ったのに。ごめん」
「いやいいよ。そもそも使い捨てだし、労力もいらないし。しかし、気づいたかい?」
「えっと、何を?」
「彼だよ、彼」
彼とは火々乃晃平のことだろう。むしろ自分とセイバーを除いて男性は彼しかいない。
「火々乃さんがどうかした?」
「屋台であった人覚えているかい? ご丁寧にランサーの動向を教えてくれた男の人をさ。アレ、彼だよ。強力な認識阻害を組み込んでいたけど、僕には通じない。体に流れている気がほとんど同じだったからね」
立夏は驚いた。ついさっきまで話していた人を、屋台で話した人とは認識していなかったためだ。わざわざ傘まで貸し与えてくれるいい人だと思っていたのだが、彼が魔術師であると考えれば評価は正反対に覆る。
「傘には何らかの魔術が仕込まれていたんじゃないかな。例えば、位置座標を教えるように、とか。魔力を通しただけで爆発するようにだとか。」
「ひょっとして結構危険な状況だった……?」
そうな雑談をセイバーと交わしていると無機質な電子音と共に通信が開いた。
《さすが一等霊地だ。通信の精度が段違いだね》
ダ・ヴィンチの声が通信を通して聞こえてくる。
どうやらヒビノ邸が位置している場所はサークルも設置すると機能しやすい土地らしい。通信の感度も良好ときた。拠点とするならこれ以上無い場所だろう。
《それにこの地を知り尽くししている彼と同盟を組めたのはこちらとしてはありがたい。この聖杯戦争最大の戦力と組めたわけだしね》
聞けば、時計塔で色の称号を得た魔術師は少ない。色の称号を得るだけで優秀な魔術師と認められたということなのだが。彼は極東の島国の出身。並大抵ならぬ功績とともに得たのだろう事は容易に想像出来る。
そんな優秀な魔術師とランサーことスカサハが主従とあらば、鬼に金棒というわけだ。
ダ・ヴィンチがランサー陣営を聖杯戦争最大の戦力と言うのもうなずける。
しかし、立夏としては気になる点もあった。
「おや、何か気になる事でもあるのかいマスター?」
《立夏君が気にすること……ズバリ、火々乃氏とランサーとの不仲だね?》
ホームズの推測に立夏はうなずく。
「あー、確かに。ランサーが自分のマスターをあまり快く思っていないのは僕にもわかった。」
《聖杯戦争においてサーヴァントの主従関係は良好な方がほどよい。それが判らぬ火々乃氏ではないだろうが……魔術師からすればサーヴァントはただの強力な使い魔としか見ていない。彼も例外ではなかった、ということだね》
表では控えていたが、その不仲さは見ていてヒヤリとする。どうしてそこまで不仲なのか、立夏からすればよく分からないことだった。
彼の知るスカサハが嫌う人間……ある意味では興味がわくほどだ。
《立夏君からみてどうだった? 信用にたる人だったかな?》
「どうだろう……悪い人には見えなかった」
《ふむふむ。なるほど。》
あくまで今は。という前提はあるのだが。
すると突然、カルデアとの通信越しの話の最中に部屋にノック音が響く。
《おや? 誰か来たようだね》
ダ・ヴィンチちゃんがそう反応するのと同時にドアが、ぎ、と音を立てて開く。
「―――楽しそうな会話の最中だったようだが、失礼。カルデアのマスターの君に今日中に渡しておく物があってね」
「渡しておく物?」
「ほらよ」
そっけなく突き出される掌の上には赤い紐で括られた鈴がある。
「鈴?」
「ああ。ここに強力な結界が張られていることは判っているだろう? ランサーから少しは話を聞いたんじゃないか?」
そう言えば道中そんなことも言っていたような。と立夏は思い出す。
《成る程。スカサハ女史がこちらでは観測値が曖昧、というかランダム変動するそこを何の疑問もなく突き進めたのにはそんな理由があったのか》
「……カルデアのホームズか。あのカルデアにベーカー街の名探偵とは……人理焼却事件はかなり大変だったみたいだな」
「あははは………」
火々乃の若干カルデアを皮肉るような言い方に立夏は愛想笑いしか出来ない。
《あのカルデア……ね。どうやらヒビノ氏はこちらにあまりいい印象を抱いていないようだ》
「当然だろう。魔術師の創出した組織、って時点で信用は欠けよう。しかも
《前所長と何か関係があったのかな?》
「ああ。それは、もうね。机上の空論に一枚食わされたってだけ……じゃねぇ。アイツラの子飼いが気に食わなかっただけさ」
“
《一つ。最後にいいかな、ヒビノ氏?》
去って行こうとする火々乃をホームズは呼び止めた。不機嫌な顔をして振り返る火々乃だたが、真剣味の込められた言い方に表情を正す。
「………何だ?」
《何故、君はスカサハをそこまで気嫌うのかな?》
「俺の目的に不向きだった。それだけだよ」
《クーフーリンを呼ぼうとしたことは彼女から聞いている。しかし、スカサハ女史は彼の英雄より破格の性能をしている筈だ》
「欲しかったのは性能じゃなくて、使える駒だ。確実に敵を殺せる……、そこのセイバーみたいにゲイ・ボルクを弾きうる英雄なんぞそういるわけじゃない。
君主を裏切った逸話のないクーフーリンならそれにそぐう。あの女はそれにそぐわない。ただそれだけの話だ」
話はこれで終り、と火々乃は立夏のいる部屋を出ていこうとして、ふと思い立ったようにふりかえって聞いてきた。
「お前の知っている英霊に、“薩長殺すべし”とか言うバーサーカーとかいるのか?」
***
『欲しかったのは性能じゃなくて、使える駒だ。確実に敵を殺せる……、そこのセイバーみたいにゲイ・ボルクを弾きうる英雄なんぞそういるわけじゃない。
君主を裏切った逸話のないクーフーリンならそれにそぐう。あの女はそれにそぐわない。ただそれだけの話だ』
……彼らの前ではああいったが、正直それはこじつけのようなものに過ぎない。
スカサハを召喚した時。一目見た瞬間から、全身が警鐘を鳴らした。
そこに理由はなく。考えてもわからない。いや、思考を置いていく第六感めいた感覚が体を駆け巡った。
自分でもどうかと思うほどの殺意がわき上がって吹きこぼれそうになった。彼女のナニカに激情し、脳が沸騰しそうだった。
―――嫌悪、なんて言葉は飾りに過ぎない。
そう思えるくらいには、互いを許容できなかった。
……こんな思いを抱くのは生来初めてのことで。その特別とも言える感覚をあのような女に抱き得たことを腹正しく思えた。
理由は見えなくとも。きっと簡単な理由で殺し合うのだろうと。あるいは、理屈なんていらないくらいの、存在を許容できないシステムが組み込まれているのだと。そう
「くそったれ」
なんとも言えぬ、むかつきとしかいようのないソレを吐き出す。
分からない物を判らないままに出来るほど自分は図太くはない。だから不愉快で、苛立つ。
―――だから。
自分の視線の先の女を見た時、これでもかと顔を
「―――遅かったな?」
「……ランサー。何の用だ。部屋なら与えたが?」
「見ていたのだろう? 私達の戦いを」
……彼女が言っているのは、コンテナ置き場での戦闘のことを言っているのだろう。セイバーとランサーが戦ったあの場所。おかげで、セイバーの戦力がしれた。
もっとも、この状況下ではありがたみがごっそり減ってしまうのだが。
「ああ。結構な戦いぶりだった。宝具を発動させても仕留められなかったのは痛い。クーフーリンと間違われることはないだろうが……、大凡の陣営に真名がバレたと言っていいだろう」
目視しても判る、あの槍のめちゃくちゃな軌道。因果逆転の槍であることは一見して明らか。
厄介なことこの上ない。だが、この女には
それこそ包囲網を敷かれそうなチートぶりだが、今やこちらが同盟を組んでしまっている。よほどのことがない以上こちらは負けないだろう。
「……お前は何をしていた。途中で消えたが」
「アサシンに追いかけられていた。……こっちの本命はアーチャーだったんだがな。まさか、アサシンが引っかかるとは」
「アーチャー、だと?」
電波塔の上なんてかなり判りやすい場所だ。あそこに匹敵する高さの場所は港湾地区にある高層ビルか、工場の大型クレーンくらいだ。
アーチャーなら、最初に陣取るか注意を向ける場所。
砲撃なり、背後からの奇襲なり。アクションを起こすのはアーチャーだと思ったが、まさかのアサシンだ。下手したら、その時点で死んだかもしれんが、結果はこの通り。
「まあ、俺のことなんざどうでもいいだろう。しかし……お前、なんのつもりだ? 彼らを本拠に呼び込むまねするとは思わなかったが」
失望した、と言外に伝える。
これでこちらの本拠の位置がバレる上に、大きく計画がずれてしまった。順調に進めば三日で終わった物を。
「“火々乃晃平は黒幕ではない”と言ったのはお前だろう? 貴様の思惑を考慮した結果だ。勘違いさせたままでは動きにくかろう」
「余計なお世話だ、ランサー。その老婆心はカルデアのマスターにでも向けておけ。……明日、午後十時過ぎにアサシンのマスターがいるであろう場所を襲撃する。」
「もう突き止めたのか」
「バーサーカーの方はライダーとセイバーにでも向って貰う。お前はアサシンの相手だ。どうもセイバーと同質の英霊のようだから、少しは楽しめるんじゃないか? お前の大好きなコロシアイだ。喜べよ」
「……フン」
挑発混じりに言ってみたが、彼女に言返す気は無いらしい。事実と認めたか、そもそも歯牙にも掛けられていないか。恐らく後者だろう。
去って行く背を見届けて部屋に入る。
寝床に入って時計を眺めれば―――針が二時を指していた。
人形越しに会話しなくなるぐらいには信用したもよう。