―――刻限だ。
微睡みから目を覚ます。
体を起こして衣服を羽織る。
蒸し暑い夏には敬遠する黒服。その懐に魔術の仕込みをいくつか入れる。対アサシンのマスター用に選定した魔術式である。
「――――、―――」
ついでに、どこか懐かしい代物が机の上にあったのでついでに懐にしまった。黒猫を呼んで一緒に着いてこさせる。
こちらの調べによれば、アサシンのマスターは火々乃胴雷ではない。しかして、俺のことを知っている人間だ。
だから、あの日俺に仕掛けてきた。
――じゃなきゃ、俺と同じようにサーヴァントの小競り合いを見ていたはずだ。
もっとも勝利条件に近いマスターを殺すのは定石。そして、俺以外のマスターは、この聖杯戦争を開催したのは俺だと思っている。
聖杯を掴みやすい場所にいるなら、殺してでも引きずり降ろす物だ。
既に日は落ち、夜の饗宴は開かれつつある。
――ライダー、およびセイバーとそのマスター――藤丸立夏にはバーサーカーがいるだろう場所へ向わせた。
ライダーのマスター――ナツキは、本邸の護り、というかお留守番だ。
庭先、玄関外に出てみれば正門に背を預ける形で待っている女がいた。
「――――準備は、出来たか?」
「…………」
スカサハの問いに答える気は無い。というか、聞く意味があったとも思えない。
「―――アサシンを誘え。マスターからできる限り離すがいい」
「なるほど……本命はマスター殺しか?」
「…南東の港に未承認の客船を確認した。何処の会社にも組み込まれていない客船。当然客も居ない。どうやら中古を何処からか購入してきたらしい。
しかしてそこから近い場所に廃棄施設がある。そこに誘い込め。人払い込みでな。」
「―――誘いにのると思うか?」
「………アサシンのマスターは、必ずお前の誘いを断らせまい。ヤツの性根は自信家だ。良家に生まれ、時計塔なら
「そうか」
どん。そんな音を聞いたかと思えば、既にスカアハは眼前から消え失せ。
地面を強く蹴って、超速弾丸のようにランサーは西に向って走っていった。
乱立する木々の中をとんでもない速度で疾走していくランサーを見届け、足下に寄ってきた黒猫抱え上げ、ゆるりと坂をくだる。
空模様は暗鬱としていて、大多数の人間の足取りを弱まらせそうなほど。しかし、俺の足取りは軽くなる一方だ。
月も出ない夜だが、今日は調子が良い。こちらには不足がない。
「喜べ、クソ猫。お前の使い所が来た。―――一切の手加減無く。殺しにいく。戦争なんだ、殺されるのも覚悟のうちってことで、いいんだろう?」
黒猫の目をのぞき込めば妖しく輝いている。どうやらコイツもやる気らしい。
願いを踏みつぶす覚悟は、とうに終わっている。
ランサーが誘い出したタイミングとズレすぎるのは、あまりよくない。
雨が降る前には、終わらせよう。
***
とある客船。
千人はたやすく収容できそうな巨大な舟。
いつもなら活気に溢れているだろう客船もここ数日は人気が感じれらぬほど静寂に満ちている。寄港している港も人払いの結界がしかれ、人子一人も居ない。
夜の波に揺れることのない広い一室。
そこに三十代後半程度と思わしき男と、黒いぼろきれのような外蓑を纏った男―――つまりはアサシンがここにいた。
アサシンのマスター―――土御門家当主、土御門
客船の全階室全てを工房化し、完全武装を施して土御門は迎え打つ気だった。
当然想定する敵は―――火々乃晃平。
初日、殺せなかった以上、ヤツはこちらを標的とするだろうと土御門は予測した。
町の四方に使い魔を飛ばし、監視させた結果。セイバー、ライダー、はてにはランサーまで行動を同じにしていると察知した。
恐らく同盟組み以上背後の憂いが大きく減退したなら、最初に尻尾を出したこっちを狙いに来るのは道理というものだからだ。
カンカンカン、と机に置いた呪具から音が鳴る。現代で言うブザーのような役割を持たせた代物だ。
現代のブザーが不審者に対する物なら、これは―――。
「……アサシン」
「ああ…、こちらも認識した。これは、ランサーだな」
サーヴァントに反応するよう調整したものである。
アサシンの目がギラつき、どうする、と土御門に目配せする。
「―――討ってこい。だが、あれは名高きスカサハ。因果逆転の槍どころか、原初のルーンすら使いこなせるだろう最強と讃えるに相応しい英霊だ」
「ハッ……まさか、オレが負けると思ってんのかい?」
「いや、むしろ勝利すら確信しているさ。……これは明らかな誘いだ。ランサーを向けて誘いだそうする以上、本命はオレを殺しにくるだろう」
それはライダーでも、セイバーでもなく。
「ランサーのマスター、火々乃晃平。主催者が自ら殺しにくると見た。―――しかして、護りは万全よ」
土御門の誇る魔術が起動し、夥しい魔力が客船中に張り巡らされていく。二日足らずで多くの人間から湯水のように巻き上げた魔力。その魔力を動員し、もはや一個の城と言ってもいい堅さ、防御を誇る工房が動き出す。
迷宮であり、武器庫であり、防壁にして、矛でもある。やはり堅城と称されるべき魔術工房が作り上げられた。
「だが、アレ相手に傲慢にはなれん。……もしやということもあるやもしれん。ランサーを三十分で倒せなかったら、即戻ってこい」
「あいよ。戻ってくるまで死ぬんじゃねぇぞ。嫁さんだってお前には居るんだからな。娘っ子助けたいなら―――」
「判っている。いざって時は令呪を使ってでも取り戻す」
アサシンはランサーを迎撃しに霊体化して向った。
そして、入れ替わるように結界が侵入者を感知する。
「さあ、くるがいい! 火々乃家当主ッ……! 私が勝者になるために、貴様は此処で殺す!」
声高く土御門は宣言した。
勝利の色は大きく土御門に寄っている。工房は魔術師にとって絶対の砦。サーヴァントだろうと苦戦を強いられるだろう魔術工房を作り上げたのだからなおさら強気を助長させる。
しかし、世の中には例外がいる。
例えば魔術師殺しを生業にしているもの。
魔術師独特の想定の甘さをブチ抜いてくる彼らは、そのもっともたる例と言えよう。
魔術師殺し某宮とかなら、客船の底にC4でもくっつければ事足りるのだ。
火々乃家―――対外的な魔術師殺しを専門とする家、炎浄家の分家。歴史的結果で言えば、内部的魔術師における自浄作用としておかれた家ではあるが、その実力は折紙付き。現当主に至っては文字通り折紙を飛ばしてくる。
そんな相手を敵にした時点で土御門の末路は決定したと言っていい。少なくとも三十分は膠着差競れると思ったその傲慢さを思い知ることになる。
***
客船の中心、
客がいたなら、高貴な音楽とともに食事会だとか演芸などが開かれていそうな場所。
生憎と予期せぬ客人をもてなす用意はないらしく、ホールには机どころか椅子すらも置かれていない。殺風景な場所だった。
侵入者――火々乃晃平はホール内に侵入するや否や男の宣言を聞くことになった。
「さあ、くるがいい! 火々乃家当主ッ……! 私が勝者になるために、貴様は此処で殺す!」
「―――ふむ。やはり、違ったか……さては土御門家だな?」
「如何にも! 私は土御門家二十七代当主、土御門晴之! アサシンのマスターだ!」
「卑しい暗殺者を引いた気分はどうだ?」
「……そのような嘲りはやめていただこうか。彼は貴様ほど卑しい男ではないからなァ」
「嘲りをやめろ、か。パートナーと随分親しいねぇ。 ……兵器と仲良くする余裕があるようでなにより。手始めに死んで貰おうか?」
「殺せるか? この工房を作り上げた私を―――!」
火々乃の視線の先、つまりは中心ホール、その大気が大きく揺れた。
――強い魔力のうねり。それが、実際の外界に影響を与えているのだ。
ホールの壁中にまるで葉脈がごとく魔力を押し流す線が張り巡らされ、異界を作り上げている。
破格の魔術工房、と火々乃は一瞬で判った。
しかし、直立したまま動こうとしなかった。
空を睨むようにして部屋をぐるりと目だけを動かして見渡す。
「……ふ。これはなかなか高性能な魔術工房だ。大凡の魔術師では敵うまい。入った時点で化け物の腹の中、というわけだ。これは、俺もヤベェかな?」
この工房の高性能と見た理由は、そのうねる莫大な魔力もそうだが、工房の仕組みそのものにある。
馬鹿みたいに重ね層となった結界に、感じる魑魅魍魎の類い。その数は千、二千……もはや無数といった方が正しい。膨れあがった魍魎が濁流のごとく火々乃に殺到したなら―――彼とて死は免れない。
「フハハハ!! 少しは抵抗を試みてはどうだ? 何の手も持たず来たと言う訳ではあるまい!」
「―――前代と揃って阿呆なクセ。ちょっとでも優勢と思った瞬間に笑うのはやめた方が良い。臆病なくらいがちょうど良いと思うぜぃ? 死亡フラグが立っちまうからな」
「……ふん。言っていろ。人形でもない生身で来ているのは既に判っている。さっさと――死に絶えろ」
もはや尋常じゃなく数を膨れあがらせた魑魅魍魎はこぞって火々乃の居る場所に向って進み始める。
次の瞼を開ける瞬間には、殺到し食い潰されるだろう。
「―――てっきり、ゴーレム系なり、機械人形なりを用意してると思ったんだが。予想外れちまったわ」
そう独り言を言った後。
火々乃はあろうことか足下の猫に話しかけた。
「お前の出番だ。―――
それは、火々乃家が誇る『隷従』、魔術系統を最大限に極め制作したもの。火々乃晃平が作り上げた最強の礼装である。
――いつかの我者髑髏ですら、この礼装の前では霞んでしまう。
「『鵺』―――!」
静かに告げられたその名が黒猫に届くと同時に、ベキャ、メキャ、と肉質の、つぶれるような、ちぎれるような、生々しい音と共に黒猫の体が変貌していく。
細かった腕は膨れあがり、爪は鋭く、まるで虎のよう。
胴も叉大きくなった体格に見合うように。
然して、足は体格に比べると細く感じる。
全身から瘴気を吹き出すすれは、紛れもなく―――『平家物語』や『摂津名所図会』などで知られる“鵺退治”で想起される鵺とされる異形である。
「hyaoooa――――!!」
その声は聞く者全ての背筋を泡立たせる不快感と不安感を呼び起こす。おぞましさ溢れる化け物だった。
『隷従』にして『霊獣』、つまりは『隷獣』でもある。
魔術師の家としては
『鵺』と呼称されたそれも、例外ではなかった。
「飲み込め、鵺。今日はたらふく食って良いぞ」
「hhhhhhhhhhhhhhhhhhiiii――――!!」
ホール四方にある扉から魍魎が殺到しするが、『鵺』にとっては問えるに足らぬものだった。自身の主から許可が出た以上、もはやソレを押しとどめる者はいない。
『鵺』は背を逸らし、まるで天を噛もうとするように口を開ける。
刹那、『鵺』の口から四方に向って黒い線が超速で延びていった。
まるで墨汁のような黒い線が殺到する魑魅魍魎を次々と串刺しにしていく。串刺しになった魍魎は心臓を失った生き物のように、あるいは時間を止められたかのように動きをぴたりと止める。
貫いた線は、貫く度に先が何分にも別れ―――止めどなく刺していく。
やがて、客船内全ての魍魎が止まった。
すると、黒い線が一斉に動き、いや巻き戻され『鵺』の口に引かれていく。膨大な数の魍魎がたった一つの生き物に飲み込まれていく景色は壮観であり、恐怖を抱かせる。ある意味でクリオネの補食に近い衝撃と言えよう。
黒い渦の中に引きずり込まれた生き物は、こう思うだろう。
自身を貫いたあの黒い線は―――あの生き物の舌だったのだと。
文字通りぺろりと平らげた『鵺』は我が物顔で主に頭を寄せる。その頭を火々乃はなでてから次の指示を下した。
―――一瞬で真っ当な戦力を飲み込まれ、顔を青くした土御門を標的に。
「工房を破壊しろ」
たった一言で。
「hihiihifge―――!!」
『鵺』はその強靱そうな腕を地面に叩きつけ、ガラスでも割るように工房を跡形もなく、まるでテーブルに張付いたシールでも剥がすかのような手軽さで、アッサリと破壊した。
触れた地面、張り巡らされた魔力に干渉し、全てめちゃくちゃに荒らしたのだ。
工房は形を無くし、葉脈を思わせる魔力パイプはことごとく破壊された。
―――護りは、ここに無に帰した。
たった、三分にも満たない攻防だった。
「砂上の楼閣は崩れ落ちるものだ、土御門。俺の戦力を見誤ったのが運の尽きだったな」
魑魅魍魎を一瞬で平らげた化け物を引き連れて、その主共々ここまで来る。
―――全身が恐怖でこわばるのを土御門は感じた。
格が違う。
彼は相対した時点で認識を改めるべきだった。
自分は、捕食されるだけの、そもそも、火々乃からすれば眼中にすら入っていなかったのだと。
どっかの蒼崎(姉)が本気で殺しに来てるようなもの。『黒』の称号は伊達ではないのだ!
この蹂躙具合いは某ライダーちゃんもニッコリ。
やべぇ、第二部来ちゃう!