廃棄場。
人間が自然物を採石し、搾取し、加工して生成した物の行き着く場所。
要はゴミ捨て場。利用できなくなった、価値のなくしたものの死に場所である。
腐敗物、カン、石油製品、果てには車まで。
集積、識別、精査、処理。
その工程を辿り、物は最新するか、そのまま灰と化し土と消えるか定められる。
その一角で、出るはずのない火花が飛び散る。
次いで、耳を塞ぎたくなる金属音。ギギギ、と連続して雨の雑踏がごとく響く音は、聞いた者の頬を恐怖で引きつらせるだろう。
外を覗けば、夜は深く、その暗さを増している。人払いの結界が敷かれ、静寂の満ちる筈の空間は戦闘色で赤々しく染まっていた。
「シッ―――!!」
抉るように突き出される赤い槍先。ランサーの放つ一撃に相対するのは、黒い布衣を纏った男――アサシン。
デタラメな速度で放たれる槍は、もはや点の領域を超え、閃光の域へ立ち入っている。
「やっと体が温まってきたか、ランサー―――!」
「ぬかせ、アサシン!!」
しかし、それを何の感慨もなしに叩き落とすように捌くアサシン。セイバー――ハン・トゥアをして全面からは真っ当に捌ききれぬだろう弾幕を捌ききっていた。
既に三十合は超える打ち合いだが、その一刺すらアサシンには届いていない。
対して、アサシンの打ち返す頻度が増加している。
全体的に見れば、ランサーが優勢であるのは明白であるにも関わらず、内側をひもとけば押し返されつつあるのが現状であった。
ランサーが扱う武器は当然槍ではあるが、アサシンが使うのは短剣である。
そのリーチ差は、全体的な死の領域であるのに、それをものともしないアサシンの武練は神域、いやそれすら凌駕しつつあると言っても過言ではなかった。
三倍はあるだろうリーチ差を押しのけるだけでも尋常ではない。さらに、アサシンの俊敏はランサーのそれを下回っている。
だというのに。
一芸一打は絶死のそれ。極限に磨かれた技に、ランサーは笑みを深くする。
アサシンの一挙一動に体を歓喜で振るわせる。
ランサーは一旦、距離をとり、間合いを見測った。
「では、もう少々苛烈にいくとするか」
―――見失った。視界から消えた。
重心を落とす仕草を見た瞬間と同時に消えていた。
総毛立つ悪寒。身体にたたき込まれる鋭利な殺意の方向を探り意識を総動員し、アサシンは防御する。
空気を打ち振るわせる爆音。
―――交差する二つの凶器。
短剣と長槍の間で、魔力侵し合いでも起こったか、強い発光が起こる。ランサーの容赦の無い、全力の殺意。タダでさえ速かったのに、さらに速度を上げたのだ。
放たれる一撃は相手の死を捉えようと動かされる。
「っ――――!」
朱色の魔槍が敵の領域を侵犯する。
繰り出される槍は、次第にアサシンの鉄壁とも言える守りを崩し始めていた。
圧倒的な速度、弾幕。それら全てを完全には捌ききれないのだ。
それも当然。
速いだけの一撃が、光速になって。最速の名をほしいままにするランサーの全力と戦っているのだから。
アサシンの苦悶に、ランサーの槍裁きはさらに速さを増していく。
ランサーの鋭い、王者を謳う目が、どこまでついてこられるか、と問うていた。
迫り来る槍の穂先が見えない。もはや直感だけでは追うことが難しく。全霊をかけて全力で防御に回さなければ、凌ぎきれない。
―――不可視の領域に加速しつつあった。
「オイオイ! まだ、速くなんのかよっ――!!」
「悪態をつく余裕がまだあるか。なら、まだ速くしてもいいな?」
「っ―――」
加速し、さらに威力を増していく打ち込みに、されどアサシンはその武練を総動員して防いでいく。
直感はかすれば死ぬという、誰が見ても分かるだろう事実しか予感させない。
「これでも、仕留めきれんとは―――貴様、本当にアサシンか?」
「ハッ―――、じゃあアサシンたる由縁を示すか!」
ランサーの渾身の一撃に、アサシンも叉渾身の一撃を浴びせ、槍の穂先を逸らす。同時に地面を大きく損傷させ土煙を上げる。
「こざかしいマネを。私に通じると思ったか――!」
槍を回し、煙を晴らす。ついでに、ルーンを刻み混み、不意の一撃に備える。
が、
「いない? まさか、逃げ失せる気か――?」
そこには誰も居ない。アサシンの姿が消え失せていた。 しかし、地面に刻んだルーンはここにアサシンがいることをランサーに教えている。
「なるほど。体を隠したか」
『然り。お前が目視を許さぬ一撃を放つなら、見えぬ領域から拳を振うまで』
反響した音からランサーは、自身の背後に立つアサシンに向け槍を放つ。
『魔境の智慧』―――彼女の持つスキルだが、それを用いて千里眼を会得し、戦闘状況の予知、しかして攻撃方向を予知した。
『なんと――!』
「甘いッ! その程度でこのスカサハの首を取れると思ったか!」
ランサーの頭蓋目掛けて放たれる一撃は防がれ、カウンターまで放たれる。オマケにルーンで収めた気の領域をかき乱され、姿隠しすら邪魔される始末。
アサシンは影から引きずり出されてしまった。
「―――ぬっ」
アサシンの隠匿を解き、その心臓を貫かんと繰り出された槍は―――アサシンの肘と足で挟まれ動きを止められる。
「フンッ―――!!」
槍を掴まれ、あろうことか、アサシンに槍ごと
しかし、体を床にたたきつけるような無様さを見せることなく、くるりと綺麗に着地した。
離れた距離は五メートル。
ランサーならば一息で踏み込めるその間合いで、
「ふはは―――久々に、興が乗った。なかなか楽しめたぞ、アサシン」
ランサーはそう言い放った。戯れとばかりに言葉を交わそうと思ったのだろう。そう思うにたるほど、彼女が認めうるほど、アサシンは強かった。
「―――ふぅ。俺も久しぶりに、全力で立ち向かうべき相手と相対できた。……ふ。奇妙なものだ。あのセイバーでしか全力を出し得ないと思っていたが……いや、こちらも楽しめた」
朱色の魔槍が、輝きを増し、魔力が鳴動する。
黒い短剣が、輝きを飲み込み、魔力を明滅させる。
「誇れ、アサシン。貴様は私の槍で屠るにたる勇士だった。その武勇、覚えておこう」
「それは、光栄極まる。しかし、覚えて貰えるのは武勇だけか……どうせなら、名前も覚えて貰いたいもんだ」
「ならば、名乗るか?」
「フ。言ってみただけだ。お前のような美人に覚えてもらえるなら悪くないが、それはそれ。これはこれだ」
―――お互いが宝具を撃とうと構えを取る。
命を奪わんとその穂先を向けあった時、
「む―――すまん。どうやら、ウチのマスターがそっちのマスターのせいでピンチらしい。この勝負、預けさせて貰う」
かちゃり、とアサシンが武器を降ろすのと同時に、ランサーも武器を降ろした。アサシンは正直、ランサーが自分を逃がすとは思えなかったのだが、意外にも武器を降ろした。
「はぁ……、楽しくなってきたらこれだ。良いところで邪魔が入れる、空気の読めんヤツめ」
「そう言うな。お前のマスターだろう?」
「……私は、アレを主と認めていない。次、言えば此処で殺すぞ?」
「―――へぇ? アンタ、あの男を、確かヒビノっつったけ――のこと嫌いなのか。結構、気が合いそうだと思ったんだがね」
「不快だ。その認識は改めて貰おう、アサシン」
「予想の三倍嫌ってやがる……ま、逃がしてくれるなら、いいや」
空間ごと揺らぎ、アサシンの体が虚空にとか始め―――空間跳躍と同じ要領で消えるのをランサーは見届けた。
***
客間が消し飛び、ごっそりと黒い舌にカイタイされる。
『鵺』と呼ばれた最強の使い魔はその能力を比類無く示していた。
遮蔽物に体を隠そうとも、遮蔽物諸共カイタイされてしまう。
彼の十八番の魔術も、一切通用しない。魔術師の天敵に為す術もなく、土御門は逃げ回り続けていた。
令呪を使うかどうかは非常に悩ましい。目の前の敵をこの手だけで撃退できないのもなんだか悔しい。
それに――アサシンの負けは考えられない。三十分。三十分だけ逃げ回りきれば、自ずと戻ってきて形勢は逆転できる。そう土御門は確信していたのだ。
しかし、一秒一瞬は、土御門は死を予感させ続けている。
結界を生成しても守りにはならない。
壁を作っても元素域まで分解される。
魔術による攻撃は、ヒビノの魔術『折紙』が展開され防がれる。
冗談ならまだよかったが、あれは冗談で済ましていい域ではない。
まるで戦艦。あるいは戦車。
あの怪奇が放つ攻撃はさしずめ砲弾。いや砲弾の方が目で追えるだけまだましだ。
しかし、繊毛のように細く鋭い触手と呼ぶべきそれの放つ一撃は、魔力で強化された目を持ってしても見切れない。
生まれて初めて直面する死だった。
悪寒が、吐き気を引き起こす。脳の奥底を振わせる不快感をあの『鵺』は醸し出している。
極めつけは、あの鳴き声だ。
アレが聞こえる度に、耳奥に金属片を突っ込まれたような、冷たさと熱さが混ざり合う不快感が迸る。
今は、何とか姿を隠し通した。
「まだ、逃げ回れるのか。飽きてきたぞ、俺は」
またかくれんぼをするはめになったヒビノはあくびまじりにそんなこと言う
――ふざけるな。
そう叫びそうになる自分を土御門は必死で抑えた。
見え透いた挑発。のればどんな末路が待っているかなど、たやすく判る。
しかし、
「――ふむ。コロセ、『鵺』」
「kisiisii-me――――Qiii!!!」
いつの間にか。
それは後ろにいた。
気づかないうちに、回り込まれていた。音一つ立てずに、それは暗闇からにじみ出すように生まれ出た。
冷気をにじませ、夥しい魔力を、まるで沸騰しているのではないかと思えるほど活発に蠢かせて。
土御門は瞬時に、防御結界を張る。
「あぎッ……………!!」
しかし。結界は紙でも破くように簡単にちぎられ、土御門はまさに塵のようにふきとばされる。『鵺』が触手を束ね、大きな鞭のようにして土御門を吹き飛ばしたのだ。
細かく、鋭く、堅い。
―――鋭意な、なるほど、鞭にしてチェーンソーでもあったらしい。
体がズタズタになって血を吹き出しながら、土御門はそう思った。
しかして、何故。こんなところで死ねるだろうか。
自分は、何のためにここに来たのか。
自答は深く、そして鮮明に土御門に記憶を思い出させる。
脳裏に映るのは、倒れた少女。自分が愛する妻との間に出来た第一子。
――娘が呪いで倒れた。
つい一週間前のことだった。
呼吸をすることすら難しく、今や病院で機械の援助を受けなければならないほど容態は悪い。
そしてその原因は、不明。しかしそれは表の事情では判らないだけで、自分のような裏の人間が見れば呪術によるものであることは一見にしてわかった。
あらゆる解呪法を試してみた。土御門の家は、知る人ぞ知る名門である。集まる物も超一級。されど。娘の呪いは解けなかった。様式からして全く分からぬ物で、原理を特定することすら出来なかった。
―――その矢先に、この騒動。
曰く、願望器。あらゆる願いを叶える聖杯とばれるもの。
例え偽物でも願望器なら、根源にたどり着くほどの魔力は無かろうと、娘の呪いくらいは解除することが出来るかも知れない。
蜘蛛の糸にすがったのだ。
―――――――それも、果たせずに、死ぬことなど出来る筈もない。
右腕を掲げる。
右手には朱い三画の令呪。
その一画をひもとく。
「―――来い、アサシンッ――――!!」
渾身力でアサシンを呼ぶ。
令呪が消えていく。
同時に出現する、空間のうねり。
まるで、魔法のように。
空間の波紋をぶち破るように、黒衣の――アサシンが飛び出してきた。
「はぁッ―――!!」
投げ出された体に迫っていた黒い触手を一閃し叩き落とす。
アサシンの持つ短剣は、その名高き魔法の剣。
一切の魔術を封殺する、魔剣である。
「―――これは……、ははぁ、なるほど。こんな奇縁があるとはな」
「よう。一日ぶりだな。ランサーのマスター」
「……ランサーめ、仕留め切れなかったか」
「なんなか手強かったぜ。あんなヤツ始めてあったよ。アンタのサーヴァント規格外もいいとこだ」
「アレから、生きて帰った時点で、お前も相当――っと。このまま話す時間はない。……このまま、お暇させてもらおう」
「ランサーを呼ばないかよ?」
「令呪の無駄だ―――――我者髑髏!!」
ヒビノの声に応えるように、壁が、客船の外装が融解し、そこから白い骨の腕が伸びてくる。通路を覆い尽くすような骨の手に乗って彼は外に出ようとしていた。
「今回は、ここまでだ。次は交渉を一つ用意しておくぜ、土御門」
「―――なんだと?」
「堅き城の落とし方は、弱い箇所を攻撃すれば良いだけの話」
ヒビノにとって、この戦いは相手の正体を確かめるために過ぎなかった。胴雷でないのなら殺す必要は無いが、邪魔にはなる。レールの上にある邪魔な石はどけておくものなのだから。
「―――おまえ、娘大事にしてたよなぁ?」
「―――――――――――――」
ヒビノの悪意をにじませた笑みを見た時、土御門の頭の中は真っ白になった。
「き、貴様、まさか……!?」
「概ね、お前の予想通り。今度は、交渉させてもらうよ。俺も子供は殺したくない。ほら、後味悪いし」
「テメェ……!」
「じゃあな。次を楽しみにしてな。感動の再会を、な」
「貴様―――――!!!」
土御門の叫びは――ヒビノが放った魔力弾でかき消された。
土御門本人を狙ったモノではなく、煙幕として放ったものだった。
アサシンも対処出来ず、去って行くヒビノの、我者髑髏の背を悔しそうに睨む。
我者髑髏は、郊外にある程度近づいたところで幻だったかのようにかき消えた。
―――彼らの次。
アサシン陣営は僅か二日にして暗雲立ちこめるものとなっていまった。
「なるほど……、これは、ランサーのヤツに嫌われるわけだ」