何処かで目にしたことがあるような建物。
白い石塔。細く天を穿つように尖った石造りの屋根――尖塔。それを支える過剰な本数の石柱がそれを支えている。これは―――ゴシック式と呼ばれる建築様式だろうか。
まるで、西洋の大聖堂の中心だけをくりぬいたような建築物であった。聖堂のような厳かな、あるいは佇む教会のような。
………こんな奇妙な建物を本当に目したことがあったのだろうか。あれば鮮明に覚えていそうなものだが。
しかして、ここは何か。何処か。あるいは何処でも。
何でもあって。何処にでもあって。何処にも無い場所。時間の概念はここにはない。
―――思い出すことはない。思い出す必要は無い。
目の前にあるのだから、入れば分かろうというものだ。
ぶ厚い門がその重厚さを音でも教えてくる。
金属質で重低音。耳の奥をゆっくりと焦がすような音は、聞く人によっては気味が悪いと思うかも知れない。
これから会う女のことを俺は知らないが、知ってはいるのだろう。矛盾した事実は現実とは感じない。だが、もしここが現実でないならば―――。
―――扉を開けた先に在るのは、構造的には礼拝堂。
天窓から光が差し込み、白く眩しく感じる。落ち着くような、むしろ落ち着かないような。
視界を焦がす光をうっとうしく思うからか。
奥に、女がいた。
少女と見違う可憐さで、娼婦と見違う妖艶さで、老婆と見違う意地悪さをにじませた笑みを浮かべるだろう女だった。
この女の名を知っている気がする。
その女は誰かを想っているのか、美しい歌声を響かせていた。
「――――――」
その祈りを何処まで続けられるか、少々興味があった。
美しく、声高らかに歌い上げるその女の姿は誇りに満ちていた。
――――その想われる誰かは、きっと幸せなヤツだ。
ふと、そんな
しかし――まあ、悪くない。
静かで、それこそ揺らぐ湖面を見ているかのような唄であったが―――揺らぎ続け、終わることのない流動性溢れた唄は飽きさせない。
流動し続ける、ばかりでは飽きてしまうのはきっと人の感性ならでは、なのかもしれない。ときには、単調さでアクセントがほしい。それはまた、人間の欲深さに通じている。
高尚な、気高い唄を、歌っているのがあの女であるという事実が一種皮肉めいてすら見える。
「……ふ」
ああ。笑ってしまった。
どうも、目の前の女は、そんな事からは縁遠いヤツにしかみえなかったのだ。■■■のやつはソレを“似合わねぇ”と言って、思いっきり殴られていたようだが。
「―――――っ」
ほら、気づかれた。もっと聞いていたかったのに、レアな面白みがあったのに。
彼女は振り返ってこちらを視界に収めると、気恥ずかしさからか顔をうっすらと紅潮させた。銀の長い髪が揺れる。腰より下まで届く長髪が揺れ動く様は綺麗なものだ。
「来たのなら、来たと言って欲しかったのですが……!」
ちょっとした非難めいた口調で抗議された。普段はなにかと大人ぶっているくせに、彼女の内面にある子供ぽっさを突きつける度に面白い反応が返ってくる。
「生き生きと歌っている姿は目に珍しく見ていて面白―――」
「は、恥ずかしいのでそこまでにしてください!」
やはり、この子をからかうのは面白い。完璧の中にあるそのポンコツさ、大いに笑ってやる。
ふと、この女の名を呼ぼうとして―――。
「……すみません。今は、私の名は呼ばないでください」
冷ややかな声で止められた。
妙に切羽詰まった顔をして言うもんだから、怒りもどっかにすっ飛んでいった。
……なら、残ったのは妙な寂しさだけ。
いや、そろそろ本題に戻ろう。自分は、この言葉を聞くべきだ。
「……ここは、何処だ。そして、君は何者だ」
「何処でもあり、何処にも無く。あるいはなんでもあって何でもある場所です。貴方の心象からはもっとも近くにあって縁遠い場所です」
まるでなぞなぞのようであったが。しかし、その言葉に俺は納得した。
「つまりは、0であって1を生むその場所だな。空虚な虚無に居を構えることはできないだろうしな」
「えっと、だじゃれ、ですか?」
別にぼけたつもりはなかったのだが。冷静に切り替えされると困惑する。
「ふふっ………冗談はさておき。ここは、空白。あるいは余白です。人間には必ずある余地そのもの。私は、貴方が、成すべき事をなすための―――最後の逆転式」
「逆転式?」
逆転と言った以上、まるで自分が何か敗北しているようではないか。というか、君は極端な合理性に走りがちだが、計算式には慣れないだろう。ポンコツだから。
「ええ。貴方の今の状況―――つまりは、聖杯戦争ですが。あれは、あの時点でどうしようと全人類の敗北です。アレには、最初から勝てない。だからこそ、計画を実行した。計画が、必ず成就する。そう確信したから、あんな挑発めいた犯行声明なのです。
まるで、貴方を見ているようです」
「……似たようなやり口だって? そりゃあ、挑発か?」
「そう反発するのは、相手が貴方の祖父だからでしょう。 安心してください。貴方の本来の敵はソレではありません。火々乃胴雷そのものに、そこまで焦燥する必要はありません。
貴方の敵ではないでしょう。いくら自分のサーヴァントが信用出来なくても、祖父自体は貴方自身の手で殺せます。でしょう?」
「…………どうして、そこまで俺を」
「ええ。世界の誰もが貴方を否定しても、私は貴方を否定しない。いえ、否定できない。だから、貴方は私を救えないと言った。でも、それは私にも言える事です。
ですから……どうか、焦らないで。貴方の決断を、私は信じたいのです」
奇妙な関係だ。お互いが、お互いを知っていて。彼女は、無意味に終わるだろう信頼を俺に寄せている。俺は、お前が何者かすら呼ぶ権利を持っていないのに。
意識の端。あるいは天上からこぼれるように光が―――
「クラインの壺から抜け出す術を、既に貴方は手にしている。結末はまだ、誰の手にも渡っていない。
最後に私に見せてくれた覚悟を、貴方の信頼に応えたい。
―――決して、諦めないで。貴方が、火々乃晃平であるならば。私の―――マスター」
光が、眩しい。
瞼の底を、ひっくり返すような。
―――意識が、溶けて
***
【壊れた記録:い】
黒い月が、浮かんでいる。
いや、浮かんでいく。
地上から、あるで宙の果てに引っ張られるように。
ああ、いけない! それが、あの座標―――本来の影の月の会った場所まで昇ってしまったなら! 人類が―――
―――ついに、到■■■■……………あbfけっfばふぉfr胃ダふぁlfbff
*
何もかもが、根絶やしになった。
地上は赤い花で覆われた。
そこには、かつてあった裏も表も失われその世界に食われてしまった。
「あ、ああ――――」
女は、その光景にもはや機能を失ったとすら思っていた涙を流した。
こんな筈ではなかった。こんなものを望んだわけではなかった。だが―――それは、来てしまった。
「
その光景を見て男は笑った。とんでもなくおかしいものを見たとばかりに笑った。
女の抱く全てを嘲笑した。
「どうだ!
お前も叉、人類のそれだというなら―――そら、槍を持て」
本当に、大切なものは何だったのか。何かを置き去りにして、役割を放棄してしまった結果が、これだ。
ああ、きっと。その男なら女を殺せるのだろう。
「ほら、お前の願いを叶えるときだ。最後に、俺と殺し合おう。やっぱこうじゃなきゃ。その精神も、魂も正しく、正当に殺し続けてやる。文字通り―――無になるまで、永遠の目覚めることのない死だ。ああ、悲しむ事は無いぞ。俺は『生き物ならば死ぬ』という具現にして顕現。宙の法則そのものだ。
いかに、お前が俺を凌駕していようが―――その法則に負ける。よかったじゃないか」
「―――――――っ」
世界が、女を否定する。生存した、勝者は男の方でかつての栄光に生きた女ではない。星が彼であり、彼女はその
―――彼が、女に向けて手を握り締めただけで絶命する。
死ぬのは、怖くはない。だが、もっと哀しいことが女にはある。
それは、きっと。もう手に入らない、自分が最後に捨ててしまったもの。
それがないその女には、もうたいした価値はなかった。
手足は、彼の心象に食われつつある。内蔵に爪を立てられているような激痛が彼女を襲っている。
「……その研鑽。技術は、かつてあった生き物の縁だ。喜べ女。お前の死に方が決定した。張付けでも、絞殺でも銃殺でも刺殺でも圧殺でもない!」
ああ、その男は残酷だ。
「捕食死だ。お前の抱えた年月を、誇りを、人生を、希望を、絶望を、あったはずの未来を、奪ってきた価値を、与えてきた価値を、全て俺が捕食する。お前は、ここに無意味になった」
もはや、抵抗することもない女の体をかき抱く。
その美しい首筋に―――彼は牙を立て、全てを奪う。
残ったのは、一人だけ。
哀しい話、何度も詰んだ積みゲーってヤツです(劇寒ギャグ)