―――そろそろ、あちらは決着がつく頃合いか。
深夜零時を指そうしている時計を見やり、ライダーはそうひとりごちて目前のマスターを見る。
額に汗を浮かべ、苦しそうに呻くナツキ。
一度は復帰し、快く皆の食事を作っていたナツキだが、昼が過ぎたころに調子が悪くなり、しまいには今のように寝込んでしまった。
どうやら、魔力をライダーが吸い上げすぎたわけではない。初日や二日の時は、ナツキの魔力がライダーの消費に間に合わなかったため倒れた。なんでもナツキの生死に関わるレベルで魔力を吸い上げていたようで、ライダーもかなり動きを自重した。
それからは、火々乃晃平がナツキのために魔術刻印を委譲し、倒れない程度にはナツキも魔力を生産出来るようになった。だがそれでも、ライダーが全力で戦えるのは一分か二分が限度である。
ナツキが体調を悪くしたのは他でもなく、その魔術刻印だ。
魔術刻印とは魔術師の家系における後継者の証であり、遺産である。
『要は、なじむのに時間かかるものなんだわ、本来。俺は移植されても疼くことも痛みもなかったが―――俺が特殊だったってだけ。生憎、俺の家は1000年規模の積み立て魔術刻印だ。かなりの影響を与えるだろう………、うん。つまり、忘れてた。俺はこんな風になったことないし』
とか、火々乃はライダーに説明していた。イラッときたライダーによって第二工房を粉砕されるはめになったのだが自業自得というものだろう。
ナツキが体調を崩した理由は、魔術刻印とナツキ自身の周期が合わないと体調を崩す、というものだった。普通、段階的に移植するものを一気に行ってしまったのだ。故に極度の負担を掛けることになったということだ。
「ライダー、さま……」
「―――おお、目を覚ましたか、マスター!」
目を覚ましたナツキは考え込むライダーに話しかけた。
話しかけられたライダーは、それはもう嬉しそうに喜びの声をあげ、顔を寄せる。
「ふふん! コーヘイの調合した薬が効いたようだ。今の気分はどうだ?」
「ええ……だいぶ楽に。でも、いままで私の看病を?」
「そりゃ当然。余はマスターを見捨てることなどせん。それも女子であればなおさらよな!」
「はぁ……」
ナツキはたった三日の付き合いとはいえ、ライダーに上手くなじめていない。子供っぽく、理念は男性的で、しかしながら態度は女性的。特に、当主―――火々乃晃平が心を砕く相手であることも、理解しづらさに補正を掛けていた。現代服を着れば、それこそ何処にでもいそうなのに。
真っ赤な、しかしのぞき込めば、臙脂色、赤ワインみたいな透き通った紅色。
“最強格の英霊だ”などと火々乃晃平が言っていたことをナツキは思い出し、同時にライダーがどこの英雄なのか気になった。
今にも鼻歌を歌いそうな上機嫌な顔で、
「何かしてほしいことはあるか? 遠慮無く、なんでも余に頼れ。久々の休暇と思ってな!」
「……記憶、戻りました?」
「―――目覚めて最初に余の心配とは、な。ワーカーホリックにしても程があろう。……戻ったぞ。ああ、完璧にな!」
「よかった……。そのことでお聞きしたいことが在ったんです」
「お? 余の真名か?」
「……確かに知りたいですが、一番お聞きしたいのは――生い立ち、とか」
「余の、か?」
「ええ。どんな風に生きてきたのか、興味があって。英霊というのは、生前、英雄とされた方だと伺ったものですから。いけませんか?」
「悪くはないが……そう褒められた生涯ではないだが……」
ナツキは思ったのである。どうせ本人が目の前にいて、その人の口から物語を聞けたのなら、それはなんて豪華なことだろうか、と。
あまり気乗りしていないライダーにナツキは最期のだめ押しを笑顔で言った。
「さっき、何でも頼れ、そういいましたよね? まさか、英雄たるライダー様に二言は―――」
「わかった、わかった! ぬぬう…! 意外と腹黒なのか……?」
「何か言いました?」
言質を取られたライダーは、しぶしぶと、気乗りしないながらも自らの物語を聞かせることになった。
だめ押しの笑顔は、どこぞの当主を思い出すようなステキな笑顔だったが。
***
『さっき、現時点では何を目的としているかは判らないと言ったが、別に、細部の予想がつかないと言う訳ではない。彼が黒幕を撃退したいのか、取って代わりたいのか判別は出来ないが―――彼はランサー・スカサハの手で死ぬ気だ』
そんな言葉をアラフィフおじさんこと、ジェームズ・モリアーティは言ってのけた。
驚きを隠せぬ藤丸立夏と予測できたとばかりに眉一つ動かさないセイバー。
『自分の命までベットするなんて、正気の沙汰じゃないけど』
『どの口が言うんだ。どの口が』
『失礼な! 私は自分の命までベットしないヨ! 自分の犯罪が
モリアーティの言葉の裏に、“ま、それは生前ならって話だけどネ”という言葉が隠れているのを立夏は薄々と感じていた。
「……一つ疑問に思ったんだが、そこまで読めているなら―――自分の命をベットしてまで何をしているのか判るんじゃないのか? 自分まで駒にするんだ。それ相応の目的がなきゃおかしい」
『そこだよ』
鋭く冷たい声でモリアーティは指摘した。悪のカリスマたる由縁。その気質存分に発揮しながら。
『そこが、判らない。だが、そこには彼の計画、その核心に匹敵するほどの理由がある。だからこそ、ホームズではなく。他の英霊でもなく、私が説明しなくてはならない理由となったのだ』
―――自分を駒にして、どんな結末をたぐりよせるつもりなのか。
立夏も考えてみるが、全く判らない。狂気とすら感じるソレを得てまで、何を成そうとするのか。黒幕を倒したいのであれば、ランサーの手助けは最高のものだろう。いくら性格があわなかったとしても、わざわざ捨てる―――というか、自分を殺させようとするのか、ソレによって何が起こるのかわからない。根拠も、目的もさっぱりだ。
第三者を意識した計画が必ずしも、黒幕とは限らない――自分達に向けられたものかもしれないが。
『いやいや。理由が見えてこない?―――ならば、前提が間違っている。木の葉を隠すなら森の中にだが、その前提が逆なのだ。木の葉を隠すために森の中に?――否。森に隠したと思わせるために、木の葉を見せつけたのだ! 木の葉を隠したという事実をもって森に目を向わせたのだ!
―――これは、犯罪計画なのだ。たった一人を騙すために、綿密に組み上げた、文字通り命を懸けた、
もったいぶった言い方で、火々乃晃平が果たそうとする
『―――では、間違っている前提とは何なのか? それは、私達が見出した壮大な計画の小さな目的、いや、第三者なら必ずたどり着く“ランサーに殺害されるという結果論”そのもの――!』
それは、つまり。“ランサーの手で死ぬ”という
それこそが―――罠。
「それは、流石に―――」
それが指す意味が、頭端によぎってしまったからこそ、立夏は否定せざるを得ない。そして気づく。きっと、ホームズもこの結論にたどり着いたからこそ、根拠が絶望的なまでに内故に肯定出来ず、否定するしかなかった。
『いや。彼ならやるよ。いや、彼だから成そうしているのだ。そも、この計画はその一点さえクリアすれば完結するものだろう。何せ、もっとも難しいものなのだから』
喉が渇いていく。強い緊張感がそれを引き起こす。
『諸君の誰もが、彼女の強さを知っているだろうから―――この結論は出せない。私、以外は』
第三者が知っているから、その真実には届かない。だが、その真実ならば、命を掛けるに値すると、立夏は奇妙なことに納得してしまった。
モリアーティは告げる。その
『―――火々乃晃平に死ぬ気はない。真正面から
それは次元のすっ飛んだものだった。
故に、セイバーはその結論に噛みつかざるを得ない。それは英霊に理解の深いカルデアのメンバーだろうと同じ気分だろう。
「……はぁ!? そんな馬鹿なことがあるか! ランサー―――いや、英霊と戦うなんて、しかも勝利する気だって!? 火々乃はただの魔術師だ! それこそ、天地がひっくり返って―――」
『ならば、 引っ繰り返す! 足りないなら、星を砕いてでも勝利を手に入れる! その結果を彼は必要としているのだよ―――じゃなきゃ計画が破綻する。ふっはっはっはっは!! 驚くのも当然だ! 口にした私ですら、未だ信じきれない!
だがッ、
言った筈だ。これは第三者に向けての計画なのだと! ―――驚愕させるほどの目的がなければ意味がないッ!!
ふはははっ……これは、完全犯罪だ! フッハッハッハッハッハ!!』
至極楽しそうに、モリアーティは嗤う。その嘯き方を。ただ騙すことに、その真価を費やす。誰もが、無意味と謳う結果を覆すための犯罪計画。
“本当に、ランサーに勝ったならば―――貶めようもなく、ただ称賛する”
そんな意味を込めた嗤い。
犯罪王である彼が、完全犯罪と謳った以上、この計画は必ず成功するといっても過言ではない。
立夏は、謎の焦燥感に駆られ、思わず席を立ってしまう。
同時に、どんっ、と玄関の方から大きな音がした。
「マスター! サーヴァントの気配だ!」
―――サーヴァントの襲撃。
『ふふははは。やはり、そう来るか。君の提案に乗りそうなのは―――アサシンだろう? なぁ、火々乃晃平』
次回から火々乃視点がかなり多め。え? 今までも結構出番多かった?
「スカサハに、勝てますか?」
「■■■になればまだしも―――人間のままじゃあ、負けるね」
「でも、勝つ気なんでしょう?」
「何を勝利条件にするか、によるかなぁ」
「これが計画的な犯行なら――スカサハを、貴方は望んで呼んだことに、なりますね。お得意の■■をつかって! 月の表と同じように!」
「名探偵気取りはよしとけ。本物に笑われる」
「いえ。探偵ではなく、処刑人です」
「え?」
直後、太陽のフレアと見間違える程の一条の極光がヒビノを飲み込んだ。悲鳴すら残さずに何もかもかき消していく。
「嘘の利用は計画的に」