Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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またせたな!


墓穴

 

 

 ―――黒い二つの影が衝突する。

 

 優美に墓石を踏んで飛び回り、しかして疾く速く駆け抜ける巨大な猫―――つまりは『鵺』と呼ばれた使い魔。それを野生の獣がごとく、四足歩行で追いかける人間の形をした兵器―――『饕餮(とうてつ)』と呼ばれた使い魔。

 

 その二匹は、己が主の()()にならぬよう、中心から大きく引き離すように動いていた。

 

 しゅば、と空気を裂く音とともに幾多の黒い線が『饕餮』に殺到する。

 

 闇に隠れ、暗闇から突然飛び出してきたその触手の正体は――『鵺』の持つ体毛である。いくつもの毛をかなりの精密な精度で繰り出すことができるもの。火々乃晃平にして、最強と呼ぶほどの一級品。

 日本で有名な悪霊、霊獣、妖怪の名を付けられただけあって、その性能は破格だ。

 どんな結界であろうと、その境界がエーテル素で構成されている限り、幾多の細毛でとりつき、干渉させ、内側から瓦解させる。しきりに、穴が開いているならシャボン玉のように割れるということだ。

 

 しかし、それだけではない。架空要素に干渉できるという能力の凄まじい所は、その応用力の高さにある。『鵺』に生える無数の毛がエーテルを這わすだけで、自由自在に動く。伸ばすのも、硬化させるのも自由にだ。

 つまり、可変自在の、鋼鉄と同じ硬度をもった毛を操ることも可能なのだ。

 

 『鵺』の毛に触れれば最期、切り刻まれる、すりつぶされる、かみ砕かれる、溶かされる、ねじ切られる、穴だらけにされる、……あらゆる死因を味わうことになる。あらゆる盾を貫く絶対の矛なのだ。

 

 対して―――。

 

 『饕餮』もまた、『鵺』と似通ったコンセプトで組み上げられた。

 そもそも饕餮とは、中国神話で語られる怪物である。中国神話に曰く、体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔などを持つものだと。饕餮の「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪るの意であり、要は何でも食べる怪物である。

 後代には、魔を喰らう魔除け的な意味を持つ存在に変わるのだが――この場合、先代のイメージこそがコンセプトとなっている。

 もちろん、原点に迫るような「竜から生まれた獣」だとか、「四凶」に匹敵する能力を持つわけではない。

 

 使い魔として組み上げられた『饕餮』は、ただ貪るものとしてその性質をさらに鋭利に尖らせた。文字通り何でも喰らう。無機物だろうが、有機物だろうが、魔力だろうがヤツは喰う。しかし、喰うからには消費先が必要だ。『饕餮』は体の中に強力な圧縮空間を持ち得ている。最大貯蔵量は、1400万立方メートル。町一つなら軽々飲み込めるだろう。

 

 だが、そこには大きな欠点がある。

 

 腹の中に飲み込める最大質量―――というより、面積と言った方がいいか。口がどれだけ大きく空こうが、食道の大きさに飲み込める量が依存するように。ヤツにも一度に吸収できる量に制限があるのだ。

 

 しかし、『鵺』は違う。貯蔵量は『饕餮』と比べれば何万分の一に過ぎないが、魔力に限ってはほぼ無尽蔵に保有できる。おまけに、魔術師の中でも保有魔力が抜きんでている火々乃晃平の魔力をたらふく食い貯めているのである。その上、多くの敵対者、その魔力まで吸い上げているのだからもはや手が着けられない。

 そして、これらの勝敗を分ける要因が一つ存在している。それは『鵺』はその膨大な魔力を一発ではき出せる、出力孔を持っているということ。

 

 もし、『鵺』がその全てを放ったなら。『饕餮』ははたして食い切れるだろうか。

 

 幾多と襲いかかる毛は避けることは出来るだろう。跳ね回る両者の速度は同じ。力の強靱さも匹敵している。

 

 だが、やがて細い毛が鵺の元に集まって―――巨大な円をかたどり始める。

 

 そこから感じる膨大な魔力に、『饕餮』は疾走していた体を止め、ヤツに向き治る。

 

 『鵺』狙うは、一撃昏倒即死。魔力を一点に番え、絞り、ねじり、練り上げ、針状にしていく。

 空間は一点にねじ込まれる膨大な質量に悲鳴を挙げ、鉄骨をこすりつけ合うような、耳障りな音があがる。

 

 『鵺』の毛は、石畳を敷いた床にも突き立てられ―――体を固定する。

 その一撃は、十年という歳月そのもの。その鵺の真価。英霊の宝具に冴え匹敵する一撃。

 

「―――――――!!」」

 

 『鵺』が叫ぶ。

 

 刹那、闇に飲まれていた墓場がまるで昼間になったかのように明るくなる。

 猛スピードで『饕餮』に向っていく光の針。

 

 閃光は、辺りに点在していた墓場をものの見事に粉砕していく―――。

 

 

「っ―――!」

 

 

 その閃光を飲み込もうと『饕餮』も口を開くが――――抵抗できず、『饕餮』はその形を残すことなく、消滅した。

 

 

***

 

 

 ――――酷い、昔の夢を今更見せられている。

 

 

 春になって暖かくなったとき。

 

 桜の並ぶ路で、自分より大きな男と話している。

 

『……胴雷。君は何のために、武器を振う。何のために、魔術を使う』

 

 幼年期の記録。まだ、人で在ることが許された(狂気を知らなかった)記憶。

 

 厳しくて、五月蠅くて、私が嫌いだったヒト。厳格なのは言うに及ばず。命を安く扱う魔術師であるからこそより厳しいかったのだと、後になって気づいた。

 そんな父が、初めて自分に笑み浮かべそんなことを尋ねてきた。

 幼い自分は、あるかどうかも分からない「正解」のために頭を回して、あーでもない、こーでもないと唸る。やっぱり結論はできなくて。分からないといったら、頭をひっぱたかられた。

 何故と問えば、

 

『考えろ。考え続けろ。答えが出るまでな。俺もその答えを探している―――』

 

 そう言って笑むばかり。その解答に満足できずに、癇癪を起こした。結局父は死ぬ間際でもその答えを教えてくれなかった。

 

***

 

 

 何のために。その言葉は、火々乃家が背負った命題である。

 我々は余りにも異端だ。

 在るかどうかもわからいモノのために、その地に留まり続けてはや千年。あらゆる妄執、欲望を退け続けて千年だ。

 この地は、時の皇より守護の任を受け我が一族は守り抜いてきた。

 

 何でも、この世とあの世を繋いでしまう一物だったとか。そのせいで、都では毎度がごとく百鬼夜行が行われた、らしい。

 『自分の見えない場所には化け物がすごんでいるかも知れない』『暗闇から生まれる生き物もいるかもしれない』『死者は生者を恨んでいるに違いない』

 曰く、それは大願を叶えるモノ。

 曰く、それは無尽蔵に■■を生み出す―――。

 

 在ると言い伝えられてはいるものの、その真贋を見極められるのはそれこそ、火々乃家の先祖・初代だけ―――のはずだった。

 

 あの小倅が生まれてくるまでは。

 

 アイツは次女が産んだ息子であったが、何故か魔術回路を持っていた。それどころか、帰省という形で、我が家にやってきた際、家に貯蔵された禁忌とされた魔道書を一つ残らずひもとき、結びつけ。それが地図であることを発見した。

 

 その地図を自慢げに見せてきた時、私は確信した。

 

 この小倅こそが、火々乃家に相応しきものなのだと。

 鮮烈な、赤い火が私の中を駆け巡った。

 

 ―――ナニカが、壊れる音がした。

 

 この男こそを、完成品に、傑作にせねばならぬ。それが、この胴雷のすべきことなのだ。

 

 ―――何のために。

 

 火々乃の繁栄のために。栄華のために。私はその男を完成させた。

 

 見よ、私では、勝てないほどに、強くなった。

 我が生け贄とした者達よ、喜べ! その生涯に意味はあったぞ! 我が小倅は、ここに完成した――!

 

 ―――それならば、その道中の私は、私達は何のために。

 

 

***

 

 

 がらり、と耳朶に瓦礫が崩れるような音が聞こえた。

 

 さきほどの閃光。圧倒的な魔力の衝突を確認した。

 そして、どちらが勝者になったのかも、俺には判った。

 ラインはまだ途絶えていない。『鵺』は顕在である。

 

「墓場が更地になっちまった。補修大変そうだな……」

 

 補修費用は、住職の元に差出人不明から多額の金額と共に来ることだろう。

 

 こちらの決着も着いていた。

 

 俺の眼前には、比較的大きな瓦礫に背を預ける要にして力尽きている老人―――火々乃胴雷。

 

 そいつは、口から血を吐きこぼし、頭からも血を流していた。着物は血で赤黒く染まっている。

 こふっ、とヤツは咳き込んだ。死んだと想っていたのだが、存外丈夫である。

 使い魔の勝敗が、全ての決め手だ。俺との剣の重ね合いも確かにあった。だが、その比ではないダメージがヤツに流れ込んだ。

 

 ヤツは流れ込むダメージを振り切れなかった。自分の血族を使い魔なんかにするからだ。魂の形が近いのだから、協力になる代わりに大きな代償を求められるのは必然なのだ。

 

「……意味が、欲しかった」

 

 ぽつりと老人は告げた。寂しそうに、今更、大切なモノを思い出したように。

 

 ちらりと、殆どが炭となったかつて娘だったもの胴雷は見た。

 

「……意味を残したくて、アイツを、使い魔に―――」

 

 ふざけたことを抜かしている。

 

「何が、意味を残したいだ。死に際でもそれか。言っただろ。俺も、アンタも臆病者なんだ。誰かが死ぬのが許せないくらい臆病なんだ。欠けるのが、怖かったんだ。誰もが背負っているものを、俺達は背負えなかったんだ」

 

 命を背負えなかった。直視できなかった。魔道なんぞに逃げ続けた成れの果て。それが火々乃胴雷という生き物だ。

 狂気に呑まれてから、ただの災害になった。自分が無意味になることに耐えられなくなったから、他人も自分の手の内に閉じ込めて価値があると安堵したくなったのだ。

 

 おぞましい、狂気。成り立つはずのない言動を成り立たせる。それを狂気と言わず、何という。

 

「……怖い、か。ははは。ああ―――、きっと、お前がそう言うのなら、そうなのだろう。私は答えが、無かったんだ。背負えるだけの覚悟を抱ける、答えが」

 

 生きている人間は、誰もがその命題と出会い、悩み、答えを見つける。火々乃という家は、それをさらに必要とする場所だった。

 多くの死と関わるから、自分の価値を揺らされる。それでいいのかと問いただされる。

 『他に同情することなかれ』を実践した人間の末路。理解を、答えを、求めることをやめた末路。死に飲まれる、悲しい生き物。

 

 白く濁らせた瞳をヤツは俺に向けた。おそらく、これが最期の言葉になるだろうと。俺は予感した。

 

「晃平……お前は、何のために、武器を振う。何のために、魔術を使う。何のために―――生き続ける―――?」

 

 何のために。意味を問われる。その生涯は、何のために。

 

 つまらない問いかけだが、ヤツの最期の言葉。ならば、誠実というものを尽さねばなるまい。

 

「―――俺は、(テメェ)のために戦う。俺が(テメェ)であるために魔術を使う。俺は、誰かに好かれた自分を誇るために戦う。」

「………とんだ、天邪鬼だ。お前、モテないだろう?」

「アンタよりはモテモテだ。舐めんな」

 

 あの出会いが、謀らずとも俺の運命を変えた。

 こんな俺が好きだといったアイツを裏切らないために、俺は今を生きている。

 俺の誇りと呼べるモノはそれだけだ。

 

「……本当に、よく、口が回るヤツよ。ああ、そう、だった……お前は、いつだって、護る、ために―――たったそれだけのために……」

 

 

 最期に何に気づいたのか。

 男はそう、呟きながら死んだ。腹正しいことに、最期は満足げな笑みを浮かべてだ。まったく最悪の気分だ。

 

 俺は、俺のために戦う。俺が、護りたいモノのために戦う。

 

「ジーさん。アンタ知らなかったろう。アンタとの決着はもうあの日についてる。俺が気にくわねぇのはアンタそのものじゃねぇ。俺達の戦いにケチを付けやがったヤツさ。 そいつだけは、気にくわねぇ」

 

 ジジイの懐からキセルを取り出し、火を付ける。

 

 軽く吸ってみたが、全く上手くない。

 

 

「よくこんなの吸えたな、アンタ。―――コイツは貰って行くぜ。地獄も今は禁煙がブームらしいからな。これを機に、禁煙しやがれクソジジイ」

 

 

 まったく。本当にまずい。苦くて、涙が出そうなほどクソまずい。

 でもまずいなら、きっと逆に涙引っ込むかもしれない。

 

 背後で砂が崩れるような音を聞く。

 きっと、振り返っても何もないのだ。ここにはもう斬るべき鬼もいまい。

 

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