──頭がぶらぶらと揺れている。
暗く、音のない場所から帰ってきたと思えば、視界が乱雑に状態に追いやられていた。
体はもはや言うことをほとんど聞いてくれない。
いずれ、この意識すら。
だが、まだ。
まだ。最後の仕事が残っている。
動こうとしない体に脳内で渇を入れ、首をあげて状況を確認する。黒い山が揺れている──尻?
となると、俺は今現在担がれているらしい。しかもかなりの速度で走っている。
道理で空が余りにもめまぐるしく変わっていたわけだ。
上下の区別すら難しいらしい、と自嘲する。末期もいいとこだ。
本当に時間が無いので、俺を担いだまま何処かを──どこかの山、それも竹林が生えているような場所──駆け抜けているランサーに声を掛けなくてはならない。まだ発声器官が死んでいないのはさきほど確認済みだ。
む、ここら辺でいいだろう。ここまで来ればヤツラも簡単に追って来れまい。
ぶらりとさがった腕で、揺れる尻を叩こうとした所で──星が舞った。
視界は白黒と絶えずミックスされ、気が動転しそうだ。
ごしゃあ、と自分の体が落ちる音を聞いて頭から地面に落ちたのだと悟った。
あの魔術式焼却炉の中から助け出してくれたことには感謝するが、この扱いは酷い。俺は怪我人である。
「……怪我人だぜ、オレ」
と目線でも抗議すると。
「む、まだ生きていたか。見かけによらずタフだな。」
悪びれることなく、そんな事を宣いやがった。
まあ? 今の俺には痛覚も麻痺?しているから痛みを感じないんですがね。
体を起こして道際の竹に背を預ける。軽く体を見渡したあとに、目の前に佇む麗人を見やる。
ランサーを見れば、肌に張付いていた黒い戦闘服がボロボロ、内側から何か出たかのような穴や、焼き焦げた痕なんかがある。前半は俺のせいだが、後半はあの焼却式から脱出する際に受けたものだろう。
───俺の体が焦げ付いていないと言うことは、コイツは俺をかばいながら脱出したということになる。
「……ルーン使えば良かったじゃん」
「まわせる魔力がない。どこかのマスターが契約を捨ててしまったせいでな?」
ぼそりと呟いた言葉は、意地の悪い小言で返却された。
繋がったところで、まわせる魔力はないのだが。魔術回路の殆どが破損、ないし焼き付いて機能しない。死体を電池に替えることもできない。液漏れしたマンガン電池だって目つぶしくらいには使えると言うのに。
ざまあ見ろババア。適当に他のヤツと契約しないからだバーカ。
と心で罵ると睨まれた。
「……さて、そろそろ説明がほしい。……答えてくれるのだろうな?」
真剣な顔で俺をじっと見る。もちろん答える気はある。彼女は俺の計画の真意を知る権利がある。
だからわざわざ、『神隠し』を死に向うランサーの体に掛け、アウナスと俺のやり取りを見せた。アウナスにタダ答えるだけでなく、ヒントを与え、答えを導き出させたのは、ランサーに俺の真意の一端をみせるためである。
「いいが、その前に。一つ言っておかなきゃならない。」
どうせ、俺は消えるのだからこれくらいは言ってもいいだろう。
「──ありがとう。君のおかげで、希望が、繋がった。君を信じてよかった。」
計画と言うよりは、掛けに近い。何処かがほんの少し違う形になっていれば破綻していた、危うい計画だった。俺が死んでも、彼女が死んでも、うまく行くように仕込んではいた。が、アウナスの思惑を完全に読み切れなかった今となっては、俺が導き出した結論、真相とは変わってくる可能性が濃くなった。彼女が生きていることが、そして、今の俺と言葉をかわし、もっとも真相に近づくことを可能にしている。
俺の呪術は、何が原因か特定出来なければ『退去』のルーンでは解呪できない。逆に言えば原因さえ分かれば解呪できることである。
ヒントは置いてあった。
一番判りやすいのは俺の工房だろう。これでもかと血液を使った魔術工房を見れば、俺の魔術が血液と関係がある、と考えつくだろう。
思い至らない可能性も十分ある、というか呪術をくらった瞬間、即消滅、ということになる可能性の方が高かった。
「くくっ……意外だったよ。千年クラスで組み上げた大呪術に耐えるって……ちょっと
「………………」
視界は端々が赤く濡れて網膜に映し出される景観を理解出来ないが、まだ目の前に立つ女の顔は分かる。──この俺の最後を見届けるのがこいつとはね。
さて、俺の伝えるべき事を伝えるとしよう。
「しかし……どこから、話したモノか。ふむ、ちょっと軽く自分の中で整理してみたが、複雑さが極まってるな」
「さっさとはなせ」
「手厳しいねぇ……えっと、とりま──だいたい六千五百年前からの話になるんだわ。」
「……はぁ」
呆れるのも判らんでも無いが我慢してほしい。
「まずは──『影の月』──リリスについて語ろう」
***
Archetype:lilith《アーキタイプ・リリス》
これはあくまで俺が名乗っているものであって、君がこの名に検討がつけづらいのも当然だ。リリスと聞けば頭に思い浮かぶのは淫魔の姿だろうし。しかし──ふむ? どんな名が合っているのやら……。第七天とでも呼称されていたし、『影の月』とも呼称されていた。十九世紀には、膨大な天体観測結果から導き出された星図理論的に無ければおかしい天体として“ダークムーン”とも呼称されていたか。
なんでか、どこの神話、研究資料、観測資料の呼称を見ても月と関係を持たせているのがさらに興味深い点で──ああ、いかん。話がズレた。
六千年前にはあった天体が五千年前に砕け散ったことで俺の、オレ達の運命は始まりを告げた。
奇妙なことに『神の目』を使ってですら俺を砕ききった正体を掴めなかったがな。恐らく、収奪に特化した異星体だとは思うんだが……ああっと、またか。すまん、話を戻す。
で、砕けた星は──流星となって地上に降り注いだ。世界の至る所で大流星群が確認されて古文書などに書き表さてれいたり、伝承として残っている。ギリシャの神話しかり、エジプト神話しかり。……精液と読み解かれるとは思わなかったが、そう見てしまうのもしかたいか──莫大なエネルギーを秘めた物体が宙を裂いて流れて行くんだから。
月の質量の殆どが流星になって降り注いだ。そして偶々、その一部がこの極東の島に落っこちてきたんだ。
降ってきたのはいいが、誰もその存在を知らないことが後に悲劇になった。
さっき言ったが、落ちてきたのは巨大なエネルギーを秘めたものだ。
──『願望機』としての特性も備えていたんだ。
平安時代、突然諍いの声がより強くなり、妖怪──魔物が跳梁跋扈し始めた。守りの強かった京ですらぼろぼろになってしまうほどでね。大規模の“百鬼夜行”その始まりが起こった。“玉藻の前”の前だったらしい。
で、その原因が平野に転がった石が原因、つまり『リリス』の破片がそれを起こしていた。なに。平安の政は別段良かったわけじゃない。下に生きる人間が、上でふんぞり返っている人間を恨めしく思うってのはいつの時代も良くある話だ。
その悪意を意味も無く叶えていたってわけだ。
それを何とか封じて持ち歩けるようにして京に持ち帰ったんだが、原因になったものを持ち込まれて恐怖を感じないヤツはいない。
『遠くの血で護るように』との命令を受けて、まあ、体の良い追放をくらったわけだ。
ついでにソレ用の家も興してね。これが罅ノ家、つまり今の火々乃家の元祖の成り立ちだ。
さて、ここからが本題だ。俺が、何故、
俺は、子供のころに隠してあった“リリスの欠片”を見つけていてね。
普通の魔術師なら破裂して肉塊になって終りだろうが……俺には可能とする生まれ持った才能がある。
即ち、起源。根源の渦から生じた混沌衝動だが、俺には『器』という起源を持っている。“器”はどんなものでも注がれるもので、満たすことのできるものである。同時に、あらゆるものを“器”の形に変えることができる。
絶対の『受容』と『侵食』に特化した特性を持っている。そのおかげで吹っ飛ばなかった。まあ、癒着させてから起源を認識したんだが。
で、魔神とはその後しばらくしてから出会った。
***
──――。
「……おい」
「…………ああ。すまん、ちょっと」
視界が完全に閉じた。
目は開いているのに見えない。どうやら視力が喪失したらしい。いや、よくもったというべきか。まだ口は動くし。問題は無い。
***
やっと前提は話しきった。これでこの特異点について話せる。
俺はかつてここ以外で行われた聖杯戦争に参加したんだ。サーヴァントを召喚して、マスター同士で殺し合った。……長いような短いような──ここで行われている形式とは違って、一ヶ月ちょっと掛けて行われたんだ。参加者は……予選を乗り越えられたのは128人だった。
その聖杯戦争で、俺は勝利を手にし“聖杯”を手にした。当然願いを叶えようとした。俺の願いは──人類の救済。もっとも自分を究極の生命体へ昇華させて、至高の人類史をやり直すためにな。70億以上の人間を救える。まっとうな生涯を送らせる。誰もが、死に際に“生きてて良かった”と言う、それだけを追い求めた。
余計なお世話と吠えられれば、それまでだが──もはやこれは病気だ。障害治らぬ欠陥といっていい。目の前でこぼれ落ちる命を見過ぎた。手が届かないなら諦められようが届いていながら取りこぼすしかなかったことが招いた欠落だった。
──苦しい。
心臓と肺が痛みに泣きわめく。切り立った鉄の欠片が血管を引き裂いて回る不快感がある。
それを
……だが、俺の野望は見事に食い止められてね。世界は俺に書き直されることはなかった。
***
「───」
ふむ。ついに耳までイカレたらしい。何か語りかけているのは、肌で感じるのだが、それだけだ。まだ、口も、喉も動く。問題無い。
規定の時間までは……あらら。こりゃ急いだ方が良さそうだ。
***
で、聖杯戦争に勝利した俺は何の因果か、己のサーヴァントと現世暮らしをするはめになった。いや本当に何を言っているか分からんだろうが、そうなったんだ。頼りにはなるサーヴァントではあるんだが、なにぶん性欲が……じゃない。
現世暮らしをして役一年ごろ、あの手紙──この聖杯戦争への誘いがきた。
急いで触媒を買いあさって集める……必要はなかった。だってサーヴァントいるし。
で、俺のサーヴァントと挑んだんだが、まあ敵にならなくてな。二日ちょっとで終わったんだよね。あっさりと魔神の思惑にはまって、地球終わりそうになった。終わる前にスライドしたわいいが……俺のサーヴァントはよくわからん理由でいなくなるわ、また触媒集めからやり直すはめにもなった。
似たようなことを繰り返して、三度目のトライで君を召喚した。ま、裏切られ──嘘です、むしろ俺が裏切った。……俺は、君が召喚式に干渉を受けて意図的に“暴走”すると考えて
信頼しなかった。強力なサーヴァントを引き当てたマスターは、撃ち殺した。最後に捨て駒にすることで聖杯を完成させる。聖杯を完成させることがキーポイントだと考えていたからな。ちゃんと令呪を二画以上つかって自害を命じればよかったが、君が死ななかったことで俺の固有結界と、君宝具がぶつかった。俺の起源は説明したとおりだ。その形質をより濃く反映した固有結界は、君の“影の国”を飲み込み掌握。次の瞬間には特異点全域を飲み込み、新たなる理の誕生とともに70億の人類は残らず死滅した。
ああ、しょげるなよランサー。
お前は、最高の結果を俺に残した。確かに俺の“月”が浮上して、オレはリリスになって人類は死滅。これだけ見れば最悪だ。だが、その際に聖杯はただのエネルギーの塊だった。
何かの願いを叶えたわけではない。理性が吹っ飛んだオレが壊してしまったが、それだけは確認できた。つまり、
オレが消えた後は、それを突き止めるがいい。手がかりは……そうだな。“影の月”は
***
「じゃあな、ランサー。精々頑張れよ? 地上に残された人類全ての奇跡がごっそり、奪われないようにな。」
そう捨て台詞を吐いて──
ぐらりと、浮遊するような、あるいは落ちていくような感覚。触覚はたった今ご臨終。あなや悲し。
ちびちびと身を削られて小さくなっていく。押しつぶされている、感じのほうが近い、かも?
ああ、しかし。許せ、ランサー。最後に余計な見栄で伝えるのを忘れていたが……、オレ、リリスとしての可能性を捨てるだけで──死ぬわけじゃないんで。あとの俺、三日前くらいの俺によろしくな。
「...私の出番」
「ちゃんとあるよ、次で」
「......本当ですか?」
「たぶ――いや今夜には!」