──瞼が開こうとする、ほんの少し前に、一つの
***
闇が広がり、瞬きを忘れてしまいそうな暗闇の底に。音がなく静けさに満ちた場所に。
──未だ、輝きを失わぬ
──未だ、担い手を待ち続ける
はっきりと浮かぶようにある、一振りの剣を見た。
大剣と呼べるほどに大きく、しかして鈍重さを感じさせない黄金の剣。
──オレはアレを知っている。
きっと、オレの与り知らぬ湖の底にでも投げられたのだろう。でなければ──たちまち
アラドヴァルではないが、それに類するもの──神造兵器。
アレがもし、あの時、
“剣よ、ここへ。祈りよ、束ねられよ。”
──オレの剣は、『─────………
***
──目が覚めた。
……ひさびさに夢をみたなーなんて気分にふけようとしたはいいが、何故か視界の半分下が真っ黒に染まっていた!
一体何事か。というか、妙に息苦しい……。
はっとし、急いで視線を巡らせば──真っ黒に覆っているのは黒い毛玉だと判明した。尻尾らしきものがふよふよと揺れているあたり、今日はご機嫌なのかもしれいが……俺は息苦しさと獣臭さで不愉快だ!
とっさに右腕を動かして、首根っこを掴んで放ってやろうとしたが、ひょいと避けられてしまった。
そのまま黒い子猫は、俺の顔から飛び降りて、しゅたたたと小気味の良い音で駆け抜けていった。
「……実はアイツがオレに一番殺意を持ってるのか?」
はぁ……と使い魔の自由気ままさに思わずため息を吐き出し、自由になった世界を余すことなくみる。……ご丁寧に
何処にでもありそうな間取りに、そこそこ年季の入った勉強机に、回転椅子。棚には、昔懐かし数学の教材、国語、化学に……あり? めちゃくちゃ、見覚えがある。
ふと、時計をみれば──12時を指そうとしている。
体を起こしてぐるりと見渡せば、……なんだか、ひどく懐かしさを憶えた。
郷愁に沈むほど年は取っていないと思ったのだが。
──窓から覗く黄金の太陽に目を細める。
立って、窓から外界を見れば、
「ん……?」
見覚えがある懐かしい町並み、しかし、何処か違和感がある。それは、地上ほんのりと黒ずんだ霧らしきものが覆っていたことか。
奇妙なことに──オレはそれを直感的に『原義上の霧』とは違うものだと認識できたことか。霧、というよりは
と、そこまで考えた所で、
──がちゃり、と、扉が開かれる音がした。
……気分屋の猫でも上がってきたか、と軽く振り返ったからこそ──驚いた。
男物であろうカッターシャツを着て、すらっとした黒いエプロンを着けた女性が踏みはいってきたのだから。エプロンを付けていてもわかるスタイルの良さと、象徴的な暗い色の長い髪は後頭部でまとめられ。優雅上品とでもいうべき足運びで、お盆と共になにか茹だった──おかゆ?……のようなものを持ってきていた。
オレが立って歩いていることに驚いたのか、目は見開かれていた。
──胸からのぼってくる懐かしさは在るが、
女性は、お盆から片手……右手を離すと、何かを握るような仕草──
を、視界に入れた瞬間に、猛烈にイヤな予感が背筋を悪寒とともに駆け巡った。無論それだけで済ます気は無く、すぐさま、机にハサミ──金属の刃があったことを思い出し、片手で素速くとる。
女性は既に突き出すような構えとともに、手の中に光が集まり瞬きを見せ始め──
魔術回路のスイッチを強引に入れ、ハサミに『強化』を施し──
直感が感じ取った殺意と、算出された予想を重ね合わせ、放ち穿たれるであろうポイントにハサミを滑り込ませる。
こちらが先に構えを取った形になったのに、それを超える速度で赤い槍が放たれた。
のど元を狙いに定めていた槍を、ハサミの刃で挟み首から遠ざけるようにしてかわす。首に液体がたれる感触──完全にはかわしきれず、一条の傷が入った。
「挨拶にしては、随分と強力──なっっ」
目の前の女は突き出した槍を押し込み、そのせいで俺の身体は壁に叩きつけられる。
のど元には赤い槍の穂先。ぎちぎちと刃物が音をならす。一瞬でも力を抜けば……首がかききられるのは口にするまでもない。
吐息が掛かりそうなほど近い距離に美人がいるにも関わらず、気分は全く高揚しない。明確すぎる殺意が赤い瞳から放たれているのだから。
「──貴様は、誰だ。今まで私と会話していた男とは随分気風が変わっているが?」
擬似的に拘束しながらそんなことを問いかけてきた。しかし、声色からは、答えなければ殺す、答えなくても殺す、という裏が見え隠れ。
して、その問いにどう答えた者か。ここらへんは“未来の俺”も全く説明していない。彼女からして見れば、突然別人が体を乗っ取って動き回っている……と言うわけだ。うん、不審ですな。しかし、槍を突きつけるのはいかがなものか。“本物”であれば、この程度は避けれる──と信頼してくれたのは嬉しい限りだが……買いかぶりが過ぎる。『
……ここで勘違いを解くのも良いが、
──愉悦に口元を歪ませる。
もう少し、愉しんでしまっても良いだろう?
自分の体が、『ロット王』を取り込んだことで、どう変わったのか俺は知りたくなった。いや、この状況は願ってもない。性能を試すにはちょうど良い機会だろう。
「か──ぺっ」
「っ──!!」
女の顔に痰を吐きかける。その際、痰に『硬化』の魔術を掛けておくことで針のようにして飛ばす。
当然女は至近距離から放たれた針をかわそうと──体を動かす。そうなれば少しとはいえ槍の拘束が緩み、オレは体が動かしやすくなる。女の槍を持つ手、手首に触れ捻って槍の向きを整えて接近する。そのまま懐に潜り込んで肘打ちを一発。
しかし、女は片手に持っていたお盆を上に投げ、自由になった手で防ぐ。
無論、オレは肘打ちで終わらせる気は無く、そのまま腕を起こし女の心臓をノック。これは上手くヒット。さらに追い打ちで女の首を掴んで締め上げる。
「……かっっ……っ」
流れるような攻撃に彼女も面食らった様子だったが、すぐさま調子を取り戻して、体を捻って膝蹴りをオレの頭部目掛けて放つ。無論受けてやる気はなく、大きく円を描くように動かし、地面に叩きつけ浮き上がった体目掛け拳を放つ。
部屋から廊下に飛ばしたが、彼女は即座に体勢を整え、オレの視界から消える。
凄まじい速度で攻撃を仕掛けるということはなく……どうやら階下いったらしい。
……首を掴んだ際、軽く彼女の体に解析を掛けたが──随分と無理をしている。中身は、もはやスカスカだ。立っているだけでも不思議と言わざるを得ないが……それであの動き、自殺行為にも程がある。
口元に浮かぶ笑みとは別に、心中は暗雲が立ちこめている。むかむかする。
──あの女の苦悶に歪んだ顔にオレが喜悦を憶えた。コレは、言うまでもなくオレの怪物性がそうさせているのだろうが。いや、以前から薄々とは感じていた。
オレにはどうにも己が怪物性を否定したがっている感性があるらしい。怪物性の逆。つまりは──。
そこまで考えて思考を打ち切る。とうに諦めたはずのものが、じりじりと感情をこがすのだ。これはいらいらする。
ことん、と何かが落ちるような、置かれるような音がした。
音がした方に顔を向けると、
ルーンで浮かせて、ここまで誘導していたのか。
……これで、戦意を保てるヤツはこの世に一体何人いるのだろうか。オレは戦意を保てなかった。ばからしくて仕方がない。
いろいろな感情が吹き上がるのと共に、頭をかきむしる。
……気分を落ち着かせて、廊下を出る。
生きた魔術回路はたった11本。残りの90以上の焼き焦げた魔術回路は、二度と使うことはないだろう。全盛期の魔力量の10分の1か。
首元に触れれば、既に傷跡は消えていたあたり、キャスターに埋め込まれた宝具が機能しているようだ。……魔術回路治るんじゃろうか。
あそこに用意された食べ物が誰のためだったのかと言えば問うまでもない。
ある意味気恥ずかしいが、認めなくてはならない。電池にすらならない俺の身体を案じたのは……認めたくはないが、あの女だ。
一階に階段を降りてすぐに両手を挙げて、
「──参りましたぁぁああああ!!!」
と、全力で叫んだ。
瞬間、さわやかな風(殺気全開)が頬をなで、首には冷たい刃物に突っつかれる感触。ちょっと宣言が遅れたら死んでいた、確実に。
「……で、お前は、何者だ……?」
どこか力ない問いかけに、急いで答えようとして、
「オレは、──……ちょ、タンマ」
ちょっと待て。オレは、そうヒビノコウヘイで、合ってるよな? 火々乃晃平だぞ、うん。でも『ロット王』も混じってるよね……?
やべぇ、どっちなのれば……いや、ここは今の俺こと“火々乃晃平”で言った方が良いだろう。いつもの口ぶりで行けば、この緊迫感もどっかいってくれるはず……! 今言うから、槍先ぐりぐりヤメテ!
「……初めましてあるいは久しぶりかな。俺は──」
自分の名前を告げようとしたが、
──カラン
と、何かが落ちる音とともに首に掛かっていた重圧が消えた。
「あ? ……って、おい!?」
思わず振り向いて、槍を突きつけていた彼女を見ると──どさり、と床に崩れ倒れていた。
急いで駆け寄り、体に触れる。
──異常な冷たさ。
まるで、死人に触れた時の、ような……
──誰かの、死に様が、頭によぎった。
触れた冷たさとは裏腹に彼女は大量の汗を額に浮かべている。熱病に浮かされている、とも思える症状だが、体が冷たいことが熱病でないことを示している。
「……はっ、はぁ、はっ……」
辛そうに吐く息は、荒く水気の籠もったものだ。
原因など知れている。
──ついさっきまで、俺はこの女と殺し合っていたではないか。
体の半分以上を破壊したのは、この俺だ。
体の修繕だけでどれほどの魔力を持って行かれたか。それどころか、この女は俺を逃避行までしていた。ひょっとしたら、軽い戦闘もこなしたかもしれない。
──何が、自分の性能を確かめるだ。浅ましいにも、ほどがある……!!
女の体を持ち上げて、自分の部屋へと向う。
「──おい、クソ猫! どうせ、見てんだろ!」
そう叫ぶと、壁からぬるっと出てきた。……ちょっとびっくりしたのは内緒である。
「地下に俺の工房を呼んで呼びだせ! 神縛りの儀式用の荒縄と貴種霊種……そうだ、一番奥にある神酒だ。エリクサーの代り、というか超強力な気付けにする。さっさともってこい!」
「にゃー」
「……はやくこなせば、神酒を分けてやるぞ?」
「にゃっっ!!」
使い魔の猫は煙になって消え去った。報酬によって働きの精度が大きく変わる……クソ猫と呼ばれる由縁その三である。
部屋に上がって、抱えた女を降ろす。
──マスター権たる令呪は発現しないが、サーヴァントこの世に留める楔としての働きぐらいは俺にも出来る。
“月の聖杯戦争”でも似たようなことがあったことを思い出す。
部屋に届いた荒縄を部屋中に引っ掛け、神殿化をすすめる。火々乃家本邸に造ったほどの神殿ではないが──ここでも擬似的に再現できる。
実は、この家は聖杯戦争とは関係無い他人の家……というわけではなく、俺の家である。気づいたのは、彼女が造った食事を見た時……そばにあったノートに俺の昔の名前が載っていたのをみたからだ。それも火々乃の名を持つ前のである。
何となく恥ずかしくなったので隠しておく。
そんなことを考えながら、神殿化の肯定を終了させる。
「“
詠唱を起こし、神殿を起動させる。体内にある生命力を、正しく魔力へ置換する。
魔力回路が崩壊している自分だが、神殿を使って強制的に魂を融解させて濃密な魔力に返れば出力不足は大いに解消できる。最初の起動にさえうまく行けば、あとは自動的に彼女の体に魔力が注がれる。
──しかし、これでは足りない。やるからには全霊をつくす。
神酒の入った一升瓶を取り出す。中身は神代から生えている“木”を使ったリキュールであり、ある意味、正しいエリクサ―というわけである。浸漬法によって、古来より造られてきた神酒であり──火々乃家五代目くらいから伝わる破格の神秘が込められた酒である。
はぁ、はぁと荒れた呼吸をする女の唇を指で割り押し開ける。意識が低下していながらも、口に入った遺物に反応したらしく、舌で弱々しくとも押し返してくる。ぐちゅぐちゅと水っぽい音とともに口の中を開き、ある程度の気道を確保しつつ、神酒を流し込む。
「んっ……、く……、ふっ……」
ちゃんと飲んでくれたようだ。もし神酒を戻してしまうようならば、無理矢理にでも……使いたく無い手段を使ってでも飲み込ませる。まあ、杞憂だったが。
最後、に自分で神酒を一気に飲み込む。
ぐらり、と視界が歪む。
心臓は異常な動悸を始めた。
生命力の増幅を確認して、やっとうまく行ったという確証を得た。
──あとは、ほっとけば終わる。
彼女が目覚めるまで、とりあえず、腹ごなしをしよう。
俺の視線の先には、彼女が造ってくれたおかゆらしきものがあった。
ヒビノ君にロット王が混じった影響そのいち。
...善性がより強くなり、悪性が大きく減退する。中和され、幾分かマイルドに。もとから持っていた善性が強化されただけだが、
ヒビノ君とランサーの相性が悪い理由そのいち。
...ヒビノ君の末路は怪物であり、彼女は英雄である。さらに関係が悪化する理由に、『今は』と枕詞がつくというのがある。『やがて』彼らの関係が逆になるとしたら――想像するだけでもヒビノ君にとってはストレスそのものである。