超いじられた。もてあそばれた。ヒビノ死亡、地獄行き。
──酷い、地獄を見た。
夕日が落ち込み、道は赤々と照らされている。あー明日大雨降らないかな。
徹底的に精神を嬲れ、オーバーキルされた俺は両手に大量の荷物をぶら下げながら家に帰るべく道を歩いていた。
まさか、ランジェリーどころか下のフードコートにまで“恋人役”で連れ回され永遠にマウントを取られてフルぼっこ。顔面は常に赤く調子を整える暇をくれなかった。多大なダメージを受けた心は再起不能、ノックアウト。もう起き上がる力はございません。
そして俺をここまでいたぶった女には全く反省の色がない。俺はもの凄―くブルーな気分になっているのだが気にする様子も無い。ああ。ライダー、君は脳内ピンクなのにそれでも良識あるタイプだったんだな……それとも、心の底では笑ってたのか?
──いっそのことこの星滅ぼそうかな。
と危ない思考をし始めてしまったが、滅ぼした後で“滅ぼした理由”を思い返して今度こそ恥ずか死してしまうのでやめることにした。
今回の一件は俺の黒歴史入り決定だ。
敗北理由は年の功の差的なものだと思っておこう。……言い訳すればするほど、情けなくなって、惨めさが思いっきり目立って……、はぁ……。
さらに惨めさを引き立たせるのが、俺を貶めた張本人──スカサハがくすくすと笑みを浮かべ勝利の余韻に浸っていることである。いっそのことクールな顔で居座っていてくれればどれほどよかったか。コレではさきほどのことを瞼の裏から消せない。あー、死にてぇー。
「ふ、ワシが悪かったからもう機嫌を直せ、コウヘイ」
「……首縄自殺って苦しいんだよな。やっぱ最近のトレンドは練炭自殺か……」
「……少しいじりすぎたか? おーい、もどってこーい」
ヤツの行動、姿の一つ一つに反応を返す度に敗北した。心を消しても手玉に取られ意識させえられ固かったハズの精神防御壁は木っ端微塵になった。何度再建しても対城兵器で破壊される。
スカサハは、その何というか、すごかった。よく覚えていないが、凄かったとは言える。何がとは言わないが。
精神性以外は基本好みに該当するので仕方ないと言えば仕方ないのだが、そう口にすればより一層敗北感が生まれてしまう。自己弁護がまったく機能しないほどやられてしまった。
いろんな意味で疲れた。人生で感じた疲れランキング上位だ。彼女には反省してほしい。
そう思ってちらりと視線を向ければ、彼女と目が合う。きっと今の俺は生気を失った瞳をしているのだろう。
笑みは無くなっていて、いつものクールな彼女が帰ってきた。今ほど、無表情を救いと思ったことはない。一生直視できないかと思った。
「これに懲りたらワシをからかおうなんぞ、思わないことだな。責めるなら徹底的に。お主は詰めが甘い。あそこまで女を口説いたなら、いっそ手を取って気取ってみせる気概はほしい。男が足りん。」
……なんで俺はアドバイスを貰っているんだろうか。しかも辛口。だいたい“恋人役”であって、それとは違う関係の俺がそんな振る舞いをお前にするわけないだろう。
……やめよう。ここで女の忠告を聞かないのは情けなさが過ぎる。高い勉強代だったと思おう。地味に参考になりそうなので脳の奥底にでもしまっておく。
「そんなザマで良い縁がお前にあったのか? これではモテんぞ?」
何故か、近所のおばちゃん特有の“ちょっとは気になる子でもできた?”みたいな老婆心が見える。だからババアなんだお前は。
「モテなくて結構。これでも一途な生き方をしているんでね。アンタらケルトみたいに気が多くないの」
「ほほう。 ……つまり、お前には気になる女がいるわけだ」
今日は何個墓穴を掘るんだろうか、俺。ひょっとすれば今日だけで墓穴掘り数がギネス入りするかもしれない。 少し、気を砕きすぎたか。
「……いいかげん怒るぞ、ランサー」
「おお、怖い怖い。だが、女をものにしたければもっと男を磨くんだな。他の男に取られるぞ?」
「忠告はありがたく受取っておく」
空には夕焼けとともに、不似合いな黒い月が見下ろしている。
今夜は忙しくなりそうだ。
***
夜が始まるまで時間がある。
スカサハという絶対の戦力はあるが、それでも不安は残る。戦う時になって俺が足を引っ張るワケにはいかない。
──地下に行く。
本来はただ無機質な部屋が広がるだけの場所であるが、俺の真の工房が今は入っている。実はこの地下、昔俺が施工して作った施設で、一見何でも無い地下に見えるが空間置換の魔術式がびっしりと書き込まれている。
で、俺の工房があった座標と空間を入れ替えた、というだけである。
工房はそう大きくないものでは在るが、広さにかかわらずぎっしりといろんな試薬、霊薬、エーテルなんかが保管されている。動物の脳髄をホルマリン漬けにして資料なんかもある。
「ほうほう。これが、本来のお主の工房か。」
なんでいる。
俺は、自分のための準備にきたのだ。今は正直相手をする時間も気力も無い。
だいたい、お前自身が神秘の質の暴力であることを自覚しているんだろうか。資料には微かな神秘だけで性能が大きく変わるものもあるのだ。
「その辺触るなよ。計算が狂う。」
「……ふむ? これは、しょぼくないか? オマケに効率も悪い。機能の詰めすぎだぞ?」
「お前のそういうズケズケ言うとこが嫌いだ。ほっといてくれ」
現代の魔術など神代の魔術に比べれば見劣りするだろう。
それに俺が使う魔術は“混沌魔術”。時計橙ではゲテモノ扱いをされている代物だ。
呪術をベースに、他の伝承をもとにした魔術なんかを取り入れ一部の性能を極端にあげたり、逆に相反する魔術をねじ込んで強すぎる副作用を減らしたりできる。複雑だが、それ相応に扱い方を心がければ、それなりの成果が出せる。
「お主は呪術の家系、と聞いたが何故こんな魔術を使う。別にヒビノだったかの魔術が体に合わぬというわけではあるまい」
「……昔の俺はかなり焦っていてね。成果が欲しかったんだ。年月を重ねなきゃうまく行かない魔術より、より手っ取り早く行える魔術が欲しかった。どうしても、倒したい相手がいて、ソイツを倒すにはこの魔術を手に取るしかなかった。」
祖父を殺すには、手数が、ヤツの未知で勝負するより他なかった。祖父から学んだ呪術では結局年月で圧され負ける。だから混沌魔術に手を出した。
たまたまそういう魔術を扱った人がいた。それだけで光明を見て、必死に研究した。いち早く追いついて、あわよくば──助けられればと。時計橙に出向いて一番得たものが大きかったとしたらそれだ。
結局、手遅れになって殺すしかなかったが。
椅子に座って机に立てたフラスコや資料瓶に薬剤を入れていく。かちり、と魔術回路のスイッチを入れた。
全うに稼働するのは13本。魔力にはそう余分はない。時間もない以上、折紙を制作している時間は無い。ランサーに手伝ってもらったところで、2000程度の数しか用意出来ないだろう。これは効率以上に、成果が期待出来ない。“月の聖杯戦争”では用意できる魔術があれくらいしかなかったし、汎用が効くから使っただけだ。
「そう言えば、お主は気になる事を言っていたな。確か、“自分には呪術の類いが効かない”と。ルーン魔術が使え無い理由をそこにみた用だが、ワシとしては首を傾げざるを得ん。」
「……お前、表札見たろ? なら分かると思うが、俺は本来“火々乃”家の人間じゃない。昔は“
そう。俺は火々乃家の養子であって直系ではない。兜森とは火々乃から生まれた分家の一つ。魔術を教わることのない子供を血の保存のために留めておくための分家。魔術回路を持っていようと、基本的に魔術を学べる子は一人。それ以上は神秘が分かれ弱体化を大いに誘うからだ。いざと言うときの保険として成り立った家だった。
今いる家は、兜森家。つまりは、俺が生まれ育った家だ。
「……両親も一般人だよ。もっとも、“神秘については分からないが魔術師はいる”程度の認識はあったみたいだ。暗示でそう仕向けられたんだろうね。よくある手段だ。
かくして、魔術師の才能があった俺は事故死した叔母の代わりに火々乃家に入ることになった。」
こぽこぽと静かな音を立てて薬剤は混合されていく。
次いで、別の試薬を三種類取り出して調合していく。胡麻擂りでとんとんと叩いて砕き、すりつぶして混合する。
ランサーは無言で続きを促した。
「事故の理由は感嘆。これでも千年を越える歴史をもつ大家だ。魔力の濃度が高くて、常人は発狂する。魔術刻印の移譲でそく精神は御陀仏。生きた屍になる。ジジイもそれなりに準備はしたんだろう。火々乃の魔術になれさせ、万全な状態で移譲した。最初は成功した。一週間は生きていた。
でも、突然死んだらしい。魔術を行使する段階で刻印のもつ呪詛に精神を飲み込まれて自壊するだけの人形になったらしい。それを処理したのは祖父自身だ。ジジイが狂うきっかけにはなったんだろう。
……本当に厳しい祖父だったが、決して道をあやめるだけの男ではなかった。
そうさせたのは、きっと俺のせいだ。」
まあ、ソレについてはもう決着のついた話だ。改めて、それもサーヴァントでしかないランサーにいうことではない。
……ランサーが聞きたいのは呪いが効かない理由。呪家の人間であり、呪術を使うくせに効かないというのはどういうことなのか。ルーン文字は大神オーディンが見つけたとされている。一説には
「俺は呪いを弾く。魅了の魔術だろうと、死の魔術だろうと。ルーン文字は例外だがね。……まあ、わりと簡単な結論だ。呪いとはどう言うものかね、スカサハさん?」
「相手に災いを与える。それが病であれば、死の因果を引きつけさせるというものだ。それを魔術で行うのが呪いだ。」
「それであっている。だが、それはあくまで西洋呪術の認識だ。俺の呪術は神道、道教、陰陽、修検道。とかく多岐にわたるが、通常の魔術が“そこにあるものを組み替えるプログラム”であるのに対して、“自身の肉体を素材にして組み替えるプログラム”であり、つまりは物理現象なんだ。」
「……物理現象であるのなら対魔力は機能しない魔術ということか。」
十分に砕いた混合素材をフラスコの中に入れて攪拌する。近くの保管庫から血液パックを取り出し注射器で少しだけ抜きとって、抜き取った血液をフラスコに投入する。
「もっとも今や、火々乃家の魔術系統──『隷獣』は特殊すぎて使い物にならん。使い魔の作成には有用だが、それはあくまで火々乃家の一面に過ぎない。
これまたおかしな話だが、三代目がちょっとやらかしてね。火々乃家という血筋は呪われてる。欠損を意図的に生んで才能を手に入れるという呪術を完成させて自分に掛けやがったんだ。以来、火々乃家は何かしらの欠損が生じながら生まれる羽目になった。
一つ、人間性。二つ、体の構成、臓器、性能。そのどれかが欠損する。
だが、成果は酷く良かった。誰もが強力な才能に恵まれた。しかし、都合は良くなかった。才能の幅が広がった。魔術師としての才、剣士としての才、商才。ま、才能を選べなかった。
魔術師の才を手に入れても得意な分野がちぐはぐでまとまりがない。かなり悲惨だった。
いまじゃ200年そこらの炎浄家の分家。経済でこそ勝っているがそれ以外じゃ負けてる。」
いかん、愚痴になった。
かき混ぜたフラスコの溶液をビーカーに入れ、呪文を唱える。すると握り拳大の赤黒いスライムができあがった。
それをいつのまにか足下にすり寄ってきた猫に食べさせる。
「……血を媒介にして魔術にするのは、神秘がお前達の血液、血筋自体にあるからか。物理現象に置き換えるのにもってこいの素材であもあるということだな?」
「正解。吸血鬼にはさぞ美味しそうな血に見えるんだってさ。舐めてみるか? 霊体のお前にはそれなりに甘美な味に感じるかもしれん」
「結構だ。」
「だろうな」
求められたら、それはそれでこまる。
「呪いはもちろん黒魔術による精神干渉系も俺には効かない。何故かといえば、お前も言った通り、呪いっていうのは病だ。病っていうのは病原体に対して抗体を作ればかたがつく。それと同じで……」
「……何度も呪いを自分に掛ける?」
「そうだ。それも10、20じゃたりない。
修業時代はやっぱり辛かった。楽しかったことがなかったかと言うと、そうでもないが。やはり、大変で辛かった。いっそのこと逃げだしてしまおうかと何度考えたか。でも、そのたびに……いろんなものが頭にちらついて逃げ出せなかった。
「俺は生来の臆病さでね。ちょっとした可能性……それこそあり得ないとされる事柄にすら想定する非効率ぶり。百%の成果が出せないなら動かない。ってのが、俺の売りだったんだが……最近は、そんなこともなかった。」
「──それは、お前の召喚したというサーヴァントか。聖杯戦争が終わってもお前の側に居続けたという」
「ああ。こんぐらいのちっこいヤツでさ。かなり面倒くさい。好きなものはここぞと主張して、遠慮しらずで、豪快で、ひとつも諦めない。英雄だった。」
性欲の強さが玉に瑕。我儘さも玉に瑕。蛮行、奇行もおおくてもはや宝玉すらその価値を失いかねないほどやらかしまくった少女だが──俺が、人として好きに成った人だ。
「……その、サーヴァントの真名は──チンギス・ハンだな」
どうやら気づいていたらしい。というか気づかないはずもないか。あれだけヒントがあれば彼女が気づけないはずがない。ライダーも非常にしつこかったし。生来の人なつっこさというのとは叉違ったが、ヒントにはなる。
「そうだ。もっとも、俺の召喚したヤツとは違うけど……」
「──大方、再召喚でサーヴァントの二面性のもう片方が出たのだろうな。お前が召喚したライダーは少女期の精神の完成。そして、ナツキが召喚したライダーは成熟した女性として召喚されている。
大英雄チンギス・ハンといえば、アジアでもっとも偉大と謳われる英雄なのだろう? ならばこういったことが起こるのは、そう例外では──」
……
「──
なぜか耳が痛くなるような沈黙が辺りを包んだ。
スカサハの目は、何を言っているのか分からないと如実に伝えている。
「だから、あいつはチンギス・ハンじゃないんだ。俺のサーヴァントじゃない。俺の契約したライダーの未来の存在とかそういうのじゃなくて、
ぽかーん、と口を開いたスカサハに俺は小首を傾げるばかりである。説明しようにも、コレは本人を前にして軽く問答をしなければわからないだろう。
まさかのライダーはライダーではない。(後書き伏線回収)