夜の帳は落ちきり、魔術師は夜を掛ける。
昨日こそ誰も戦っていなかったが、今夜にはどの陣営も確実に動くだろう。何せ今日は異常な“黒い月”が浮いている。
未だ確実に脱落していないサーヴァントは、ライダー、ランサー、バーサーカー。
脱落した可能性をもったサーヴァントは、セイバー、アサシン。
脱落したサーヴァントは、キャスター、アーチャーだ。
だが、キャスターは霊基盤での確認しか行っていないため、未だ脱落していない可能性はある。
よくよく考えれば、黒幕側にライダーはどうしてついたんだろうか。
黒幕、つまりはアミーだが、彼の戦力はもはや“黒い月”を完成させなければサーヴァント一体にすら遅れを取るだろう。
聖杯が欲しいとしても……ここで裏切るか? いや、まあ理由があれば裏切りにためらいはないだろうが。だとして、その理由は? 今は答えがでない。どうせなら会って話をすれば分かる。
俺達は今探索がてら夜の町を探索していた。
高いビルの屋上を転転と走っていく。
探し始めて1時間ちょっと。しかして、全く気配の欠片もない。
「少しは当てとかないのか?」
「ないと言いたい所だが──」
魔神が根城に死そうな場所を言おうとしたところで、俺の前を走っていたランサーは何か急に察したように振り向いた。
いや、俺も今感覚として捉えた。何を、などと言うまでもない。
「……魔術師が近くにいるな」
「サーヴァントが二体、殺し合っているようだ。どう出る、マスター?」
「当然、撃って出る。俺達には未だ現状への情報が少ない。この気を逃すわけにはいかない」
他のマスターにとって俺達の存在はグレーだ。生きているのか死んでいるのか分からないだろうし。……このまま隠れ続けて、ヤツの本拠を見つけ出し奇襲をしかけ……で倒せるほど甘くはないだろうからやらない。手駒もたりないし、それ以前に後手に回りすぎて完全に手遅れになるのは避けたい。
ここで情報を得に行かない理由はない。
あわよくば、カルデアのマスターが戦ってくれていてそして難なく合流と行きたいところだ。
雑木林が茂る自然公園から、剣戟が聞こえてきた。結界が張られているあたり、サーヴァントの反応からしても間違いなく、ここには誰かがいる。
「なんじゃありゃ……?」
公園を埋め尽くす謎の黒いもじゃもじゃ。
森は生命の揺れ立つ世界から、呪い渦巻く暗澹たる世界に切り替わったかのようだった。
──なにかが起きている。
***
「───ちぃっ……! マスター!」
「分かってるわ!」
雑木林のなかで、何処かかしこからも現れる黒い影。まるで狗と人間が混ざった──人狼にも似た容姿をした影とバーサーカー陣営、つまりは炎浄沙友理とバーサーカーが交戦していた。
バーサーカーの突風を思わせる振り払いに応じて、余波で転がった影にネズミの形をした式神を飛ばして焼殺しようとするが、
式神は確かに燃えたが──影に損傷はない。その結果に沙友理は驚きを顕わにする。
単純な神秘の差とも考えられるが、式神はメジャーな陰陽術。それなりの神秘は具現できるというのに、粘土を適当に固めたような存在に効かなかったのだ。
「あー、もうなんなのよ!? あいつら、私の魔術が効かない!」
───キキキ、と奇天烈な声を発生させながら沙友理に近づき、横合いから飛んで来たバーサーカーに吹っ飛ばされる。
「……ち、何がどうなってんだ! あの“黒い月”が原因なのかっ!?」
空には月に被るように“黒い月”が上っている。
地上の影はその数を膨れあがらせている。戦闘してたった三十分程度。
しかし、バーサーカーが切り捨てた数は二百を超える。
にも関わらず、ぞろぞろと数を増やしつづけ襲いかかってくる。
魔術が一切効かないとあれば、少女は無力であり──能力の高いバーサーカーであったからこそ今まで凌ぐことが出来ていたのだ。
その事実が少女を苛立たせる。そしてその矛先は……信愛する兄を殺した男に向けられていた。が、今は呪詛を述べるより、状況の打破だ。
ぐるりと見渡せば、うんざりするほど真っ黒な影が蠢いている。赤い眼光は、常に殺意を放っていて生きた心地がしない。おまけに金切り声に近い奇声を発しているのだ。
──どうする?
沙友理の中で自答は膨らみ、しかし答えはでない。周囲は地獄。悪鬼が渦巻くこの中で膝を折っていないのは、一重にバーサーカーが押し寄せる絶望を薙ぎ払ってくれるからだ。
「くそっ……切っても切っても埒開かねぇッ! ここは撤退も視野にッ、入れるべきじゃねぇか? 最悪、俺の“宝具”を開帳して──」
「許可できないわ。こんな相手に、サーヴァントですらない奴等に宝具を使うなんて……!?」
「じゃあどうする? このままじゃ、すりつぶされるだけだぞ!」
話している間も、雨のように降りかかって襲撃してくる影。真っ黒な泥で出来た人狼を切って破壊するバーサーカーだが、さすが、と言うべきか。
その身に一つも傷は無く、獣を一瞬でかたづけていく。だが、彼自身思わず背がひりつくような一撃を影が放ってくるのでこのままではまずいと判断していた。
だが、その時。
獣の声が、鳴り止んだ。あれだけギャアギャア叫んでいた獣はぴたりと泣き止んでいる。
それこそまるで──人形の様に。動力を抜かれたロボットのように。
「……なに、どうしたの?」
「っ、マスター! 今すぐ令呪をつかって宝具の開帳を! ──やべぇのが来てる!」
「ちょっと、どうしたのバーサーカー。落ち着き……」
沙友理は、突然口ぶりを荒げたバーサーカーに動揺する。
バーサーカーは迫る危険を全身で感じていたが、そのマスターは生来の魔術師としての完成度の低さ、実戦経験の少なさ故にすぐさま指示ができなかった。
バーサーカーが、
だが、宝具をはなったとて、無駄に終わったかもしれない。
現れたのは──
「────え?」
沙友理は、現れた存在を認識した瞬間、脳が真っ白に染まった。
何がいるのか、わからない。いや、分かるがあり得ない、理解したがらない。ある意味では悪夢のようで良夢のようでもあった。
現れたのは、男だった。
銀の刺繍の入った黒コートを羽織り、肩に引っ掛けるように異様な銀色の金属体の太い棒をぶらさげている。月光に煌めき、妖艶に灯るそれは瞬く間に男の腕に纏わり付いた。
──その男の姿を彼女は知っていた。
だからこそあり得ないと呟いてしまう。
バーサーカーが沙友理の隣で叫んでいるが聞こえない。動揺は激しく思考停止を呼び起こしていた。
それもそのはず。
炎浄家において天才と謳われた兄、炎浄義之の妹。それが彼女の価値だ。
優しくて、純粋で、意地っ張りで。何処にでもいる善人だった。
突然行方不明なって。
気がつけば頭だけで帰ってきた。
あの、火々乃晃平が殺した男。
「──なんで、生きているんです、お兄様……?」
小さく零れ落ちた言葉は、彼女の兄の形をしている男には届かなかった。しかし、その後ろから出てきた中性的な顔立ちをした男に届いてしまった。
──沙友理と中性的な男、アヴェンジャーと目が合う。
「くくく……オイ、マスター? アレ、お前の妹らしいぜ? 今日の狩り相手、それも良い素材になるっていうからここまでしたのにな。」
「妹? 俺に? ──本当か?」
小首を傾げ真相を問う、炎浄義之。その様子から記憶を失っていることが否応なく分かった。
「お、おい! バカ何やってるっ」
「ええ、そうです、お兄様! どうしてここにいらっしゃるのです!? あの首は、嘘だったのですか!?」
炎浄沙友理はバーサーカーの静止を振り切るように前に出ようとしたが、バーサーカーに押しとどめられる。
沙友理は、記憶すらなくしたことを忘れ──精神が耐えられぬと、忘れたふりをして必死に声を掛けた。
「……ふむ。お前もマスターか」
「ええ! それよりお兄様! お兄様は一体今まで何処に!?」
「くそ、しっかりしろマスター……お前の兄は死んだんだろ! ならあれは──」
「だまりなさい! 私が、お兄様を見間違えるわけがないでしょう!」
狂乱した様に振る舞う沙友理。この豹変、絡繰りがあるとバーサーカーは感づいていた。
マスターを必死に押しとどめながら、──アヴェンジャーをまっすぐ睨んだ。
「テメェ……オレのマスターに何しやがったッ!」
「ちょいと邪視を。そこまで怒らなくても良いだろう? そこまで強くねぇ貴様らの失態だ。我輩がどうこうなど些事だろう?」
邪視、それも精神干渉系。
見るだけで相手を不和の中に落とし込む、呪術の一つ。
アヴェンジャーというクラスを知らず、キャスターが倒れたということも知らない。
故にバーサーカーは相手のクラスをキャスターと考えてしまった。周りに沸き立つ、おぞましい影の獣たちを考えれば無理もない結論だった。
──しかし。彼は甘かった。
精神を奈落に囚われたマスターを彼は治せない。技術もスキルも無い。故にマスターを無理矢理気絶させてでも、いや、それこそ捨て置いてでも逃げるべきだった。
──どうにかして、マスターを逃がさねぇと!
バーサーカーは己が仲間を見捨てられない。結局、そういう善良なサーヴァントに過ぎなかった。
「──ま、ここで貴様は終わるがな!」
「ち」
魔力放出によって、一気に加速したアヴェンジャーがバーサーカーに襲いかかる。片腕を鱗だらけに変化させ、黄金の巨大な五本の爪、それこそ龍の腕を再現したような巨大なソレがバーサーカーに振われる。
凄まじい速度で襲いかかる腕は、大きく避けることはかなわないだろうことは一目瞭然。迎撃しかない。
しかし、バーサーカーが迎撃しようにも未だ腕の中には半狂乱の彼のマスターがいる。
このままでは迎撃できないと踏んだバーサーカーは、自分の後ろに沙友理を放り投げた。
「■■■■───!!」
咆吼と共に、一時的に狂化ランクを上げて筋力に差のあった相手を切り返す。
バーサーカーの狂化ランクはDと低い。が彼は、一時的に無理矢理ランクを引き上げることを可能にしている。
自分こそは──新撰組局長。武士道のままに生きたが故に、彼が本質的な狂気に呑まれることはない。薩摩、長州は許せないが人となりを否定しているわけではない。幕廷鎮護の干将莫邪とは成ったと謳われ、その人望の高さ故にただの武人とは思えない。
この男を敵に回したら、一国を敵に回すようなものとすら謳われていたのである。謳われるどころか、事実そう認識されていた。
敵ならば容赦はしない。故に薩長を許すことはできず。後世で薩長を呪っていると囁かれたが故に、霊基が薩摩・長州のニオイに反応するが、彼は理性で制御出来る。
狂化ランクが大幅にあがり、筋力Aはあるアヴェンジャーの攻撃を軽々とは行かないが防ぎきっていた。
「へぇ! 狂化ランクの低いクソ雑魚って聞いていたんだが、なぁ!! いやさヤルじゃないか! 面白くなってきたぜ」
「唸れ、虎徹! ■■■───!!」
多い潰そうとする腕を跳ね上げ、切り捨てる。
だが、武器には明らかな神秘の差があった。
アヴェンジャーの腕は龍の腕。
つまりは幻想種の頂点の生物、竜種の腕。神秘の頂点だ。特にたいした逸話のない刀では龍の腕に傷を付けることは出来ない。虎では龍の首は噛み切れない。
勝因を分けたのは、決定的なまでに相性の差だった。もし、炎浄沙友理が令呪を上手く使えば──切り抜けることは可能だった。
しかし当の彼のマスターは、ぽかんと口を開け邪視で精神をかき回されたせいで放心していた。
どれだけバーサーカーが敵を退けようと、何もかも手遅れだ。
アヴェンジャーは押さえ込みようにバーサーカーに対して立ち回る。バーサーカーは上手く立ち回っている。沙友理を常に背後にかばい何度も斬り結び、押し返してすら見せるその剛勇はそれこそ大英雄と比べても謙遜ないそれだろう。
しかし。そのアヴェンジャーのマスターは甘くなかった。
「霊子全出力、再設定。礼装、承認。起動しろ、我が
右腕を銀の金属棒にしていたソレが変化する。極太の銀の棒にぐちゃぐちゃに曲げられ練り上げられ──幾多の細い金属線として変化し飛び出して鞭状にしなる。それぞれがぐねぐねと呻く様は触手とすら呼べるそれかもしれない。
そして、その男は
「
言葉と共に、銀色の金属は鋭い牙となってバーサーカーに、否。
その背後に呆けている炎浄沙友理に即死の矢となって駆けていく。
──Igiiiiiiiiiiii!!
金属板をひっかいたような音を吐き出しながら、銀の針は迫る。
「マスター! クソっ、邪魔だッどきやがれ!!」
「なぬっ!」
人間一人をすっぽりと覆ってしまいかねない龍の腕の中から抜けだし、動けないマスターをかばおうと走り出す。
見捨てるなど彼はしない。彼の男は英雄。守るべき命を見捨てることはしない。自分の魂に従う、武士道を貫いた男。
「オオオオオオオ!!」
沙友理の前に立ちふさがり迫る銀の針に刀を振う。
達人級の剣士がその牙を打ち返せぬ道理はない。
だが、それを想定できぬアヴェンジャーのマスターではなかった。
刀は振り下ろされた。
しかし、感触はない。刀が金属に触れる直前、先が割れ刀をすり抜ける。
端から、沙友理の命など狙っていない。
「流石は英雄。その女さえ見捨てていれば生き残れていただろうに。哀れだな。」
「────か、は」
分かたれた金属体は、バーサーカーの心臓を貫いていた。
振り下ろした体勢のまま、彼は貫かれ、その背から膨大な血しぶきが飛ぶ。
びちゃりと、沙友理の顔にかかった。
「……ばー、さーかー?」
彼女の声は、やっと絞り出せたそれだ。決して、彼らは主従仲が悪かったわけではない。むしろ敵した関係を築けていたと言っていい。
お嬢様気質の少女に、忠犬の男。男は生来手の掛かる人間が好きだった。少女は、自分を認めてくれる有一の相手だった。
その二人の仲が悪かったはずがない。
──心が動かなくとも、少女には大切なつながりが零れ落ちたのが分かった。
金属の牙が引き抜かれる。先にはバーサーカーの心臓が無残な姿をさらしていた。
「バーサーカーの霊核は破壊した。バーサーカーは脱落。──アヴェンジャー、アレを拾ってこい。」
「……実の妹をアレとはな? なにも思わないのか?」
「まったく。妹だからなんだ。血が繋がっているのなら、良い母胎になる可能性がある。ただそれだけだろう。……もっとも、あの魔術の出来ではたかが知れているかもしれんが」
「くくっ、いやぁ、流石は我輩のマスターよ。その悪性、我輩でなかったら背後から着られているぞ?」
「ああ、君が俺のサーヴァントでよかったよ。だが、言うことは聞いてくれなかったらしい」
倒れ伏し放心したままの沙友理に金属の触手が回収しようと迫る。
「────、?」
「ぬ? なに!?」
アヴェンジャーのマスター……炎浄義之には理解出来なかった。次いでアヴェンジャーは驚愕した。
──何に? 言うまでもない。
──誰に? 言うまでもない。
──何故? 聞くに能わず。
──祖は英雄である。
「■■■ッ、マ■■―!!! や■■な■■!! ■■せる■のかァ!!」
心臓を失ってもなお、それは立っている。
ありえない。確かに、霊核は砕かれた。サーヴァントが立っていられるハズがない。
だが、それは立っている。
にらみ、奮起する。
我が主人はやらせない。サーヴァントになっていながら、どうしてこんな無様で倒れることが許されようか。ただでさえ、
咆吼は諦めぬ、英雄のそれ。
──その背は、多くの者に“ついていきたい”と思わせた英傑の背だ。
「なるほど。心臓を砕かれてもまだ存命するとは、恐らく高ランクの戦闘続行スキルを持っていたんだろう。かの新撰組局長ならば頷ける。いいだろう。気に入った。」
「ほほう?」
炎浄義之の言葉を聞いたアヴェンジャーが唇を愉快そうにつり上げる。悪意を隠す気も無い。
「では、あれでやるんだな?」
「ああ。──実験だ。椎名家が持っていた『憑依』の秘術と俺達炎浄の『傀儡』の技術を合わせれば、
「くくく。英霊にとっては恥辱そのものだろうが──興味を湧かせたアレが悪い。」
止まっていた影の獣が動き出す。
「さあ、お前達の体候補だ。存分に奪い合え──!!」
黒い波が、バーサーカーに覆いかかる。
結果はわかりきったものだったが、彼ら、アヴェンジャーらが想定した以上にしぶとかった。
***
結界の外側を破壊し、中に飛び込む。
うじゃうじゃと呻く真っ黒な人狼っぽい、何か。“
ち、戦闘音が聞こえなくなった。
だとするとここで戦闘をしていた誰かは撤退を謀るかもしれない。結界を破った時点でこっちの行動はバレているのだ。
防衛に回ろうとするとは思えない以上、こっから突入するしかない。
ならば、視界を塞ぐ其奴らは邪魔だ。一気に相当する。
そして、それが出来るのは。
「ランサー! 手段は問わん、奴等をかたづけろ!!」
「ならば、ちと退いていろ。最大火力でいくからな……!」
そう言ったスカサハは大量の赤い槍を呼び寄せ、どういうわけか大量のルーンと共に展開していく。
「原初のルーンを起動する……腰を抜かすなよ!」
瞬間、前面が赤い光に包まれ──爆音と共に吹き飛んだ。
ちょっと威力がしゃれにならないと思うんですがね。スカサハさん。
光が収まり、あれだけ視界を覆っていた影は消え失せ、しかし木々まで吹き飛んで景色は凄く見渡しのイイモノに変貌していた。
吹き抜けと化した道も出来たので、ランサーとともに走り抜ける。いち早く相手と会わなければならない。
しかし、俺は一応ランサーに気になったことを聞くことにした。もちろん走りながら。
「……やりすぎじゃね? 敵とか、味方かも知れないヤツとか、死んでないよね?」
「……ふっ」
「ふっ、じゃねぇよ! テメェ、俺達何しに来たか分かってんのか!?」
「ははは! ──すまん。半分忘れ取ったわ」
「もうやだこの猪系サーヴァント! トゥルッフ・トゥルウィスですかテメェは!」
今まで暴れられなかった鬱憤とかが一気に噴き出てしまったんだろうが、いかんせん被害が大きすぎる。都合の良い聖堂教会がいない以上、この場所をあとで直さないといけないというわけである。
事後処理に頭を悩ますはめになった。問題をかたづけるどころか増えた。
「──マスター近いぞ?」
「俺とお前の心の距離は遠くなった。お前を殴ったら良い装備とかドロップするんだろうか」
「バカを言っている場合か? ワシはサーヴァントが近いと言っておるんじゃ──そら、あそこを見ろ。」
ランサーが指を差す。
──ぶち、くちゃ、がり、ぶしゅ
そこには倒れ伏し消えかかった男。それに頭を押しつけるようにして──喰いあさる黒いものども。
それを見下ろす──見た事のないサーヴァントが
どちらも見た事のある顔立ち。
一人は中性的な白髪の男。
もう一人は──
忘れもしない。あの燃え盛る炎。雪が降り積もった、あの場所で。俺達は殺し合った。
そして、俺が殺した男。
いるはずのない。
いてはならない男。
その男の名は──炎浄義之。我が親友。
炎浄は銀色の金属の腕らしきものから触手を出して──人間らしきものを拘束、飲み込んでいた。ちらりと見える細い足とスカートらしき断片から少女だとわかる。
次いで倒れていた男は、影に咀嚼されているが──おそらくはバーサーカー。周囲の破壊状況からサーヴァントのそれだろう。すでに倒され、サーヴァントの反応は消えている。残存霊子でまだ形が残っているだけ、つまり死体だ。
ならば、金属体に飲み込まれているのは、バーサーカーのマスターである。
炎浄と目が合う。こんな夏に銀の刺繍の入った黒コートとか来ている厨二病患者仕様の男を睨む。
押し込めた殺意は万全に。
空気は冷たく張り詰める。濃厚な殺意の応酬。まるで、この空間だけ時間もろとも止まってしまったかのようだ。
しかし、サーヴァント達の殺意より──マスター同士の殺意が上回った。
切り出したのは、8体目のサーヴァント。
「──貴様、誰のマスターに殺意を向けている? さては、マスターの知り合いか?」
「マスター? ふん。ソイツからはサーヴァントと同じモノが見えるが?」
魔眼は捉える。ヤツの心臓あたりに輝く霊核を。我が親友の形を使った別人──とするべきなのにその魂には見覚えがある。
“ジジイが試作品でコイツが本命なのか”と脳裏を走る突拍子もない予測がやたら現実身を帯びて認識させられる。
「ぬ? ああ、そこは我輩らにはよく分からん。──だが、」
「アヴェンジャー。余計なことは口走るな。あの手の人間に情報を与えるな」
「く、了解したよ。我がマスター? でもあっちは口を塞ぐ気はなさそうだぞ」
こちらの問いに答える気は無いらしい。
「……お前の知り合いか?」
と、ランサーが問いかけてきたので頷いて肯定する。
「お前は
「………………」
沈黙は金と言いたいようだが。沈黙も叉発言の一つでしかないのだと知るべきだったな。
そもそも、俺がただ分からないことを聞いているとでも思っているのか? 見りゃ分かることを確認しているだけだ。
死んだ人間を蘇らせる、それはもう見ている始末した以上。ヤツがここにいる理由ももはや考えるまでもないのだ。
俺達は、敵同士。その観点が変わることはない。アミーは俺達の邂逅を嘲笑いたかったのだろう……本当に性根が腐っている。
義弟に似ているサーヴァントに口撃対象
「アヴェンジャー、というクラスは始めてみたが、なるほど。憎悪で真っ黒に染まっているようだな、半端モノ?」
「──マスター。ヤツを殺そう。いや、殺させろ?」
「沸点が低いな、コーンウォールの蛇め。お前のその無様さが猪に踏みつぶされることになった要因だよ。しかし、どうしたお前? 変化が雑だ。まるで中身がすっからかん。ああ、こう言ってやろう。お前、
悪意に悪意を持って応えよう。
くすり馬鹿にするような笑みと共にそう言い放ってやる。
「──アヴェンジャー、悪かった。どうやらあいつは答え合わせをしに来ただけだ。口を閉じようが無駄なのだろうよ。落ち着くが良い、卑王よ。」
「だが、マスター!」
「──黙れ、と言っている。」
威圧を込めて黙らせる炎浄。ここまでの威圧感。──懐かしさすら覚えるほどに、何処まで行っても炎浄だ。身内は必ずかばう愚かさまで捨てていないらしい。もっとも、妹を身内と認識出来ないようだが。
「やっと口を開いたな、炎浄」
「……お前は別格だな、ランサーのマスターよ。他の知り合いとやらにには……こんな、郷愁の念を抱き得なかった。
聞くが、貴様はオレのなんだったんだ?」
「──言うと思うか? 何もかも覚えていないお前に?」
「オレのサーヴァントの真名は卑王、“ボーティーガーン”だ。そら、話せ」
なるほど。真名を明かして情報交換ってわけだ。本人の確認も取らずにヤル辺り、本当に我が親友らしい。昔も似たようなやり取りをしたものだ。
「昔、お前の親友をしていた。」
「今はそうでないと?」
「自分の妹に金属触手プレイしてる時点で親友とは思えないし、そもそも──お前は俺が殺したんだ。」
戦闘用の思考に切り替える。
結局、この問答はお互いが欲しい情報を得るための信用ごっこだ。末路にあるのは互いの否定。ならば、準備する。
「……俺を殺した? お前が?」
「ああ。オレが殺したよ。首を切ってな。」
「なるほど。お前が、俺を、炎浄義之を殺したか。く、クハハハッ!!」
妙な高笑いをする友人。
しかし、少ししてぴたりと笑い声を止め。
もぞもぞ動く銀柱──恐らくヤツの礼装──に対し命令した。
「“邪魔だ、吹っ飛べ” ──お前、名は?」
「火々乃、晃平」
柱から銀色の、人一人がすっぽり入るぐらいの金属弾が空に向って吐き出され、何処かに飛んで行く。
クソ、脱出させられた。アレに炎浄妹が入っていたに違いない。
──せめて、『折神』が残っていれば見失わずに済むのに。これでは追えない。
何故、このタイミングで吹っ飛ばしたのか。そんなのは一つしか考えられない。
──コロシアイの邪魔になるからだ。
お互いの殺意が膨れあがる。
大地は揺れ、空気はびりびりと振動する。
瞬間、アヴェンジャーの腕は竜のソレに変貌し、ランサーは槍を構えて魔力を奔らせる。
「アヴェンジャー、我がサーヴァント。 ──ヤツを殺せ!! 一変のぬかりなく確実に殺せ!!」
「了解したぞ、マスター!! 主従揃って八つ裂きにしてやろう!!」
「ランサー、一切の加減なしだ。 魔力は気にするな、全力でヤツを倒せ!」
「任せるがいい。怪物殺しは飽きるほどやっている。 ──精々、愉しませろよ卑王!!」
赤い魔槍と、黒い龍の腕が交差する。 黄剣と銀の牙が激突する。
──また、俺達の聖杯戦争が始まった。
やっとくる戦闘回。