Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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聖杯戦争:傷

 

 甲高い金属音と弾ける火花が、殺意と共に発生する。闇夜を照らす赤い炎の如き炎剣と、異色の双剣が斬り結ぶ。

 

「この手の武器は久しぶりだが、なに、やれば使えるモノだな!」

 

 双剣のスタイルは久しぶりとはいえ、体は動きを覚えている。

 一心不乱、渾身の力を込めライダーに斬りかかる。

 

「くっ……! ありえぬ! たかが人間に余が圧されているなど……!?」

 

 反撃の真紅の炎の剣を交わし、懐に飛び込んで剣を振う。

 一撃は突き。

 二撃は払い。

 三撃は戻し、捻る。

 

 奴の守りを裸に剥き、その身体に剣を振る舞う。しかし流石は英霊か。

 いくら剣を極限まで扱いこなしていないとはいえ、ライダーの剣技は達人程度のそれだ。ランサーの問答無用の剣裁きに比べれば幾分にもつけいる隙があり、それを全てついてなお、ライダーは倒れていない。

 単に能力差。筋力という絶対の差があるからか、未だその喉を切り裂けていない。

 

 ──まだだ、反撃を許していては、まだ足りない。

 

 距離を取られれば封殺されるのは目に見えている故に、距離を徹底的に詰める。奴の弓は長弓だ。近距戦闘で取り扱うにはあまりにも難しい類い。

 そしてモンゴルといえば馬乗戦闘を主にする。地上での白兵戦は確かにあったが、王たる彼女らには感覚として薄いものであったのは言うまでもない。

 奴のスキル。“皇帝特権”が作用しているが故に近接戦闘を行えているのだ。

 

「──っ、調子に乗るなコーヘイ!!」

 

 ライダーは一気に魔力を放出し、地面に叩きつけ跳躍。

 迫る()()()()()()、体勢を崩さないように余計な隙をつくらないようにした。

 

 跳躍したライダーは、空中に飛びながら弓を構え、矢を打ち出す。

 銃弾より速い一撃。ビュウンと空気を裂く一撃。

 ───オレは、飛来した矢を切り捨てた。

 

 打ち出されたのは三つ。一つは脳天。二つは心臓。三つは肝臓。

 ソレが同時に着弾するように打ち出された──のだろうが、それは同時に矢が並ぶということだ。こちらは双剣。振り払えない道理などない。

 

 絶対の殺意を持って放たれた矢がアッサリと切り払われたからだろう。ライダーは驚いていた。だが、それに止まらず着地と同時に矢を構えようとする。許せばオレに勝ち目がなくなる。脳に奔る戦闘論理がそう警告し、提案をする。

 ──今すぐ、距離を詰めろ。

 

 距離はメートルにして5。()()()()()()()()()()()

 

 開いた距離は縮地で一気に近接する。目を見開くライダーであったが、すぐさま弓を剣へ変え防ぐ。筋力の差で押し込むことは叶わず、押し返されるが──奴の剣を抜けるように突きを繰出す。

 

「───、!」

 

 寸前でライダーはオレの突きを躱し、魔力を剣に乗せ──瞬間的に吐き出してきた。

 

 オレも剣に魔力を乗せ、──()()()()()()()()()()()()()()

 

 息が上がる。体は限界だと訴える。魂までも痛みを訴えるが、そんなものは思考の端に放り投げる。

 

 魔力を使う度に体が軋んでいくが、そんなものはお構いなしだ。現時点において、オレが負けない限りこちらに敗北はない。

 あとはランサーしだいで勝利は確定する。

 だが、───

 

 ざりざり、と脳で音が止まらない。砂でも入ったのかというほどだ。

 少し代償が現れた。過ぎた能力を使えば、当たり前の現れるそれだ。体にちらりと目を向ければ──肌が裂け、血が流れている。傷から煙が出ているのも面白い。

 

「ありえんな。ありえん、断じてあり得ぬッ!! そなた、一体どれだけの無茶をした! たかが人間一人が、これだけの能力を発揮できるものか!!」

 

 ライダーの発言は正しい。

 今の俺ならば執行者すら相手にならないだろう。

 きっとライダーには分からない。いや理解出来るはずがない。英霊を体に降ろしたわけでもなく、英霊と張り合えるなど確かにおかしいことだ。

 魔力は前に比べれば全くもって微少。体の悲鳴は立ち止まった今ですら止まることはない。だが、悲鳴があるだけまだ生きている証さ。戦うには問題無い。

 しかして、何故英霊と殴り合えるのか。それがライダーには分からないのだろう。

 

「いくらあの女が数々の英雄を育てたとはいえ、限度がある! 時間が、たった二日で間に合うハズがない! ……いや、まて……“試練”と口に、なんだ、余は何を見逃している!?」

 

 ライダーの同様は激しい。そこまで悩むことでもないだろう。

 しかし、かなり近いところまで来ている。

 

 だが、やはり絶対に今のライダーには理解出来ない。そして俺も教える気は無い。

 

 あの瞬間。

 俺は、己が決意を改めてランサーに見せた。何のために戦うのか。

 

 ──生きたい、と俺は言った。

 

 ただ生存を果たしたのではない。自分の在り方を歪めたくなかったのだ。かつて、俺の大切な誰かが好きに成ってくれたこの在り方を捨てたくなかった。

 

 もはや負けしか見えぬ状況で、俺はランサーとの誓約を思い出した。

 

 ゲッシュ。ただの誓い、約束事と思うなかれ。破れば大英雄ですら避けられぬ不幸を呼ぶ──呪いだ。だが、同時に祝福でもある。

 

 そう、俺はランサー、つまりは“影の国の女王”にして“スカイ島の女神”に対してゲッシュを立てたのだ。その結果、彼女は俺に手を貸すことを祝福とした。

 

 ──誓約を通した契約。だが本来、誓約と契約は本来別のモノ。

 

 スカサハは協力を取り付けるだけのそれ、と理解したが──俺はその先を見ていた。

 

 誓約を交わした時、俺は魔力も無く、扱える魔術も極小。コレでは俺は目的を達成できない。黒幕の目論見を潰すことができない。

 だから、どうにかして力を入手する必要があった。

 彼女の“試練”に応えるなどと口にしたのはそこら辺の焦りが出てしまったのだろう。都合良く勘違いしてくれたが、本来はまた別の形でのブーストが入るはずだったのだ。

 呪いも魔術の一つである故に、そこには等価交換が存在する。

 

 一度破っただけで即死しかねない呪いだ。ならば、その祝福はそれ以上のものでなくてはおかしい。

 ──祝福は彼女らしい、それだった。

 単純に能力が上がった。武器の扱いが鮮明に分かった。地域によっては戦女神としての伝わっている彼女だ。なるほど、確かにこれは戦闘向きだ。

 ただ、単純に体が追いついていないのが気になる。あまり全力を出しすぎてもいけないのかもしれない。

 

「──もう、殺しに行っても良いか?」

「っ……! 余の質問に答えろ!」

「質問……? あー悪い。聞いてなかったわ」

「何故、それだけの出力を出せる!? ──いや、それだけではない! そなた、このままでは死ぬぞ!?」

「──俺を心配する意味があるのか? お前は俺の敵だろう。オレは手加減しないぞ」

 

 間合いは、およそ7。

 まだ一息の範囲だ。

 

 カチリ、と二つの剣を構える。一つには肩に掛けるようにして、一方はだらりとぶら下げる。突きも払いもやりやすい構え。

 

 ──少し、遊びも入れてみよう。

 

 瞬きより速く、奴の後ろに回る。

 

 自分でもよく出来たと感じた奇襲は、ライダーにやはり防がれた。だが、炎剣の下に剣を潜り込ませて打ち上げることで、ライダーを無防備に変え──大きく懐へ踏み込み、突きを繰出した。

 

「がっ……!!」

 

 ライダーは身をよじって躱そうとしたが、避け切れずに彼女の体に赤い一線が入る。

 

 

 ──ランサーがアヴェンジャーにとどめを刺すより速く、倒してしまってもいいだろう。

 

 

 炎剣の光に、双剣を煌めかせながらオレはライダーに斬りかかった。

 

 

***

 

 

 ランサーは見晴らしのいい場所で山ほど喚く、影の人狼を虐殺しながらアヴェンジャーの主従と交戦していた。

 

 元より、一対多は彼女の十八番。雑魚がいくら並んだところで壁にも鳴らず切り刻まれ吹き飛ばされる。

 槍兵の槍裁きはいくらステータスが大きく下がろうと衰えるものではなかった。

 

「まったく、マスターも困ったものだな! 雑魚の掃除まで私に押しつけるとは!」

 

 しかして、あれだけ、無尽蔵とすら覚えた影の人狼はその数を著しく減らしていた。単純に生産が間に合っていない。

 どこからかわき出ているのなら、その場所さえ潰せばいいと考えて居たランサーだが、基点はどこにも見当たらず、この状況は永遠と続く。

 だが、結局殲滅すればいいだけの話だと彼女は気づいてしまい、魔力もフルで動員して焼け野原もかくやというほど酷い状況に追いやった。

 

「我輩らは、オマケ扱いか!」

 

 ランサーに激昂したようにせまるアヴェンジャーだが、軽くいなされ、はじき出される。幾多の怪物を屠ってきた彼女にとって、本気を出してすらいない竜種など取るに足らなかった。

 だが、そんな彼女でも悪寒が奔る相手がいる。

 

 地面から飛び出す無数の触手。

 網のように張り巡らされ、ランサーの挙動を的確に潰してくるのだ。ランサーのマスターである火々乃晃平があれほど注意しろといった礼装だ。

 ランサーもまた警戒し、触手にかすることすら許さぬよう立ち回る。

 

 アヴェンジャーに未だ止めをさせない理由もその礼装にあった。

 

 霊体殺し、言い換えれば英霊殺しとも呼称できるそれ。触れただけで霊子を掌握する呪具にして邪具である。英霊ならば多少抵抗は出来るだろうが──無力化は免れない。ただの人間には害のないそれだが、兵器として昇華、改造された礼装である。

 ただの霊体を殺すための兵器なら対処法は簡単だが、炎浄義之はそれに対人間に対する捕獲機構、および、殺戮機構を内蔵している。

 金属触手という形ももっとも人間に効果的なそれだからだ。拘束も圧殺も刺殺も惨殺も行える万能さが形をとったら触手になっただけだ。

 

「ハァ──!」

 

 ランサーに繰出されるそれは、雨の如く。再度接近戦をしかけるアヴェンジャーをすり抜けて速攻で礼装の攻撃範囲から抜け出す。

 ルーンを刻み、発動し、吹き飛ばすも存外丈夫らしく砕ける様子すら無い。

 それに付随する神秘は確かに宝具の領域のそれだとランサーは理解した。

 

「少しでも足を止めれば飲み込まれると言う訳か。面倒だな!」

 

 吹き飛ばされたハズのアヴェンジャーの腕は復活し、凶悪な爪を振ってくる。人一人は飲み込める大きさだ。アヴェンジャーに掴まれた、あるいは押しとどめられた時点でランサーは拘束され敗北を免れなくなる、ということである。

 

 この現状に終止符を打つには──アヴェンジャーのマスターである炎浄義之を殺す必要がある。執拗に追ってくる礼装からしてランサーに対軍宝具を撃たせる気はない。

 ならば一瞬で炎浄義之ののど元までせまり、槍を穿つまで。

 

 そう決断したランサーは、さらに加速した。

 

 練雑に現れる影を切り捨てながら、“原初のルーン”を炎浄義之へ挨拶代わりに放つ。

 

 巨大な火柱を隠れ蓑にしながら、さらに加速し、常人ではとらえられない速度までたどり着く。いや、それどころか英霊であるアヴェンジャーですら見失った。そのマスター、炎浄義之も言うまでもない。

 

 張り巡らされた金属線をくぐり抜けながら──一気に炎浄義之に駆ける。高性能なスローモーションカメラでも線でしか写らず彼女の姿を映すことができないだろう。

 

 しかし、炎浄義之はランサーを見失った瞬間に己の礼装を周囲に盾のように張り巡らせた。ランサーが触れられないならば、それは鉄壁の防御となるだろう。槍を突き刺すには少し遠い距離。

 

 だが、ランサーは勝利を確信する。

 

 真紅の魔槍に魔力を流し込む。邪魔が出来る存在は──ライダーは火々乃晃平に足止めをされ、アヴェンジャーはランサーの俊敏に付いてこられない。

 

 故に、ランサーはもう一度宝具を使う。

 

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』───!!」

 

 因果逆転の呪い。

 一撃必中の絶技がランサーから放たれた。

 

 この宝具が放たれた以上、もはや止める術はない。必ず心臓を穿つ槍としてその機能を発揮する。ただの魔術師にしか過ぎない炎浄義之に防げる理由はない。

 

 前面に張られた壁は槍にぶち抜かれ──真紅の魔槍は炎浄義之の心臓を貫いた。

 

「───かッ……!!」

「マスターッ!!」

 

 因果逆転の呪いから逃れられない炎浄義之の貫かれた体は中へ浮かぶ。体の中心にはポッカリと穴が開き、心臓が破壊されたあとがある。

 

 ばたりと崩れ倒れた炎浄義之にアヴェンジャーが慌てて駆け寄る。展開されていた礼装は主を失ったが故に地面に融け落ちた。

 

 ランサーにも確実な手応えを感じた以上、炎浄義之の死は免れないものだった。

 “ここでマスターの戦いを見に行くのも一興か”とランサーはライダーのほうを見た、

 

 

 

 ───その、刹那。

 

 

 ランサーを中心として、魔術式が突如地面から浮かび上がり、

 

「な───くっ」

 

 急いでその領域を脱出しようとランサーが駆けようとしたが、それよりはやく。足に金属の触手が纏わり付き、その場に拘束する。

 込み上がる不快感と、焼き印を受けたような激痛を受けながら、霊基に干渉してくる呪いを無理矢理魔力で排泄させた。

 

 だが、それは致命的な隙。

 

 魔術式が完全に展開し──ランサーは完全に空間ごと縫い付けられた。

 

「─────っ、これは空間固定の魔術!」

「ああ、やっぱり分かるか。アヴェンジャーもう大丈夫だ。心配掛けたな」

「なっ……!!」

 

 ランサーは驚きに目を見開く。

 貫いたはずの男は、何でも無いように起き上がって立っていた。

 胸に穴を開けたままで、それがたいしたことでもないように振る舞っていた。

 

「……確実に、心臓は貫いた。何故、生きているアヴェンジャーのマスター!」

「は? んなの簡単だろうが? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 取り替えのつくものでしかない。あーそうか。アンタ、そのなりでもサーヴァントなんだっけ? そりゃ霊核が壊れれば負けだもんな。」

「……頭に放つべきだったか」

「そういうこった。よいしょっと」

 

 何処からか心臓を取り出して己の破壊された心臓を抜き出し入れ替える。

 

「よくやってくれたアヴェンジャー。それ喰って良いぞ?」

「では、遠慮無く」

 

 廃棄した心臓という肉塊はアヴェンジャーの腹の中に入り込むことになった。

 この戦場の優劣はここに決した。もはやランサーは空間ごと拘束され動けない。

 

 炎浄義之は、最初からこの展開を狙っていた。彼は母胎さえ手に入れればいいのだから。わざわざ殺す必要は無い。礼装を網のように配置したが、その本命はランサーを囲むこと。直接拘束すると見せかけて間接的に拘束する算段を整えていたのだ。

 心臓を貫かれた瞬間にそれは発動した。

 一見力を失って崩れたかに見える礼装。しかし、最後の展開されていた姿を上からみれば巨大な魔方陣になっていることが分かるだろう。

 崩れて地面にたどり着いた時点で空間固定の大魔術の準備ができ、それに魔力を炎浄義之が流し込んで発動させた、というわけだ。

 

 一瞬の油断を、見事に突いた技だった。

 

 高い対魔力をもつランサーですら、完全に拘束する魔術。体の魔力すら練りきれない。一体どれだけの魔力と神秘があるのか──キャスターを飲み込んだ魔術師の力をランサーが完全に侮った形になったのだ。

 

「さて。ライダーのオーダーは完遂した。死なない程度に陵辱させて、飽きたら体を貰うとしよう。なに、ここまでの戦果をたたき出したんだ。奴も否とは言うまい」

「む? アレは母胎にするのだろう? さっさと拘束して連れ変えれば良い。わざわざ、ライダーの援護をしに行くのか?」

「ライダーに媚びておいて悪いモノはない。ふ。なに。あそこまで信じたサーヴァントがあっさり拘束されたとあれば、なあ? さぞ、いい顔をするとは思わないか?」

「なんだ、そういう魂胆か。マスターも染まってきたなぁ。しかし、援軍に行くなら速くした方が良さそうだ。あのライダーが追い詰められているようだぞ?」

 

 趨勢はここに決した。

 ランサーは動きを止められている。火々乃晃平には令呪はない。

 もはや逆転の余地は完全に消え去った。

 この可能性は変動しない。盤面はひっくり返らない。

 

 だが、その盤面に、凍り付いた水面(可能性)に石を投げつけるモノがいた。いや、正確には──、

 

「────!!」

 

 その声は遙か遠くから。結界の外からナニカが凄まじい速度で迫ってくる。

 転移か、跳躍か。

 いずれにせよ、炎浄義之は自分の張った結界を突破した侵入者の存在を知覚できない魔術師ではない。

 その上侵入者の放った存在観に総毛立った感覚を炎浄義之は声に変えて己がサーヴァントに指示をする。

 

「───アヴェンジャー!!」

 

 アヴェンジャーはすぐさま竜の腕を顕現させて警戒する。

 

 

 凄まじい魔力と共に、彼らは降り立った。

 

 それだけではなく、ランサーを拘束していた魔方陣は小さな短剣が刺さっただけで破壊された。

 ──それは聖剣。使用者を無敵にすると謳われた魔法の剣。

 

「ああ。すまない、遅れてしまった。結界を破るのに時間が掛かってね」

 

 その姿は騎士然とした清廉さを思わせる。柔和な顔つきでありながら、マレー随一の戦士。そして、彼に抱えられるようにして一緒に降りてきたのはそのマスター。

 

 ──セイバーと藤丸立夏である。

 

「セイバー……無事だったのか」

「そういう君は随分と───」

「待って、セイバー。ランサーのステータスが落ちてる。ひょっとして、何かのスキルか宝具で能力が落とされているんだと思う」

「ご名答だ。カルデアのマスター。 ライダーの宝具に引っかかってな。……お前達にはなんともないのか?」

「え? ああ、はい。ちょっと寒気はするような気がするけど、それくらいですかね」

「まあいい。それよりもだ──」

 

 ちらりと、ランサーが目配せする。

 

「………おいおい。侵入者が三人。一人は──ライダーの方にいったか。こりゃ撤退だ。母胎はいずれ回収すればいいことだし。」

「我輩の宝具を使用すれば──」

「いや、やめておこう。時間稼ぎにしかならない。さっさとライダー───」

 

 アヴェンジャーのマスターはライダーの方を見てため息を一つこぼした。

 

 その方角から、並々ならぬ魔力と炎が吹き上がっている。天まで届くその炎の塔はぐらりとアヴェンジャー達がいる方へ傾いていた。

 

「どうやら回収する必要はないうえに、余計な援護もしてくれたらしい。ずらかるぞ」

「了解した。」

「ま、───」

 

 “待て”とセイバーは続けたかったがアヴェンジャーたちの方から立ち上る炎の塔を見て行動を止めざるを得なかった。

 

「じゃ、そういうことだ。アデュー、諸君?」

 

 アヴェンジャーのマスターはどういう魔術を使ったのか、己のサーヴァントとともに何処かへ消えてしまった。

 とかく、セイバーはアヴェンジャーを追うこと出来ず、かといって迫る炎筒に対処しないわけにもいかなかった。

 

「僕が結界魔術で防壁を最大限張る。たぶん、対軍宝具程度の威力ならなんとか成るはずだ」

「なら、私もルーン魔術で防壁を張ろう。何、助けられた礼だ」

「ああ、頼む。マスターは僕達の後ろにいてくれ。結構衝撃が来ると思うから」

 

 

 急いでセイバーは地面に紋様を刻み混む。

 

 それはマレーどころかインドネシア地域の殆どに伝わる“海の女神”により伝えられた神の加護を文字にしたもの。地上から失われた奇跡の一つ。

 

 それが刻み混まれた瞬間、爆発的に魔力と結界が広がり彼らを覆い隠す。

 

 緑色のドームと化した結界は外界から押し寄せる魔力と炎から彼らを護る。びりびりと伝わる大気からの振動から放たれた炎の威力が察せる。

 

 激しい閃光と煙が消えた後、結界は解除された。

 

「──ふぅ。なんとかなったみたいだよ、マスター」

「ありがと、セイバー。」

 

 軽く藤丸立夏はセイバーに礼を言う。

 

「でも、やってしまったな。あのアヴェンジャーは取り逃がすし、それに──ライダーまで取り逃がした。というか、ランサーは無事だったのか。君のマスター、ヒビノと……彼と殺し合ったんじゃないのか?」

「……ん? 何故、それを知っている?」

「えっと……アヴェンジャーが襲撃してきて、ライダーが宝具を放って撃退したんですけど──」

「おーい! トゥ……セイバー!」

 

 藤丸立夏がランサーの問いに応えようとしたとき、炎塔が倒れてきた方角から黒衣の男──アサシンが駆けてきた。

 その脇には、黒髪の男──火々乃が力なく抱えられていた。

 

「話は後にしましょう。向こうに土御門さんもいますし……って、ヒビノさん!? しっかりしてください!」

 

 藤丸立夏は驚いて抱えられたヒビノに声を掛ける。

 何故なら、彼の外傷は余りに多く血だらけで、もう死んでしまっているのではないかというほど生気が感じられないのだから。

 

 いや、それ以上に──目を疑う光景が全員に怖気を感じさせた。

 全身に入った傷だとか、噴き出た血だとか、確かに目を引く外傷だ。だが、それ以上に理解しがたい現象が火々乃晃平の体に起こっていた。

 

 ランサーが駆け寄り、かるく触れるが──

 

「……な、んだ、これは。アサシン、一体あっちで何があった?」

「お前でも分からないか。……向こうでは特に苦戦なんてしてなかった。むしろ、追い詰めてさえいた。コイツはライダーから攻撃は一度も受けてない。ただ──」

「ただ……?」

「バケモノじみた動きをしてやがった。腰を地面すれすれまで落として、滑空するように駆け抜けた姿を見たときはなんかの間違いかとすら思ったぜ。例えるなら蜘蛛みてぇな……しかも、サーヴァントの出力と同規模でだ。」

 

 ──ぎちぎちぎち。

 

 彼らが会話している間も、それは起こり続けている。

 

「最初は裂傷って感じだったんだが……俺が登場して援護をして、そんでライダーが宝具を使って、俺達は回避した。で、その後、目を開けたまんま動かなくなった。なんど呼びかけても動きやしねぇ。そしたら──突然、()()が起きた。」

 

 ──ごりごり。ぎちぎち。べちゃべちゃ。

 

 傷口から、()()()()が生えていた。いや、形状からして狗のもつ牙のような類いのモノが所狭しと噴き出て、ねちゃねちゃと音を立てて蠢いている。

 それだけではない。

 ある傷口からは、いくつもの目玉がぎょろついていた。

 ある傷口からは、赤子の腕が生えていた。

 ある傷口からは、いくつもの鱗が飛び出していた。

 

 そして全ての傷口は、まるで、火々乃という男が着ぐるみであるかのように、裂けた箇所が内側から皮が引っ張られるようにして塞がれようとしていた。そのたびに失敗し、また骨牙が飛び出す。その繰り返しだった。

 

 藤丸立夏が悲鳴を挙げなかったのは、僥倖だったかもしれない。もし悲鳴を挙げたなら、二度と彼のことを人間とは思えなくなってしまうのだから。

 

「──ランサー。この男は何なんだ? ただの魔術師にしては、怪物に近すぎる。」

 

 ランサーは答えられなかった。

 いや、解答など出るはずがない。

 

 全くの未知が、そこにあった。死を色濃くしながら、未だ止まる様子は無い。

 

 ──ぎち、ぎちぎち、ぎちぎちぎち。

 

 

 彼らの間に広がる静寂に、彼の傷口の音が厭に響いた。

 

 

 




まあ、なんでこんな怪物性を火々乃くんが得たのかといえば、あの聖杯戦争でやらかしたせい何ですけどね。
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