第一回戦 一日目
人間の悪性を知った。
命とは、すべらかく尊ばれるもののはずである
人間の悪どき習性を知った
命を嗤い、蔑み、嘲笑する様を
まさしく平穏にひそむ地獄
餓鬼と変わらない、いや餓鬼そのモノ
もう、ウンザリだ
私の幸福は、何処にある?
***
……何か、欠けた夢を、見ていたようだ。
目が覚めた。天井。白いカーテン。身を起こせば目に入ってきた身長計。健康について書かれた掲示板。これから察するに、保健室の中だろう。
続いて自分の姿を見る。学生服だ。20なのに。地味に恥ずかしさを感じる。
いつの間にか倒れて運ばれてきたようだ。
「やっと、目を覚ました?」
聞き覚えのある、というより彼女の声が聞こえたことで、先程の夢にすら感じられる出来事が否応なく事実だと教えてきた。
ベットの横に突然人影が現れた。見間違えようもない。
褐色の服をきた彼女である。
揺れる髪は、茶髪にしてハーフアップ。
右耳には細く長い六角錐の水晶でできたイヤリング。
瞳は臙脂色。顔は整っている。
「なぁに、マスター。人のじっとみて」
「っははん。さては、見惚れたわね」
背は俺より身長が、頭一つ小さかった憶えがあるので160ちょっとくらいか。
視線をさげれば、慎ましい、いやもはや絶壁である胸。ストーンという擬音がきこえてきそうだ。
「……何処見てんのよ」
胸ですが?という勇気はない。冷ややかな目にはかてなかったよ…。
「まあ、目覚めてよかったわ。聖杯戦争の本戦には間に合ったわけだし」
「聖杯戦争?」
聖杯戦争。字面からだいたい想像つくが、ろくなものではなさそうだが。
「ええ!貴方、聖杯戦争知らないの?それで良く私を呼べたわね」
「ま、説明ぐらいしてあげるわ」
その彼女から簡単な説明を聞いた。
――聖杯、願いを叶える願望機。ムーンセル・オートマトン。
――魔術師≪メイガス≫ではなく魔術師≪ウィザード≫によって行われる生存闘争。
――魔術師≪ウィザード≫とサーヴァントのチームどうし一対一での戦い。
――敗北すれば、死ぬ。
――サーヴァントとはこの聖杯戦争に勝たせるためよばれる英霊。要は戦士。
――サーヴァントは7つの役割≪クラス≫に分けられる。すなわち。
――セイバー。剣の英霊。
――ランサー。槍の英霊。
――アーチャー。弓の英霊。
――ライダー。騎馬の英霊。
――アサシン。暗殺者の英霊。
――バーサーカー。狂戦士の英霊。
――キャスター。魔術師の英霊。
「最優はセイバーって言われているけど。じゃあ唐突だけど質問よ。私のクラスはなんでしょう?」
ん?確か槍を使ってはいなかっただろうか。白く透明感があって水晶でできたかのような槍。となれば答えは。
「ランサーか?」
「残念。違うわ」
「槍を使っていたと思うが」
「だからってランサーとは限らないわ」
では、彼女のクラスは何なのか。ひょっとするなら、キャスターとか。話の流れからセイバーだとか。
「私のクラスはライダーよ」
「…馬、使ってたっけ?」
「別に馬を使うからライダー、というわけではないのよ」
――彼女が説明するに、英霊は逸話、すなわち宝具はクラスと直結していることが多いが、武器=クラスということではないのだとか。
「私のことは、ライダーと呼びなさい」
彼女がライダーということは分かった。となると彼女は英霊、逸話を英雄ということになる。
彼女の正体が気になった。
「おまえの正体はなんだ?」
「正体?あぁ、真名のことね。…ごめんなさい。明かすことはできないわ」
「召喚の場では、ああ言ったけど。もう少し見極めさせてちょうだい。私を扱うに足るかどうか」
ちらりと左手をみれば、三画の紋様、確か絶対命令権だったか。
はかせるか、と考えたがやめておく。
もったいないし。
そう言えば、ライダーに自己紹介をしていなかった。
「俺の名前は、コーヘイ。火々乃 晃平。よろしくライダー」
「ええ、よろしくコーヘイ」
そういうと、サーヴァントは姿を消した。しかし、まだ自分の近くに存在している事は感じる。
用のないときは、姿を消しているようだ。英霊の真名は、サーヴァントの姿も大きなヒントになるはずである。ならば、当然か。
がらり、と誰かが入室してくる。入ってきたのは、いつか保健室でみた少女である。
「やっと目を覚ましましたか。基本暇であるはずの健康管理AIに仕事させるなんてね。」
その後、いろいろな説明を受けた。予選の形式だとか、記憶は返却されたとか。罵倒とともに。毒舌の酷さにびっくり。ちなみに彼女の名は、カレン・オルテンシアだそうである。
絶対保健室には最低限の用がないといかない。そうきめた。
説明ついでに受け取った携帯端末機をいじりながら廊下を歩く。手帳のようなものだと納得する。
「あのっ!」
振り返れば見覚えのある小動物めいた少女がいた。
「予選突破されたんですね。嬉しいです!」
そう満面の笑みで快活に話してきた。ルール的にはお互い敵であるはずだが。
皮肉だろうか。
「お互い本戦頑張りましょう!」
そういって、走り去ってしまった。こけないといいが。
*
校舎の各地を探索し何処に何があるのか頭に入れていたら、気がつけば夕方である。もちろん時計から判断した。なにせ空には青く電子、数式、データで覆われているのだ。
2階用具室前までいくとカソック姿の神父がいた。
「本戦出場おめでとう。これより君は、正式に聖杯戦争の参加者となる」
妙に癪に障る声である。間違いない予選のあの声の持ち主だ。
言峰と名乗った。監督役のNPCらしい。
彼は聖杯戦争のルール、システム、端末、そしてマイルームについて説明をした。
ちょうど説明が終わった時、端末が振動し無機質な音がなった。
「対戦者が決まったようだな。では、君が、無事に決戦にたどりつける事を祈ろう」
そう彼は締めくくった。説明のときに妙に心をえぐるような言葉を意図して使ってきた用に思う。おそらくカレン・オルテンシアと似たような性格であろう。AIにまともなヤツはいないのか。
端末を確認すれば、二階の掲示板に対戦相手が発表されるとのことだ。掲示板を確認する。比島 達彦。
どうやら初戦の相手は、こいつらしい。
二階の奥を進めば、アリーナに繋がる扉がある。
サーヴァントの性能を知るいい機会かもしれない。
エネミーに対しての情報収集もしなくてはならないだろう。
第1層へ向かった。
*
―――――アリーナ
「ここ…アリーナと呼ばれている場所だけど、ここでは自由に戦闘することが許されているわ。セラフの適性プログラム≪エネミー≫がそこら中にいるけど、私の敵じゃないわ」
サーヴァントであるライダーとともに探索する。
蜂型のエネミーやらブロック型のエネミーとも対峙したが、特に問題なく倒せた。
むしろ自分に対して問題がある。
まあ、アイテムも手に入ったし、まずまず、といったところか。
*
アリーナから帰還して2-Aの教室へと向かう。
2-Aの教室――言峰に言われた自分の個室の入り口。
ここに端末をかざすことで、個室に入れるらしい。
端末を取っ手に近づけるとなにか…ガタゴトと音がして、扉が開いた。
部屋の中はずいぶんと殺風景だった。
だが、部屋の中に入ると同時にほっ、と息がでた。
自分でも気づかないうちに緊張していたようだ。
そして中央、かろうじてベンチの形をとっているものに、どっかりと腰をかけたのは、ライダーである。
「初陣、ご苦労様。どうだったかしら」
ライダーに不足はない。ライダー運用のしかたもある程度分かった。
しかし、決定的な不安俺にはある。ライダーに話すべきか否か迷ったが、話すことにした。
「ライダー。すまない、本来マスターであればできることが俺にはできない」
「というと?」
「ライダーはこう説明したな。魔術師≪ウィザード≫による闘争だと」
「ええ、いったわ」
「俺は…魔術師なんだ。ウィザードじゃなくてメイガスなんだ」
「……」
彼女は黙ってしまった。それもそのはずだろう。電子虚構世界≪セラフ≫において、ウィザードつまりハッキングやプログラムを作り行使する技術は必須である。にもかかわらず、俺は、メイガス、現実世界における魔術の行使ならば多少の得はあるが、ことセラフでは役立たずなのだ。探索を重ねるうちに、その事実が浮き彫りになって焦燥感にさらされ、AIがどうとか、そもそも霊子虚構世界とか意味分からないし。記憶は、どういうわけか2015までしかないし。突っ込もうにも、突っ込めないし。むしろおかしい扱いされるしで精神的にいっぱいいっぱいだった。
ともに戦うことになるライダーには、言っておかねばと思ったのだ。契約を切られる可能性もあるが。
「………そんなことで悩んでたの?」
「魔力自体は流せるわよね。私にもパスつながってるわけだし」
まあ、確かに。流すこと自体は可能のようだ。
「…えっと、礼装って知ってる?」
彼女がいうには、礼装――この世界における魔術言語コードキャストを内蔵しており、魔力を流すだけで発動するらしい。それ、はやく言ってほしかった……。
かなり悩んでいたのに、あっさりと解決されてしまった。
そのあとも、彼女と会話をしつづけているとある話題になった。
「あっ」
「どうかした?」
「いや、たいしたことじゃないんだけど。服、そのまんまだと思ってさ」
ずっと学生服なのだ。20なのに。
さすがに恥ずかしく感じるのである。
「プログラム組んでモデル変えたりできないしなぁ」
「私裁縫できるわよ。デザインくれれば」
「マジで?」
「ふふん。私には皇帝特権っていうスキルをもっているわ。裁縫なんてちょちょいのちょいよ!」
やだ、うちのサーヴァント有能すぎでは…?
完成に少なくとも1週間かかるようだができるらしい。
明日には、おそらく対戦者と出会うことになるだろう。
殺すことになる相手でもある。
俺は、覚悟を決めなくてはならない。
望んで参加したわけではないが、願いも決めなくてはならない。
そんなことを考えながら、眠りへとついた。