「―――ここは……?」
知れず声が出ていた。自分は見知らぬ場所に立っていたのだ。
紅い、真紅の花―――彼岸花が咲き乱れ、視界一面を彩っている。まるで、紅い海とも形容できるだろうほど、ずっと遠くまで広がって地平線が見える。
空を見上げれば、月が東にから真ん中に昇る途中なのが見え、太陽は直に地平線へと消えていく。青さを目立たせていた空は掌を返すように暗闇におち、隠れていた星々が現れる。さながら星の海か。なんとも神秘的な光景である。
月は白い相貌を辺りへと知らしめ、太陽は完全に沈んでいった。
「ここは、地球……?でも、こんなところ聞いたこともない…」
やたらと自分の意志はしっかりと知覚できる。猿夢とかいう類いのモノだろうか?
白い月を見て、どうしたものかと辺りを見回す。
そうして、後ろ、自身の背後を見て驚愕した。
「……え?」
そこには
輝けるモノかくあるか。命の星と形容されるべき、されてきたものが其処にはあった。この青い星は昔のモノだろう。
今の星の現状を知っている私は、これを過去のモノとしか思えなかった。海こそ変わらずとも、緑が広がって、砂漠の深度も少ない。少なくとも、私のいた時代よりはましのような気がする。
夜の姿を見せる、アメリカ大陸は小さな星々を輝かせている――――生存している人がいるのだ。いや、大陸中を覆っている。国があるのだ――――それは私が生まれた頃には瓦解し、もはや、大陸に人は居なくなったとされた場所。昔話にしかない場所。
―――――綺麗
発展に確かに多くの資材を消費した。意味の無い建築も破壊も、それこそ戦争もあった。宇宙飛行士は自然豊かな大地を改めて視認して、永遠を誤認したのかもしれない。それも仕方の無いことだと思う。
こんな美しいものをみて、永遠を描けぬ人間など居ない。
『発展に犠牲はつきものだと?資源も、土地も、時間も、ひいては同族さえも消費する文明が?』
ふと脳裏に聞こえた声は―――憎悪に濡れていた。こんなものは認めない、とでも言うかのように。
『もっとやりようはあったはずだ。お前達は数え切れない程の間違いを犯してきたはずだ。故に何故!何故、お前達は――変われない!』
誰とも知らぬ慟哭は続いていく。
『間違ったのなら正せばいい!ただそれだけのことだ!何故繰り返すッ!何故過ちと向き合わないッ!最善の選択肢はいつも目の前にあるくせに、何故選ばないッ!』
―――人は変わらない。醜悪で、愚かで、劣悪だ。石器時代からまともに変わることすらしない。
そんな
『ここまで愚かな者は神であっても救えまい………ならば―――』
慟哭する何者かは告げる。それこそが自身の成すべき事だとでも言うように。
『――――オレが救うしか、ないだろう。それこそ、神すら超えて』
最期の声は何処かで聞いたことがある気がした。
***
―――――目を覚ます。
どうやら、欠けた夢を見たらしい。頭がずきずきと痛む。
乱れた息を整えて、己の状況を確認するため周りを見る。白い布、独特の匂い。ならばここは―――
「――――ここは、保健室?」
「起きたんだな、マスター!」
「わっ―――セイバー、心配させちゃったね」
身体をベッドから起こすとセイバーが抱きついてきたので抱き返す。どうやら心配をかけさせてしまったらしい。
しかし、自分には何が起こったのだろうか?
「べ、別に?心配なんか、しちゃいねぇ……なんだその生暖かい目は」
「別に?なんでもないよ」
不器用ながらもセイバーの優しさは嬉しい。
そんなやり取りをしてたら、横合いからコホンと咳が聞こえた。そちらへ視線を移すと―――胡散臭い、あの男、火々乃晃平がこちらを見て生暖かい目を私達に向けていた。
「主従愛の深いこって…羨ましい限りだ。今後の展開について、あの外道神父―――言峰から今回の件についての説明があるらしい。……まあ。その説明は―――いまから五時間後ってところだが」
「今回の件?」
「まさか……記憶喪失か?あの魔神、廃棄孔を名乗るヤツに焼却式……魔術式の攻撃をうけてアリーナが全損、いや焼失?ま、そうなったのは第一層だけらしいけど」
頭が痛み、ソレと共に思い出す。
確かに自分たちは―――あのおぞましい者と戦って、いや攻撃を受ける前にアリーナを脱出したのではなかったか。
「なんで、脱出したのに?って顔だな。あの攻撃思ったより強力なものだったらしくてな。サーヴァントが出てきたのと同時に、爆炎は扉ごと融解させて押し寄せてきた。なんとか防ぐことはできたが、お前は衝撃で頭を床にぶつけて気絶したってことだ」
うぐっ、なんと間抜けな自分。まさかの唯の気絶だった。しかも床に頭を打つって、古典劇か!
「……なにやら、ショックを受けているようだが、そんな暇は無いぞ――エリカ、あの魔神と名乗ったものについて空いた時間で調べておけ。ま、たいした情報があるとは思えないが、ないよかましだ。怪我もないならさっさと行動しろ」
「い、言われなくても!」
勢いよくベッドから出て、かけてあった上着をとって着て保健室をでた。
*
がらりと、出て行ったエリカと入れ違いでカレン・オルテンシア―――保健室AIが入ってくる。
「その調子だと言わなかったみたいですね?――――その右腕」
「ふん」
俺は鼻を鳴らして、ゴロリと寝転がった。
システムをぶち抜いて攻撃してきた魔神。扉をぶち抜いてきた焼却式による爆炎を守るために、瞬時に魔力障壁を展開し撃ち殺しきれず―――右腕が崩壊仕掛けてた。
激痛こそ襲えど、サーヴァントをここで失うデメリットよりは痛くはない。むしろこの程度ですんで儲けものである。
ライダーは俺が右腕を犠牲にしたと聞いて怒って出て行ってしまったが。
右腕に視線を移せばもはや傷はない。治療すれば、切って離されたわけでもないのだから治るのは当然だった。
「完治するのに三時間はここに居てくれなくてはなりませんからね――で、あと三時間どうするつもりですか?自分で治したならさっさと出て行ってほしいのですが」
「……わりぃ、もうちょっとここにいるわ。なんか……本調子じゃなくてね」
「本音は?」
「ライダーの看病シチュを味わいたいなって」
「……変態ですね」
絶対零度の視線をもらう。全く嬉しくないが。だが、本調子でないのも本当のことなのだ。それを若干察してくれたのか、カレンは無理に追いだそうとはしなかった。
「……なんで、助けちまったんだ?」
それは自身への懐疑。ぬぐい去れぬ何か。
後ろからの熱波にたいし、身体が勝手に動いた。さぞ当たり前のように、エリカの前に出て、二人のサーヴァントの間をかけて―――
サーヴァント、それこそセイバーだけを壁の向こうに追いやってはじき出せば良かった。
エリカだって守る必要性はあまりない。ライダーと自身だけ守ればよかったのだから。
しかし、俺は――――助けてしまった。何故助けてしまったのだろうか?/嘘だ、気づいている。自分の愚かしい有り様を。
答えは出そうになかった/既に出ていた ので―――ふて寝することにした。
*
無事腕の修復が済んだ。修復が済んだ瞬間カレンに保健室から追い出される羽目になり……ということで図書室前まで来ていた。ライダーは予想に反して帰ってこなかった。ま、図書室で調べ物を代わりにしてくれているのだろう、そう思ってここに当たりをつけてきたわけだ。
特に躊躇せず図書室に入ろう―――と―――――
『ああ゛―――!もう飽きた!もう何時間調べて――まだ三時間!?あと二時間もありやがる!なあ、マスター。あの神父にさっさと説明しろ、って言いに行こうぜ!』
――この声は…セイバー、モードレッドか。だだをこねているようだが――子供か!エリカも
『えぇ……う~ん、私はもうちょっと調べたいかな…』
『だー、暇!』
『じゃ、じゃあ息抜きに、購買でなんか買って食べてきたら?この状況なら、私一人でも大丈夫だから』
『そうだな……わーったなんか食べてくる』
こちらに歩いてくる音。このままでは―――
がらりと扉が開けられ中から、セイバーが出てきた。
「あン?何やってんだ、オマエ」
出てきたセイバーと鉢合わせた。さも今着いた感を出しておこう。
「腕が治ったんでな、捜し物のお手伝いにってところだ。お前は?」
「購買へちょっとな……あ、やべっ、金貰って――」
半場、セイバーの呟きを無視するように図書室の中に入ろう――――――――――――――として、肩を掴まれた。それはもうがっちりと。
「何か用か?俺は今すぐにでも入りたいんだが」
「なー、前よ、勝手に人の真名をバラしやがったよな?」
「ああ、そうだな……何が言いたい?」
「お ご れ 。そしたら、流してやる。どうだ?」
なんかそんな気はした。そうなるだろうとは思った。だから通り過ぎようとしたのだが。そしてオマケに断ってもなにかされるだろう。うちのライダーと似たような精神性持ち出し。
「それ、拒否権あんの?」
「あると思うか?」
「デスヨネー」
こうして俺は購買まで、セイバーのサイフ役として動向する羽目になった。
*
「ぷっはー!くぅーッ……生き返ったぁ!」
無駄に美味そうにジュースを飲むセイバー……なお、横に大量のハンバーガーの包み紙が散乱している。買ったら買ったで俺は用済みになったと思ったら、暇だと言われつきあわされた。
「ハンバーガーで喉詰まるとか……どこの漫画、ってちゃんと噛んで食え!また喉詰まらせるぞ!」
さらに積み上げられたハンバーガーを処理していく。まあ、金は無駄に余っているからいいんだが。何という健啖家か。恐れるべきはその胃袋か……!
だが、サーヴァントは本来飯など必要としないはず。
「セイバー……腹減ってたのか?」
「バッカオメー、サーヴァントが腹減るわけないだろ!」
いらっ。
若干こちらを小馬鹿にするような言い方に、思わず額に青筋が走ってしまった。
「へ、へえー。じゃあ、なんでそんなに頼んだんだ?」
「食べれるときに食べとかないと……ってだけだ。そう気にすんな」
「いや、気にするの俺だから。お前は俺のサイフの中を気にしてくれよ」
「え?なんで?」
ブン殴りてぇ。
本当に何も思っていないような顔がさらに苛つかせた。
「冗談だよ、怒んなって。ほら、ハンバーガー一つやるからさ」
「それ俺の金で買った物なんだが……」
はあ……ブン殴るわけにもいかないか。取り敢えずハンバーガーを受け取って、なんとか自分を落ち着かせる。
そんな会話をしていれば、背後に人の影。
「――ほう。敵のサーヴァントとお食事とは、随分余裕ある行動だな。まあ、それはサーヴァントにも得ることだが」
「……約束の時間にはあと一時間はあるぞ。そっちこそ随分余裕があることだ」
背後に立ったのは――外道神父、言峰だった。
「セラフとの対応に追われてるから……て、聞いてたんだが」
「それに関してだが……まあ、先にお前達に話しておこう。マスターなり、サーヴァントなりには各々で伝えるがいい」
いちいち伝達するなど面倒なのでな、そう言って言峰は告げた。
「セラフはこの異例の事態に対し、我々で対処するよう指示を下した。セラフはあの異常な情報生命体に対し、直接刺客を送り込んだが
リソースを集めている?
「で?オレたちにどうしろって言うンだよ」
「――我々はある結論を出した。高次情報体は―――再び焼却式を使用し、文字通り溶かしながら熾天の玉座に迫ろうとしている。このままでは乗っ取られかねない」
アレの目的は依然にして不明だが、其処までか。予想以上だな。
「これから、参加者はその障害の排除に向って貰う。なお報酬はない」
「フン、そんじゃやる気でねぇな」
「だが、諸君は此に当たらなくてならない。ムーンセルはこの事態を危険視している。ともやもすれば、この聖杯戦争―――中域ごと那由多の彼方に飛ばす気、廃棄する気だろう。故に諸君らに与えられた
「待て、その場合第一暗号鍵やらはどうなる」
「ああ、
「猶予が一日、今日中に決着をつけなければならない上に、決着をつけたらすぐさま決戦をしろ。とは性急に過ぎると思うんだが」
「それほどの自体ということだ。ヒビノ・コーヘイ、だがこれも――」
「分かった。今日中に全ての決着をつければいいんだな」
いきなり何を言おうというのか/チ、気づいていたのか
遮るように答えた。
「そういうことだ。だが、安心するがいい。さすがに障害を排除した後は何時間かの休息をとれるよう打診する。危機さえ逃れられればムーンセルとて考えを改めるだろう」
「そうかい」
では、そう言って言峰は去って言った。それを俺は見送って、セイバーへ視線を合わす。妙に、むくれているが決定には従うだろう。
「と言うことらしいぜ、セイバー。そうとなればさっさと合流して―――」
――魔神を倒す計画を。
そう告げようとしたその時――――
―――ドォォォォォン
――校舎が揺れた。
*
図書室で調べ物をして、かれこれ四時間。さすがに私といえども疲れを覚え始めた。私のサーヴァントは購買に食べ物を食べに行ったきり、帰ってこないし。
あらかた、魔神や悪魔も調べ尽くしたというのに。
ちらりともう一人ここに居る人に目を向けてみれば―――何やら、そわそわしている。
「おそい……何やってるのかしら、馬鹿マスター。三時間程度で修復は済むんじゃなかった?
む、ちょっと心配……いえ!我慢よ、私!あの馬鹿マスターは私を心配させたんだから。看病なんて言って上げないんだから……」
言葉は後になるにつれ、尻すぼみに鳴り、やがて聞こえなくなった。ライダーさんは本棚に手を当て、何かをするりと抜き出し、こちらに歩みよってきた。
その表紙には―――人間失格と書かれていた。
「ね、エリカはこの本って読んだことある?」
「――人間失格ですか……たしか、太宰治っていう日本では有名な人が書いた作品でしたよね。一応読んだことはあります……それがどうかしましたか」
「これ、コーヘイが好きな作品らしいんだけど。あらすじだけでも教えて貰えればって思って」
人間失格、と言う作品。一人の人間の弱さを書き連ねた物語。
「えっと、そうですね……この物語はある人物が、主人公――大庭葉蔵の三つの手記、ノートと三枚の写真を偶々手に入れてその内容を公開するような形で描かれています」
その手記を手に入れられた人物の所感によれば、一枚目の写真には人をムカムカさせるような薄気味悪い笑顔を浮かべた子供が写っている。
二枚目は、恐ろしく美貌で、けれど作り物のような表情をした学生の写真。
三枚目は何の特徴も無く、年がいくつなのか分からない白髪まじりの男が汚い部屋の片隅で、まるで自然に死んで居るかのような在り方でいる写真
それらに写っている全ての人物が大庭葉蔵であった。彼が生きてきた人生の、三つの手記の内容を象徴するかのような写真という始り。
「―――大庭葉蔵という一人の青年の破滅していく人生を手記から知っていく物語構成になっています」
裕福な家庭に生まれ、たぐいまれな美貌。それを望まずとも手に入れていた彼だが―――決定的に欠けているものがあった。それ故に苦悩し破滅的な人生を送ることになる。
欠けていたもの―――それは、人の感情を理解する、という機能に他ならなかった。
例えば、自分の父親の演説を本人の前では讃えるくせに、目がないところでは貶す大人の姿。
互いに本音を隠しながら付き合って不思議なことに傷つかない他人の様子は理解しがたく、おぞましいものにしか見えなかったのだ。
故に。他人の感情が理解出来なかったことで、極度に人に恐怖を抱いて育っていく。自分は異質ではないと、そう思うためにくだらない道化だってやった。
感情が分からない。そう言われれば、他人の怒り、悲しみなどだけがピックアップされがちだが、それは違う。
―――――好意すらも、理解出来なかったのだ。
やがて彼は―――社会から狂人とされたと言う事実で、自分は狂人で人間失格なのだと悟る。
彼が行き着けていたバーのマダムとのある男―――作家らしい男との会話でこう締めくくられている。
『私達の知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いえ、飲んでも……神様みたいな、いい子でした』
――この物語は、一人の人間の人間への恐怖が一貫したテーマとなっている。
「自分の幸福の観念は、他人のそれとは違う。だからそれを知られないように、道化に果てた。
もし道化であることを知られれば、きっと皆怒るだろう。
しかし、好かれたら好かれたでそれは演じた自分に向けられたもの。喜ぶどころか何故好いているのかが分からないから、恐ろしい。
―――それは、まるで一人地獄、いえ、天国と地獄の狭間――煉獄のなかに居るような気分だったでしょうね」
「……私には、ちょっとその恐怖は理解しがたいけど。ありがと、エリカ」
そう言って、己がマスターの元にでも行こうとして、図書室の扉に手をかけた。
―――その時
――――轟音と、共に校舎が揺れた。
人間失格――主人公がいつかお勧めしていた好きな作品でしたね。どうして好きだったのか、そう考えると、主人公の本当の狙いに近づけるかも.....?
次回、魔神との決戦
A「平和男さんでんの?」
作「邪魔者は抹殺しないと...ね?」
A「ふぁ!?」