辺り一面は地獄そのもの。赤く、赤く、赤い。熱がこの星を溶かす。私に掛かれば、いかにムーンセルの防壁といえど形無しか。
そんな作業をしながら、ふと思い返してしまう――――あの男、同盟者の事を。
―――彼は、私すら飲み込んだ
奇妙に過ぎる性格で、人間と言うには余りにも何かを欠陥として持って生まれた男だった。その奇妙さ故に、あるいは―――歪みに惹かれたか。その男に私は怯え、歓喜し、興味を得た。
私は魅了されたのだ―――あの男のおぞましさに。
おおよそ人間には、人間故に理解出来ないモノを抱えていた。ただ欠陥を抱えただけの人間ならば、こうも興味を惹かれることはなかっただろう。
彼の欠陥とは―――自身と他人の持つ感情を同一視することが出来なくなっていた。あらゆる物事が、ただただ他人事にしかとらえられない男。
彼は、欠陥―――感情の同一視能力の欠如―――を知り、それを――魂の固定で/あるいは道化て――埋めて見せた。だからこその不具合として歪みが生まれた。欠落を埋め、不和を生んだのだ――我々の冠するソレを一人で成した。
だから不具合を、歪みを治すために私という
―――彼は、
不和が起こる原因は、
だから、この
この情報もまた偶然に知り得た事実だ。彼の心象が特殊だったからこそ知り得た情報だった。存在するはずのない、この星にとっての第二■■の世界そのものだったから。
心が人間のモノではない―――彼からすれば自分以外の人間は言葉を話す人形とさして変わりが無いだろうに。
それでも――――彼は――救済をしようとやめようとしなかった。
『ヒトがヒトを救えぬ、神もヒトを救わぬ。ならば―――この俺が救おう。ただ潰すには惜しい 醜さ/輝き をもった此奴らを。全ては――予測済みだ』
何処でこしらえた熱意なのやら。だが、
そんなものを救う価値などないと私が言えば、あの男は鼻をほじりながら『生憎、価値がねぇ、がらくたの方が風情があって好きなのさ』と言った。
これは。この世界では。事件と呼ぶべき出来事だった。
なにせ、たった一人の人間の思惑が働いている。一人の男の
―――犯行にして、偉業。
ならば―――その熱に応えよう、我が同盟者。これが、最後の起爆点である。これで――第七層全てに種は仕込み終えた。
覚悟はあるな。ならば悩むな。
我々では出し得なかった答えをお前は持っているのだから。
――――――策、成れり。
***
足を踏み入れれば―――熱湯を拭きかけられたかと思うほどの熱を感じた。
「熱ッ!!」
むしろ熱湯程度の熱さで終わっているのが攻め手の救いと思うべきか。
視界から脳に取り込まれる情景は凄まじい。通路はもれなく全て赤熱化しており、赤々と彩られている。奥になればなるほど融解し、溶け落ちてしまっている。
中心の世界に近づくほど熱が込められているのか、赤色から黄色へ発光し変色している。
「大丈夫かマスター。あんの野郎……礼装になんか仕掛けてんじゃねぇだろうな?」
「う、あの人はそういうことは―――しそうだなぁ…」
「だろ?」
火々乃晃平の手でエリカとセイバーは少しばかり強引に魔神討伐に出向かされていた。まあ、彼の理論や予測に基づけば効率的な判断ではあるのだが。
今、エリカには青いマフラーが首に巻かれている。
これは礼装であり、耐熱効果をもたらすもので火々乃晃平が渡してきたものだった。
ほんの少し前のことを回想する―――ライダーの真名の名乗りを聞いた後、エリカが魔神討伐にいざ出向こうとすれば自分の元に折り鶴が飛んできてこう言ったのだ。
『一応気になったので聞いてみるが……耐熱効果のある礼装は持っているのか?』
『いえ、持ってませんけど……それが何か?』
『それが何か?じゃねぇだろ!!どんな所に戦いに行くと思って…!?ああ、もう!説明してなかったな!そう言えば!』
すると、エリカの直上から青いマフラーが落ちてきた。
『耐熱効果のある礼装だ!さすがに宝具レベルの攻撃は防げないが、身につけるだけでマル焦げになるのは回避出来る!お前が立ち向かう敵がいるのは、地獄もかくやと言うような獄炎がひしめく場所だろう。それはきっと役に立つ』
ではな、と言って折り鶴は去っていった。
彼から受け取った礼装が無かったとしたら、見事に身体は蒸発の一途をたどっていた事だろう。
セイバーは、あの男が無償の施しをしたことが信じられないのか、礼装を睨み付けている。
「この礼装下ですら、酷く熱いし……」
「なあ、本当に問題無かったのか、それ」
「うん。調べて見たけど、耐熱効果と魔力循環の促進?みたいな効果しかなかったよ。というか、セイバーなんでそんなに気に入らなそうにしてるの?ご飯奢って貰ったんでしょう?」
「ぐっ………でもよ、アイツ俺達の真名バラしたヤツなんだぜ?オレたちがあの後どれだけ苦労したか!」
セイバーの中で真名を明かされ公表された事を未だに恨んでいる。もっとも恨みの理由は、自身のマスターが本来は無用な危険に晒されたからだが。
「あはは……まあ、確かにね」
サーヴァントの真名が知られれば、敗色は濃厚になる。宝具がばれ、何かしらの対策がされてしまうからだ。
加えて、自分は相手のサーヴァントの情報を得てないのである。最初こそ、同盟のメンバーだけが知りうる情報ではあったが、取引に使われどんどん広まっていくはめになった。
苦戦を強いられたのだ。しかも、公表した当の本人は自分のサーヴァントの宝具だけを明かして終わったのだ。
恐らく、其処まで含めた彼の策だったのだ。『まさか君が生き残るとは思わなかった』と彼が言ったことが根拠としてあげられる。
アリーナを進めば、進むほど熱さは酷くなっていく。中心が見えてきた。
エリカはセイバーとの雑談を切り上げ、それを見定める。
異常なエネルギーの収束。それは熱として地表――アリーナを熔解させていた。中心から天央にむかって貫きたった光の柱。それは、粘着質な音を立てて何かをしていた。
「……掘り上げている――?」
エリカから疑問であり、確信めいたものが声となってこぼれ落ちた。
光の柱、地面との接地面から絶えずゴポリと何かが吹き出している。あれは――何をしているのだろうか?
「ふむ、なかなか察しのいい小娘だ。その賢さを評し、その疑問に回答を。それは、この
瞬間、セイバーは殺気を纏い振り向く。
其処には、真紅の炎を纏い右手には黄色の輝かんばかりの長槍を持ち、左手には端正な顔をした女性の生首を持っており、およそこの世の者とは思えないほどの美貌を持った男がいた。
エリカはその姿を見て、その存在を察する―――魔神の正体を探るために読んでおいた本に描かれていた。
その書の名は――――『ゲーティア』
それに寄れば、目の前の存在は―――。
曰く、三十六の軍団を率いる。
曰く、序列五十八番の地獄の大総裁
曰く、司るは「欺瞞」「裏切り」「悪意」「誹謗」による悪事
その悪魔の名は――――
「―――――――アミー」
あるいはアナウスとも呼ばれる者。それは空に浮かびこちらを凝視した。
「如何にも……我が身、廃棄孔を司る七十二柱の魔神が一柱―――魔神アミーであるッ!!」
――地獄の開演は告げられた。
*
――――――Sword,or Death
魔神は宣言と共に空中に多数の魔方陣を生み出した。
「名乗りを聞いたなッ!では、死ぬがいいッ!!!」
魔方陣に込められた魔力が破裂し、セイバーに襲いかかる。空一面がカラフルに彩る光弾で埋め尽くされた。
「チッ、なんて物量だ!―――クソッ!雨なんてレベルじゃねぇ、雪崩じゃねぇか!!」
「耐えて、セイバー!『gain_con(32);』」
コードキャストでセイバーの耐久を大幅に強化する。
こうなれば、セイバーに回避は不可能であり、ならば耐えて貰うしかない。
背後にいるマスターに光弾を届かせまいと剣で迎撃する。
「抗うなッ!死を受け入れろッ!」
しかし、弾幕は薄れることなく絶えず発射され続けた。
「いい加減、魔力切れ起こせッての!どんだけ蓄えてんだッ」
圧倒的弾幕は、セイバーをそこに縛り続ける。素早く光弾を切り払っているものの、しのぎ損ねた光弾で、ダメージが増えていく。
「ふむ、なるほど『gain_con』とはその名の通りという訳か。なかなか珍妙だな」
(セイバーが動けないのは……私が後ろにいるから、私の心配さえなければ!)
動けぬセイバーにとどめを刺すべく、アミーはより強力な魔術式を空中へ描いていく。
「では、此にて終りとしよう――――――『目を持って死傷、事象を歪曲させる……」
(魔神が行動する前に――!)
エリカは霊子ハッカー、
「セイバー、飛んで――!」
「――おう!」
エリカが言うやいなや、セイバーの前に巨大な
「これは――フィールドのハッキング…?」
壁は、アミーに向けて何枚も出現し、次へ次へと壁のサイズをより大きくしながら迫っていく。
「いや、それだけではない…!」
その上を疾走する影―――セイバーがアミーを斬らんと肉迫する。
対応するべく、防御しようとするが―――
「おっせェッッ!!」
間に合わず、アミーは一太刀をその身で受けることになった。身体の赤い線が刻まれる。
「ぐッッ―――この程度ッ!」
アミーを斬って抜けたセイバーへ振り向き、手に鷲づかみにしていた女の首に
突き刺した瞬間に、女の目が見開かれる―――。
刹那、セイバーの直感が警笛を鳴らした。二の太刀をアミーへと浴びせようとしていたが、即座に後退する―――しかし、それだけでは足らなかった。
「ハッ、甘い!!」
「がッッ――か、身体がっ」
なぜなら、女の目は魔眼。それも―――石化の魔眼。相手を
セイバーの周囲に魔方陣がしかれる。セイバーに避ける手段は存在しない。アミーは嘲笑し、魔力を込め、組み上げる。
熱を一点に圧縮させ、魔方陣の範囲内で暴走させる。太陽の表面温度に等しい熱量を吐き出す術式。高い対魔力を持つセイバー―――モードレッドだとしても形無しだろう。
だが、彼は一つの要素を見逃していた。
「―――クハハハッハッ!これで終わりだな、セイバー!形も残さないほどの熱で溶かしてやろう!貴様の様な下賤な騎士にはもったいない術式だ!」
そうとは知らず、アミーは口元を歪めこう告げた。
「焼却s―――ッ」
呪文は思わぬことで止められた。セイバーとアミーの間に突然壁が出来たのだ。
それこそが―――アミーの見逃した要素、即ちマスターの存在。
「――『cure();』!『bomb(32);』これで――」
cure();は、サーヴァントの状態異常を回復させるコードキャストであり、次いで放たれたbomb(32);は敵にスタン効果とダメージを与えるコードキャストだ。
アミーにコードキャストが命中する。が―――
「その程度の効力で……ッ」
自前の能力で、スタン効果をレジストする。憤りを顕にし、そのコードキャストを放ったマスターを睨み付けた。
彼はサーヴァントではない。ならばマスター殺しに何のペナルティもない。牙をセイバーのマスターへと向け、魔術式を組み上げる。
―――彼は、気を逸らしてしまった。
目を、エリカへ向けるべきではなかった。彼女は、二つの術式を放ったのだ。ならば、本命は何かなど知れたもの。
それは、アミーにとって致命的だった。
一瞬の遅れ。目をそらさず、見続けることで挑発していたのだとアミーは悟り、セイバーのいた方向へ目を向ける。
其処には、剣を逆手に持ち紫電を纏って身体を弓のように反らしたセイバーがいた。
「遅ェッて――――いったろ!!」
まっすぐ―――剣を、投げつけた。
「なッ――くっ」
白銀の剣が赤雷を帯びて、雷光となってアミーを刺し貫かんとする。
アミーとて伊達に魔神を名乗ってはいない。驚異的な反射速度で、ソレを防ぐ。
だが、その防御こそがセイバーの狙いだとは気づけなかった。
アミーは、雷光の矢となった剣を杖で防ぐ。ガードしても込められた魔力、速度もともなって、衝撃は凄まじい。剣先は杖の、女性の頭へと突き刺さり目がつぶれた。
轟音が響く。
「ウオオオオ!!」
押し返そうと髄力を込める。
セイバーはエリカが生成し、自分とアミーとを隔てた壁を蹴って、アミーへ迫る。
そして、そのままアミーの杖と鍔競り合っていた自身が投げつけた剣の柄を握り、剣を可変させる――――即ち、宝具の発動の予兆。
「『
超至近距離からの宝具の全力解放。荒れ狂う憎悪が練り上げられ、一線の赤雷がアミーを貫く。
いくら魔神といえど、此には耐えられない。
胸から右肩にかけてぽっかりと穴が開いた。ごぷりっと血が流れ出る。
アミーはゆっくりと仰向けに倒れた。アミーの身体は空間へ砂状になって溶けていく。
セイバーはそれを見届け、マスターのいるほうへ声をかけるため振り返った。
「……終わったみたいだぞ、マス――」
「セイバーッ!後ろッッ」
エリカは逼迫した声でサーヴァントへ危険を知らせる。
「――罠に掛かったのは貴様だ、セイバー!貴様の直感を騙すための演技に過ぎなかったのに、まんまと騙されおって―――では、死ね!」
杖を悪趣味な大鎌へと変形させ、セイバーの首めがけて振り下ろす。
「―――ッ」
セイバーがそれにようやく気づくが―――遅すぎた。
鎌は振り下ろされ―――セイバーの首が――――
―――びちゃり、と言う音が鳴った。
「ぐ―――?あがッ―――な、何故!?何故私の腕が!?
アミーの腕、それも両腕諸共がちぎれ飛んでいた。まるで、猛獣にでも食いちぎられたように。
『―――ライダー、とどめをさせ』
それは閃光。一筋の白い線。
「貴様、貴様ら人間程度にッッ!この私が負けるハズなど――ッ」
空を裂くように、螺旋を描いて―――アミーの額へと突き刺さった。衝撃に後ろへとよろける。
「―――がっ!?こ、この程度ッ……!!!」
その程度では、アミーは倒れない。
『炎は例外なく吸収し、自身のエネルギーへ変える自動術式を使っていたようだったからな。本来の一撃より弱めだが―――お前を殺すには十分の代物だ。受け取ってくれ』
ライダーやれ、と無慈悲な言葉と共に。アミーを貫いた白槍が赤く変色し―――――――――爆発した。
いや、正確には高圧の炎、閃光がアミーの内側から吹き荒れたと言うべきか。
「アガアアアアアアアアア―――!!!」
『その炎、浄化の概念も持ち合わせているようでな。お前には良く効くだろうよ。なんせ悪魔に名を連ねるヤツなんだから』
「―――――――――――」
最後は悲鳴にすら成らなかった。
そして、今度こそ完全に―――この世界から魔神は焼失した。
*
「無事か?」
空から火々乃晃平がライダーと共に降りてきた。迷宮の中は、アミーが居なくなったためか、色が落ち着きを見せ始めた。
「触手をかたづけて、お前達を追って迷宮にきたってわけだが……」
「ハッ!テメェなんかこなくても大丈夫だったっての!余計な世話しやがって!」
「なんで、そんなに不機嫌なんだ?セイバー」
「ダレが不機嫌だっ」
と、セイバーはつーんとばかりにそっぽを向く。
(すんでの所で助けられてお礼を言いたいけど、相手が相手《敵》だから素直にお礼を言えない…そんなところかな、たぶん)
と、エリカは考え苦笑い。
そんなどこかほんわかとしたやり取りに水を差す、冷気を纏ったような声色が。
「――――仲いいわね?マスター?」
「………(こっちの爆弾処理忘れてたァァァ!)」
思わず固まる場。
エリカはさっき助けられたと言うこともあって、何とか助け船をだそうと考えるが、下手なことを言えば、泥船として沈ませかねない。
すると、ほほん、とセイバーがライダーとコーヘイの関係を察したようで悪どい笑みをみせた。
(セイバー、悪い顔してる…)
なお、エリカにセイバーを止める気は無い模様。
「そりゃそうだ。何たってオレたちは飯を奢り合う中なんだからな!」
と、親しげに肩を組んだ。爆発的に冷気が増えた気がした。
「
「ばッ、おまっ」
「――へぇ?」
妙なところを誇張して、親しげに笑いかけたあと。なんてことをしやがったと目を向けた火々乃晃平にむかってセイバーはべーと挑発した。
「いくぞ、マスター」
半笑いになっているセイバーと一緒にエリカは迷宮から脱出した。
残された火々乃晃平とはいうと
「さーて、彼奴らも帰った事だし。俺達も帰るとしよう!そうしよう!」
全力で、現状から目をそらした。まあ、現状自体は知っているので滝のような冷や汗を流しているが。
「―――そうね、さっさと帰って……折檻よ、コーヘイ」
「おうふ」
やけにアッサリととされた魔神
ライダーの折檻---主人公に明日はあるのか!?