贖罪、尊厳、慚愧、欲望、思惟、矛盾
―――これは、一幕のユメから始まった。
魔神を倒した後、俺はライダーに折檻を受け―――
膝枕をするはめになっていた。………どうしてこうなった?まあ、膝枕というより腿枕とでも言うべきか。
いつかライダーにしたように、片足だけあぐらをかいた腿の上に頭をのっけさせた。
「ライダー……かれこれ一時間はこうしているんだが。そろそろ足が痺れてだな……」
「これも罰。…ええそうよ。敵対しているハズのセイバーを甘やかしたんだから、私をセイバー以上に甘やかすのが罰ってもんよ」
その理論はおかしい。そも、セイバーを甘やかした覚えなどない。そんな批判めいた視線をライダーへと投げかける。
「じゃあ、どうしてセイバーに付き合ったのかしら?図書館の前であっただけなら、断ることも出来たでしょうに」
「……そりゃあ、アレだ。敵状視察ってやつさ」
「………ほんとに貴方って、
失礼なことを言うやつだ。誰が嘘つきか。
確かに、セイバーがやたら俺の焼け焦げた腕を悔いるように見ていたことに気づいていた。飯を奢るついでに、俺の腕の調子を確かめてたし。
別に、わざわざ正常に動くことを見せるために誘いに乗ったとかそんなことはない。ホントダヨー?ウソイッテナイヨー?
ま、セイバーが一番気がかりに思っていたのはそこまでのことをした俺の魂胆を知るためだったようだが。
「いつまで俺の腿に頭を乗っけてるつもりだ」
「だってやることないでしょう?明日、セイバーと決着をつけると言っても確認するべき情報も無いのだし」
魔人戦が終わった後、校舎に戻ってみれば監督役の外道神父が目の前に現れて言ったのだ。
『校舎の損傷、アリーナの崩壊。運営AI何体かの消失。損害は酷い。―――が、喜びたまえ。聖杯戦争は続行される。だが、先も言ったようにアリーナは完全に崩壊しており、もはや修繕をするリソースも新しく作る余裕もない。―――よって、君たちには三時間後に決着をつけて貰う。これまで何度も協力してきた仲だろう?お互いの事は十分知っているはずだ。親しい間だろうが、今まで何度もしてきたように十分な休息をとって――――存分に殺し合いたまえ』
とまあ、後二時間までは暇になったのだ。
セイバーの真名も、既に暴いている。戦闘も間近で何度も目にしている。ライダーが言ったように、今更確認する情報はこれといってないのも事実だ。
「ねぇ、マスター――?」
ゆったりとライダーは起き上がり、姿勢を正してまっすぐ俺の目を見つめた。綺麗な臙脂色が揺らめいている。
「これが、最後の戦い。貴方の旅路の最後。――――今一度聞くわ。そなたの願いは何?それを叶える覚悟はある?」
――――願い。
今、この瞬間には相応しくないだろう。ほんの少しだが、懐かしさが俺の中を駆け巡った。
―――思い返せばやたらと長い旅路だったと思う。
いつぞやに聞かれた自身の望み。それを口にする。
「―――――人間に幸福を掴んで欲しい。それが俺の願い。そして―――その願いを聖杯に託すつもりはない。幸福を掴むことは各々が成すべき事だからな」
幸せになってほしい。自分がそんな願いを抱いていたなど―――浅ましいにも程がある。
それでも―――願わずにはいられない。
「覚悟は当然ある」
「あの子たちを―――殺すことになるわよ」
「ああ。今までと変わらない」
―――でも、今回は……まあ、後でそれは言うとして。
「――――願いを聖杯に託さない。そして、戦いが終わったら自分の世界に変えるって話だったわね」
「ああ、俺はこの世界からすれば異邦人。元の場所があるなら変える」
「―――ずっと、この世界に居る気はないの?聖杯戦争を放棄して」
それは………?
「私は―――そなたともっと……」
「……お前とは一緒にいけない」
「――っ」
ライダーが自分の儚い夢の存続を望んでいたとしても。その願いは受け取れない。受け取ってはならないのだ。
「――そう、残念」
本当に。ほんとうに。彼女がそう思っていることはこんな自分といえども感じ取れた。
こんな自分との別離を寂しがってくれた。俺にとってはそれで十分だ。
「じゃあ――――せめてこれを」
そう言って、彼女は自分の右耳に付けていたイヤリングを外し渡してきた。
「それは―――私が生まれた頃からずっと共にあったものよ」
確か、彼女、テムジンの逸話には―――生まれた頃に、くるぶし程の血石を持っており、よって、テムジン―――鉄血の人という名が名付けられたと言うものがある。
「そんな、大事なモノを……?」
「……特に、何か加護があるとかそんなことはないけど―――大切にしてよね。大好きよマスター」
言いたいことは終わったとばかりに目をとじて、寝息を立て始めた。
……さらっと告白して寝やがった。返答も聞かずに。返答を聞かないためにだろうが。
「―――俺も好きだよ、ライダー」
*
「ついに開幕の時だ。最後の決戦は目前。気分はどうかね、マスターよ」
背後に振り返れば立つカソックの男―――言峰神父が立っていた。
―――答えなど決まっている。
答えるまでもない。
多くの出来事、多くの願いを乗り越えて、自分は今、ここにいる。
だから、敗北は想像にもしていない。
コーヘイと自分。メイガスとウィザード。
「――そうか。あの若造が、強くなったものだ。」
それは、素直な讃辞だった。
「本当にな。生け贄の羊にしか見えなかったものだが、戦いのたびに足掻き、倒れ、立ち上がった。」
神父の言う通りだ。初戦で友人たれた人を殺した後など、特に顕著だった。失意に飲まれ。考えることをやめて。慰めてくれる誰かを待っていた。羊と言うよりは―――負け犬だったのかもしれない。
「代行役として作られた私だが、君の戦いは、興味深かった。何百何千のマスターたちの中でも―――君の
始めの敵は、太陽王。その次は加藤段蔵―――を名乗る亡霊。その次は―――。
とかく、一筋縄でいくような相手ばかりではなかった。
「……らしくないな。このAIの元になった人物も、根は聖職者だった、というコトか」
神父は、そう言葉をきって―――
「――――ではいきたまえ。その決意と願いがどれほどのものか、これから見せて貰うとしよう」
私は一階で待っている。そう言い残し、神父は去っていった。
ついに訪れた決戦の日。相手は今までで最強の相手だ。
「セイバー……体調は万全?」
私がそう問えば。
「ああ。問題無い」
セイバーが霊体化を解いて、私に向ってニヤリと笑ってみせる。たった三時間の休息だったが、自分もセイバーも十分に休息ができた。
休憩の時間に、彼らの情報を整理した。
その記憶を思い返す――――。
*
ついにこの日がやってきた。
決勝戦―――この戦いが終わればついに聖杯への扉が開く。
「事ここに至っては、オレは何も言う気はねェ。オレと
快活に笑む己のサーヴァントに笑いかけながら、情報を整理し、確認する。
「――と、その前に確認しなきゃだな」
いざ、情報の確認をしようとしたとき、セイバーが呟いた。
「……いつかの時に、マスターの願いを聞いて、オレはこの剣と身を預けた。今一度問うぞ……マスターの願いは何だ」
―――私の願い
最初は、ゲームにもし優勝できたら賞金でも貰おうとでも思っていた。自分は新しいゲーム性に浮かれ、興奮していた。
でも、このゲームは―――――残酷だった。
一度でも敗北すれば、死ぬ。電脳死という、現実感のわきにくい処分のされ方。プログラムの一部をデリートするように、アッサリと
―――あの日、自分が勝ってしまった日。
無慈悲に。空間ごと消去された。その瞬間の断末魔が。嘆きが。涙が。
脳にこびりついて離れてくれない。自分は―――取り返しのつかないことをしてしまったのだと、おくばせながら気づいたのだ。
それが自分の今の願いに至るまでのはじまり。
それから、多くの
時折、そんな自分とは裏腹に飄々としてるあの人にも腹が立ったことも。
そんな自分の旅路で―――自分の願いを見つけることが出来た。
「私の願いは――――この歪んだ戦争を止めること。
そう、それが私が
「……覚悟はあるな?」
「当然!」
「なら、オレは今度こそ口を紡ぐぜ。最高のマスターに小言なんざ言いようがねぇってもんだ」
では、改めて情報の整理を始めよう。
まずは火々乃晃平のサーバント―――――その名前から確認しよう。
強力な弓。あらゆる炎を象徴するかのような剣。強靱な馬。それらを使いこなすサーヴァント。
》チンギス・ハン
アーラシュ・カマンガー
ガウェイン
当然、チンギス・ハンである。なにせ彼女は自分から名乗ったのだし、逸話から考えても疑いようがない。
中世期において世界にその名を知らしめた豪傑。まさか少女の姿で召喚されているとは思わなかったが。
史実を考えるのなら、冷徹さもさながら、憤怒もまた凄まじい
それこそ―――
前半の頃こそ、何かちぐはぐな印象を受けたモノだが。後半、最近などもう目がそれである。
絆の強さは語るまでもない。
ライダーのもつ圧倒的な力。それは第三回戦の折、テュポーン戦に置いて示された。
伝説級の代物。世界そのものを滅ぼさんとする思惟が込められたある種の魔剣。白槍としての側面も持っているが。
その剣の名とは――――
約束された勝利の剣
》全て灼き滅ぼす勝利の剣
転輪する勝利の剣
そう、その名は『
かの有名な北欧神話に伝わるスルの炎の剣と同一視されるライダーの切り札。
北欧神話の伝説通りの代物ならば、それこそ名に違わず世界を焼き尽くす熱量を秘めており、はき出せると言うことだ。
しかし、強力なのは剣だけではない。それは先程の、魔人戦で証明されていた。
―――弓撃。弓による攻撃である。
かなりの距離が離れていたにもかかわらず、魔人の頭部に寸分違わずに当てて見せた。彼女の逸話から考えれば当然なのかもしれないが。
あまりにも強力。……最強とよんでも間違いはない。
近接、中距離、遠距離と全ての
対策と言っても、セイバーに常に接近戦を仕掛けて貰い宝具を撃たさせない程度のものしか思いつかない。
あとは、私とセイバーが火々乃晃平にどれだけ迫れるのか。
ここまで来たのだ。
あと一つ――――。
あと一つ勝って、聖杯に願おう。
この戦いで得た、自分の「答え」を――――。
*
思い出したあと、私は教会へ来ていた。最後の強化を施すためである。
「改竄する?」
赤髪で長髪の女性が、いつものように言う。それに答える。
セイバーが中央に立ち、魂の改竄を受ける。
今まで稼いできた経験値の殆どを魔力に振る。彼女のように汎用性の高いサーヴァントなら使える魔力の上限を増やしたほうが、戦いやすいと考えてのことだ。
「うん、成功したわ」
セイバーのマテリアルを確認すれば魔力のランクがAランクになっていた。
「……最終決戦だってな?あの青年が相手だと聞いたが、勝算はあるのか?」
青髪の女性、確か―――蒼崎橙子さん、といっただろうか。
「…えっと、正直言って――あまり……」
「だろうと思った。なら―――」
そう言うと、目の前の女性は、アレでもない、これでもないと背後の残骸をがさごそして、あるものをとりだした。
「そらっ……つかえるか分からんが、何かの足しにはなるだろう」
そしてそれをこちらに放りなげてきた。
これは―――ナイフ?
サバイバルナイフと言うには、簡素なものではある。大きさからしても普通のものだ。
「アリーナ―――三の月想海で拾ったモノだ。どっかの誰かの遺品のようだが――。まあ、使っても問題はあるまい」
「へー、珍しいわね?姉貴が、参加者に肩入れするなんてね?」
「私が肩入れするわけじゃない。今日は君で最後だろう。これで終いだ。―――健闘を祈っている」
そう言うやいなや、教会から追い出された。
「―――何なんだ、あいつら。ま、貰っておけるモンは貰っといて損はねーだろ。さっさと決戦条に行こうぜ」
セイバーの言うとおりだ。
蒼崎橙子から貰ったナイフを収めて、昇降場へと向った。
*
《以下はナイフへの説明表記》
君が私を邪魔者とするならば―――こちらにも考えがある。
違法でこちらを処分するのだから、当然こちらも違法で対処する。
目には目を、歯には歯を、だ。
これを預かるモノよ――――君に、光あれ。
―――
Twice H Pieceman
*
書いててライダーのチート具合がより身にしみた。なんてものを生み出してしまったのか。
公式で段蔵が段蔵ちゃんになってくるとは誰が予想できたのか。絡繰娘になるって――――素晴らしいじゃないか(歓喜)。でも内に出た段蔵は亡霊のアレなんで、段蔵ちゃんとかかわりはないです(白々しい後出し)